八・梨央の謎
「あら……ここのコーヒー、すごく美味しいわね」
「本当、美味いですね。悔しいですけど」
「このミルクティーも、美味しい……」
街を歩き回った私達は、オープンカフェで休憩をする事になった。
私はオープンカフェを利用するのは初めてなのだが、春風が心地良く、とても穏やかな気分になれる。油断するとうたた寝してしまいそうだ。
私はミルクティーを飲みながら、先程の出来事を思い返していた。
私の手から出現し、少年の怪我を瞬く間に治した白い光。
どうして私、魔法を使えるんだろう……。
そういえばさっき、シャノンさんは「魔石を持っていれば、魔力のない人間でも魔法が使える」と言っていた。
しかし私は、魔石など持っていないはずだ。
考えてみても、わからない。
私が思考を巡らせていると、不意にシャノンさんが立ち上がった。
「シャノンさん、どうしたの?」
私がそう尋ねると、シャノンさんは目をきらきらと輝かせ、道路を挟んで反対側にある店を指差しながら、こう言った。
「今、あそこのお店で、美味しそうなお茶菓子が売ってるのを見つけたの! お土産に買って帰るわ!」
そしてシャノンさんは、その店の方へと向かって、足早に歩いて行ってしまった(ちなみに、お会計は済ませてあるので食い逃げにはならない)。
その後ろ姿が何だか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれる。
「あの怖いシャノンさんも、甘い物には目がないんですね」
「こ、怖い!? ちょっ、そんな事言ったらシャノンさんにボコボコにされるぞ!?」
「ふふっ、ハーヴェイさんも十分ひどい事言ってるじゃないですか。ボコボコにされるだなんて」
「え? あっ!」
ハーヴェイさんは、慌てて口を塞いだ。
幸い、シャノンさんの耳に私達の言葉は届いていないようだ。
「……そういえばリオ、シャノンさんに対しては普通に話すんだな」
「え? はい、友達ですから」
「友達?」
「はい。まだ出会ったばかりの私の事を、友達だと言ってくれたんです。すごく嬉しかったなぁ……」
私の言葉に、ハーヴェイさんは優しげな微笑を浮かべた。
「そうなのか。シャノンさんも、女の子の友達は初めてだから、嬉しかっただろうな」
「え? シャノンさん、女の子の友達いないんですか?」
そういえば、そんな事言ってたような……。
「ああ、昔からいじめられっ子だったからな……。シャノンさんの友達は、俺と、アールヴと、ケントと、ソールと、君くらいだ」
それは意外だ。シャノンさんは確かにちょっと怖いけど、優しいし面倒見も良いから、友達は多いだろうと思っていた。
「シャノンさんと、仲良くしてやってくれ」
そう言うハーヴェイさんの瞳は、とても優しかった。
「……はい!」
ハーヴェイさん、普段はシャノンさんの事怖がってるけど、内心では心配してるんだ。優しいな……。やっぱり、幼なじみって良いなぁ。
「それと、俺に対しても普通に話してくれ。シャノンさんが友達なら、俺も友達だろう?」
「……! うん!」
ハーヴェイさんの言葉に私は嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。
と、そこに紙袋を抱えてシャノンさんが戻ってきた。
「何だかとても楽しそうだったけど、何を話してたの?」
「ふふっ。ハーヴェイさんと友達になったの!」
「あら、二十二年間女っ気のなかったあなたが女の子と友達になるなんて、珍しいわね」
シャノンさんの言葉に、私は驚いた。
「えっ、そうなの? 意外だなぁ。ハーヴェイさん、イケメンで優しくてモテそうなのに」
「そうね。確かにモテるんだけど、彼は女性に興味がないみたいで、男の人とばかり仲良くしてるのよ」
「え!? それってひょっとして、ホ……」
私がそう言いかけると、ハーヴェイさんが食い気味に否定してきた。
「断じて違う! リオ、誤解しないでくれ! シャノンさんも、誤解を招く言い方はやめてください!」
「あら、私は本当の事を言っただけよ。……それより、ハーヴェイ、リオ?」
「「ん?」」
シャノンさんに名前を呼ばれ、私達は声を上げる。
「あなた達……さっき、私の事怖いとか、ボコボコにされるとか言ってたでしょう!」
「「えっ!?」」
き、聞こえてたの!? シャノンさん、無反応だったから聞こえてないんだろうと思ってたよ! やっぱり地獄耳!?
ああ、私もハーヴェイさんみたいに蹴られたり頭突きされたりするんだろうか。心の準備をしておかなくちゃ……。
「どういう事よ! あなた達、私を一体何だと思って……ん?」
突然、シャノンさんが怒鳴るのをやめた。どうしたんだろう。
「……何だか、焦げ臭いわね。それに、この煙……まさか!」
「「!」」
シャノンさんの言葉に、私とハーヴェイさんは顔を見合わせ、勢い良く椅子から立ち上がる。
周囲を見回すと、人だかりのできている場所があった。
「火事か! あいつの仕業か!?」
「わからないけど、そうだとしたら、まだ近くにいるかもしれないわ。様子を見に行ってみましょう! リオはここで待ってて!」
「ちょっと待ってください! リオを一人にしたら、何かあった時に危ないかもしれないです!」
「それもそうね……じゃあリオ、私達のそばを離れないで!」
「う、うん!」
あいつって誰だろう? そう思ったが、今はそんな事を聞いている場合じゃない。
そうして私達は、火事の現場の様子を見に行く事になった。
* * *
「……奴の姿、見当たりませんね」
「そうね……」
私達は、人ごみをかき分けながら前へと進み、火事の現場が一番よく見える場所まで来ていた。
真っ赤な炎に包まれた、二階建ての建物。
その前には、数人の精霊達が立っており、上空から水塊を落としたり、手から水を放出するなどして、消火活動をしていた。
それを見てーー私の身体は、自然と動いた。
少年の怪我を治した時と同じだった。まるで、何かに身体を操られているかのような感覚。
私は、炎に包まれている建物の方に向かって、真っ直ぐに腕を伸ばした。
するとーー私の手の先から、大量の水が放出された。
「「リオ!?」」
シャノンさんとハーヴェイさんが、驚いたように私の名前を呼ぶ。
それからしばらく、消火活動は続きーーやがて、建物を包んでいた炎は完全に消え去った。
集まっていた精霊達は、鎮火したのを見て、一人、また一人と去って行く。
その場に残されたのは、私とシャノンさんとハーヴェイさんを含む、数人の精霊達だけだった。
* * *
私達は、先程のオープンカフェへと戻ってきていた。
「リオ……どうして、複数の属性の魔法が使えるの? 人間にしても精霊にしても、複数の属性の魔法を使う事はできないはずだけど……」
シャノンさんが、真剣な表情で口を開いた。
「そう、なんだ……えっと、よくわからないの。また身体が勝手に動いて……」
「そう……」
不意に、ハーヴェイさんがこんな事を口にした。
「……リオは、何か特別なのかもしれないな」
「特別? 私が?」
「ああ、それしか考えられない」
「……そうね。チョーカーも、しばらくは付けないで様子を見た方が良いかもしれないわね」
「そっか……」
私は、一体何者なのだろうか。
考えてみるものの、答えは出ない。
……わからない事は、考えてもしょうがない。そう思った私は、話題を変える事にした。
「そういえば……『奴』って、誰なの?」
「ん? ああ、放火魔の事だよ」
「ほ、放火魔!?」
物騒な言葉に、私は思わず大声を上げる。
そんな私を、シャノンさんは苦笑しながらたしなめた。
「リオ、声が大きいわ」
「あ……ご、ごめんなさい。それで、放火魔って?」
「ああ、精霊界や異世界で放火しまくってて、しばらく様子を見たら姿を消すらしい。真っ赤な髪をした男なんだけど」
「え……?」
その言葉に、私はハッとした。
異世界でも放火をしている、真っ赤な髪の男。
それは、ひょっとしてーー私が見た、あの男ではないのか。
私がこの世界にやって来る前、笑みを浮かべながら火事の現場を去って行った、あの男。
「ねえ、ハーヴェイさん。聞きたい事があるんだけど……」
「何だ?」
「精霊界と異世界って、そんなに簡単に行き来できるの?」
私の質問に、ハーヴェイさんは腕を組みながら答えた。
「人間には難しいが、精霊だったら簡単だ。その気になれば俺もシャノンさんも、異世界に行く事ができる」
「そうなんだ……」
私は言おうかどうしようか迷ったが、思い切って話してみる事にした。
「あのね……実は私、その放火魔を元の世界で見たかもしれないの」
「「ほ、本当に!?」」
シャノンさんとハーヴェイさんが、身を乗り出してくる。
「う、うん。私、元の世界で火事の現場に居合わせたんだけど……その時、笑いながら現場を去って行く、赤い髪で変わった格好をした男の人を見たの」
私の言葉に、シャノンさんとハーヴェイさんは顔を見合わせた。
「多分、その男ですね」
「ええ、そうね。念のため、アールヴに報告しておきましょう」
シャノンさんの言葉を聞いて、私の頭にはある疑問が浮かんだ。
「二人は、アールヴさんに頼まれて放火魔を追ってるの?」
私がそう尋ねると、二人は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつも通りの表情になった。
「ええ。彼は、精霊界を守る守護者なの。そして私達は、彼に協力してるのよ」
「そうなんだ……」
精霊界の守護者って……アールヴさん、一体何者なんだろう。
私の頭の中は、わからない事だらけだ。
それから私達は、特に寄り道もせず、屋敷へと戻った。