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エルフの国の○○屋さん  作者: バスチアン
エルフの国の耳かき屋さん
7/20

エルフの国の伯爵夫人


最近、ロック鳥の鳴き声がやかましくなってきました。

つがいの雄がやって来たのです。


 グウゥェェッーーー!!

 グギャッァーーーー!!


遠雷のように二羽の巨鳥の鳴き声が鳴り響きます。

お隣のベナリさんが言うには、これがあと3ヵ月は続くそうです。

個人的にはうんざりなんですが、周囲はけっこう嬉しそうです。

何しろロック鳥が卵を産むとお祭りです。

そのせいで街中が文字通りお祭りムード。

しかもこのお祭りは開催日が決まっていません。

生まれたその日から1週間続くのです。

そうなるとお金もたくさん動きます。

景気が良くなるのは良い話なので、我慢しなければいけません。

我慢、我慢です。

我慢なのです。




塵ひとつない床、ピカピカに磨いた窓、椅子の足の裏にも埃は溜まっていません。

その日はとても素敵な気分でした。

久しぶりにお姫様が来るのです。

最後に来たのは確かロック鳥がやかましくなる前ですから、3か月くらい前の話でしょうか?

ちょっとワクワクです。

ルナラナが凄いジト目でこちらを見てきますが気になりません。

掃除はOKです。

ポケットにはルナラナには秘密ですが、先日もらったコラットのペアチケットが入っています。

予約が入っていたのは14時なので、あと30分以上、まだ少し余裕があります。

今日は朝からずっと予約が入っていたから、今のうちに休憩しておけとルナラナが言います。

でも昼ご飯も手早く済ませましたし、座っていても何だか落ち着かないのです。

最近、売れ行きの良くなってきた香油の小瓶を拭いていきます。

ディスプレイ用に綺麗に並べるのがポイントです。

3種類ある香油はそれぞれ色が違います。

あまり陽光の触れるところに置くのは良くないのですが、売れ行きが良く回転が速いので問題ないでしょう。

いっぱい積んでると欲しくなるというのが、ひとの心理なのです。

そんなオレの姿を見てルナラナが、そんなに動きたいのなら自分の耳を手入れしてくれと言ってきました。

それを聞き、オレの手が止まります。

ルナラナの耳を触る。

それは何だか意外な提案でした。

もちろんルナラナに耳かきしてあげたことはあるのですが、それも随分昔の話です。

店を立ち上げたとき。

耳かきの道具を試行錯誤して手作りしていたときは以来でしょうか。

普段は耳かきしてあげるということはありません。

そうですね。

時間もあるし、ウォーミングアップにもいいかもしれません。

オレはルナラナに了承すると、そのまま施術台に上がる様に言います。

せっかくだから、ルナラナの耳を見ることにしましょう。

だというのにです。

あれ?

おかしいです。

どうしてルナラナが赤くなっているでしょうか?

何でもないと言っていますが、そうは見えません。

彼女は髪の毛も赤なので、頬が紅潮すると本当に真っ赤になります。

変な子ですね。

オレは首を傾げます。

やっぱりして欲しくないんでしょうか?

オレがそう言うと、ルナラナは首をブンブン横に振ると飛び乗るように施術代の上に寝そべりました。

何だか偉そうに「早くしてよ」と言ってきます。

本当に変な子です。

ルナラナは普段は優秀なのですが、たまに変な子になるのです。

時間も余るほどあるわけではないので、さっさと始めてしまいましょう。

あくまで時間つぶしなので最悪片耳だけでもいいでしょうが。

……あっ、横目でジロっと睨まれました。

失礼なことを考えたのがバレてしまったみたいです。

オレはゴホンと咳払いをすると、耳かき棒を一本取り出しました。

おや、ルナラナも気がついたようです。

これはオレとルナラナが一番最初に一緒に作った耳かき棒です。

シンプルな木製の耳かき棒。

軽いので加工しやすく、密度が低い木なので耳に当てると温かい感触がします。

これを一本仕上げるたびに何本も木材を駄目にしたのは今となってはいい思い出です。

ルナラナの頬も同じように緩んでいるのを見ると、彼女の中でもいい思い出としてカウントしてくれているようです。

オレは少しだけ安心しながらルナラナの耳を覗き込みました。


…………………………………………………


絶句します。

汚いですね。

すごく汚いです。

太古に滅びた古代文明の遺跡のように朽ち果てています。

いえ、ルナラナが怒っても、汚いのものは汚いので仕方がありません。

しかし拗ねて怒っている姿は本当に子どもですね。

ほっぺたを膨らませても関係ありません。

とっとと始めてしまいましょう。

ルナラナの反論を適当に聞き流しながら、オレは左耳の耳たぶを軽く引っ張ります。

彼女は小人族レプラコーンという種族らしいのですが、髪の毛が赤いのと、背が低いこと以外には人間と外見上は変わりません。

なので耳もあまり特徴のある形ではありません。

エルフのように尖ってもいませんし、オークのように頭の上にもついていません。

顔の横についているので非常にやりやすいです。

そんな耳朶を引っ張りながら耳孔の中が見えやすいように角度調整していきます。

うん、汚い……もとい、実に取りがいのある耳をしています。

まずは入口の方から取っていってしまいましょう。

耳の穴に細い耳かき棒をそっと入れて、先端を堆積した耳垢に食い込ませます。

バリっとした?

そりゃあ音くらい鳴るでしょう。

これだけ溜まっているんですから。

オレは呆れたように言うと、匙の先端にわずかずつ力を込めながら、ズズ~っと外へと掻きだしていきます。

ゆっくり、ゆっくりです。

あまり早く動かすと、せっかく掬った垢が零れ落ちてしまいます

ゆっくり、ゆっくり……あんまり変な声出さないでください。

まったく、普段は男の子みたいなルナラナがこんな声を出したら、ちょっとだけドギマギしてしまうじゃないですか。

いえ、あくまでもちょっとです。

さっさと次に移りましょう。

次はちょっと奥の部分を攻めていきます。

窪みになって外からは見えにくい部分です。

オレはルナラナの耳を軽く捻り、普段は隠れている部分に光を当てます。

ほら、いっぱい溜まっています。

そこを突きます。

声には出しませんでしたが、ルナラナの肩が一瞬だけびくっと動いたので、きっとまた耳の中でバリバリ音が鳴っていることでしょう。

さて、今度は崩れた耳垢の山を掻きだしていきます。

さきほどと同じ、ゆっくり、ゆっくり、ズィ~っとです。

匙が耳道を引っ掻くたびに、先端のスプーン部分に耳垢が溜まっていきます。

うん、凄い量ですね。

自分の耳垢を見たルナラナも「げっ!」って言ってます。

とはいえ、これすらも一部分。

太古の遺跡に眠るお宝はこんなものではありません。

さぁ、発掘作業再開です。

もう一度耳かき棒を構えて耳垢の溜まったポイントを探します。

……あ! ありましたね。

採掘ポイントを発見したオレは層になった垢を一枚一枚削ぐように匙を添わせていきます。

カリカリ、ポリポリ、何度も何度も往復させます。

焦ってはいけません。

力を入れすぎると、せっかく剥がれた耳垢が割れてしまいます。

いえ、別に割れても問題はないのですが、遺跡の発掘作業と同じです。

なるべく、完全な形で発掘したいのです。

出土した発掘品を並べて悦に入っていると、ドアの開く音が聞こえます。

どうやらお姫様が来たようです。


「少し早かったかしら?」


お姫様の声が聞こえます。

オレが、そんなことはありません、と言おうとしたときでした。

お姫様の姿を見た瞬間、オレの息が止まります。

出そうとした声も、それと同時に止まってしまいます。

きっとオレは余程驚いた顔をしていたのでしょう。

気づいたお姫様はいたずらっ子のように笑います。

オレの視線はある一点のみに注がれています。


「ああ、お腹ね。ずいぶん大きくなったでしょ?」


お姫様は言います。

その言葉が示す通り、そのお腹は服の下に西瓜でも隠しているように大きくなっていました。

オレが驚いている間にぴょこんと飛び起きたルナラナがお姫様にお祝いを言います。


「まだ、生まれたわけじゃないから。でも、ありがとう、ルナラナ」


その言葉にオレは正気に戻りました。

そうです。

お腹の赤ちゃんは順調に大きく育っています。

それはとても好いことなのです。

好いことのはずなのです。

でも、何故でしょう。

幸せの象徴のはずのそのお腹を見ていると、悲しい気持ちと、悔しい気持ち、寂しい気持ちが一緒になって襲ってきました。


「どうしたの? ナカムラ?」


お姫様は訊いてきます。

でも、もちろん答えられるはずなどありません。

オレは曖昧に笑って、何でもないと応えます。

気持ちをごまかす度に、ポケットに入ったチケットを服の上からぐしゃりと潰します。



結局、その日はコラットの試合を見に行こうとは言いませんでした。




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