めっちゃ声いい百合
クラスに好きな人がいる。
瓜生野乃ちゃん。ちょっと変わった子。
誰にも話しかけないし、喋らない子。そんなだから、誰かに話しかけられることも全然なくなって。
でも、声が出せないっていうわけじゃない。最初は野乃ちゃんは喋れない子なのかと思ったんだけど、授業中に当てられたり、音楽の時間とかで歌ったりする。
それで、みんなびっくりしちゃう。
野乃ちゃんは、すっごく声が可愛いの!
野乃ちゃんの歌なんて聞いちゃうとみんな野乃ちゃんのことが好きになるだろうって、そう思うくらい。
先生からもすごく褒められるし、そういう時の野乃ちゃんはとてもうれしそうだ。
だけど、みんなから話しかけられて、恥ずかしそうにして喋らないってわけじゃないみたい。
いつもあの子は……。
「野乃ちゃん、元気?」
ぎろっ、て感じで睨みつけてくるだけで、野乃ちゃんは何も言わず、自分の机に向かっている。
「ねー野乃ちゃんってば」
それでも彼女は無視する。
懲りずに、毎日話しかけてるけど、野乃ちゃんはたぶんみんなのことが嫌いだから誰とも話さないんじゃないかな? って思う。
だけど、音楽の授業で褒められた時とかって、すごく嬉しそうな顔してる。
なんでだろうっていつも思ってる。そんなに嬉しいなら、みんなと話せばいいのにって。
ある日、私はあんまりにも野乃ちゃんの声が聴きたかったから、一日中野乃ちゃんにべったりしてた。
「のーのーちゃーん!」
「…………」
野乃ちゃんは噛みつきそうな顔をして、私に歯を鳴らして、かけ足で離れる。
私も、それを追いかける。
授業中はちゃんと席に座ってる。席は離れてるけど、私のが後ろだからその様子は見れる。
休み時間になったら、すぐに背中に抱き着く。
「ねえ野乃ちゃん、喋ってよぉ?」
野乃ちゃんはそれじゃ絶対に喋らない。
十分じっとくっついても話してくれず、また授業。
次からは休み時間になってすぐ逃げだすようになったから、追いかけっこをして。
学校が終わったら、家まで追いかける。
それでも、野乃ちゃんは絶対に喋らなかった。
どうして野乃ちゃんが喋らないのかはわからなかったけど、そういうことを繰り返しているうちにどうでもよくなってきた。
追いかけて、終わって、教室まで一緒に走って、席に着いて、はぁはぁって息を切らす野乃ちゃんの声が聞こえると、それだけでどうでもいい気分になる。また走り出したくなるくらい嬉しかったから。
あと、運動は私の方ができて、中間休みとか昼休みは、十分くらい経つと、追いついてぎゅーってできる。
「つかまえた!」
「……!」
体をぶんぶん振っても、もう疲れてるから野乃ちゃんは逃げられない。
「喋って喋って!」
そんな風にしても、野乃ちゃんは喋らないけど。だけど間近で野乃ちゃんの息の音が聞けるから、それでよかった。
嬉しかったことは他にもある。野乃ちゃんとクラスが一度も離れなかったことだ。
これは後から知ったんだけど、仲の良い友達をクラスに一人くらいはいないと駄目だけど、野乃ちゃんと喋っている(風に見える)のが私だけだから、私は野乃ちゃんのオトモダチとしてずっと同じクラスだった。
つまり、そんな生活が六年間続くことになる。
野乃ちゃんが折れる前に、私がもう一つ新しいことを試みた。
中間休みに野乃ちゃんに抱き着いて、間近で息の音を聞いている。
そうすると、野乃ちゃんは息の音を聞いているってもうわかってるから、すぐに呼吸を整えて、音を出さないようにする。
そしたら、私は、野乃ちゃんの体を思い切りこしょこしょするのだ。
それでも野乃ちゃんは一生懸命我慢して、声を出さないようにするんだけど。
そうして我慢してる野乃ちゃんが可愛いから、それでもいいかなって思うのだ。
「……ひっ! やっ!」
声が聞けたら、とてもラッキーだ。
またある日。
野乃ちゃんが新しい方法を考えた。
『わたしはいやがっています』
そう、ノートに書いて私に見せたのだ。
「え、なにを?」
聞き返すと、野乃ちゃんはノートに書き込んで。
『おいかけられることを』
「そうなんだ。……じゃあ、喋ってよ」
『いやです』
「なんで?」
『ひみつです』
「なんで?」
ひみつです、って書いてあるところを野乃ちゃんは指さす。
「なんでさぁ!?」
ちょっと意地悪だったかもしれないけど、私は野乃ちゃんに抱き着くのでした。
遠足の時も、修学旅行の時も、野乃ちゃんは一人でした。
誰かと同じ班になっても、誰かと一緒に行動しても、野乃ちゃんはずっと黙ってて、一人なのです。
そのたびに、その傍に私はいました。
ある日、私は学校を休みました。
たった一日、朝とても気分が悪くて、色々あって、大した理由ではなかったけれど。
次の日、野乃ちゃんはいつもと違うところへ逃げました。
いつも決まって逃げられる方へ逃げていくのに、その日は、立ち入り禁止の屋上に出る踊り場のところに逃げたのです。
人気がなくて、逃げ場がなくて、ただ野乃ちゃんは立ち尽くしていました。
「……どうしたの、野乃ちゃん?」
なんて言いながら、私はしっかりと野乃ちゃんを捕まえます。いつもと違うのは、逃げることを諦めた野乃ちゃんは振り返って私の方を見ていたので、正面から抱き合う形になったこと。
「野乃ちゃんはどうしても喋らないの?」
「……ダイヤモンドがなんで高級か知ってる?」
しっかり抱きしめて、頬と頬が触れ合うほどの距離で、その声が聞けたことに私は思わず抱きしめる力を強めていました。
「きらきらだから!」
「……数が少ない、から」
「だから喋らないの?」
頬がこすれて、野乃ちゃんが頷きました。
すぐに理解したのは野乃ちゃんもとても自分の声を気に入っていて、だからあんまり喋るとその価値がなくなってしまうと思っていたのでしょう。
そんなわけない、と思っても、野乃ちゃんの声を聞くとそれが真実であるかのようでした。
野乃ちゃんの声はさながら魔法で、喋りすぎるとМPがなくなってしまうような。
だって、私はそばで野乃ちゃんの声を聞いて、こんなにも幸せな気分になったのですから。
「ねぇ」
「なになに!?」
そして、珍しいことにこの日、野乃ちゃんから私に話しかけてきたのです。
「友達に、なって?」
「うん!」
すぐに、頷きました。あんまり嬉しくて空も飛べそうなくらいです。
それからは、走ることもなく私は野乃ちゃんの傍にいることになったのです。こしょこしょは、たまにしましたが。それでも野乃ちゃんと人が話すことはありませんでした。
でも中学に入ると、流石に野乃も全く無言というわけにはいきません。
子供の時にだけ使えていた魔法は解けてしまったようです。
私にとって野乃は友達ですから、彼女に他の友達ができることは喜ばしいのですが。
それでも、彼女が他の人にその声を聞かせていると考えると、無性に胸をかきむしりたくなる気持ちになることがあります。
哀しい、けれど嬉しいこともあります。
「恵那」
野乃に名前を呼ばれると、それだけで私は、至福なのです。
魔法はまだ解けていないようなのです。
これちょっと続編じみたもの作りたいですね。作者満足度高し。