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エルフの国の○○屋さん  作者: バスチアン
エルフの国の定食屋さん
18/20

エルフの国の定食屋さん


最近、主人の様子がおかしいのです。

気がついたのは昨日のお昼です。

滅多に注文を間違えることのない主人が注文を間違えたのです

私が間違えるのは……ときどきはあるのですが、主人が間違えることはあまりありません。

よくよく考えてみるとおかしなことは他にもありました。

いつも無口な主人なのですがここしばらく話しかけても上の空なことが多いのです。


「今日の豆はちょっと味を濃くし過ぎたかしら」

「………ああ」

「そうよね~、この時期は水分が少ないから辛くなっちゃうのよね」

「………ああ」

「やっぱり? 分かったわ、明日は白豆で作るようにするわね」

「………ああ」


ほら、変です。

普段は「……ああ」だけど、今日は「………ああ」なのです。

明らかにいつもと喋り方が違いますね。


「あなたどうしたの?」

「……いや、別に」

「そう?」


あらあらどうしたことでしょう?

主人は何か隠し事をしています。




「ねぇ、アナタ」

「……何だ?」

「何か悩みがあるのかしら?」


だから私は訊きました。

悔しいことに私はあまり頭が良くありません。

そうとても悔しいのですが、頭が良くないのです。

悔しいですけど……

だから直接、主人に聞くのです。


「……何だ? 急に?」


お昼のお客さんが途切れた短い時間です。

本当は主人にひと息ついて欲しいのですが、我慢しきれずに私は問いただしていました。


「だって、この間から上の空なんだもの」

「そ、そんなことはないぞ……」

「そうかしら?」


主人がこんな風に即答すること自体、とても珍しいのです。

それだけ今の主人は悩んでいるということでしょう。

でも大丈夫。

こういうときの夫婦です。

確かに私はあまり頭が良くありませんが、悩みを聞くくらいは出来るのです。

さぁ、アナタ何でも言ってちょうだい。

聞くだけだったら、私にだって出来るんだから!


「……そんなことはない」


あら?


「……別に何も悩んではいないぞ」

「そうなの?」

「………ああ」

「そう……」


額にはいつも以上に皺が寄り、視線は私の方を向いていません。

口ではそう言っていますが、とてもそんな風には見えないのです。

どうしましょう?

これは事件です。

これまで私が困っているときに主人はいつでも助けてくれたし、主人が困っているときも私は出来うる限り話を聞くようにしていました。

主人が私に隠し事!?

これは家族の危機かもしれません。





その日の仕事の間も主人はどこか上の空でした。

注文の間違いなどはありませんでしたが、私の話を聞いていないような節が何度もありました。

やはり悩みがあるのでしょうか?

とっても心配です。


「うふふ~、今度は上手に作れたでしょ?」

「………ああ」

「でしょ~。今日は忙しかったし、たくさん食べてね」

「………ああ」


晩御飯の時間になっても、やはり主人は上の空です。

そしてそれは娘のフェナミナも気がついているようでした。

何だかさっきから主人の方をじ~っと見つめているのです。


「ほら、フェナミナもいっぱい食べなさいよ」

「あ……うん」


私が豆をよそって手渡すのですが、フェナミナは渋い顔です。

困りました。

いつもは楽しい夕食なのに、今日は何だか皆が浮足立っています。


「ねぇ、アナタ」

「……何だ?」

「今度のお休みは皆でご飯を食べに行かない。いつもは作ってばかりだし、たまには他所の味も勉強しないといけないでしょ」

「……そうだな」

「私あそこに行ってみたいわ」

「……どこだ」

「ほら、この前に出来たドライフルーツの専門店よ。大通りの交差点を超えたところで――」

「!」

「……どうしたの?」

「いや、何でもない」

「そう?」


主人が会話で即答するときは、決まって感情的になっているときです。

何でしょう?

ドライフルーツのお店に何かあるのでしょうか?


「せっかくだから帰りはナカムラさんのお店にも寄っていかない」

「……ああ、そうだな」

「たまにはアナタもやってもらいなさいよ。気持ちいいわよ」

「……いや、いい」

「恥ずかしがり屋ねぇ。それともナカムラさんじゃなくて、ルナラナちゃんにして欲しいのかしら?」

「そ、そんなんじゃない」

「あら、そう?」


私は悪戯っぽく笑います。

そのとき私は主人の方を向いている視線に気がつきました。


「じぃ~~~」


相変わらずフェナミナは主人を睨みつけるように見据えています。

それに主人も気がついたのか、フェナミナを見て言いました。


「じぃ~~~~」

「……何だ?」

「ううん、何でもないよ」

「……そうか」

「どうしたの? フェナミナ、さっきからお父さんの顔をじっと見ているみたいだけど?」

「ううん、何でもない」

「そう?」


どう見ても何もないように見えません。

主人もフェナミナも隠しごとをしていて、何だか嫌な感じです。

これは本当に家族の危機かもしれません。





「っていうことがあったんだよ」

「あらあら、フェナミナのお友達はおませさんね」


フェナミナはあの人の様子がおかしいことを友人に相談していたようです。

それにしても浮気だなんて、フェナミナのお友達はずいぶんと耳年増みたいですね。

私がこれくらいのときは男女のお付き合いがどうなっているのかなんて気にしたこともありませんでした。

感心半分、呆れ半分の中、私はシャツを取り入れます。

半日かけて太陽の光を浴びたシャツはしっかりと乾いています。

そのお日様の香りを楽しんでいるとき、フェナミナは不思議そうな顔で聞いてきました。


「ねぇ、お母さん」

「なに?」

「お父さんってカッコいいの?」

「あらあら、この子ったら」


そんなのは決まっています。

最近少しくたびれてきたし、顔に皺も増えてきましたが、それでもあの人は私にとっての王子様ですから。


「お父さんは格好いいわよ」

「ふ……ふ~ん」


あら?

何でしょう?

フェナミナが何だかとっても神妙な顔をしています。

これはもっと言っておく必要があるかもしれません。


「フェナミナも大きくなったらお父さんみたいな人と結婚するのよ」

「え~、やだ~。お父さん変なんだもん」

「あらあら、フェナミナにはお父さんの素敵さはまだまだ分からないわね」

「う~ん、きっと一生分からないと思うよ」


フェナミナは不満顔。

う~ん、まだ娘には早かったみたいです。

仕方ありません。

でもきっと大人になったら分るでしょう。

あの人の格好良さは子どもには伝わりにくいでしょうから。



その晩、ひょんなことからフェナミナにあの人の秘密を教えることになりました。

それはあの人の生まれた国のお話。

小さなお店の若夫婦と可愛い女の子のお話。

遠い遠い国のおとぎ話です。


ロック鳥のように空を飛ぶ乗り物、コメという不思議な食べ物、フェナミナのお姉さんの話、私にも……お姉さんになるんでしょうか?

そのお話のひとつひとつにフェナミナは、笑い、喜び、ときには涙します。

その表情を見て、いい子に育ったと私も少し泣いてしまいました。

だって初めて私がこの話を聞いたときは、少しだけ嫉妬してしまいましたから……少しですよ。




翌朝、髪を結いお弁当を持ったフェナミナはすっかり笑顔を取り戻していました。


「お母さん、いってきま~す」

「はい、いってらっしゃい」


私はにこやかに手を振ります。

そうして振り向くと、何か考え事をいている主人の姿が見えました。

あらあら、まだ家族の危機は去ってはいないようです。





次のお休みの日、私たちは家族で出かけました。

先日話題に出たドライフルーツのお店です。

親子三人で仲良くお出かけ。

フェナミナも大喜びです。


「お母さ~ん、早く早く~」

「あらあら、フェナミナったら、あんなに急いで……ねぇ、アナタ?」

「……ああ」


楽しそうにクルクル回る娘の姿を見て主人も目を細めます。


「もう少し大きくなったら、今みたいに懐いてくれなくなるんでしょうね」

「……ああ」

「寂しいでしょ?」

「……いや、そうでもない」

「あら? そうなの?」

「……ああ、娘が大きくなるのは楽しみだ」


主人はフェナミナの方を向きながら遠くを見ます。


「アハハ、そうね。とっても楽しみ」

「……ああ」

「私に似て綺麗な女の子になりますよ」

「…………」


主人は私の方を向きながら遠い目をしています。

私も本気で言ったわけではありませんが、ちょっと傷つきます。

それからお店に向かい私たちは大通りを歩きます。

今日はお休みということもあり、沢山の人が歩いています。

お店に並んでいる色とりどりの品物を眺めながら私たちは進みます。

そうして交差点の近くまで来たときでした。


「あら?」

「おお!」


目の前から見覚えのある人が歩いてきます。

青い鱗にギザギザの牙。

雑誌記者の蜥蜴人リザードマン、ヌァアルマロさんです。


「お久しぶりです、ヌァアルマロさん」

「こちらこそ。旦那さんは先日お会いしましたね」

「………ああ」

「あら? そうなの?」


そんな話は聞いていません。

いつ会ったのでしょうか?

そんな私の表情を読み取ったのかヌァアルマロさんが言います。

この辺りは流石の対話能力です。


「この間も交差点の辺りでお会いしたんですよ」

「そうなん……ですね」

「ところでお買い物ですか?」

「ええ、この近くにあるドライフルーツのお店に行くんです」

「ひょっとしてセッカモェですか?」

「ええ」

「ああ、そこはいいですね」


ヌァアルマロさんはギザギザの歯を見せて笑います。

さすがは雑誌記者だけあって情報通です。


「美味しいんですか?」

「ええ、とても。おススメはライチですね」


言いながらライチの味を思い出したのか、ヌァアルマロさんの口元が柔らかく緩みます。

相変わらず表情の豊かな方です。

この感じだとお店の味の方は期待しても良さそうです。


「楽しみですね、アナタ」

「………ああ」


あら?

どうしたのかしら?

主人の様子が少し変です。

私たちはヌァアルマロさんに別れを告げてお店を目指します。

交差点を超え、服屋さんの前を通り――そこで私は足を止めます。

ドライフルーツのお店はもう少し向こうです。

ですがそこは私にとって特別な場所です。

大通りに面したお店。

でも今は中身がぽっかり空いています。


「お店なくなっちゃったね」

「ええ、そうね」

「おじいちゃんのお店だったんだよね」

「ええ、そうね」

「次はどんなお店になるのかな?」

「そうね。でも素敵なお店が入ってくれたら嬉しいわ。ねぇ……アナタ?」

「……あ、ああ」


主人は目を逸らして答えます。

私たちの後ろには一枚の看板。

そこにはテナント募集の文字が大きく書かれていました。




そしてその夜のことです。

フェナミナが眠った後、私は主人に訊きました。


「ねぇ、アナタ」

「……何だ?」

「何か悩みがあるのかしら?」

「……何だ? 急に?」

「急にじゃないわ。二回目よ」

「……そ、そうだったか」

「そうよ」


テーブルの上にはお酒の入ったグラスが二つ。

私は普段は呑まないのですが、主人に言っていれてもらいました。

きっとその時点で何か話はあるとは思っていたはずです。


「当ててあげましょうか?」

「……いや、いい」

「そう?」


残念。

今なら絶対に当てられる自信があったのですが、どうやら主人は話してくれるようです。

観念した主人は琥珀色の液体が入ったグラスを一気に呷ってから、私に教えてくれました。


空き店舗になった以前の場所に移転しようと考えていること。

そのために出資してくれる人を探していること。

お金が足りない場合はトーフのレシピを販売しようと考えていること。

しかもそのレシピの購入には王冠付きの老舗が手を上げていること。


「そう、場所は問題ないのね?」

「……ああ」

「お金も問題ないのね?」

「……ああ」

「その後の経営もたぶん問題ない」

「……ああ」

「そう……」

「だから――」

「でも――」


私は主人の言葉を遮ります。

だって、これが一番大事なことだからです。


「アナタの気持ちはどうなの?」

「そ、それは……」

「本当に移転したいの? お店が大きくなったら今と同じようにはいかなくなるわ。全部自分では出来なくなるから人だって雇わないといけない。自分以外の人に料理を任せないといけない場面も出てくるし、厨房から出れなくなるとお客さんと接する機会も減っちゃうのよ」

「そんなことは――」

「分かってるでしょうね。だってアナタは私よりも頭がいいもの! でも私が言いたいのはそういうことじゃないの」


興奮した私はテーブルをドンと叩きます。

グラスから少しお酒が零れてしまいましたが、この際仕方がありません。

だってこれはとっても大切なことなのです。


「もしもフェリナリ―が移転して元の場所に戻ったら、私は嬉しいわ。だってあそこは私にとって実家みたいなものですもの」

「だったら――」

「でも、移転したら今のフェリナリ―はどうするの? 父の思い出は大事だけど、ここは私とアナタで作った大切な場所なのよ。ねぇ、教えて? アナタがしたいのは沢山の人を雇って沢山のお客さんを相手にするお店なの? それとも小さいけど一人ひとりのお客さんの顔が見えるお店なの?」

「そ、それは……」

「アナタことだから、私が喜ぶと思ってのことなんでしょうけど、私はアナタの意見が聞きたいの」


主人は言葉に詰まります。

もの凄く悩んでいることが表情から伺いしれました。

普段から険しい顔がさらに厳めしくなり、眉間の皺が深くなっています。

ですが自問自答しているのか、主人はなかなか答えてくれません。

仕方ありません。

あまりやりたくありませんが奥の手を使いましょう。


「答えられないの?」

「あ……いや」

「そうでしょうね。私は頼りないですもんね。相談なんてしても意味ないですもんね」

「そんなことは……」

「ありますよ~だ。どうせ私は2番目ですし、アナタの中でも2番ですもの」

「ち、違うぞ! それは――」

「本当に酷いわ。私にとってアナタは初めてで1番なのに、所詮2番目の女なのね~。シクシクシク」


私はわざとらしく嘘泣きしながらチラリと主人を見ました。

すると先ほどまでの苦悩が嘘のように剥がれ落ち、困った顔をしながら頭を搔いて私に言いました。


「分かった。相談しなかったことは謝るから」

「本当に?」

「ああ」

「じゃあ、愛してるって言ってください」

「なっ!」

「ほら」

「あ……あ、愛してる」

「はい、私も愛してますよ」


照れくさそうな主人に、私はニッコリと微笑みます。

主人はやけくそ気味に私のグラスを奪い取ると中身を一気に飲み干しました。

もちろん今は私が1番だってわかってますよ。


「じゃあ、聞きますね。アナタは私と一緒にどんなお店がしたいんですか?」

「それは……」


主人は言葉少なげですが語ります。

それは主人の夢。

思えばこの店を移転したときは全て主人が片付けてしまったので、こうして夢について語り合うというのは初めてなのかもしれません。

最初の人ともこうやって語り合ったんでしょうか?

ウフフ、これでまたひとつ追いつきましたね。

私は満足げに微笑みます。


こうして夜は更けていきました。





「お母さん、掃除終わったよ」

「ありがとう、フェナミナ」

「えへへ~」


いつもの朝の出来事です。

朝ごはんを澄まし、私がフェナミナの髪を結い、店の掃除が終わります。

店内を見渡せば6つ並んだテーブルがピカピカに磨かれていました。

1つのテーブルに4脚ずつ置かれた椅子の脚まで綺麗に拭かれています。


「じゃあ学校に行ってくるね」

「はい、いってらっしゃい」

「お父さんも行ってくるね」

「……ああ」


フェナミナは厨房にいる主人にも挨拶をします。

無口な主人は頷きで挨拶を返すと、フェナミナはいつものように鞄にお弁当を入れて店の入り口から出ていきます。


「あとは私がやりますね」

「……ああ、頼む」


私は主人に変わってトーフの仕込みを終わらせていきます。

この間に主人は少し休憩です。

冷めてしまったお茶をチビリチビリと飲む、その横顔を見ながら私は主人に言いました。


「そういえば、あの場所。他の店が入ったみたいですね」

「……ああ」

「今度食べに行きましょうか」

「……!」

「どうしました?」

「……いや、少し驚いただけだ」

「そうですか」


私は主人に分からないように顔を背けてから苦笑します。

主人はきっといつかのことを思い出していたのでしょう。

ウフフ、私だって成長しているのです。

いつまでも同じままじゃありません。


「アナタ、出来たわよ」

「……ああ」


いつものように答えると、主人は新しく淹れなおしたお茶を私に渡します。

お店が始まるまで二人で少しだけ休憩。

のんびりとした時間が流れます。


「そういえばアナタ」

「……何だ?」

「今日、とっても素敵な夢を見たの」

「……そうか」

「はい……って言うか、内容は聞いてくれないの?」

「……ああ。夢ならオレも見たからな」


そう言いながら主人は夢の話をします。

この前のこともありますが、朝からのんびり夢を語り合うなんて何だかとっても素敵です。

さぁ、お昼はきっと忙しくなるでしょう。


こうしてエルフの国の一日が今日も始まります。



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