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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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罪と許しを


悲鳴、奇声、阿鼻叫喚。


あっという間にその場は混乱に包まれた。泣き叫び走り回り、静まり返った夜を引き裂くようにしてその場は一変した。たくさんの人々がこちらを畏怖の目で見つめ、そして逃げていく。ひらひらと風に舞うスカートを押さえながらも、私はドラゴンに乗ったまま城を見つめていた。視線を隅から隅にまで行き渡らせる。


どこだどこだどこだ。


遠くからでも見えていた赤い光はいつの間にか見えなくなっていた。あの必死な声も、もう聞こえなくなってきた。変な汗が伝って、焦りだけが増していく。


チカリ、と

一瞬の儚い煌きを、視界の端に捕らえた。


「あの部屋!!!!」


私が指差す先に、ドラゴンはすぐに飛んでいく。少し耳障りな音を立てて、ガラガラと壁が崩れていく。


間に合え間に合え間に合え。


運動神経を生かして、かなりの高さだったけれども飛び降りて受身をとる。揺らぐ視界の中、どうにか平衡感覚を取り戻して顔を上げる。必死に心の中で同じ言葉を繰り替えしてお願いしてたんだ。


どうか、間に合って。


「は、はぁ、はぁ、か、はッ」


荒い息を零しながらも、暗い部屋の中で目を細める。赤と白の花の絵。豪華な家具達。

そして、

赤い翼に巻きつけられた、重い鎖。


「・・・・う、そ・・・・。」


体から力が抜けて、立ち上がれなくなってしまう。なんで、どうして。そんな言葉が駆け巡るけど、動かない体を無理に動かしてその小さな体まで近づく。


「ねぇ、やだ、だって、さっきまで」


助けて、って声をあげていたでしょう?

言葉は上手く続かなくて、私はその小さな体を持ち上げた。

その体はもう動くことはなくて、完全に生命活動を停止していた。助けれたと思ってた。でも、ダメだった。これじゃ、私何のためにこの子の声を聞いていたのか分からないよ。この子のお母さんにだって、私なんて言ったらいいの?


―――――私は、助けることが出来なかった。


真っ赤な血の滲む赤い羽を優しく撫でてから、そっと顔を上げた。

そこに立っていたのは、豪華な服を着て大きな卵を抱えて酷く怯えている男の人。


『人間、わが子はおったかの?』


私に問いかける声に答える言葉が見つからなくて、私は無言のまま小さな体を抱えた。


「この世界では、こういうことが普通なの?」


その人に向かって、問いかけた。

この世界は生憎私のいた世界ではないから分からない。だから教えて欲しい。この世界ではこういうことが普通のことなの?自分よりも弱い命を切り捨てることが、普通のことなのか。命を奪うことに何の躊躇もいらない世界なのか。


「く、く、来るなぁっ!」


裏返った声を警戒して私にとばしてくる。相当焦っているのか、微かに入る月の光に照らされた顔は真っ青だ。それでも、私は小さな体を抱えたまま立ち上がって近づいた。


「ねぇ、教えてよ。この世界では自分より小さな生き物を殺すことは普通のことなの?」


私が言っていることは、この世界では奇麗事になるの?

答えない男にイライラが増していく。視界がグラリグラリと揺れ始めて、心が上手く抑えれない。


「この世界で、それが普通のことだって言うなら・・・・私はあなたを殺しても許されるってことよね?」


見た目的には向こうのほうが明らかに年上に見える。いいとこ中年のおっさんであろうこの人間。けれども思うのだ。人としての器の大きさは年齢に比例するものではないと思う。だから、いくら私よりこの人間が年上だったとしても、この男の器を明確に表しているこの行為を見て、私はこの人間を見下さずには居られない。


「ねぇ、そうよね?人として器の小さいあなたを私がうっかりうっかり殺してしまっても・・・・・何の問題もないでしょ?」


「ひぃっ」


情けない悲鳴に笑いさえこぼれそうになる。私はどうやらとんでもない世界に飛ばされてしまったらしい。まだ聞いてはないけれど、これで元の世界に戻れなかったらどうしてくれるのだろう。そんなことを頭の中で考えながら、男の目の前に立ってから情けなく腰を抜かした男を見下ろした。


「・・・ごめんね・・・あなたの大切な子供死んじゃった・・・間に合わなかったの。本当に、ごめんなさい。」


男から目を逸らすことなく、私はそう続けた。


『―――――――――!!!!!』


私にも聞き取ることの出来ない、悲痛な叫び声があたりを満たした。

苦しい、痛い、悲しい。

色んな気持ちが私の心に直に伝わってくる。


抱えていた小さな体が眩い光に包まれていく。重量感が光に持っていかれて、腕の中の重みが消えた。壁の向こうに消えた光にさらに酷くなる悲鳴。何かが崩れる音が、壊れる音が、騒がしく耳に届いては消えていく。


傍に落ちていた血のついた剣を拾い上げる。


「これを人に刺せばね、人は簡単に死んでしまうんだって。私の世界ではそんなこと、小学生だって分かると思うんだ。」


怯えきった顔の男を見つめて、その抱えている卵を見つめて。

きっと、その子はまだ生きてるはずだから。

シャキン、とついた血を振り払うようにして男に向けた。


「怖いでしょ?逃げたくなるでしょ?それでもあの子は逃げなかったんだよ。刺されたら死んじゃうかもしれないっていうリスクを犯してでも、あなたがその腕に持ってる家族を助けたかったんだよ。」


自分の声が今までになく無感情に響いて、じわりじわりと男を追い詰めていくのが分かる。


「きっとあなたはその卵をドラゴンに返しても許されない。何をしても許されない罪を抱えるんだよ。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと!!!!そして後悔するんだ!あんなことするんじゃなかったと!後悔して落胆して!そして生きていくんだよッ!!あの子には守れなかったと後悔することも落胆することも許されないんだ!もう出来ないんだ!それがあなたに理解できる!?あなたの生きることの尊さを理解できるの!?」


血塗れた剣を男の傍に突きつけて怒鳴り声を上げた。

戦争が起こって、人がいっぱい死んじゃうけど、その分戦争に勝った国の人々は長く生きることができるんだ。人ってそんなもんでしょ?だからこの人だってだって、罪を犯しても生きなきゃいけない。私はそう思うよ。




「・・・・わ、るかった・・・・・!」


黙り込んだ私の耳に届いた言葉を、思わず聞き返しそうになってしまった。


「、こんな、自分でも、悪いこと、命を、私は、」


いい年をした男が取り乱す姿はみっともなかった。もしかしたら上辺だけで言ってるかもしれない、って思った。


「、私にも、家族が居る、・・・なのに、あのドラゴンには、酷いことを」


あぁ、この人家族が居るんだ。

それを知った途端、大丈夫だと思ってしまった。家族が居ることの大切さを、私はよく知ってる。だから、自分の家族を自覚できるこの人はもう大丈夫だと思った。


剣から手を放して、外へと方向転換する。


「・・・・・忘れないでください。あなたが今言ったことを。絶対に忘れてはいけません。」



「・・・あ、あなたは・・・聖女様ですか・・・?」


「違います。聖女様ではないんです。強いて言うなら・・・・魔法使いの友達ってとこです。今言ったこともその友達が教えてくれたことなんですよ。」


いつもすごい眉間の皺をさらに深めながら、トキは私に話してくれた。元いた世界とは違う色んな世界のことを、そこでの不平等な人々の扱いを。

魔法使いだから知ることができたものだと、彼が言ってたそれを私は忘れることはないだろう。


崩れた床の淵にたって外へ視線を向けた。

地獄絵図と化してしまった外の光景を見て、すぐにドラゴンを止めなければと思い立つ。弓矢を掲げ剣を振り上げ走る人たちに、そのドラゴンは悪くないのだと教えなくてはならない。


「待っ、―――――――」


出しかけた言葉の続きは言えなかった。


「なんで撃ったんだ!!!!」


さっきの男の人の怒鳴り声が聞こえて、それを追うように肩辺りに激痛が走る。

視界が揺れた後、真っ逆さまに急降下していく。

赤い水滴が空へ上っていくのをみて、自分が落ちているのかと納得した。


赤いドラゴンを目で追っていた私の視界に、突如黒い影が舞い込んできた。

それはパッと見ただのボロい布キレのようだったけど、よくよく見るとそれには手があって足があって、まるで人間のようだと気づいた。


トキが着ていた魔法使いの服に似ている、なんてことを思いながら私はまた落ちていった。

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