巣立ちの予感
ある日のことだった。
いつものように日の出前に起きて、酒場の掃除をしていた時だった。
床に箒をかけて、台を拭こうとした時。
「あっ、台拭き忘れた。」
祐佳は台拭きを自分の部屋に置いてきてしまったことに気づいた。
「ロッカルー、台拭き取りに行くね」
青年の姿になって一緒に掃除をしているロッカルに声をかけて自分の部屋へ向かった。
「えっ⁉︎えっ⁉︎ちょっ!待っ!」
それを聞いたロッカルは自分の持っていた箒に足下をすくわれながら慌てて祐佳のまえに立ち地下へと繋がっている扉を押さえた。
「俺が取りに行くよ。さ、さ、祐佳は掃除してて。」
ロッカルは明らかに目を泳がせいる。
声も裏返っている。
手足は少し震えて挙動不審だ。
祐佳は疑いの目を彼に注いだ。
ロッカルはジトーと汗をながす。
「いや、僕が行くよ。ほら、他にいろいろ持って来たいものがあるしね?」
祐佳はそう言って強引に地下へ続くドアを開けようとした。
けれども、ドアはまるで壁のようにビクともしない。
よく見るとドアのところから薄く森林の中にそそぐ日差しのような光が発せらていた。
祐佳はハッと気づく。
このような光はマギア(魔法や魔術などの総称)使用時発生するもので、マナ(自然界に存在する魔力)の燐光。通称ルスである。
ルスをあの状況でおこせるのは1人しかいない。
「ロッカル!魔法を使って‼︎そんなに何を隠そうそうとしているんだ⁉︎」
魔方陣が展開されたら祐佳はロッカルと向き合っていたのでその際に発生するルスの明るさですぐわかる。
つまりこれは魔法だ。
祐佳は抗えない力に小さな赤い炎が芽生えたのを感じた。
ロッカルはそんな祐佳を見て申し訳なさそうに言った。
「祐佳、ごめんな。ほんとはこんなことしたくないをだけど、ゼータに頼まれているんだ。」
ゼータは彼の契約者だ。
一般的に妖精は契約者にどこか甘い。
契約者からお願いされて最初は断っていても最後は受け入れてしまうという。
彼も例に漏れずそうなのだろう。
祐佳はむっつりとした。
「ゼータ師が下で何かしているの?」
「クレラと話をちょっとな」
「どんな話?」
「...すまん、それは言えない。」
「…じゃ誰のことについての話?」
「ゼータ自身、それと祐佳のことも。」
「ゼータ師と僕?」
(何かしたかなぁ?)
祐佳は思い巡らす。
来たばかりの頃はこの国のルールやマナーを知らずにいろいろ迷惑をかけたが今ではそんなことはないはずだ。
(もしかして僕をここから追い出すのかな)
祐佳は見ず知らずの自分がいつまでここの酒場においてもらえるのか考えないようにしていだがいつも不安だった。
(ついにこの時が来たのか…)
祐佳は生唾をゴクリと飲んだ。
「話し合いはいつ終わるのかな…?」
祐佳はロッカルに問うた。
「話し始めてから結構経ってるからな。そろそろ終わるんじゃないか?」
ロッカルが時計を見て答えた。
覚悟はまだできていない。
ここを出たらどのように生活していけば良いのだろう?
ゼータやクレラ、ロッカルにもう会えないのか。
嗚呼、こんなことになるのだったらクレラのご飯をたらふく食べておくべきだった。
と、いろいろな思考が頭を巡った。
(追い出されるのは仕方ない。僕は今まであの人たちの行為に甘え過ぎてたんだ。
でも、別れはきちんと言おう。)
そう思って、祐佳はロッカルに向き合いそして彼の手を両手で握りしめた。
ロッカルはギョッとして、一歩後退りした。
そんな彼の灰色の眼を見て、息を吸った。
「今までお世話になりました。ロッカル、君とは短い間だったけど仲良くなれて本当に良かったよ。」
「………はぁ?」
しみじみと別れの言葉を言う祐佳にロッカルは眉を八の字にして素っ頓狂な声をあげた。
○*○
「ふッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒ⁉︎」
目の前には腹を抱えてて不気味に笑うゼータと呆れ顔のクレラがいる。
話し合いが終わり、酒場に上がって来た二人はロッカルから事の顛末を聞いたのだ。
祐佳はただほおを真っ赤に染めて床を見ることしかできない。
「…今更あんたを追い出そうなんてしないさ。追い出すんだったらとっくに追い出してる。」
クレラが吐息とともに言った。
「じゃあ、何の話をしていたんですか?」
「あんたの今後についてさ。」
クレラの言葉に身を少し固めた。
(やっぱり、ここを…)
体を硬くしている祐佳を見たゼータは更に笑い転げた。
「だ、ふッヒヒ、いじょぶだ、ヒヒッ、よ、ふッヒヒヒヒヒヒ、ここから、ふッヒヒ、追い出すって言う、ヒヒヒヒ、わけじゃ、ふッヒヒヒヒヒヒ、ない、ヒヒヒヒッヒヒッ⁉︎」
ゼータは祐佳に説明しようとするも、笑い声で祐佳は聞き取れなかった。
猫の姿のロッカルはそんなゼータを見て溜め息をついた。
「祐佳、ゼータはお前を学校に行かせたいのさ。」
「………え?」
祐佳は思わず声を漏らした。
「学校って…」
「王立サブマ学院さ。」
王立サブマ学院。正式名称、アガルダ国王立サブマ研究学院。
それはアガルダ国王が200年ほど前に開校したマギサ(マギアを操る人の総称)育成学校である。
15歳以上の男女に入学試験を受ける権利が与えられる。そしてその試験に合格することできたものは入学できるのだ。
祐佳は腹の底がグーンと重く沈むのを感じた。
「ヒヒッ、そう、お前ももうすぐ15だろう。オドが一定量を超える子供はどこぞの学校に行かなきゃならない。私は王立学院を勧めるぞ。」
ゼータが美麗な顔をにやけさせながら言った。美人が台無しである。
「でも、そこは入学試験があるんですよね?僕が受かるとは…」
祐佳は力無く本音をこぼす。
この国の人は幼い頃から勉強をしてきている。
この世界に来てから1年弱しか経ってない自分が受かるとは到底思えない。
祐佳は俯いた。
「大丈夫さ、あんたはここんところずっと勉強していただろ?これからもしっかりやれば受かるさ。」
ゼータがしれっと答える。
祐佳は更に腹の底が重くなったのを感じた。