私のヒーロー
私は昔から、ヒーローに憧れていた。
いつだって弱い者の味方で、強い力を持ってて、誰かを助けることが出来る人。そんな人に、私は憧れていた。
びゅんびゅんと耳元で風を切る音が聞こえる。肩から燃えるような痛みが走って、赤い血が空へ空へと駆け上る。
それでも、私が考えるのはただ1つ。
やっぱり、私ではヒーローになれなかったってことだけ。
耳に届くのはあのドラゴンの狂気と悲しみに満ちた叫び声。私の心まで押しつぶされてしまいそうなその重圧に私は耐えていた。
なぜ、私は助けることが出来なかったのか。
それは、私が弱かったから。私に力がなかったから。
それでも、トキがくれたこの力を使えば私にだってあの子の声を聞くことはできたんだ。助ける事だって、できたはずだったんだ。
私の憧れたヒーローにならできるはずだったんだ。
私はヒーローに憧れ、けれども同時に絶望していた。
私の憧れるヒーローがこの世界に存在しないことは知ってた。
孤児だというレッテルは、私がどこへ行っても貼られてしまう。そのせいで私は誰からも蔑まれた視線を浴び続けなければいけなかった。
私は化け物から生まれたわけじゃない。他の人たちと同じ人から生まれてきた人の子だ。何一つ変わらないはずなのに、育った環境が少し違うだけでどうしてこうも区別されてしまうのか分からなかった。
何度も泣いて、叫んで、そして私は絶望した。
この世界にヒーローがいないことに、
自分がそのヒーローに立ち代ることすらできないことに、
絶望していたんだ。
けど、そんな絶望しかない世界で、トキは私の光だったんだ。数少ない私の大切な友達で、いつだって私の傍に居てくれる人で、私の希望だった。
私は自分でも自覚があるくらいに不器用で、ほかの人よりも手際が悪い。上手い立ち回り方が分からなくて、何度も何度も自滅して自分で自分の首をしめてた。
でも、いつしか私はトキに出会って傷つかないようになってた。
トキが全部私の分まで傷を背負って庇ってくれてた。私が無茶しないように無表情で隣に立ってくれてた。
トキは、
私のヒーローだった。
私は、トキに憧れてたんだ。
「・・・・ト、キ・・・・!」
私はどうしたらトキみたいになれますか?トキみたいに誰かを救えますか?
私が人を救えないのは私が弱いからですか?
だったら、私は
力が欲しい。
誰にも負けない。トキにも引けをとらないくらいに大きな大きな力が欲しい。この場に居る誰よりも強い力。
でも、独りよがりな強さじゃなくて。自分のためじゃなくて、誰かのためだけに使う力が。そう、私を守ってくれたトキみたいな強さが欲しい。
トキが居たら、どうだったんだろ。ふと頭によぎる。
きっと、この場で誰も傷つくことも死ぬこともなかったんだろうな。彼の強大な力は普通の魔法使いからすれば崇めるに値するらしいし。同業者には、軽く世界を潰せるなどと言われてる高校生の魔法使い。
でも、本当は誰よりも優しくて、頼りがいのある私の大切な友達。
そんな彼に、私は憧れてたよ。
「ね、トキ・・・会いたいなぁ。」
地面に叩きつけられる寸前に零した言葉は、本当に誰にも聞こえないくらいに小さな声だった。
ガツンッ!と体が今にもバラバラになりそうなほど強い衝撃を受けた。全身が痛い。きっと、手とか足とか色々ありえない方向に曲がってそうだ。目の前が真っ赤に染まって、もう体も動かない。真っ赤な月を見つめたまま、私は仰向けに倒れていた。
私、こんなところで死ぬのかな?さっきの牢屋みたいな場所で死ぬよりは遥かにマシと思うべきなのか。でも、やっぱりここにもトキは居ないし、どこで死のうが元の世界ではないのなら一緒なのかもしれない。
ゴポリ、と口から零れた血に息がし辛くなってきた。苦しい。もう、本当に死ぬんだ。私。そう思うと、一気に恐怖が押し寄せてきた。
落下してる時だって何も怖くなかった。肩から出た血を見たって何も思わなかった。でも、この私という魂が消滅しそうになるこの瞬間だけ、私は恐怖を感じた。
これが、死の恐怖だ。
「・・・・ゃ、だぁ・・と、き・・・・!」
死にたくないよ。家族にもまだ会いたいよ。折角わだかまりがなくなってきて、本当の家族みたいになってきたのに。こんなところで死にたくない。
「・・・ぁ、あッ・・!」
体が思うように動いてくれなくて、少し動かしたかと思えば半端ない痛みに襲われる。
『ヤバイと思ったら、すぐに俺の名前を呼べ。どこだろうが絶対に助けに行ってやるから。だから、俺の名前を呼べ。分かるな?俺の名前は――――』
分かってるよ。トキ。あなたの本当の名前はトキじゃない。これは私がつけたただのあだ名だ。でも、どうか、もう少し待って。
今ここであなたの名前を呼んで、仮に、本当にあなたがこの世界まで助けに来てくれたとしても。それは、少し面白くないもの。
トキに、家族に、会いたい。元の世界に戻りたい。だけど、この世界には屈したくないよ。私を巻き込んだこの世界に、この世界の人たちに、今トキに助けを求めたら負けちゃったも同じだから。
「・・・だ、カラ・・・・待って。」
もう少し、私に猶予をちょうだい。まだ、私に時間はあるから。
今にも崩れそうな体を支えながら、ゆっくりと体を起こした。この状態で私が動けること自体奇跡だと思う。落ちたのが柔らかい土が締め付けられた花壇だった、ってのもあるかもしれないけど。
まだ、負けたくない。
その想いだけで私は自分を支えていた。もう一度立ち上がろうと思った。
花壇の傍にある城壁に手を突きながら、私は使い物にならなくなった右足を見て、ため息をついた。左足だけに重心を置きながら、上手く立ち上がる。
目の前にあるのは、酷い惨状だった。火を噴くドラゴンに、逃げ惑う人々。立ち向かう兵士達はことごとく黒焦げになっていく。
でも、私にはあのドラゴンと話すことが出来るから。
まだ、止められるかもしれないから。
どうか、ギリギリまで頑張らせてください。
トキに、心の中でそうお願いした。いつだって、私が助けを求めないのをトキは知ってる。だからそれで手遅れになりそうになって、いつだって私をトキは叱った。
だから、また怒られてしまうかも、なんて思った。
だけど、もう止まれないよ。この命消えるとしても、止まらないよ。
「トキ、さようなら。」
もう、あなたには会えないかもしれない。この世界に来た時点でそれは思いつつあったけど。でも、なんか確信しちゃうんだ。この世界から、私は元の世界に戻れないと思う。
でも、せいぜい悪あがきはしてみせるから。
そう思って一歩踏み出した私の目の前に、ハラリとボロ布が落ちてきた。
いや、詳しく言うとそのボロ布には手も足もあった。
全部、骨だったけれど。
「なぜ、あなたはそこまでして、この場の者を助けようとするのです?」
ボロ布が私の前で、姿形を変えながら問いかける。ボロ布から飛び出したその体は全部骨。顔も、骸骨だ。
この骨人間を見て、私は咄嗟にトキの本を思い出していた。
”死神”
実物を見たのは、初めてだった。