一・始まり
「それじゃ、また明日ねー!」
「うん、また明日!」
町がオレンジ色に染め上げられる、夕暮れ時。
学校からの帰り道、寄り道をしていた公園で友達と別れた私ーー塚本梨央は、ベンチに座り、空を仰いだ。
「ふう……」
高校二年生になって、一週間。
仲の良かった友達とクラス替えで離れ離れになってしまい、最初は戸惑ったけど、新しいクラスや担任の先生にも少しずつ慣れてきたし、友達もできた。
だけど。
「うーん……」
私は、なんとなく物足りなさを感じていた。
何て言うか……もっとこう、刺激的な日常を送りたいんだよね。
私はアニメや漫画、ゲームといったものが大好きな、いわゆるオタクだ。学校では隠してるけど。
恋の相手はいつも二次元のイケメン達。ちなみに、彼氏いない歴十六年。つまり、生まれてから一度も誰かと付き合った事はない。
彼氏いた方がいいのかなぁと思った事はあるけど、気になる男の子なんていないし、告白された事もないし。
まあ、そんな話は置いといて。
アニメや漫画、ゲームの影響を受けすぎているのか、私はいつの間にか非日常を夢見るようになっていた。
魔物や悪の組織なんかが実在したり、それらと戦う剣士や魔法使いが現れたり……。
馬鹿だなぁ、私。そんなの、いくら考えたって現実に存在する訳ないのに。
うん、こんな事ぐだぐだ考えてたってしょうがない! やめやめ!
私は、首を左右に大きく振ると、鞄を手に、ベンチから勢い良く立ち上がった。
よし、家に帰ってゲームやろう! 何のゲームやろうかなぁ。昨日の続きをやるか、それともこの間新しく買ったやつをやるか……うーん、悩む!
そんな事を考えていると、私の頬は自然と緩んだ。
そして、家の方に向かって歩き出した、その時だった。
「ん……?」
何だろう、何か商店街の方が騒がしいような……。
気になった私は、商店街の様子を見てみる事にした。
公園を出て少し歩くと、私はすぐ異変に気が付いた。
商店街の一角から立ち上る、黒い煙。
何かが焦げたような臭い。
商店街の入口にできた人だかり。
私は、何が起きているのかすぐにわかった。
これは……火事!?
初めての経験に、私は不安になる。
大丈夫かな……これだけ人が集まってるんだし、もう消防車は呼んだよね?
鞄を胸に抱きしめ、私は人ごみを見つめる。
その時、視界の端に不思議な人物が映った。
あれ……? 何だろう、あの人。
燃えるように赤い髪に、見慣れない服装をした、目立つ男性だった。
その男性は、パンツのポケットに手を入れ、黒い煙を見上げている。
私は、その男性がどうしようもなく気になった。
何だろう。真っ赤な髪に、あの服装……コスプレ? イベントも何もないのに?
そんな事を考えていると、かすかだが、消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
消防車が来たんだ! 良かった。
私がほっと胸をなで下ろした、その時。
コスプレのような格好をした男性が、口元に笑みを浮かべながらその場を後にするのを、私は見た。
あの人、何でこんな時に笑ってるの?
不快感を覚え、私は顔を歪ませる。
そこで私は、ある一つの考えに辿り着いた。
ひょっとして……あの人が放火した、とか? 犯人は現場に戻るって言うし……。
ど、どうしよう。こんな時、どうすればいいの?
まだあの人が犯人だと決まった訳じゃないから通報できないし、かと言って放っておくのも何か気になるし……。
しかし、あれこれ考えているうちに、男性の姿はどんどん遠ざかっていく。
……こうなったら、後を付けてみよう。
考えた末、私は男性の後を追う事にした。
* * *
「うーん……」
男性の後を付け始めてから、十分後。私は困り果てていた。
後を付けているのがバレたらどうしようかと、ヒヤヒヤしながら後を追い続けた結果。
何と、男性の姿を見失ってしまったのだ。
ひょっとして、後を付けてるのがバレて逃げられた……?
それとも、私の息の根を止めようと、どこかに隠れて待ち伏せしてる?
そう考えた途端、背筋に寒気が走った。
ど、どうしよう! やっぱり後なんて付けない方が良かったかも……!
家に帰ろうにも、ここがどこだかわからないし、どうやってここまで来たかも覚えてないし……。
ああ、もう、私の馬鹿!
私は頭を抱えた。本当に。
とりあえず私は、周囲を見回す。
建物は少なく、土手や木々が見える。どうやら、町のはずれのようだ。
うん、あの男の人はいないみたい。
待ち伏せされていないんだと思うと、少しだけほっとした。
そして私は、来た道を引き返そうとしてーー足を止めた。
どうしてだろう……あの土手の向こうが、すごく気になる。
気が付くと、私の足は自然と土手の方へと向かっていた。
まるで何かに操られているかのように、土手の石段を足早に上っていく。
石段を上り切り、前方を見下ろすと、そこにはーー。
「わあ……!」
神秘的な雰囲気の池が、広がっていた。
すごく綺麗! こんな場所があったなんて……!
私は急ぎ足で、池へと続く石段を下りていく。
そして私は、池の目の前で足を止めた。
太陽の光を反射して、水面がキラキラと輝き、とても美しい。
よく見ると、水面にはうっすらと、巨大な魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。
何だろう、これ? すごく気になる……。
私の足は、再び動き始めた。ーー池の中へと向かって。
それは、不思議な感覚だった。
先程と同じく、まるで何かに操られているかのように、自然と足が動く。
足が水に浸かっても、嫌な感じはしなかった。
そうして、しばらく水の中を歩き続けーー魔法陣の内側へと足を踏み入れた、次の瞬間。
私の周りを囲むようにして、まばゆい光が立ち上った。
「えっ!? な、何……?」
驚く私をよそに、光は私の身体を包み込んでいく。
あまりのまぶしさに目を開けていられなくなり、私は強く目を閉じた。
そして私は、自分の意識が遠のいていくのを感じたーー。