五・梨央とシャノン
朝食を終えると、私とシャノンさんは先程私が眠っていた部屋へと戻ってきた。
私達は、四人掛けテーブルの椅子に、向かい合って腰掛けていた。
シャノンさんに「気になる事があったら何でも聞いてね」と言われたので、私は彼女に色々と聞いてみる事にした。
「シャノンさん」
「ん? 何?」
……これは、聞いていいのだろうか。
怒られるのを覚悟で、私は質問を口にする。
「あの……ハーヴェイさんとは、どういう関係なんですか?」
「あら。ハーヴェイの事が気になるの?」
「あ、異性として気になるとか、そういう意味じゃないですよ!?」
私が慌てて両手を左右に振ると、シャノンさんはいたずらっぽく笑った。
「ふふっ、わかってるわよ。彼はね、地の精霊なんだけど、私の幼なじみで護衛役なの」
あ、幼なじみだったんだ。そんな風には見えなかったけど……。
「いいなぁ。幼なじみって、憧れちゃいます」
「そう? まあ、悪くはないわね」
幼なじみ同士で恋仲になるとかだったら、乙女ゲームとか恋愛小説みたいですごくロマンチックだけど……この二人はどうなんだろう。恋愛感情は持ってないのかな?
気になるけど、シャノンさんに聞いたら怒られそうな気がするので、やめておこう。
代わりに、他の疑問を投げかける事にした。
「シャノンさんは、このお屋敷で暮らしてるんですか?」
「ええ。私はこの屋敷で母さんやハーヴェイ、使用人達と一緒に暮らしてるの」
すごいなぁ。護衛がいたり、使用人がいたり。
と、そこで私は、ある事に気が付いた。
あれ? そういえばシャノンさん、今お父さんの事を口にしなかったな……。いないのかな?
まあ、理由があって言わないんだろうし、あんまり突っ込んで聞かない方がいいよね。
私が思考を巡らせていると、シャノンさんの口からこんな言葉が飛び出した。
「あなたも、これからここで暮らす事になるのよ」
「えっ!?」
こ、ここで暮らす!? 私が!?
「そ、そこまでお世話になる訳にはいきません!」
私は思わず椅子から立ち上がった。
しかし、シャノンさんは心配そうな表情でこう言う。
「だって、リオは行くあてがないでしょう? この世界のお金だって持ってないだろうし……」
確かにその通りだ。私はこの世界に頼れる人なんていないし、お金も持っていない。
「そ、それはそうですけど……でも、申し訳ないです!」
「そんな事、気にしなくていいのよ。困った時はお互い様でしょう?」
「う……で、でも……」
なおも食い下がる私に、シャノンさんは少し困った様子で、顔に手を当てる。
しばらくして、シャノンさんは何かを閃いたように、ポンと手を叩いた。
「じゃあ、提案があるんだけど」
「え?」
「あなた、ウェイトレスの仕事に興味はある?」
「ウェイトレス?」
何故ここで突然ウェイトレスの話になるのだろう。
私は椅子に座りながら、首を傾げた。
「ええ。実はね、私とハーヴェイは近くの喫茶店で働いてるの。陽光っていうんだけど」
喫茶店で働いてる?
それってひょっとして、さっきの喧嘩(と言うより、一方的な暴力だったけど)と関係があるのかな。昨日、無断欠勤したとか言ってたし。
「だけどハーヴェイは昨日、無断で仕事を休んだのよ。全く、人手が足りないっていうのに……」
やっぱり、そういう事だったんだ。
「それでね、もし良かったら、あなたにも陽光で働いてもらえないかなって思ったの」
「え?」
「こっちは人手が増えて助かるし、あなたもお金が手に入るでしょう? とりあえず、お金が貯まるまではこの屋敷で暮らして……お金が貯まってから、ここを出て行くのか、それともここに住み続けるのか、考えても遅くはないと思うわ」
確かに、それは魅力的な提案だ。
けど……私にできるかな?
「でも私、今まで一度も働いた事がなくて……」
「大丈夫よ。私や他の仲間が、一から教えてあげるから。安心して」
私は少し思案した後、答えを出した。
「……わかりました。私を、その喫茶店で働かせてください!」
私の返事に、シャノンさんは満面の笑みを浮かべた。
「決まりね」
シャノンさんは、壁の時計を確認する。時刻は午前七時二十八分だ。
「実は今日、店が定休日だから、九時頃にその喫茶店のマスターとウェイターがあなたの様子を見に来るのよ」
「え? そうなんですか?」
「ええ。アールヴが、あの二人だったらリオの力になってくれるだろうと判断して、事情を説明したの。後、ハーヴェイにもね」
私がこれから働く喫茶店のマスターとウェイターさんかぁ。どんな人達なんだろう。きっと、良い人達だよね。
私は期待に胸を膨らませる。
と、そこで突然、シャノンさんが何かを思い出したように声を上げた。
「あ……そういえば、すっかり忘れてたんだけど」
「え?」
「あなた、変わった格好してて目立つから……私の服で良ければ貸すけど、どう? 体格もあまり変わらないみたいだし、サイズは大丈夫だと思うんだけど……」
私から見たら、シャノンさん達の方がよっぽど変わった格好してるんだけど……私の格好って、そんなに変なのかなぁ。まあ、異世界だし仕方ないのかな……。
この格好で外を歩いてて注目を浴びたりしたら嫌だし、シャノンさんのお言葉に甘えよう。
「じゃあ、シャノンさんの服、借りて良いですか?」
「ええ、もちろんよ。じゃあ、一緒に私の部屋に行きましょう」
そう言って、私達は椅子から立ち上がった。
* * *
「うん、すごく似合ってるわ!」
「そ、そうですか?」
シャノンさんの部屋にて。
シャノンさんの数ある服の中から、私は気になった服を借りて試着してみた。
真っ白なミニワンピースに、淡い桃色のカーディガンという組み合わせだ。
これが一番、私が普段から着ている服に似ていて、しっくり来るのだ。
「その服、あげるわ」
「えっ、良いんですか?」
「ええ。あなたにすごく似合ってるんだもの」
「あ……ありがとうございます」
私は、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「一着だけじゃ困ると思うから、あと何着かあげるわ。さあ、好きなものを選んで!」
「えっ、でも、そんなにもらう訳には……」
「いいから、いいから!」
シャノンさんは、とても楽しそうだ。
私も、つられて自然と笑顔になる。
「ふふっ。私、女の子の友達って初めてだから、すごくドキドキするわ」
「え……友達?」
「ええ。私達、年は少し離れているし、まだ出会ったばかりだけど、もう友達でしょう?」
シャノンさんのその言葉に、私はすごく嬉しくなった。
友達。この世界に来て、初めての。
嬉しさのあまり、視界が滲む。
「……はい! シャノンさんは、お友達です!」
「ふふっ。友達なんだから、敬語はやめて」
「あ、はい……じゃなくて、うん!」
その後も、私達は一緒に何着かの服を見繕った。
この世界に来て、最初は戸惑ったし、今でもまだ不安だけど……。
友達になってくれたシャノンさんのおかげで、前向きになれるような気がした。