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九・梨央の秘密

 その日の夜。

 時刻は九時ちょうど。私は、シャノンさんの屋敷の裏で、アールヴさんが姿を現すのを待っていた。

 ケントさんが言った通りだとしたら、この時間、この場所に、アールヴさんは来るはずだ。

 彼には、色々と聞きたい事がある。

 アールヴさんは、一体何者なのか。

 何故私は、精霊の言葉がわかり、魔法が使えるのか。

 そして、私が元の世界に帰る方法。

 私の頭の中は、それらの事でいっぱいだった。

 緊張する……。

 アールヴさんの口から、一体何が語られるのか。

 私の胸の鼓動は、自然と早くなる。


 と、その時ーー不意に、ガシャン、ガシャンという、足音のようなものが聞こえてきた。

 音のする方に目を向けると、そこにはーー淡く光るプレートアーマーに身を包んだ、長身の人物の姿があった。


「こんばんは、リオ」

「アールヴさん、こんばんは。来てくれたんですね」

「ああ。君も、色々悩んでいるだろうと思ってな」


 そう言って、アールヴさんは私の目の前までやって来る。


「座る場所がないので、立ち話になってしまうが……大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、すまないな。……それで、君の聞きたい事は何だ? 何でも聞くと良い」


 私は少し思案すると、口を開いた。


「あの……私は元の世界に帰れると、シャノンさんやケントさんに聞いたんですけど……」


 私の言葉に、アールヴさんはゆっくりと頷いた。


「ああ。時間はかかってしまうが、君は元の世界に帰れる。そうだな……どこから説明したものか……」


 アールヴさんは顎に手を当て、悩むような仕草を見せた後、こんな事を尋ねてきた。


「君は、精霊王という言葉を知っているか?」

「精霊王? ……いえ、知らないです」


 この世界に来て、初めて聞いた言葉だ。


「精霊王というのは、各属性の精霊の中で、最も上位に位置する精霊の事だ。火、水、地、風、氷、雷、光、闇の、計八人存在する。そしてここ、首都ベイルは、精霊王が集う街なんだ」

「精霊王……」


 私は、アールヴさんの言葉を反復する。


「精霊王は特別な力、強大な力を持っている。この世界を守る役目があるので、守護者とも呼ばれているな」

「守護者……? あっ!」


 アールヴさんの言葉に、私はハッとした。

 そう言えば、シャノンさんがアールヴさんの事を守護者だと言っていた。という事は、つまり……。


「アールヴさん……あなたが、精霊王なんですか?」

「よくわかったな。その通り、私が光の精霊王だ」


 アールヴさん、そんなにすごい方だったんだ……!


「ご、ごめんなさい! 私、そうとは知らずになれなれしくアールヴさんだなんて……! アールヴ様ってお呼びした方が良いですよね!?」


 すると、アールヴ様はおかしそうに肩を揺らした。


「ははっ、気にする事はない。今まで通りで構わない」

「そ、そうですか……?」


 じゃあ、お言葉に甘えて……今まで通り、アールヴさんと呼ばせてもらおう。


「私達精霊王は、時間をかけて魔力を体内に溜め込んでいる。その魔力がいっぱいになった時、奇跡を起こす事ができる。この方法でなら、君を元の世界に帰す事ができる」

「……どれくらいの時間がかかりますか?」

「今、精霊王の中で魔力が一番溜まっているのは私なのだが……恐らく、早くても数ヶ月はかかるだろう」

「数ヶ月……」


 私は、複雑な心境だった。

 数ヶ月で帰れるんだ、とも思うし、数ヶ月もかかるのか、とも思う。

 と、その時、不意にアールヴさんが謝罪の言葉を口にした。


「……すまないな」

「そんな、謝らないでください。帰る方法がわかったんですから」

「……違うんだ。リオ、実は……」


 アールヴさんは、真っ直ぐに私の顔を見据えーーそして、こう言った。


「リオがこの世界に迷い込んだのは……私のせいなんだ」

「え……?」


 アールヴさんのせい? どういう事?

 私は意味がわからず、アールヴさんの顔を見つめ返した。


「……君は、ツカモトリナという人物を知っているか?」

「え!?」


 塚本梨奈ーーそれは、私の母の名前だ。


「……どうして、アールヴさんが私のお母さんの名前を知ってるんですか……?」

「お母さん……やはり、そうなんだな」


 アールヴさんの言葉に、私の頭は混乱するばかりだ。


「実は……今から十五年前、リナはまだ幼かった君を連れて、この世界に迷い込んで来たんだ」

「え!? お、お母さんと私が!?」


 初耳だ。お母さんはそんな事、一言も言っていなかった。


「ああ。原因は、精霊石だ」

「精霊石……?」

「精霊石というのは、全属性の精霊の力を秘めた、特殊な石だ。滅多に手に入る物ではないのだが、リナはそれを持っていた。先祖代々伝わる家宝で、お守りとして持ち歩く習わしがあったらしい。リナはそれを持ち歩いていて、精霊界に引き寄せられたんだ」

「お母さんの家に、そんな貴重な物が……」


 今まで私の知らなかった様々な事実に、私は呆然としていた。

 だが、アールヴさんの口から、さらに衝撃的な言葉が飛び出す。


「……実は、リナは光の精霊の血を引いていたんだ」

「え!? お、お母さんが精霊の血を……!? って事は、私も……?」

「ああ。君も、リナも、間違いなく精霊の血を引いている」


 そう、だったんだ……。

 知らなかった。母と私が、精霊の血を引いているなんて。


「精霊界には、精霊を引き付ける性質がある。だが、君とリナは、この世界に引き寄せられる程精霊の血を濃く引いてはいなかった」

「じゃあ、どうして私はこの世界に……?」

「それなんだが……」


 アールヴさんが、言い辛そうに顔を伏せる。

 しばしの沈黙の後、アールヴさんは意を決したかのように口を開いた。


「実は……十五年前、リナと君がこの世界に来た時、君は大怪我をしていたんだ。恐らく、小さな身体では空間の移動に耐えられなかったんだろう。偶然、その場にいた私が治療しようとしたんだが、治癒に特化した光魔法でも治せない程の重傷だった」


 私は無言で、アールヴさんの話に耳を傾ける。


「その時、リナが精霊石を差し出しながら言ったんだ。『この石で、リオの怪我を治せませんか』……と。そこで私は思い付いたのだ。強力な力を秘めた精霊石をリオの身体に融合させれば、怪我は治るのではないかと」


挿絵(By みてみん)


「精霊石を……融合させる?」

「ああ。要するに、魔法による手術だな」

「手術……」

「そうして私は、君の身体に精霊石を融合させた。すると思った通り、君の怪我は瞬く間に治っていった。……だが、その代償に、君は人ならざる力を得てしまった」

「……それって、ひょっとして……」

「心当たりがあるだろう? 精霊の言葉がわかったり、魔法が使えたり、怪我の治りが早かったり」


 ーー私には、誰にも言っていない秘密がある。

 それは、怪我の治りが妙に早い事だ。

 小さな怪我なら、一日で完治しているのだ。

 それがまさか魔法の力だとは、夢にも思わなかった。


「そして、その身に精霊石を宿し、人間でありながら精霊以上の存在となった君は、この世界に引き寄せられた……という訳だ」

「……」


 私は、言葉を失った。

 精霊以上の存在になった? 私が?

 信じられない。だが、アールヴさんが嘘をついているとも思えない。

 ーー私は、彼の言葉を信じるしかなかった。


「私が精霊石を融合させたから、君はこの世界に来てしまった……。本当にすまない。この責任は必ず取る。必ず、君を元の世界へと帰す」


 アールヴさんは、真っ直ぐに私を見た。

 表情はわからないが、恐らく真剣な表情をしているのだろう。


「……わかりました」

「……怒らないのか?」

「はい。怒っても仕方ありませんし、それに……」


 私はアールヴさんに、満面の笑みを向けた。


「十五年前、私の命を救ってくれたんでしょう? ならあなたは、私の命の恩人ですから」

「……そうか」


 相変わらず、アールヴさんの表情はわからない。だがーー。

 何となく、彼も笑ってくれたような気がした。


「ちなみにその後、私とお母さんは元の世界で暮らしてたって事は、私達は無事に帰れたって事ですよね?」

「ああ、私の魔力がいっぱいだったからな。その魔力を使って元の世界に帰した」

「そうなんですか……」


 それから私達は、少しだけ他愛のない話をして、別れた。


 * * *


 屋敷に戻った私は、お風呂に入り、自分の部屋である客室へと戻ってきた。

 私はベッドに腰掛け、ため息をつく。

 今日一日、いろんな事があったなぁ……。

 あと数ヶ月で、元の世界に帰れる。だけどーー。

 せっかく異世界に来たのだ。こんな経験、滅多にできないのだから、楽しまなきゃ損だ。

 アールヴさんの話を聞いてから、私はそう思えるようになっていた。

 元の世界に帰るまでの数ヶ月間、この世界での暮らしを思いっきり楽しもう。

 そう心に決め、私はベッドに寝転んだ。

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