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エルフの国の○○屋さん  作者: バスチアン
エルフの国の耳かき屋さん
5/20

エルフの国の流行歌


お久しぶりです、中村なかむら宗次郎そうじろうです。

音楽の構成要素は、音の規則性リズム音の連続性メロディー音の複合性ハーモニー、だと言われています。

でもJ-POPが好きだった日本人としては、やっぱり歌手が歌詞を歌ってこその音楽というイメージが強いです。

ちなみに学生時代は軽音部でバンドを組んでボーカルをしていたというのはお姫様にも話していない秘密です。

歌ってくれと言われたら恥ずかしいですから。

何せバンドと違って独唱の無伴奏アカペラは難易度が高すぎです。

実力がもろに現れてしまうので、ドラムと、ギターと、ベースの援護射撃がなければ絶対にまともに歌えません。

バンド名とオリジナル曲のタイトル……そんなの言えるはずないじゃないですか!



店に入ってくるなり声をあげたのはエルフの音楽屋のナスティフさんでした。

音楽屋というのは、読んで字のごとく“音楽を売る”仕事のことです。


「えらい美人が通っているんだな」


美人というのは入れ違いで出て言ったテリトラさんの奥さんのことです。

オレが人妻ですよ、というとナスティフさんは残念そうに「そうか」とだけ言い接客用の椅子に座ります。

入り口のすぐ隣にある二脚の椅子と小さなテーブル。

ここがうちの店の待ち合いスペースです。


「今日はあの、ちっこいのはどうした?」


ちっこいのというのはルナラナのことです。

彼女は小柄なので、ナスティフさんはいつもこう呼んでいるのです。


「ああ、買い物ね。ナカムラはいつもこき使ってるよな」


心外です。

ルナラナは事務方兼、渉外兼、雑務担当です。

というより、オレは未だにエルフの国の文化に慣れ切っていないのでその辺りは苦手なのです。

正直、彼女がいないとこの店は回りません。


「まぁ…ナカムラがそう言うんならいいだがな」


ナスティフさんが鼻を鳴らしていいます。

そんな雑談をしながらナスティフさんはテーブルの上に四角い石を並べていきます。

サイコロくらいの大きさですが、サイコロと違い1の目の部分しかありません。

黒い立方体に赤や青のポッチがひとつついています。


「これが新しいヤツだ。聞くか?」


もちろんです。

オレが首肯するとナスティフさんは傍らにある蓄音機にそれをセットしました。

流れてくるのは緩やかなピアノのメロディーです。

このサイコロは音石と呼ばれるもので日本でいうところのCDのようなものです。

ナスティフさんはこの音石の制作・販売を行っているのです。


「どうだ?」


いいです。

次の曲が聞きたくなってきます。

オレがそう言うとナスティフさんはサイコロを取りかえます。

すると、次はけたたましいラッパの音が聞こえてきました。

いいのですが、これはこの店に合いません。

一曲一曲吟味して聞いていきます。

この世界は平和で牧歌的です。

冒険や謀略もあるのですが、少なくともオレたちの目に見える範囲にはありません。

そんな世界なのですが、その代わり娯楽の少ない世界でもあります。

その中で人気なのが音楽です。

ただ日本と違って歌というのは主流ではありません。

もちろん歌は歌としてあるのですが、どちらかというとクラシックな歌曲や詩吟として発達しているようで、一人の歌手がバックバンドを背景にリズムにのって歌うというのは見たことがありません。

もちろん歌って踊れるアイドルみたいなのも存在しません。

ナスティフさんはそんな楽器中心の楽曲を音石という魔法の道具に詰めて売ることを生業としています。

この音石の作成というのはなかなか適性の少ない魔法らしく、使えるものが限られています。

作曲家や楽師が使えることが多いのですが、一般的にはそれだけでは食えない作曲家や楽師が生活のためにすることが多い職業と言われています。

音楽家ではなく音楽屋と言われるのは、もともとはそのあたりの侮蔑から出来た言葉なのだと、以前ナスティフさんが自嘲気味に語っていました。


「あ…俺がもう曲を作らないのかって? 作ってるよ聞かせてないだけだ。まぁ、ナカムラのおかげでまたよく聞こえるようになったからな」


耳を触りながら言います。

彼ももともとはここのお客さんです。

ナスティフさんが最初に訪れたのは、ここを開けてすぐの頃でした。

なかなかに印象的な耳だったので、よく覚えています。





それは耳かき屋を始めてから少したった日の事でした。


「ここで耳を見てもらえるのか?」


その人は入って来るなり言ってきました。

エルフの男性です。

エルフの例にもれず優男の風貌なのですが、気難しそうに眉間に皺がよっているせいか少し近づきがたい雰囲気の方です。


「耳を触られるのは正直気持ちが悪いが背に腹は代えられない」


いきなりの物言いに隣にいるルナラナがイラっとしたのが分かりました。

何だか感じの悪い人ですが、それだけで追い返すわけにもいきません。

商売が軌道に乗ってきたとはいえ、お姫様への借金もまだまだ残っているのです。

何よりここを頼って来てくれた以上は、出来る限り応えてあげたいという気持ちもあります。


「何だ、このちっこいのは…女なのか? だったら自分のことをボクなんて言うな。ただでさえ聞こえにくいのに、まぎらわしいだろうが!」


あ…ルナラナの怒りがMAX寸前です。

怒って「むきーっ」って言ってます。

いえ、本当に言っているのです。

どちらかというと気の短い子なので、早く本題に入りましょう。

まずはどうしたのですか?と聞くことから始めます。


「耳が聞こえにくいんだ…左だけな」


左だけ?


「そうだよ。おかげで商売にならない」


聞いてみれば、このエルフの男性はナスティフさんといい楽師をしているそうです。

もっとも本人はしがない音楽屋だと言っています。


「で、何とか出来るのか?」


機嫌が悪そうに聞いてきます。

とはいえ、オレにも出来ることと出来ないことがあります。

どうしたものかと、まずはナスティフさんの左耳を見たときのことです。

思わず言葉を失いました。

隣で見ていたルナラナも同様です。

でもルナラナ、お客さんの耳に向かって「うげっ」とかは言っては駄目です。


「どうした? そんなに悪いのか?」


その様子に気がついたのか、ナスティフさんは訊いてきます。

いえ、少し驚いただけなので別に悪くはないのです。

それにしても凄いことになっています。

何しろ耳の穴を完全に塞ぐくらい耳垢が溜まっているのです。


「何だそれは? 大丈夫なのか?」


いえ、聞こえにくくなっている時点で大丈夫ではありません。

衛生的にも良くないでしょう。

オレの言葉を聞きナスティフさんは呻くように唸ります。


「それで…ここで何とか出来るものなのか?」


イライラした声に不安が混じり始めました。

オレはそれに大丈夫です、と答えます。

そして左耳を上にして寝るようにナスティフさんに言いました。


「おい、大丈夫なんだろうな?」


イライラよりも不安の方が強くなってきているようです。

見た感じ、耳垢はガチガチに固まっているので、まずはこれを柔らかくしていく必要があります。

オレは熱石のコンロに人灯すと鍋に入れたナッツオイルを人肌にまで温めます。

鍋の表面がわずかに波打ちだしたのを見てからコンロから鍋を外し、ヘラでグルグルとかき混ぜてから指をつけて温度を確認します。

うん…熱からず、冷たからずの人肌の温度です。

オレはそれを手の平サイズのポットに移し替えると、ナスティフさんの元へと持ってきました。


「何だ、それは? まさかそれを耳に入れる気か!?」


不安に思うのはもっともです。

しかしもしもこのガチガチの耳垢をそのまま取ろうとするのなら、耳が逆に傷ついてしまいます。


「いや…それは、そうだが……」


オイルは人体に有害ではありませんし、温度にも気を使っているので大丈夫です。

疑り深いナスティフさんを説得して、オレはポットの中身をゆっくりと左耳に注いでいきました。

耳の外ならともかく、中を温めるなんていう経験をしたことがある人は稀でしょう。

人肌に温めたナッツオイルはトロリトロリと耳穴の壁を伝っていくと、耳の穴の中を黄金色のオイルで満たします。


「お…おぉ……何だこれは!?」


ナスティフさんは驚きに声をあげます。

しかし不快という訳ではないようです。

その証拠にナスティフさんの不安で固まっていた表情が柔らかいものに変わっていきます。

ナッツオイルはじわじわと耳の中から頭の中まで熱を伝えていき頭の外側だけでなく、中までもほぐしていきます。


「ああ、そうだな。身体の芯まで温められているような感覚だ……不思議な感じだ」


その顔にはもはや不安の翳はありません。

5分ほどじっくりつければOKです。

オレはナスティフさんの左耳にタオルを当てると、そのまま逆向きになるように指示します。

逆向き、つまりはオイルの溜まった耳を下にして、中身を零れさせるということです。

ナスティフさんが寝返りを打つと溜まったオイルが下へと抜けていきます。


「な……耳の中に何か入って来た!?」


耳で馴染んで体温と同じ温度になったオイルが抜けることで、逆に何かが入って来たと錯覚するのです。

恍惚の表情のナスティフさんを横目に、オレは耳穴を見て構えます。

むしろここからが本番なのです。

オイルでふやけた耳垢はガチガチのものからふにゃふにゃのものに変化しています。

手に持っているのは耳かき棒ではなくピンセットです。

耳元で照準を合わせてから、オレは少しだけ痛いですけど我慢せずに言ってください、と伝えます。

そして二本一組の金属の切っ先を目標に向かってゆっくりと直進させます。

ほどなくして耳垢の壁に突き当たりました。

この部分で耳の穴が完全に通行止めになっています。

これでは聞こえなかったとしても不思議ではありません。

オイルでふやけた耳垢の壁はピンセットの切っ先が当たると少しだけへこみます。

オレはその一番柔らかそうな部分を察知すると、そのままあピンセットで掴んで固さを確かめます。

うん、これならいけそうです。

あとはそのままゆっくりと引き剥がすのです。


「ぐぅぁっ!……耳の中がっ!」


ベリッと音が聞こえてきそうな手ごたえを残して、壁になっていた耳垢の塊が耳壁から剥がれていきます。

とぐろを巻くように堆積していた耳垢はそのままズルリと外へ抜けていきました。

次の瞬間、今まで耳垢で邪魔されて空気が入れなかった部分に新鮮な空気が入って来たからでしょう。

耳の奥に侵入してくる冷たい空気の感触にナスティフさんはぶるりと身を震わせます。

オレが大丈夫ですかと聞くと、ナスティフさんはハッとした顔でこちらを見返しました。


「き、聞こえるぞ…元に、元に戻った!!」


大喜びしてくれて何よりです。

さぁ、あとは耳道にへばりついた耳垢の残りを耳かき棒で除去していくだけです。

楽師にとって耳が聞こえにくいというのはよほどのストレスだったのでしょう。

さきほどまでツンケンした嫌な人のオーラがどこへやら、落ち着いた表情で語りかけてきます。


これがオレとナスティフさんの出会いでした。





「耳の調子は良くなったから、新しい曲も描いている。そうだな、せっかくだからサービスだ」


そう言いながら、ナスティフさんは、もうひとつ音石を取り出して蓄音機にセットします。

何でしょう?


「俺が作った新曲だ。あのちっこいのにもあとで聞かせてやるといい」


スイッチを入れると音楽が流れます。

ピアノです。

それは昔、聞いたことのある曲に似ていました。

有名な曲で色々なアレンジで、色々な歌手が歌っている名曲です。

たしか『私を月に連れて行って~』そんな内容の歌だったように思います。

もちろん日本の話なので盗作などではありません。

細部は違いますし、そもそもボサノヴァ調の曲というのはこの世界ではほとんど聞いたことがありません。

この辺りがプロの音楽家ですね。

オレが昔作ったオリジナル曲は、オマージュだが、パクリだか、分からないものばかりでした、

最近では思い出すことも少なくなってきた日本を感じることが出来て、懐かしい気分になってきます。

日本を思い出すときは大抵寂しい気持ちになるのですが、今の気分は悪くありません。

オレはナスティフさんにお礼を言います。


「別にいいよ。それよりも来週予約を入れたいんだが空いているか?」


オレはもちろんです、と言い予約帳に記帳します。

そして最後に礼を言い、ナスティフさんを見送りました。

人がいなくなった店内はシーンと静かです。

さっきの曲をもう一度聞きたくなって蓄音機のスイッチを入れました。

やはりいい曲です。

懐かしい、だけど寂しくありません。

何となく歌ってみたくなりました。

メロディはやや違いますが、リズムは同じなので大丈夫でしょう。



 【私を月まで連れて行って

  星々の波の中で遊ばない?

  星の春がどんなものか見に行かない?】



初見だけど意外と歌えますね。

少しハーモニーが当たる部分もありますが、マッシュアップみたいになって悪くありません。

何だか楽しくなってきました。



 【金星と火星の星々

  私の手を取って

  つまり君と―――!!!!!】



…………ルナラナ、いつ帰ってきたんでしょうか!?

なんだかすごく目がキラキラしています。

もっと歌ってくれって…そんなの無理です。

これってラブソングなんですから

恥ずかしいです。

だから人前で歌うのは嫌なんです。

結局その日は閉店までこの歌のことでからかわれることになりました。

まったく…もう歌はこりごりです。



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