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エルフの国の○○屋さん  作者: バスチアン
エルフの国の耳かき屋さん
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エルフの国の耳かき屋さん

挿絵(By みてみん)


どうも中村なかむら 宗次郎そうじろうです。

時が経つのは早いもので、俺がこの異世界に来て2年が経ちました。

慣れというのは凄いもので、魔法とか異種族とかが溢れ帰ったこの世界にもすっかり身体が馴染んできました。


 グウゥェェッーーー!!


あっ、ロック鳥が鳴きましたね。

このエルフの国を守護する聖なる鳥です。

ジャンボジェットくらいあるデカイ鳥です。

一度背中に乗って飛んでみたいですね。

あれの鳴き声が朝の始まりです。

さぁ、今日も一日が始まります。



中央に大きなお城がある街の商業地区-第3区画-15番-3号

そこがオレの職場です。

こう見えて一国一城の主です。

とは言っても、まだ借金が少し残っています。

この国のお姫様から借りました。

エルフのお姫様です。

オレがこの世界に来て最初に出会った人です。

漫画かゲームからそのまま出てきたみたいなものすごく可愛い娘で、オレがこの店をするきっかけになった人物です。

それ以降もすごく良くしてくれて、出店の際には出資を申し出てくれました。

国庫じゃなくて、お姫様の個人的な財布から出たので、無利子、無担保、無期限の借金です。

日本にいた頃は奨学金の返済で切り詰めてたのが嘘のようです。

本人的にはくれたつもりのようですが、借りたものはちゃんと返さないと後が怖いです。

ああ、そうそう、ちなみにお姫様は去年結婚しました。

メルナード伯爵夫人というのが、現在のお姫様の肩書です。

今秋、出産予定……まぁ、異世界っていってもこんなものですね。



そろそろ太陽も高く上がってきました。

お店を開ける時間です。

オレの仕事は『耳かき屋』です。

読んで字のごとく耳かきをする仕事です。

大学で頑張って取った宅建の資格もここでは役に立ちません。

異世界に転移したあの日、たまたまドラッグストアの帰りで、耳かきと綿棒を買って帰っていなければ、全然別の仕事をしていたでしょう。

たまたま異世界に転移して、たまたま最初に会ったのがお姫様。

たまたまお姫様の耳がかゆくて、たまたま耳かきと綿棒を持っていた。

偶然が重なっていなければ、この店は存在しません。

縁とは面白いものですね。

さぁ、そろそろお客さんがやって来ます。



今日、最初にやってきたのは常連のテリトラさんです。

テリトラさんは豚人族オークです。

オークというのは豚の姿をした獣人です。

ゲームや漫画では敵として登場して、女性に乱暴を働く悪役です。

悪豚人オークとか、醜豚族オークとか、何だか字面の悪いルビを打たれたりするのも特徴です。

でもテリトラさんはそんなオークとは全く関係ない紳士です。

ちゃんと服も着ているし、とても礼儀正しい方です。

というよりも、お仕事はお城に勤めているお役人でインテリのエリートです。

一度奥さんにお会いしましたが、ものすごい美人のエルフの方でした。

エルフは日本人の感覚からすると大抵は美人なのですが、その中でも殊更に美人でした。

以前、聞いた話だとテリトラさんが学生時代に一番人気のあった奥さんを、拝み倒して、通い倒して、見事に射止めたそうです。

もちろん乱暴なんて働きません。

見ていて恥ずかしくなるくらいの愛妻家です。


「ふぅ~、今日は久しぶりに休みがとれたわい」


テリトラさんは額に汗を滲ませてスーツを脱ぐと、オレはそれをさりげなく受け取ってハンガーに掛けます。

やはり高給取りは仕立ての良いスーツを着ています。

テリトラさんの薄茶の毛皮にあうベージュの生地はもちろんのこと、裏地にまでお金がかかっていそうです。

しかし久々のお休みなのに奥さんと一緒じゃなくて良いのでしょうか?


「妻とは昼過ぎから買い物の予定だよ。しかしこの時期は色々と忙しくてなぁ。まずは自分のリフレッシュも大切だわい。そうせんと家族サービス出来んからのう」


テリトラさんには、男の子の豚人族オークと、女の子のエルフ、二人のお子さんがいます。

きっとこのあとは美味しいものでも食べに行くのでしょう。

「ここに来るのも1か月ぶりじゃからのう」

本当は耳かきというのは月1回でも十分なのですが、豚人族オークというのはどうも耳垢が溜まりやすい種族らしく、週1回の頻度でも結構耳垢が溜まってしまいます。

きっとテリトラさんの耳も大変なことになっているでしょう。

ちなみにこの国はエルフの国で、当然エルフが一番たくさん住んでいるのですが、うちの売り上げの3割は豚人族オークが支えてくれています。


「さて、お願いするかの」


テリトラさんは豚人族オーク特有のでっぷりとしたお腹を揺らしながら、施術台の上に仰向けになりました。

今日は用事でいませんが、うちの従業員と一緒に作った自慢の施術台です。

日本の散髪屋さんの椅子を参考に作った、リクライニング、高さ、が調節できる椅子です。

店内には蓄音機からピアノの音が流れています。

さぁ、施術を始めましょう。



豚人族オークの耳は日本人やエルフと違い、頭の上に三角にぴょこんと飛び出た耳になっています。

蒸気の立ち上る蒸し器から蒸しタオルを取り出すと、耳の上にかけてあげます。

そのまま30秒間ゆっくりと耳を蒸らします。

こうすることで温かい蒸気を耳孔の奥へ送ってあげるのです。

テリトラさんは気持ちが良かったのか、大きく開いた豚鼻からふひぃと大きく鼻息を漏らします。

もちろんこの間もぼけっと突っ立っているわけではありません。

手早く耳かき用のピック、ガーゼ、ピンセットを準備しないと、タオルが冷めてしまうのです。

テリトラさんが豚鼻から3度目の鼻息を漏らします。

タイミングとしてはそろそろでしょう。

オレはタオルを外すと人差し指にガーゼをかけます。

テリトラさんは豚人族オークなので当然、体毛も毛深く、耳のなかも細く薄い毛がびっしりと生えているので、まずは毛先についた耳垢のカスを手早くとってあげる必要があるのです。

テリトラさんの三角の耳の頂点を優しく摘まむと、そのまま軽くひっぱります。

ピンと張った耳介は日本人の耳のように溝はなく、そのまま耳の穴の奥へとつながっています。

そこをガーゼを巻きつけた指でぬぐっていきます。

あっ、もう片方の耳がピクピクと動いていますね。

これは豚人族オークがリラックスしているときの特徴です。

どうやら本当にお仕事が大変なようで、とくに最近は隣の鉱人族ドワーフの国との関税問題でテリトラさんの部署は大忙しのようです。

この世界に転移して2年経ちますが、政治や経済のお話はさっぱりです。

いえ、違いますね。

日本にいたときから政治経済に関しては興味はありませんでした。

大事なことなのですが、今も昔も目の前のお客さんのことだけで精一杯なのです。

さて、耳の外側はあらかたふき取りましたので、次は耳の穴です。

オレは耳かきを構えて狙いを定めます。

この豚人族オークの頭の上についた三角耳というのは、最初は慣れないものでしたが今では問題なく耳かきが可能です。

今では猫耳族ケットシーだろうが、人狼族ワーウルフだろうが問題ありません。

耳かき棒は三角耳対策として作ったカールのかかったしなりのある木材の特注品です。

とはいっても、うちの道具のほとんどは特注品です。

今日はいない従業員の手先が器用なので、一緒に試行錯誤しながら作るのです。

カールのかかった耳かき棒は吸い込まれるようにスッと耳の穴に入っていきます。

さぁ、ここからが腕の見せ所です。

オレは親指じと人さし指で耳かき棒をクルクルと回して、耳孔の壁を刺激していきます。


「ぶひぃ……」


いい反応です。

「ふひぃ」が「ぶひぃ」に変わったところがポイントです。

豚人族オークのお客さんはだいたいこの反応でリラックスしているかどうかが分かるのです。

クルクルと耳かき棒の先端を回して、刺激を加えながら耳垢をこそぎ取っていきます。

お! 引っ掛かりがあります。

ここが耳垢の溜まっているポイントです。

ここをカリカリしていきます。

強くすると痛くなるので、ゆっくりと、愛情をもって接するのが大切です。

耳道の表面にへばりついた耳垢の塊を、耳かき棒の先っちょでコリコリと剝がしていきます。

うん、テリトラさんの豚鼻が大きく開いて「ぶひぃ」と三回言いました。

これはいつになく好反応です。

1か月間、忙しくて自分の身体を手入れ出来なかったテリトラさんのご褒美の日なのです。

コリコリと表面を十分に削り取ったので、あとは残りをはがし切ります。

これを一気にいくのです。

指先の感覚を頼りに一気にペリっと剥がします。

せいのっ!


「ブフォッ!……いや、大丈夫だ。もっと頼む」


デリトラさんはもっとと言いますが、やり過ぎは禁物です。

オレは残りの残骸を持ち替えた専用のハケで掃除していきます。

本当は梵天を使いたいのですが、どうにもこの世界には梵天に相当するものが見当たらないのです。

ハケを耳の穴からサッと抜くとテリトラさんは満足そうな顔で微笑んでいました。

さぁ、次はもう片方の耳です。

両方の耳を掃除されたテリトラさんは最後まで満面の笑みのまま帰っていきました。

きっとこれからの奥さんと子どもたちとの楽しい休日で頭の中はいっぱいなのでしょう。



こうしてオレの一日は過ぎていきます。

戦争も凶悪な魔物もいない世界ですが、異世界は毎日が刺激的なことでいっぱいです。

たまにご飯とみそ汁が恋しくなりますが、お姫様やテリトラさんみたいな色々な人との縁もあり何とかやっていけています。



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