12 タイムマシンで
もしもタイムマシンで、その瞬間に戻れたら、
あたしは、自分が赤いポストに投函する封筒を奪っただろう。
何故なら、真治君に上げた、あたしの一番大事なものが、封筒に入って居たからだ。
それを封筒に入れるまで、あたしは一応何度か迷ったのだ。
本当にこれ?
何か間違って無い?
でもこれしかない!
あたしの一番大事にしている物が、欲しいと言われたのだ。
だったらこれだよ。
あたしが小学生の時、大好きな親戚のお兄さんが、あたしにくれた物。
蛇の抜け殻。
蛇の抜け殻。
蛇 蛇 蛇 〜〜〜
うすいうすい、繊細なふわふした、不思議な模様の・・・
透き通った衣。
アダムを誘惑した蛇が、脱ぎ捨てて行ったドレス。
あたしは・・・
良くそれを光にかざして、あきもせずに眺めていたのだ。
美しい。
…仕方無いじゃん。
本当にあたしには宝物だった。
だからティッシュにそっとくるみ、封筒に入れて切手を貼って、投函した。
赤いポストの向こう側の、限り無い闇に向かって。
だけど…
返事が無かった。
やっぱり間違ったか?
世紀の大誤算だ。
アハハッ。
この話をする時…あたしは、泣かずにはいられない。
哀しくておかしい。
おかしいのはお前だろと、言われる。
もしも、メールがあったなら…写メして確かめたかも知れない。
あるいは、お前ふざけんなよと、喧嘩の出来る関係なら、違ってたかも知れない。
あたし達は、二人とも相手に夢を見る17歳だった。
夢の分だけ、真治君は失望したのだ きっと。
あるいは、蛇の抜け殻を前にして、絶句したのだろう。
リアクションが分からなかったか、意味不明で、困惑したのか、とにかく、指輪に対して蛇だからねぇ・・・
そして、向こうから何も言って来なかったので、あたしもそのままになってしまった。
日が経つにつれて、聞くのも怖くなった。
嫌われた・・
それだけは分かった。
ハッキリと。
蛇の抜け殻ネタで、加部と貞子は、腹を抱えて笑った。
そして、又友達になった。
松子は気の毒そうな目であたしを見た。
「それってタダの嫌がらせだよ!」と、テル子までが言ったので、あたしはいつの間にか、校内で一番ダサい女になった。
卒業式の日は、涙が一滴も出なかった。
サイコな貞子までが泣いて居たというのに、やっぱりあたしは、何処かずれているのかも知れない。
真治君は大学生になって、さらにモテモテって噂を聞いた。
加部はしばらく遊んだ後、オッサンみたいな人と同棲した。
松子は卒業してすぐに、新しい彼氏が出来て、小泉君を捨てた。
捨てられた小泉君は、時々あたしに連絡して来てお茶をした。
お互いに淡々とした感情で、けして、ある一線より上には行かない付き合いだった。
「僕ね、自分ちが建具屋だから職人になるよ」と言って笑った。
貞子は奇跡的にコスメ販売員。
テル子は、風紀委員の片鱗も無い服装のk大生になり、夜遊びしまくったので女は怖いと思った。
飯田君は一人でポツンと立って居るのを、小田急線で見掛けた。
税理士の資格の為、経済学部で勉強しているらしい。
そして、飯田君と一触即発だった神崎将とは、新宿行きの電車の中で遭遇した。
髭が伸びて、心理学の本をイッパイ抱えていた。
あたしを覚えて居たのか、そばに寄って来て一言、
【押忍】と言たので、あたしも【ウッス】と答えた。
そしてそのまま、振り向かずに、人込みに消えた・・
ドンケ。
ドンケはどうしたんだろう?
ドンケ・・
小池 精気という名前がありながら、一度もその名前で呼ばれた事が無く、誰もが蔑視を込めて「ドンケ」と呼んでいた。
ドンケが何処で何をして居るか、誰も知らなかった。
ただ思い出すのは、あの声と真っ黒な顔だ。
「逃げな!」
あのたった一言が今でもよみがえる。
鈍くて要領が悪くドンくさいヤツ…
ついてないヤツ。
空気読めない。
だから殴られると思ってた。
あたしには、男だとも見られて無かったドンケ…彼は、あたしに殴られても、へーっちゃらで年賀状を寄越した。
媚びて居るわけでは無く、それがドンケなのだ。
砂浜でボコボコにされた時も、
普通ならもっと大騒ぎするか、トラウマになったり、何百倍もの言い訳を女子逹に並べるんじゃないだろうか?
初めて会った女子逹の前で、メンツ丸つぶれの事件に遭ったのだから。
それなのに、ドンケときたら、「いたたっ」だけ・・・
彼はただ、
飯田君のような機転と説得力を、不幸にも持ち合わせて居なかったのだ。
しかし、窮地に陥った時、
ドンケの発した言葉は【きゃあ】でも【許して】【金払います】【マジかよっ!】
でも無かったのだ。
助けてくれる人も居ない、砂浜に響いたドンケの言葉は、青空を突き抜けて、あたし達三人の体を動かした。
『逃げなっ!!』
今たった一人と会えるなら、
ドンケに会いたい。
彼は殴られたのではなく、守ってくれたのだ。
だからあの頃の私が、置き忘れて来たままの言葉を届けなくては。
殴ってごめんね。
そして、
助けてくれて、
ありがとうございました。
ドンケが幸せに暮らしていますように・・・
それが、限りなく馬鹿だった私の願いです。
完
お読みいただきましてありがとうございました。
蛇の抜け殻を送らなくても、多分振られていたことは間違いありません。
私の勝手な話お付き合いいただきまして感謝です。




