私の味方
更新遅くなってすいません!
展開とか色々悩んで、過去の話での変更箇所とかも出てます。
さらに今回はいつもより少し長めです!
読んでくださる読者様、ありがとうございます!
ここはどこだろう。
晴れ渡った空の先は見えないくらいに広くて、その光は少し眩しくて思わず目を細めた。僅かに体を動かせば視界に眩い見覚えのある金髪が入ってきた。
「あら?起きたの?」
「・・・だ、れ?」
長いこと眠りについていたかのような気だるさと、手足の感覚がうまく繋がっていないかのような違和感に思わず顔を顰めたのもしょうがないことだと思う。指なんかは錆び付いたみたいにぎしぎし音がしてきそうだしね。
極め付けには見覚えのある顔が、見覚えのない笑顔で私を迎えるのだ。顔を顰めたくもなる。
「あー、久しぶりにこっちに来たから体がコチコチなんじゃない?すぐに戻るから!しばらくあたしの膝の上にいたらいいよ!」
ね?と微笑みを浮かべる瞳は青色。垂れ下がる長い髪は眩い金髪。私の髪を優しく梳くその手は青白い。そもそもほとんど体を動かせない私に、懐かしい私の親友は何を言うのか。
「せる?」
「セルだと思う?」
「違うと思うから悩んでいるの」
「そうだね!正解だよ!」
その姿は私の記憶にあるセルそのものだった。姿形だけだけど。
その他は全然セルじゃない。浮かべる笑みは口を大きく開けた、あの世界の貴族の令嬢としては些かはしたないもの。セルは病弱でほとんど社交界に縁はなかったとはいえ、貴族としての礼儀作法は一流だった。
とすれば、この人は誰なのか。
「あなたの中にある人の形を借りてるだけ。あたしには姿形はないから.......って、暫く会ってない間に随分忘れちゃったのね?」
ひどい。と顔を歪めてみせる彼女は随分と親しげだけど、全然知らない。私の周りにこんな茶目っ気のある人いたかな。いや、いない。少なくともこの世界に来てから交流は狭まっていたし、知っているならすぐ思い出せるはず。
「あたしはあなたが生まれた時からずぅーっとそばに居たのにぃ!」
「......すいません」
気まずさを覚えて謝れば、別にいいよーと気の抜けるような返事が帰ってくる。結局は怒ってないらしく、相変わらず彼女は私を笑顔で見下ろす。いや。というか、生まれた時からってなんだ。生まれた時からずっとそばに居た?私は生まれてすぐに親に捨てられたのに。
疑問は絶えないけれど、とりあえず体を起こす。途端に目の前で微笑み彼女が得体の知れないものに見えてきた。
「もう大丈夫、なんで。膝を貸してくれてありがとうございました」
「あぁどうも、これはご丁寧に」
まだぎこちない体を起こして頭を下げれば、逆に頭を下げられる。
そして顔を上げれば彼女は少しだけ思案するように目を逸らして、困ったように笑う。
「んー、どこから話そうかなぁ。あっまずは自己紹介からか!えーとねっあたしの名前はセシリア!この名前は陽依が6歳の時にくれたんだー!って、まさかこれも覚えてない?」
「ごめん、全然。でも、なんで私が名付けたの?」
私の言葉にきょとん、と彼女はーーーセシリアは目を見開いた。まるでそれを知っているのは当然だと思っていたみたいに。
「そこからかぁ、まぁ時間はたっぷりあるものね。えっと、あたしの名付け親が陽依なのはあたしが陽依のものだからだよ?」
「ん?」
「6歳ぐらいに初めて陽依と話して、それで陽依が名付けてくれたの」
「んん?」
ちょっと。いやかなり、飛躍しすぎた説明文に私の脳はついていけなかったらしい。頭にはてなマークを浮かべて見せても、セシリアは特に気にした様子もなく楽しそうに話してくれるのだった。
「まぁ覚えてないかもなぁ。あたしたちが会えるのは、この夢の中だけだもの」
「・・・・ゆめ?」
「夢」
聞き返した私の言葉に淀みなく答えたセシリアはその場にごろーんと寝っころがる。あたりは一面の草原で見渡す限りには私とセシリア以外に人はいない。確かに現実味の無い場所だとは思っていたけど。でもこの少女は何を言っているのだろう?
「夢は覚めれば忘れてしまうから、普段は陽依はあたしのことを忘れているの。ここ最近は会いにすらこれなかったし」
ではなぜ、私は彼女に会いに来ていたのか。そう尋ねたいのが顔に出ていたようで、セシリアはまた笑って答えた。誇らしげに、寂しげに答えた。
「あなたの体や心が傷つけば、それを癒すのがあたしの仕事だったからね」
「私が傷つく・・・?」
脳裏を、何かがよぎる。
『ほんとーうけるんですけどぉー見てこれ、ちょーやばぁい!』
ケラケラ笑う少女達の手元にあるのは、たった今空になった缶ジュース。べたりと頰に張り付いた髪の毛は甘い匂いがする。
「・・・中学の頃の、わたし?」
やがて私を一通り嬲って気のすんだ彼女達は笑いながら去っていった。
その足音が遠のくのを、一人トイレの隅で安堵の息を吐きながら聞いていた。
その頃の私は本当にひとりで、助けを求めるような相手もいなければ相談できるような相手もいなかった。
それでも私が自殺なんて愚かな道に進まなかったのは、彼女が居たから。
『ひどい!ひどい!ひどい!!陽依はいっぱい痛い思いして!こんなに泣いてるのに!あいつらっあたしが正真正銘の海の藻屑にしてやる!』
『セシリアったら、私以上に泣いてるよ?』
『だって!あたしの陽依がぁ!!』
眠れば、彼女に会えた。私以上にその心を痛め、悲しんでくれた彼女がいた。
あの時はどんな姿をしていたのかもう思い出せないけれど、その顔を涙で濡らしながら私の気持ちを代弁するかのように叫び散らしていた。それが。私がひとりではないという事実が、私を救ってくれていた。
目が覚めればすっかりそのことを忘れてしまっていたけど、眠ることの心地よさをあの時の私は何よりも確信していた。眠れば幸せな夢が見れる。私の心を癒してくれる。
本当は、癒してくれていたのは心だけじゃなかったけれど。
『陽依は優しすぎるよぉ〜こんなに怪我いっぱいして・・・辛いでしょ?』
『そりゃ、辛くないわけないけど・・・』
眠ると、怪我が跡形もなく消えた。
『忘れたいことがあったらぜーんぶ忘れていいんじゃないかな?』
『そんな訳にはいかないけど・・・でも、忘れられたら・・・楽なこともあるね』
眠ると、記憶が抜け落ちることがあった。
そうしてその時は訪れた。
いつも以上にひどい暴力を振るわれたその日、頭を強く打ち付けて意識を失った。
『セシリアっ力をこれ以上使わないで!そんなことしたら、私はっ』
『ゆるさない!もう、もう許さないっ!あいつら限度ってものを知らないんだ!私は陽依のためならなんだってするんだから!・・・・・たとえそれを陽依が望まなくてもっ!』
その日初めて、セシリアは私の言うことに逆らった。
そうして。
目を覚ましたその場所には、誰もいなかった。
ただ、冷たいトイレの床に忘れられたみたいに落ちていたチカチカ光るケータイ。それを拾う主人もおらず、寂しげにチカチカと瞬き続ける。辺りは随分と時間が経過したかのように暗く、陽は翳っていた。
『陽依が望まないなら消えちゃえばいいの!そうでしょう?』
あの時私は見知らぬ少女の声を聞いたのだ。心の底から楽しそうに笑う、彼女の声を。
『やだっ!嫌だ!わたし、こんなの望んでない!やめて!』
私の中に居たセシリアは、目が覚めれば得体の知れないものでその存在にひたすら怯えた。目が覚めた状態でいくら語りかけられても、それは私に恐怖しかもたらさない。
私のため、とその声は言うけれど。中学生の私にのしかかった"殺人"という言葉。
恐怖で震えだす手足はトイレの床を全て嫌な音をたてる。
やがて、ため息をつきながらセシリアは言った。
『・・・とと様はなんで眠っている間しか会えない制約を作っちゃたのかな?私はいつだって陽依の側にいたいのに。そんなことされたら・・・・・・陽依をずっと眠らせておかなくちゃいけなくなるじゃない』
気づけば体から力が抜けて、床に倒れこんでいた。
トイレの床は冷たくて、汚くて。いますぐ立ち上がらなきゃと思うのに急に私を襲った睡魔はどうやら強力らしい。心のどこかで、私はその眠りにつけば一生目がさめることはないだろうと悟っていた。わかっていた。けれども絶望しきったこの世界で生きる価値も見出せなくて、もういいかなって思ってたのも確かだ。
「そんな時、陽依はあいつと出会ったんだよ」
セシリアは、私に笑いかけた。その笑みは見たことないくらい、悲しそうな顔をしてた。
記憶の奥底で、女子トイレの床の上に並んだ学校指定の革靴を思い出した。
「あいつは陽依を助けたの。あたしから、守ったの」
あいつって誰のこと。なんて。そんなこと聞かなくてもわかってた。
「あの人、が......?」
「うん。それが陽依が忘れてる、あいつとの出会いだよ」
涙が頰を滑った。私、知ってる。セシリアの力に介入すれば何が起こるかわからない。そんなこと魔法使いのあの人なら知ってたはずなのに、あの時あの人は無理やり私の夢に介入してきたんだ。
草原に現れた同じ学校の制服を着た男の子は、帰ろうと私に手を差し出した。
「そしてあたしにさらなる制約をつけた。その魔法はあいつが陽依に魔法をかける度に更新されて解かれることはなくて、あたしと陽依は会えなくなったの。最初はあたしも陽依の心が守れなくなるーって怒ったけど......」
セシリアの視線は寂しげに地面に落ちた。
「あいつは陽依のことを守ってくれた。暴走して陽依に危険をもたらすから、ってあたしの代わりに陽依を守って.....あたしの大事な陽依を大切に、してくれた」
誰かの、後ろ姿が見えた。それは私にとって、とても大切な人だった気がする。
「まぁあいつなりの役割とかあったみたいだけど、陽依に対する想いは真摯だったから許してあげる!」
「役割...?」
「いや、これは知らなくていいんじゃないかな?うん!それよりもさっ・・・・まだ、動物の声は聞こえている?」
「え?」
「だから、あいつの掛けた魔法!」
そういえば、誕生日に掛けてもらった魔法があった。
「うん、ちゃんと今朝だってオズ兄さんと鳥がぴーちくぱーちく騒がしいってわら、って」
「”ぴーちくぱーちく”ね」
それはもう、言葉じゃなかった。
「きっとあたしが陽依にまた会えるようになったのはあいつの魔法が切れかかってるからだね。きっと離れすぎちゃったんだ」
「魔法が切れたら...大変なの?」
「そうだねぇ.....仕方ないけどあたしがまた仕事をしなくちゃいけなくなるからね」
セシリアの仕事は私の体と心を守ること。どうやら今はその仕事をしたいとは思ってはいないようで、セシリアの顔はどこか不満げだ。
「でも普通でありたいって望む陽依は前からあたしが大っぴらに力を使うこと嫌ってたから」
眠れば傷が一瞬で治るのは、普通じゃない。
「まぁ異世界にとばされちゃってからは何かと陽依死にかけるし、私も力を使いまくってたけど。そろそろ周囲の人間に気付かれてもおかしくな「ちから、つかった.....?」
確かに何度も死にかけたけど、死ななかったのは城に居る優秀な治癒術の使い手のおかげで。その人は私の師匠でもあって。でも私の怪我が治っている時、それは私が目を覚ました時でもあった。
「だって、治癒術」
「治癒術?そういう余計な力あたし嫌いだし.....制約が緩んでた時からずっとあたしが陽依の体を治してきたんだよ?」
「え、だってクロエ」
「他の人間が陽依の体に魔法を掛けたことなんて....あいつ以外にあたしが認める訳ないじゃない!」
クロエは私を、治癒術で助けたと言った。
でも、それがセシリアの力だったなら?クロエは私が普通の人間ではないと思ったはずだ。それでも彼女は何も聞いてこなかった。何も私に言わなかった。
むしろ、私に嘘をついた。
それは、なぜ?
「あー....言い忘れてたけど、あたしが力使うのあまり陽依の体に良くない、というか。今のままじゃなくなる、というか....」
「セシリア。はっきり言って」
気まずげに視線を逸らしたセシリアはしばらく沈黙していたけれど、少しして私と体を真正面から向き合わせると頭を深々と下げた。
「ごめんね。陽依の体はもう8割人間じゃないの」
その言葉をどう理解したらいいのか。でも思えば私は普通ならすぐ死んでもおかしくない傷を負っても、最後にはいつもぎりぎりで死んでなかった。それがセシリアのいう人間じゃない、ならば。
「私は、なんなの.....?」
「ひ、陽依は陽依だよ!」
「普通じゃない!なんで夢の中に出てくる空想の人間が現実の人間を消せたの!?怪我をなかったことにしたり、私の記憶を消したりっ!あなたはなに?なんなの!?答えて!」
「ごめんね、今は言えない」
その言葉に、全身から力が抜けた。
ぺたりと座り込んだままセシリアに目を向けたけど、ひたすら私を心配そうに見つめるばかりで彼女の言っていることが嘘だとは思えない。
「あの人は......、知ってたの?」
「うん、むしろだから守ってたんだよ。あたしが力を使えば陽依は人間じゃなくなるから。それを心配してあたしを縛ってた。少しでも陽依を長く人間でいさせようとしてたんだ」
なぜ知っていたのかと問うても、きっとセシリアは答えないのだろうと心のどこかで思ってた。
「でもきっと、あいつなら陽依が人間であろうとなかろうと関係ないんじゃないかなぁ」
「そんなことないよ......絶対、気味悪がるよ」
「えぇー絶対ないよ!だってあいつだよ?ストーカーの如く陽依に付き纏って陽依を守ってたあいつだよ?」
「私......記憶ないから分からないし」
ふて腐れたように顔を逸らせば少し悩ましげに眉を顰めてから、セシリアが私の額に手を伸ばした。
「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
額にほんのり、温もりが灯った。
あまりいい思い出のない女子トイレで、いつの間にか気を失っていたらしい。窓から差し込む光は無くて、真っ暗になったその場所に私は壁を背にするようにして座り込んでいた。
「あれ....?私、また呼び出されて......寝てた?」
辺りには誰もいない。ただ、膝の上にはこの学校の学ランが掛けてある。季節は夏だというのに、一体誰のだろう。そして何故女子トイレに男子の制服があるのだろう。いや、これ以上先は考えないようにしよう。思考を止めて辺りを見渡してみたけれど、少なくとも男子はいないようだ。
「誰もいないの......?」
暗闇に、思いの外心細げに響いた声に一つだけ反応するものがあった。人ではなかったけれど。
「これ、あの子のケータイだ」
二つ折りの真っピンクのケータイ。私をいじめていた子の一人がよく自慢げに見せつけていた。こんなの、学校に持ってきちゃいけないのに。それでも見慣れているはずのそのケータイに、チカチカと通知を知らせるそれに、心臓が嫌な音をたてた。
このケータイの持ち主は、どこに行ったの?
「やだっ、や、だっ!!」
「あぁ、持ち主なら今外に放り出してきた」
すごく自然だった。
「トイレの床なんかで寝るから冷え切ってる。学ランじゃやっぱしダメだったな」
いつの間にか女子トイレに足を踏み入れたその人は私の前まで来てしゃがみこむと、頰に触れて顔を顰めた。いや、なに触ってるのとか色々言いたいんだけどね。まずそれよりも最初に。
「こ、ここ......女子トイレですよ?」
「........」
「ま、間違えることって誰でもありますから!ね!」
「間違えてない。お前を探してたから」
月明かりじゃあまり顔は見えなかったけれど、その人の声は笑って無くて、真剣そのもので。私も茶化すことなく黙り込んだ。
「帰るぞ」
「は、はいっ!」
慌てて立ち上がった私にさらに学ランを上からかぶせると、その人は何事もないように私の手を引いた。この人は誰なんだろう、とか色々思うところはあったものの、結局私は黙ってその手を引かれた。
「ここまでで、大丈夫ですから」
小さな川にかかった橋の上で、大丈夫だと足を止めれば少し顔を顰められてその手は離されなかった。街頭の光の下で見るその人は思っていたよりも、少し。いや、ずっとかっこよくて。見惚れてしまいそうになるのを目をそらすことで抑えながら、学ランを返そうと手を伸ばした。
「このまま送る」
「でも、そんな見ず知らずの方に送ってもらうわけには・・・」
「・・・・なるほど、見ず知らずか」
それはいい心がけだ。と彼は頷いてから今度は私の肩に手を回した。
「だったら一瞬で送ろう。その方が家の方も安心されるだろうから」
近すぎる距離に心音が大きくなったのは一瞬で、気づけばまたぐらりと視界は傾いて別の場所の景色を見つめていた。よく見慣れた孤児園の前の景色。
「じゃあな」
「あ、これっ学ラン」
「明日でいいから」
「でも風邪ひきますしっ」
「おやすみ」
私の言葉を聞かないまま、半ば押し付けるようにしてその人は目の前で掻き消えた。
蛍が飛び回る、夏の夜のことだった。
私はその時、人生で初めて魔法使いに出会ったのだ。
「ど?思い出した?」
涙が出た。ずっと、知りたかった記憶だった。
「あの人に、久しぶりに会えたよ」
それでも笑みがこぼれて、嬉しさで胸が締め付けられた。まだ、名前も知らない頃のあの人だ。
「さすがに全部の記憶を返すと力を使い切っちゃうからね。ちょっとだけ」
「ありがと、セシリア」
セシリアの言う通りあの人は最初から私に優しかった。あの人が私のことをどんな風に見るか、なんて考える必要はなかったんだ。
「力ってさ、やっぱり使い切っちゃうと私は完全に人間じゃなくなるの、かな.....?」
「......どうだろう、あたしもわかんないから。でも最後にはたぶん、陽依じゃなくなるんだと思う」
「わたしじゃ、ない?」
「たぶん、生まれてからの記憶も全部消去されちゃって.....元に戻るんだよ"陽依"じゃないあなたになるの」
それは一体何を示すのか。セシリアの言葉はいまいちわからなくて、不安げな顔になっていたらしい。慌てたように手を振ってセシリアは笑った。
「大丈夫っあたしも力使い切らないようにするし!だから、陽依も怪我とかしないでよねーっ」
「うん、気をつける」
きっと、セシリアが右腕を直さなかったのも、その使える力とやらが残りわずかなせいだろう。
今力を使い切ればせっかく思い出せたあの人のことも、出会った記憶もまた消えてしまう。
次こそは、守るんだ。
「じゃあ、陽依。そろそろ帰ったほうがいい」
「うん.....あ、そうだ。私この世界に来てから目が覚めるといっつも幸せな夢を見てたような気がしてたの」
目が覚めると、言いようのない幸福感が私にはあった。
セシリアは久しぶりに会ったって言ってたけど、もしかしたら随分前から一緒にいてくれたのかもしれない。
「それって、セシリアが私を守ってくれてたからだよね。ありがとう」
微笑めばセシリアも笑顔を返してくれる。
「陽依、またね!」
大きく振られた手は血に濡れてなどいない。目を閉じればいつものように意識が浮上する感覚がする。
現実に戻ったっていいことなんかなくて、私を迎えるのはきっと敵ばかりだろうけれどそれでも帰らなくちゃいけない。
守りたいくらいに大切になった友達がいる。
アシルさんや優希ちゃんを早く助けにいかなくちゃ。
*
ひとりになった草原で、少女はひとり乾いた笑いをこぼす。
「あたしじゃないよ。陽依が幸せだなーって思ったのはあたしのおかげじゃないよ」
空気へ溶けるように戻っていったあの子を待つのは茨の道だ。
辛い思いなどさせたくないのに。大切に守ってあげたいのに。それでもあの子はいつだって、ひとりで歩むことを選ぶから、せめて応援だけでもしようと思ったのだ。
だから早く会いに行こうとしたけれど、夢を見ていたあの子があまりにも幸せそうだったから。
その夢がよもやあの腹黒魔法使いの夢だったなんて、やきもちを焼いて教えたくなくなるのも無理はないだろう。
「調子に乗るんじゃないわよ!腹黒まほーつかいめっ!」
少女の叫んだ言葉もまた、空へと溶けた。




