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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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死にたいと願うこと

いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。

光が差し込んだ。


座り込んだまま、絶望と不安で押しつぶされそうになった私には少し眩しすぎる光だった。思わず目を細めれば、光はやがて大きくなっていく。変化はそれだけではない。私を飲み込んでいたあの怪物は突如、私を吐き出そうとするのだ。一体なんなのだと、悪態をつきたくもなる。

身体がふらりと傾いて、光の方へと転がっていく。思わず転げ落ちるのでは、と牙に手を伸ばしてしっかりと掴む。鋭い牙が食い込んで、掌から血が滴った。その右腕は、もうすっかり私の右腕だった。

変なところにまた顔を顰めながらもころり、と口から吐き出された私はかろうじて掴んだ牙を離さないようにしながら、細めていた目を開く。



そこに広がっていたのは、広大な緑と青。とにかくここが、洞窟の中でないのは確かだった。

広がる空はどこまでも晴れ渡り、見えるところは全て木や林の緑で埋め尽くされている。自然が多いせいだろうか、精霊たちがうるさいぐらいに騒ぎ立てて、先ほどから私の体を弄ぶように風を吹かせている。

いや、風が吹くなんて可愛い表現じゃない。びゅんびゅんと、風が私の体をきっていく音すらしているというのに、精霊たちは嬉しそうに私に群がる。

どうやら私はかなり高い場所で、この怪物に吐き出されたらしい。地面に叩きつけられたらたまったもんじゃない。こいつも精霊も私を殺す気なのだろうか。

無意識に牙に力を込めた私に、そいつは無情にも口を動かす。

一ヶ月も眠りこけて筋肉を動かしてこなかった私に、それに耐え切れるような力があるわけもなくて。


「これは、やっ、ばい」

かろうじて口から出した言葉は思いの外まぬけだった。

つるりと私をついに口から吐き出した怪物は、にたりとその口元で笑みを描いてから私の前で霧みたいにかききえる。それはまるで、あの不思議の国のやたら笑う猫のようだった。

「う、」

その後に残されたのは、人間なんてとてもじゃないけれど目視できないような高度に残された私と、こんな時に限って青々とどこまでも広がる空だった。これが死ぬ前に見る最後の景色だと思うと、晴れててよかっただとか少し現実逃避してしまうよね。

牙から手を離した私に精霊たちは驚いたように群がるのをやめる。少し遊んでるぐらいの心持ちだったのだろう。

空中に何もなく残された私に残された道はただ一つ。

「わぁぁぁあああああああああああ゛あ゛あ゛!!!

落下するだけである。

安全装置のない絶叫マシーンは、ただの緊急事態だ。


風がぼーぼーと耳元で音をたててうるさい。私の絶叫といい勝負してる。

何か、何かしなくちゃ。いやでも、どうせ死のうと思っていたわけだし、このまま地面に叩きつけられてしまうのも、ある意味目標は達成できるわけで。むしろこのまま何もしない方がいいのではないだろうか。

そうこうしているうちに地面は目視できるぐらいに近くなっていた。鬱蒼としげる森に落ちるにしろ、少し開けた場所に落ちるにしろ、綺麗な形では死ねそうにない。まぁ、人間死ぬのなんてきっとこういう風に突然なものなのだ。


諦めを悟ったように、力が入っていた体が軽くなる。

今まで、弓に貫かれたこともあった。聖女様の浄化魔法の不発弾を食らったこともあった。攻撃魔法を全方向から飛ばされたこともあった。


それでも私は、何かに突き動かされるように、生きなければならないと思った。

一体、何故だったのだろう。眠っている間に、そんなことも忘れてしまったのかもしれない。



優希ちゃんを救わなきゃいけない。

一体どうやって?

一緒に帰るのだといつも話してた。

帰るための目処は相変わらずたってないのに?


こうして自問自答を繰り返すのが嫌になって、だからきっと私は死にたくなった。

死にたいだなんて、きっと口に出してはいけないことなのだろう。毎日を平和に幸せに生きている人たちにとっては、その言葉はあまりにも無縁で。あまりにも、普通ではないのだから。


だから口になどしなかったのだ。「死にたい」だなんて、辛くても、冗談でも、言うもんじゃないから。

胸に溜まった苦しみを和らげるために、私は自分を騙して。何度も何度も幸せなんだと言い聞かせて。そうして毎日をなんとか生きてきたのかもしれない。

本当は、帰れないことや帰る方法が見つからないことが苦しくて辛くて。誰かにそれを吐き出してしまいたいけれど、ステラに言えばきっと悲しそうな顔をされただろうし。200年という時を過ごしてしまった美千代さんだって、帰れる方法があるのならとっくに帰っているはずだった。

だから、あの時ステラとクロエに吐き出した言葉は、嘘でも冗談でもない。




本気の、「死にたい」だったんだ。




優希ちゃん、助け出せなくてごめんね。

千里ちゃん、一人でもあなたが帰る方法を見つけられるように、私は願ってるよ。

フィー、いつも一緒に遊んでくれてありがとう。

ステラ、辛く当たって、最後まで迷惑かけてごめんね。

クロエ、私に色んなことを教えてくれた。私、あなたの弟子になれてよかったよ。

オズ兄さん、本当に兄ができたみたいで家族になれたみたいで、心から私は幸せだったのだと思うよ。


みんなに言いたかった言葉。伝えたかったこと。それを直接言えなかったことだけが、それだけが今の思いつく私の後悔。


地面が近く。もう頭の中は真っ白で、ひたすら吹き付ける風が痛い。

そうして、私は静かに。無理矢理。背けるように。目を閉じた。


「汝っ、風の精霊よ!今ここに汝の力を顕現せよ!!」


声が、聞こえた。

それは私のよく知る中級魔法の呪文で、いつだったか窓から落ちた私をオズ兄さんが助けた時に使った呪文でもあった。思わず引き寄せられるように、その呪文を叫んだ人に目を向ける。

そこに居たのは白髪の最高位の魔術師なんかではなくて、藍色のローブを目深に被ったままこちらに手を突き出している人の姿。


「ちが、違う!!いやだ!!助けないで!!」


手をなぎ払うように振れば、私の心に応えるようにパキンッと何かが弾ける音がする。精霊たちに魔術師が与えたものよりも大きな魔力をぶつけることで、その魔法をキャンセルすることができるというもの。けれどもそれには欠陥があって、魔法を行使しようとした精霊をひどくイラつかせてしまうのだ。

ひゅんっと軽い音がして、私の横顔を苛立ちを孕ませた精霊が駆け抜けていく。かすかに香る血の匂いはさして気にならない。けれども、目の前に居た魔術師らしき人物は、自分の魔法をキャンセルされたことに驚いていたらしい。

勢いよく顔を上げた拍子にその顔を覆っていたローブのフードが取れる。



それは、黒だった。



懐かしい故郷の色で、今は恐ろしさすら感じるあの聖女の色。どこまでも真っ直ぐな瞳でその人は私がやすやすと魔法をキャンセルしたことに少しの驚きと苛立ちを孕ませた瞳を私に向けた。それでも私は逸らしてなるものかと、負けじとその人を睨み返す。


「余計なこと!!しないでっ!!」


死にたいと、願うことの何が悪いの?

生きていれば、生きているだけ私の大切な人たちを傷つけてしまう。この世界で生きるための居場所を、私のせいで無くしてしまう。

チッ、と舌うちのようなものが聞こえた気がした。さらに目を鋭くした魔術師の掌から、また先程と同じ中級魔法が放たれる。けれども、さっきよりは数が多いどころかその強度も上げられている気がする。

ふと視線を向ければ、先程私に群がっていた精霊の群れが魔術師に加勢しているのが見えた。精霊にしては珍しく、私を助けようとでもしているのだろうか。


様々な方から巻き上げる風に、ふわりと私の落下速度がゆるくなる。バランスのとりずらい空中で、一ヶ月の間に棒のようになった腕を再び振り上げる。


やめて。お願いだから。

「もう死なせて!!」


ぱりんっと、何かが割れるような音。鏡を叩き割ったような。グラスを壁に叩きつけたような。

目の前でさっきの精霊たちの群れが弾けていく。その程度の魔法を上回る魔力ならこの体の中に沢山ある。けれどもそれを持ってしても、私は聖女には勝てなかった。

リベンジなど思いつかないぐらいに、精神的にも物理的にも叩きのめされた。


少し開けた場所が近づいてきた。あれが私の死に場所。殺風景だけれども、少しだけ花が咲いている。静かで綺麗な場所。ぎゅ、と目を閉じた。痛い思いをするのもこれで最後だ。




ふと、こんな時に過ぎったのは私が”魔法使い”と呼んでいた彼のことだった。

『この世界の他にもいろんな次元があって、たくさんの世界がある。俺たちが渡ったのはそのほんの一部だ。大体の世界は番号をつけて管理されてて、』

『魔法は?魔法も世界によって違うの?』

『・・・・人の話は最後まで聞けといつも・・・・まぁ、大体似通っているから幾つかの流派に分かれる程度だが、いろんな術式の魔法がある』

『魔法にも流派とかあるんだー・・・・じゃあ、○○が使ってるのはどこの流派なの?』

『・・・・もう俺のいた世界はなくなってしまったからな。流派というほど使う人間が多いわけじゃないし、使っているのも俺以外見たことはない』

『ご、ごめんね、軽々しく聞いていいことじゃなかったね』

『いや、別に気にしてないし。ただ、通称がないというだけだ』

『じゃあ、○○はなんて呼んでるの?』

『俺?俺は、』


『第7界魔法、って呼んでる』

「第7界魔法っ、!!旋風!!』


私はその魔法を知っていた。

「っっ、!!」

私の目に映る精霊なんて必要としない。あの人が使っていた懐かしい、あの人の世界の魔法。困ったことに、私はこの魔法をキャンセルする方法を知らない。


「ずるいよ、・・・・あの人の魔法だなんて」



私の体が、落下するのをやめた。



すとんっ、と吹き上げる風が止み30センチもないところから体が地面に落ちる。少しだけ痛みを感じたものの、大したことはない。きっと擦り傷程度の傷ができたのだろう。

それよりも一大事なのは、目の前にいるこの魔術師だ。


「・・・・なぜ、助けたの」

座り込んだまま動かない私の頭に、カチャリと何かが向けられたのがわかった。

「ムカついたから、だ」

冷めた目で私を見下ろした魔術師は、私を助けるための魔法を放った手で真っ黒な拳銃らしきものを私に突きつけながらそう言った。拳銃の黒と、その髪色の黒が今の私の目には酷く痛む。

「そう」

私はただ目を細めながら、小さく返した。助けた私をわざわざいたぶって殺したかったのだろうか。未だに退けられることのない拳銃は準備万端で、あとはその引き金を引くだけだ。


「師匠に助けろって言われたから来たが・・・・助ける前に地面に叩きつけられた、って言えばいいよな」

「外傷をめちゃくちゃにしてしまわないと、そうは見えないんじゃないかな」

独り言のようなその言葉に淡々と返せば、表情も変えずにその男は確かにと頷いた。どうやらこの男は私を殺したい程度にはムカついているものの、誰かから助けるように言われたためその引き金をやすやすと引けないらしい。どうしようか、と小さく唸りながら悩む様子に、なぜか気ままな黒猫を連想した。

「でもすごくムカつくんだよな・・・その諦めた目とか、自分はこの世のすべての悪を悟ってるみたいな顔とか」

「・・・私の人生はそんなたいそれたものを悟れるようなもんじゃなかったわ」

「あっそう。じゃあ殺そうか?」

会話のキャッチボールがイマイチうまくできていなかったが、どうにか私の意図は通じたらしい。

相変わらずの死んだ魚見たいな目で少し考えた後、カチャリと拳銃を動かす音がした。目線をあげればその視線がカチリと音をたてる。

でも、ただそれだけ。一瞬の躊躇もなく、彼は拳銃を()()()()()


「はい。じゃあ。ばーん」


子供じみた声。そして確かに頭を貫くような痛み。周りの景色が霞んでいく。

「・・・・拳銃は、・・・そうや、って使うん、じゃ・・・」

ない。

私の小さな抗議など聞こえないとでも言うように、その男は拳銃をしまった。

薄れる意識の中、ひたすら振り上げられた拳銃で殴りつけられた場所が痛む。



結局彼は、私を殺してくれなかった。




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