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書架の魔道士  作者: 綾 翠
流星の魔道士編
2/13

幽雅な日常

 ここはアガルダ王国。

 世界的に多種多様な人々が集まるこの国にはある酒場がある。

 それは首都シャングリラから遠く離れた中都市ヨタにある。

 その酒場の名は「黒猫亭」

 現在黒猫亭では1人の少年が働いていた。


「クレラさん。掃除が終わりました。」

「あぁ、そうしたらそこの酒樽をあそこに置きな。」


「…はい。」


 更なる力仕事の追加に遠い眼をして働いている少年は阿形祐佳。日本から見ず知らずのこの世界に一年ほど前、やってきたのだ。


  祐佳が黒猫亭に初めて連れてこられ、そこで生活することに決まった時、女将は嫌な顔をすると思っていたが、彼女はそんなことはなかった。

  まだ若い少年を見た彼女の目は40代にもかかわらず、まるで少女の様に眼を輝かせていた。

  その日以来、祐佳は毎朝、日が昇る前に起床して酒場の掃除、買出し、混み合う時間は注文を取ったり、と散々働かされた。


  クレラはなかなか豪傑な人で、酒場の奥にある生活空間の地下室へと続く扉を開けようとした客の酔っ払いをフライパンを振り回して追い払っていた。

  それを見た祐佳はこの人には逆らってはいけない、と悟った。


「クレラ〜。祐佳を返してもらっていいか?そろそろ勉強をやらせたいんだが。」


  地下から続く扉を開け、酒場に顔を出した短い黒髪の女性。

 名をゼータという。

 祐佳を路地裏で拾った張本人である。

 彼女の片目は深い蒼であるがもう一つの目は灰色だ。

 そのうち蒼い方の目がクレラを映し出した。


「そんなに時間が経ってたのか。」


 クレラが壁にかかっている時計を見ながら呟いた。


「じゃあいいよ。祐佳、あんたは勉強してな。

 …集中するんだよ。」


「ハイッ!」


 祐佳は歯切れの良い返事をした。


「ところで、ロッカルはどこだ?」


 ゼータが酒場を見渡しながら言った。


「あぁ、さっき買出しに行かせたよ。」


 クレラが皿洗いをしながら答えた。

 ちょうど其の時、カラーんとドアベルが鳴った。


「ふー、ただ今帰ったよ。クレラー買出し終わったぜ。」


 入ってきたのは黒髪の青年だ。

 随分と重そうな荷物を抱えてそれをカウンターに置いた。


「お疲れ、そんじゃ皿洗い、手伝いな。」


「…はい。」


 祐佳は彼に同情した。


 遠い眼をしているこの青年。名をロッカルという。

 彼はゼータと契約している猫妖精(ケットシーなのだ。

 黒い猫の姿をすれば、今の様に人間の姿にもなる。

 祐佳は始め、彼を普通の猫だと思っていたので人間の姿になったところを見て大変たまげたのを覚えている。

 彼は祐佳がここに来てから初めて出来た友だ。

 よく一緒にクレラの手伝いをしている。


「それじゃ、祐佳行くよ。

 ロッカル、ちゃんと手伝いやるんだよ。」


 契約主に助けを求めてしきりに視線を送っていた猫妖精は無慈悲にもクレラの手伝い(重労働)を命令されてしまった。



 扉を開けるとそこは螺旋階段になっている。

 扉を閉めてしまったら、日の光が当たらない暗闇、ゼータが持っている炎だけがゆらゆらとあたりを照らす中、コツコツと2人の足音だけが響く。


 地下に着くとズラッと扉が並んでいる。

 扉は何年も前からあるような古いものから、最近作られたように新しいものもある。

 ゼータと祐佳はその中でも一際目立って古びている扉を開けた。


 そこは本の世界だ。

 壁という壁に本がビッシリと並べられていて壁を見つけるのが困難な状態だ。

 祐佳はここを書庫とよんでいる。

 その部屋の真ん中に円卓と椅子がある。

 ゼータと祐佳はちょうど向かい合うように座った。


「さて、今日はどこからかな?」


 ゼータは本を開きながら言った。


 祐佳はゼータに勉強を教わっている。


 路地裏で拾われたあの日。

 この酒場に連れてこられ、身寄りのない祐佳はここで生活するようになった。


 ゼータは祐佳に学問を授けてくれた。

 魔法、魔術、呪術、まじない、この世界独特の生物。

 日本にいた時には本でしか広がっていないことがあって、大変興味を持って勉強できた。

 初めは、話しこそ出来るものの、文字が日本と違って苦労した。

 ゼータに教えてもらい、何度もゲシュタルト崩壊を起こしながら読み書きをした。

 その甲斐あって、今ではだいたいの本が読めるようになった。

 それと同時に精霊文字を習った。

 これは精霊が使う言葉で、古来より伝わる古の詞だ。

 ここの書庫にある本はどれもこれも古びて、禍々しいオーラを放っているようだ。ほとんどが精霊文字で書かれているとゼータは言っていた。


「それじゃ、魔術と魔法の違いは?」


「魔術は術者がオド(術者の魔力)で魔方陣を展開し、その魔方陣によってマナ(大気中、精霊自身が持っている魔力)を集めおこす行動で、魔法はオドとマナを絡み合わせておこす結果………ですよね、ゼータ師?」


「うん、だいたいあっているよ。

 魔術と魔法の簡単な見分け方は魔方陣が展開されるかどうか、だね。ただ、熟練の魔術士はオドのみでおこせる場合もあるからね。

 魔術は魔法に比べて型が決まっているよ。どんな魔術が使われたのかよく見ればわかる。」


 ゼータが本のページを見つけ、祐佳に質問をした。

 その後も質問に答え、本を読んで解らないところを質問した。

 彼女の説明は非常にわかりやすい。自身の体験や感覚を教えてくれるからだ。説明から彼女は優れたマギサ(魔術師、魔法師、呪い師などの総称)だと悟った。


 しばらく続けていると、書庫の扉が開いて黒猫がヨタヨタと、ゼータのもとにやって来た。

 クレラの手伝いを終えたロッカルである。

 ゼータは彼を抱き上げ膝に乗せた。

 可哀想な猫妖精は契約者の膝上で眼を閉じ眠った。


「祐佳、今日はここら辺にするか。」


 ゼータはロッカルを撫でながら言った。

 時計を確認すると結構時間が経っている。


「はい。」


 返事をして本を棚に返した。

 その時精霊文字で「生物と妖精の森」という題名の本が目に入った。

 思わず手に取りパラパラとながめる。

 精霊文字であるものの、時間をかければ読めそうである。何よりこの世界の生物や妖精について興味がある。

 祐佳はこの本に目が釘付けになった。


「その本が読みたいのかい?」


 背後から声がかけられた。

 祐佳は恥ずかしくなって本を戻そうとした。


「読みたければ読めばいいよ。知識は多いに越したことはないからね。」


 そんな祐佳をゼータは微笑み眼を細めて見て言った。


 祐佳はさらに恥ずかしくなった。頬が染まっている感覚がする。

 でも、この本はとても読みたい。


「…借りてもいいですか?」


「どうぞ。」


 ゼータの許可を得た祐佳は耳まで真っ赤にしながら書庫を後にした。


 自分の部屋につき、本を開く。


 精霊文字を解読しながらゆっくりと読み始めた。

 興奮の連続だった。

 妖精の種類、習性、特徴、いくらよんでも読み足りない。

 祐佳は没頭して本を読んでいた。

 するといつの間にか時間が経ってたのか、クレラが祐佳の部屋のドアを開けて「もう寝ろ‼︎」と、怒鳴った。

 祐佳は渋々本を閉じ、ランプを消す。


 ベッドに潜ると、日本でのことを思い出した。

 中学での親友、楽しいクラス、自転車で登った坂道、そして自分を男手一つで育ててくれたお父さん。


 胸が寂寥感に侵される。

 目元が熱くなる。


 気づかないフリをして布団を頭までかぶった。



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