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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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彼女の優しい魔法の作り方

いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。

「あーいう話は男どもに任せておけばいいの!安心して!うちの旦那様も息子も頼りになるから」


ダレンの背中を目で追った私を元気づけるように、レインさんは言った。けれども私はこの国にいながら、心をカルメスにおいてきた気分で。その戦争という言葉に巻き込まれることを心配しているのではないのだと。そう、ちゃんと説明すべきなのかと私は少し悩んだ。


けど結局は何も言えずに、話題を変えるように小さく笑った。

「皆さんは....えっと、家族。なのですか?」

「うーん、そうねぇ....家族みたいなものっていうのが正直なとこかしら?」

「"みたいなもの"?」

レインさんは食べ終わった食器を重ねながら言う。

「私とヴェルターはこう見えても夫婦なの。ふふ、この国では魔族と人間の組み合わせって珍しいでしょう?」

「そうですね...私もはじめ見たときは失礼な態度を取ってしまいました...」

「ヴェルターの魔力にはよくあることなの。気にしなくていいわ。なんせ、私たちは別の世界から来たから」

「え?」


朝食の食器を片すために思わず動かしていた手を止め、レインさんを凝視した。少し耳障りな食器の音が朝の庭に響いた。この人も、私と同じ異世界の住人。

「あの、え、」

「驚くのも無理はないわね。昔にね、ちょっとした事件の時に私たちはこちらに飛ばされてしまったの。それからここではヴェルターが受け入れられにくい存在だって知って、二人で森の奥でひっそり暮らしてた」

歓迎された私達とは違って、2人はうっかりこの世界に落ちて来てしまったのだろうか。あの人が昔言ってた。世界は無数に存在して、その別の世界の存在を知らない世界もたくさんあるって。けれどもそんな無数にある世界から魔族が忌避される世界に来てしまうなんて、2人には相当な苦難があったはずなのにレインさんの笑顔にはそれを感じさせない明るさがある。


「確かに最初は大変だったわ。私達の手に職って言ったら魔法とか剣術ぐらいしかなくて、お金がないときは姿変化の魔法で2人で魔獣討伐になんか行ったりして。それに.....私達には大きな、心残りもあったから」

「心残り....?」

「あぁ!やめやめ!!この話は暗くなっちゃうからやめましょう?えっと..なんだったかしらね、そう、あとはダレンの話ね」

「ダレンはお二人の子供ではないのですか...?」

「そう考えると、ダレンは魔族と人間のハーフになるでしょう?でもあの子は正真正銘の純人間族なの」


息子と同じくらい、愛しているけれど。

そう小さくこぼしたレインさんの表情は柄にもなく翳っていた。儚く浮かべられた笑みは先ほど剣を振るって居た人にはとても見えなくて、私は思わず瞬きをした。


「ダレンは、この森で拾ったの。ヒヨリさんが着てきた青いローブは、まだ赤ん坊だったダレンを守るように着せられて居たものなの」

女物のあの高級そうなローブが脳裏を過ぎる。ひと針ひと針、祈るように守るように、縫い付けられた魔法陣は魔獣を寄せ付けない強さと穏やかな温もりが秘められていた。


「あの子の親は、きっとあの子を憎んでこの森に捨てたんじゃないわ。あの子を愛していたから。あの子を守りたかったから、この森に託したの」

そして結果としてその行動は、彼を生かしたのだろう。

「最初から私たちは本当の息子だと思って育ててたつもりよ、でも。なんでかしらねぇ....あの子は聡いところがあるから。魔族の血をついでいないことや自分の髪色で私たちと血が繋がってないことを気づいてしまったの」


あぁ、自分は違うのだと。


「それからすぐに私のことを師匠って呼び始めて、生きるために必要な術を学んですぐに家を飛び出してった。親離れにしては早すぎるわよね」

「......でも」

それでも

「この国を出なかった。この森を出なかったダレンの心は、きっと.....レインさんが思っているよりもずっと...離れてはないんじゃないでしょうか」


レインさんの瞳がはた、と瞬く。次いで穏やかにゆるゆると細められた。

「そうねぇ....そうだと、いいわねぇ」

血は繋がっていなくとも、この人はダレンのことを心から愛しているのだとわかった。


「さぁ!私たちも仕事に取りかからなくてはいけないわね!」

「は、はいっ」

先ほどの儚げな雰囲気は何処へやら。レインさんは急に声を張り上げたかと思うと手をぱんっと叩いた。すると途端に消えたパラソルと机。汚れた食器は踊るように屋敷へ戻っていく。目的地は厨房の洗い場だろうか。


そして私の新たな目的地も決まったらしくレインさんは私の手を引いて結界のかけ直しのお仕事とやらに連れ出していく。


ミルクティーの髪色が空の光を透かして、私の前でふわふわと揺れていた。




庭の片隅に移動してから、とっておきの秘密を教えるように、彼女は声を潜めた。


「ヒヨリさん、料理の素敵な奇跡を教えてあげましょう」

「料理の、奇跡。ですか?」

「あれとこれとそれ。いくつか掛け合わせると美味しくなる!すごく不思議なレシピよ」


第7界魔法のちょっとした応用なのだけどね、と笑ったレインさんの細い指先が空中で楽しそうに踊った。


「"雨上がりの匂い"」

スルスルと描かれた文字

「"貴婦人の秘密の恋"」

レインさんの指から出された魔力が空中へと留まる

「"小さな赤子の産声"」


3つの小さな文を書き終えると、ふぅっと息を吹きかけて3つの文字を混ぜ合わせる。それはさっきレインさんが例えたようにお鍋の中の料理のようで、私はその光景にしばし見とれた。

キラキラと混ぜ合わさったそれはやがて青色の光を讃えて、地面にすぅっと吸い込まれていった。


「今のが、結界... だったのですか?」

「そうよ?レインさん直伝の秘密のレシピよ」

乙女の秘密なんだからね、と囁くように教えられたものの、第7界魔法の応用とはこれいかに。なかなか難易度の高いものを提示されたのではないかと一瞬ヒヤヒヤしたけれど、案外私には魔法の才能があるようで。それでも5回ぐらいの失敗を繰り返してから、ようやくぶるぶると震えたミミズ字をかけるようになった。


この国の文字でもなんでも、頭の中の翻訳機能が文字を教えてくれる。けれどもそれを器用にかけるかどうかは、やはり練習のいるものなのだろう。


レインさんと並びながら声を揃えて結界を掛け直す。全く関係のない文字が混ぜ合わさっていく様子はやはり興味深くて、あとでいろんなレシピを教えてもらえないだろうかと思案してみたりもした。



それから途中でお昼ご飯の休憩をとって、ヴェルターさんも加わって美味しいご飯をいただいた。


ダレンは、まだ帰ってこなかった。



屋敷をぐるっと一周回って結界を掛け直したころには日が暮れていて、レインさんが夕食まで好きなことをして過ごしたらいい、と言ってくれた。けれども私にしたいことなんて、特にあるわけもなく。少し赤くなってきた空を見つめながら庭先の木を背もたれに少し息をついた。


「いつも、何してたっけ。この時間」

ダレンが帰ってくるのを、待ってたっけ。

本を読みながら、ご飯を作りながら。すっかりそれは私の生活の一部となっていて、お城で出てくる料理を待っていた時間が懐かしい。ステラがとっておきの顔をして出してくれた美味しい料理達の味は、もう思い出せない。あの人が作ってくれたビーフシチューの味だけは、少し覚えてる。


「何してんだ?」

「あ、ダレン」

ぼーっと上を見つめる私に不思議そうなダレンが顔をのぞかせた。

「おかえりなさい」

「ただいま。で。何してたんだ?」

「何もしてないよ。ダレンの帰りを待ってた」

ダレンは私の答えにただそうか、と言って頭を撫でた。


「そばにいてやれなくて悪かったな」

「ううん、いいの。ぼーっとするのも悪くないから。それにレインさんの結界魔法もすごく勉強になったし」

「第7界魔法を扱えるのはこの辺じゃ師匠だけだからな....なんなら、師匠に明日も魔法を習ったらだろうだ?俺は明日も情報収集に街に行かなきゃいけないだろうし」

「それはいいけど......大変なの?」

戦争は。

声に出さずに伝えたその部分に、少しだけダレンは困った笑顔を浮かべた。

「もう、時間は無いだろうなぁ」

「...そうなの」


カルメスにいる人たちを、私は愛してる。愛してしまっている。捨てきれないでいる。

ごつん、と少し勢いをつけて木に頭をぶつけてみたけど、あまり痛くなかった。


ちっとも、罰にならない。


「おふたりとも、夕食の準備が整いました」

「あぁ、ばあや。すぐにいく」

いくぞ、と私に手を差し出して立ち上がるように催促するダレン。その手はいつものように暖かくて。優しくて。






私は、この手をとったんだ。


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