ほしくず魔法店
むかーしむかし、あるところに……。
えっ? “むかし”じゃないって? 今? あっ、そう。今ね、いま。じゃあ、仕切りなおさせてもらって、今ぁ……現在ぃ……あの、この情報なくていいですかね?
あっ、いいの? いいなら早くいってよねぇ。
はいはい、はじめまぁす。
あるところに、ヒロくんという魔術師と、その居候の猫がいました。
安直だよね。魔術師の使い魔に黒猫とかさ。他にどうにかならなかったの、これ? もっと強そうな熊とかさ。人間なんてちぎっては投げちぎっては投げしてさ。
えっ? そういう話じゃないって? あ、そう。
熊は街中じゃ飼えない世界だって?
ヒロくんは街の中心部に住んでるの? あ、そう。店ね、わかるわかる。魔術師がなんか作って、ほら、あれだ、なんか売る系のね、うんうん。店に熊いたら、お客さん来ないもんね。
でも、店に熊とかいたら掴みになるじゃん?
お客さんがやってきてさ。“あ、熊だ!”みたいなさ。“あ、クマだ!”。わかる? “悪魔だ!”みたいなさ。
真面目にやれって? これでも真面目なんですけどぉ。
っていうか、お店に使い魔の黒猫とかマジないんですけどぉ。
黒猫でも使い魔でもないって? じゃあ、なんなの? 存在価値あるの? あ? 今、“おまえの存在価値よりある”って聞こえたんだけど、気のせいですかね?
猫の日だから早く進めろだって? 知るかよ、ばああああかっ。
はい、すみませんでした。
えーっと。
ヒロくんは結構大きな町の寂れた裏通り、たまぁに人通りがあるような最悪の立地条件の場所にある汚い、もとい、古くて情緒のある建物で“ほしくず魔法店”を営んでおります。キャッチフレーズは「あなたにぴったりの魔法をおつくりします」っていうんだけど、魔法ってかっこよくばぁーって使うものじゃないの?
この世界の魔法は失われた知識で、魔法ギルドに登録された人しか使ったり売ったりできないわけなのか。
技術はギルドに仮登録されてから師匠の下で長年学んで一人前になるのね。ふむふむ。整合性はあるけど、このヒロくんは結構若いよね? どう見ても19か20歳くらいの好青年だけど、長年修行したようには見えないよね。
ギルドの特性検査では近年まれに見るほどのキャパシティを持っていたのか。まるでチートだね。
なになに、最初から簡単な魔法が使えてたけど、その才能とは裏腹にどんな魔法も普通の効果すらでないって?
それじゃあポンコツすぎて駄目じゃん!
でも突然開花されても面倒だから魔法使いのギルドに登録して店を持たせた、と。
いやぁ、なかなかギルドもこずるいですよね。
それでこんなお客さんも来そうにない裏通りで店持たされてるんだね。この裏通りも“鉄サビ通り”なんて名前でいかにもネーミングセンスが尽きましたって感じでかわいそう。猫があちこちで日向ぼっこしたりやんちゃしたりして、ほんとに下町って雰囲気が出てる。
そういや、このヒロくんには使い魔の猫がいるんだっけ? 使い魔じゃなかった、わかってますよ。えぇ、大丈夫です。
あ、ほらほら、2匹の猫が今店に入りましたよ。
猫すら堂々と入れる親切設計。っていうか、入り口開けっ放しですもんね。換気大事、わかります。
店の中を覗いてみると、先に入った猫はさも当たり前のように作業机の端に飛び乗って、まるで主人を待ってるかのように香箱座り。手馴れてますねぇ。
この猫は珍しい模様をしてますね。まるで上半身に黒いジャケットを着てるような感じがします。おやおや、顎の下も蝶ネクタイみたいになってるじゃあないですか。ジェントルマンなんですね。
やっぱり思うんですよ。こういう礼儀正しいというか、飼い主の邪魔をしないってペットとしてあるべき姿だと思うんですよ。
あっ、店の奥からヒロ君が出てきましたよ。サラサラの黒髪で結構イケメンだね。おっとりした感じのさわやかな笑顔もポイント高いですよ。
「やあ、おはよう。猫男爵」
声は結構高めだけど、ペットにも挨拶ができる優しさにも溢れてる。
それなのに、この猫ってば立ち上がるや否やヒロくんの差し出した手にネコパンチ! まぁ、なんということでしょう!
「そんなに怒らないでくださいよ、師匠」
ヒロくんが謝ってる……かわいそう。悪いのはその猫なのに!
「遅刻じゃないですよ、師匠。朝からいるんですから、少しは席はずしたりしますよ」
ヒロくんがんばれ! 猫がなに言っても負けるな!
あれ? そういえばヒロくんは猫の言葉分かるの?
猫男爵って呼ばれた猫専用の翻訳ができる道具があるのか、ほうほう。猫男爵の指示でそれをつくったから、ヒロくんはこの猫のことを師匠と呼んでるんだ?
じゃあ、この猫──もとい、猫男爵はすごいってことじゃん!
猫男爵のセリフ聞けるの? マジ? ここね、これをこうね、オッケーオッケー。
さて聞いてみましょうか。
「──と常々からにぼしを断つほど言い聞かせているというのに、ヒロはいつもその場で謝るだけで何も改善しようとしないではないか。我々、猫の中でも“髭の生え変わらぬうちに”と揶揄されるほど失礼なことだ。ほかにも──」
なんか小姑みたいだね。
……ごめんなさい。さすが師匠の貫禄とでも言うんですかね!
それにしても猫の世界にも諺とかあるんですね。びっくりです。
「猫男爵、お昼まだだよね。はい、かまぼこだよ」
「そんなもので釣れると思ったら、大間違いにゃ。あと二枚にゃ」
完全に誤魔化されてますよね。
普通の猫とまったく変わらない感じで擦り寄ってますよね。せっかく褒めたのに台無しですよ。
あ、猫がもう一匹いるのにヒロくんは気付いてたんですね。
「シンザンも食べてね」
優しい声で猫男爵より小さい白い猫にもかまぼこあげてるヒロくん超素敵ね。
おなか空きました。
なんか食べてきていいですか? おっけー? やったー。行ってきますね。
ふぅ、食べた食べた。
さてさて、イケメンのヒロくんウォッチングを続けますか。
ちょうどいいタイミングですね。
ヒロくんの“ほしくず魔法店”に女性のお客さんが来たところです。
年のころは10代後半。わたしといい勝負よね。
背後の笑い声が気になるけど、実況続けますね。
この世界では一般的なワンピースのお嬢さんって感じで、初めて来た店という素振りで中を一通り見渡してますね。
運がよくなる御守やら魔力安定サプリメントやら、ギルドに押し付けられた商品がこじんまりと並んでるほかは、目を見張るものは何もないんだけどね。
わたしほどじゃないけど美貌の持ち主ね、この子。あ、そこは納得するんだ? さっきは笑ってたじゃん。
化粧落としたら変わらないって? しばくぞ?
「あの、店長さんですか?」
「はい、そうです。なにかご入用ですか?」
聞き逃しかけたけど、なんかそういう会話してた気がする。
猫男爵はというと黙って普通の猫みたいに作業机の前のカウンターの上に座ってる。
これきっとお客さん、剥製か何かだと思ってるよ。
「あの……」
このお客の女性なにか言いよどんでるね。耳の先が少し赤くなってる。
あぁそうか、これ、あれだよ。恋の悩み相談!
ちょっと好きな人ができたんだけど、どうしたら仲良くなれるかわからないから魔法でなんとかしたいってやつだ!
え? 合ってる? まじ?
「あの、魔法の媚薬を作ってほしいんです!」
ええええええぇぇっ!?
ちょっと、この子やばいよ! 変なこと言い出したよっ!
うわぁ、ないわー。わたしでもそこまでしないわ。いい男いたら、ちょっと殴り倒して既成事実作ればイチコロよ。
ほら、猫男爵もビクッてして耳をそばだててるよ。
ヒロくんは落ち着いてるなぁ。さすが店長だね。
「お話を聞かせてもらえますか?」
この子から理由を聞きたいってことだね。そりゃあ、理由によっては媚薬を作らないこともないと。
なんかこのお嬢さん、もじもじし始めちゃったよ。
どういう理由なのか言い出せずに困ってる感じだね。耳どころか顔まで真っ赤にしちゃって。
ヒロくんじゃなくてもぜひ理由が聞きたいね。
詳しく聞いて恥ずかしがる顔を下からこうニヤニヤと観賞したい。
……なに?
時間? あ、そう。
じゃあ、続きは次回ってことで!
※ 誤字修正