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エルフの国の○○屋さん  作者: バスチアン
エルフの国の耳かき屋さん
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エルフの国の(元)お姫様


こんにちは、中村宗次郎です。

今日は夕方までずっと忙しくてお昼御飯が食べれていません。

商売が繁盛するのは良いことなのですが、身体を壊しては元も子もありません。

この国の食事は未だに食べ慣れませんが、贅沢は言っていられません。

今のうちにしっかり食べてしまいましょう。

目の前にはお皿いっぱい山盛りになった緑色の豆があります。

この国の主食は米でも麦でもなく豆です。

茹でた豆をそのままお皿に盛って、それをメインに漬物ピクルスやドライフルーツを食べます。

ひとつひとつは美味しいのですが、食べ合わせというか、一体感が感じにくい食事です。

自分で料理が出来ればよいのですが、残念ながらオレには料理の才能がないようです。

さて文句を言わずに食事を続けましょう。



「あら? ナカムラ、食事中だったのね」


食事をしているとドアが開き、聞き覚えのある声が聞こえてきました。

オレは席を立つと頭を下げました。


「ああ、別にいいわよ。そのまま食べてなさい。私もひとついいかしら」


そう言いながら、その女性は俺の弁当のドライフルーツをひとつ摘まみます。

行儀が悪いはずなのに、その仕草には気品があります。

それもその筈です。

この方はこのエルフの国のお姫様なのです。

厳密には、元がつくお姫様です。

現在の彼女の肩書は伯爵夫人なのですが、オレはそのままお姫様とお呼びしています。

王女殿下と公称で呼ぶと色々問題が起こりますが、お姫様だと愛称なのでOKのようです。

なので、お言葉に甘えてそのまま愛称として「お姫様」と呼んでいます。


「時間は空いてるかしら? 久々に貴方に耳を手入れして欲しいの。もちろん食事が終わってからでいいわよ」


もちろん大丈夫に決まっています。

何しろ彼女はこの店の出資者です。

断るなどという選択肢はありません。

手早く豆を掻き込むとお茶で一気に胃袋に流し込みます。


「そんなに急がなくてもいいのに」


お姫様は呆れたように言いましたが、VIPなのですからお待たせする訳にはいかないのです。


「相変わらず律儀ね。まぁ、だからこの店も評判がいいのでしょうけど」


そう言っていただけるのは大変光栄です。

実際、初めてお姫様から「耳かき屋」をしてみたらと提案されたときは、そんなものが流行るのかとオレ自身が懐疑的でした。

しかし蓋を開けてみると予想外に多くのお客さんがやって来ます。

もともとこの国に耳かきをする文化がないので、逆に「他人に耳を触られる」というゾクゾク感にハマってしまう人が多発したようでした。

もちろんこれには最初にお姫様が宣伝してくれたことが大きいです。

貴人のご用達ともなれば信用度が違います。

そうでなければ、赤の他人に耳を触られるというのは中々ハードな難関でしょうから。


さて、昼食も早回しで食べきり口元を拭うと準備です。

道具をひとそろい並べてこれで万全です。


「ルナラナはどうしたの?」


ルナラナというのはうちの従業員のことです。

今日は大事な用事があると聞いているので非番なのです。


「あら…そう、残念ね」


お姫様はそういうとそのまま慣れた様子で施術台の上に座ります。

そのときオレはあることに気がつきました。


「ああ、お腹ね。ちょっと大きくなってきたかしら?」


そうです。

お姫様は身重なのです。


「本格的にお腹が大きくなるのは来月くらいらしいわ」


生まれてくる子供はきっとお姫様に似て愛らしい子なのでしょう。

なんとなく嬉しい気分になりながらオレは蒸しタオルを鼻から上にかけて被せます。


「久しぶりだけど、やっぱり気持ちいいわね」


そうは言ってもタオルをかけるだけならお屋敷でも出来るはずです。

なので、これはお姫様なりのリップサービスというやつです。

やはり人の上に立つ方は人の動かしかたをよくご存知です。

ただそれでもやっぱり悪い気はしません。

オレはお礼を言うと、すぐに作業に入ります。

最初に使うのはシンプルなスプーンタイプの耳かきです。

右手で耳かきを持ち、左手でお姫様の耳の先を軽く引っ張ります。

エルフ特有の笹の葉のようにピンと尖った耳の先です。

最初は何も知らずにこうやって引っ張ってしまったのですが、エルフにとって耳と言うのは人間以上に敏感なところらしく力加減が難しいのです。

初めて耳かきをした後、お姫様が腰が抜けるほどふにゃふにゃになってしまったのは今となっては良い思い出でです。

もっともお姫様からすると、少し恥ずかしい思い出かもしれませんが。


「ナカムラ…変なこと考えてるわね」


バレました。

手の動きで心理状態というのは意外と分かってしまうものです。

オレは謝罪すると真面目に耳かきと向き合います。

まずは耳の溝の部分からです。

ここは脂や汚れのの溜まりやすい部分なので、軽く耳かきの匙を沿わせるだけでもいっぱい耳垢がとれるのです。


「ん……いいわね」


お姫様は目を閉じたまま、息を漏らします。

耳の溝のカーブは個人差があり千差万別です。

お姫様の耳のラインに沿って、オレはゆっくりと匙を動かします。

ここは垢が溜まりやすいので、それこそ削る様に耳垢が取れます。

しかし調子に乗ってはいけません。

取れるからと言って、力を入れすぎると後で耳がヒリヒリしてしまうのです。

デリケートな部分を傷つけぬように、オレは耳介をくすぐる様に匙を走らせます。

さぁ、次は耳の中です。

先ほどと違い、匙の部分が薄い耳かきに持ち替えます。


「ここに来るのは久しぶりだから汚くない?」


姫様に言われ耳の中を覗きます。

少し耳垢が溜まっていますが、汚いということはありません。

そもそもお姫様は「汚い」なんて言葉がまったく似合わない方なのです。


「褒めても何も出ないわよ。それにせっかく来たのに耳が綺麗なのも面白くないのよ」


分かるような、分からないような話です。

何にしてもオレに出来るのは耳かきだけです。

この店のスポンサーを満足させるためにも全力を尽くすだけです。

しかしお姫様には申し訳ありませんが、耳はあまり汚れていないのです。

もっともこんなときのためにも奥の手はとっています。

オレは匙の薄い耳かきをお姫様の耳孔にそっと差し込みます。

狙うは耳道のくぼみの部分、わずかに垢の溜まったポイントです。

比較的耳の入口の近くにあるのですが、ここは垢が溜まりやすいのです。

もちろんせっかくの獲物を不躾に刈り取ったりはしません。

手早く済ませると、お姫様から文句を言われるからです。

オレはその垢の固まっている部分を匙の先端でカリカリと引っ掻きます。


「んっ……」


お姫様の肩がピクリと動きます。

続けてカリカリ、さらにカリカリ、もうひとつカリカリ。

音を立てることで耳かきをされている満足感を演出するのです。


「んっ…あ……いいわね」


そろそろですね。

これ以上は慣れてしまうので、このまま取ってしまいましょう。

ここでもしっかりと音が出るように、耳かき棒の切っ先を固まっている垢のヘリに引っかけて、そのままバリっととってしまいます。

うん、お姫様の表情は満足そうです。

では、次はもっと奥を攻めましょう。

ここはあまり垢が溜まっていないポイントなのですが、刺激することで心地の良い感覚を味わうことが可能なのです。

ちょんと突きます。


「そこ…いいわね。やっぱりナカムラにしてもらうと違うわ」


お世辞でも嬉しい言葉です。


「本当よ……あ、そのもっと上の方をお願い」


お安い御用です。

オレは耳道の上の部分に狙いを定めます。

どうやらここには剥がれかけの耳の皮があるようです。

こういった場所は痒いのです。

ピラピラと破れかけた旗のようになった皮の周囲をコリコリと掻いてあげます。

お姫様は気持ちよさそうに目を閉じています。

さぁ、そろそろ仕上げです。

皮の部分を少しだけ力を込めて削る様にとってあげます。

その後も両方の耳を耳かきしたお姫様は満足した顔で起き上がりました。


「良かった。やっぱり定期的にナカムラの所に来ないと駄目ね」


どうでしたか? と聞いたオレにお姫様が答えます。

「妊娠中でも、来てもいいのよね?」

もちろんです、と答えるとお姫様は相好を崩しました。

少し名残惜しいですが、オレはお姫様を見送ります。

店内に残ったのはオレひとり。

何だか寂しい気持ちになりました。

残ったドライフルーツを摘まんで口に入れると、先ほどよりも酸っぱい気がします。

そのとき店内のドアが開きます。

一瞬、お姫様が戻って来たのかと思ったのですが、入って来たのはルナラナでした。

どうしたのかと聞くと「予定が早く終わったからだ」と言ってきます。

それなら今日一日は休んでいればいいのに、律儀な話です。

何だか寂しかった気分が吹き飛びました。

さぁ、夕方の仕事が始まります。



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