世界でひとりの主人公
更新遅れてすいません!
いつも読んでくださる読者様ありがとうございます!
ただでさえ付き合いの浅い人間の行動理由を推測するには、私にある情報が少なすぎた。
けれども千里ちゃんを見つめた雛ちゃんの瞳を、私はきっと誰よりも近い位置で見てたんだ。瞳の動きが分かるくらい、近くで。
まぁ簡単に言うのなら、魔法が抜けきっていなかったのだ。
あの時瞳に掛けていた、視界を自由にズームできる魔法を。優希ちゃんを追いかける時に慌てていたから、魔法を解き忘れていたのだ。制御を離れた魔法だったけれどそれほど危険なものではなかったし、魔力を送らなければそれは勝手に解けるもの。
だからと、放置していた私に罰が当たったかのようだった。右目だけが不自然に、あの時歪んだのだ。
いや、目というより視界だろうか。ちゃんとさっきまで近くが見えていたはずなのに、急にぐにゃりと景色は曲がって気づけば目の前に誰かの瞳があった。
黒くて大きな目。その色は無邪気に、残酷に言い放ったのだ。『知らない』と。
でも私は見てしまった。あぁ、魔法をかけたままだった、と視界を固定しようとした私の目に映った確かに目を見開いた雛ちゃんの姿を。
確かに目を見開いた。千里ちゃんだと気づいていた。
けれどもまだ私にとっては、その時雛ちゃんはグレーゾーンだった。
千里ちゃんは城に残っても良い事にはならない。
また誰かに城を追い出されるかもしれない。それは私達がどんなに気をつけても、この世界ではただの客人に過ぎない私達に出来る事は少ない訳で。
ある意味、守るために遠ざけようとしたのかとも考えた。
けれども、その切なる仮説はあっさり裏切られた。
雛ちゃんは、きっと私達に味方する気などないのだろう。
「幽閉された理由は何なのかしら?」
美千代さんが不思議そうに首を傾げた。
「・・・・・・・悪魔の、間諜の可能性があるとのことです」
「そんな馬鹿なことあるわけない!!優希ちゃんはあの悪魔とは初対面だったし!それに城から出た事なんてなかったじゃない!!」
「・・・・いいえ、ユウキ様はあの闘技大会の会場でヒヨリ様の操作を誤った魔法から、悪魔に守られているのです。それで仲間ではないのか、という声が高まっていて」
「違う!あれは悪魔が千里ちゃんを助けようとしたからで、」
あぁ、でも人の目にはただの奴隷を助けたというよりも一般人を助けた、って見えるのかもしれない。
「それに、ユウキ様は城から出た事があるのです。騎士団長のお供についていったり、従者に黙って抜け出したり・・・・あの方は強かでとても賢いお方ですから」
そして、人一倍好奇心が強い人だ。
勢いよく机を叩き付ければしびれるような痛みが掌に伝わった。揺れた机の上でティーカップがひっくり返る。じわりじわりと溢れた紅茶が浸食して行くのが分かった。それは焦りに蝕まれる私の心を現してるようだった。
協力者からの連絡はまだ無かった。そしたらこれは、雛ちゃんの突発的な命令の可能性が高い。謹慎命令が出る可能性は考えていたものの、まさか濡れ衣を着せられるなんて思っても見なかった。
だって、それってつまり、優希ちゃんが処刑されてしまうかもしれないってことじゃないの?
友達に対してあっさりとそんな命令を出した雛ちゃんが信じられなくて怒りで手が震えた。アシルさんは何をやってるの?こんなの間違ってるって、彼なら絶対に雛ちゃんを止めるはずなのに。
「ステラ、優希ちゃんの正確な居場所と警備の情報を探して来て」
「かしこまりましたわ。ヒヨリ様はどうなさいますか?」
「・・・・・・雛ちゃんに会いに行く」
こうなりゃ直談判しかない。
「美千代さん、失礼します」
「えぇ。確か聖女様はこの時間、神殿に1人でいらっしゃると思うわ・・・気をつけてね」
無言で頷きだけ返すと席から立ち上がる。
白と水色を重ねたワンピースが足下で不安げに揺れた。
雛ちゃんはいつも、聖女様用の神殿で1人で修行しているのだと言う。所謂浄化の魔法というやつなのだけれど、上手くいかなかった場合には周囲に少なくない影響を及ぼすらしく、神殿はひっそりとお城の隅にたっているそうだ。
「ひっそりとお城の隅に、ね」
ステラに貰った地図と目の前の神殿を見つめて頷く。目の前にあったのは私達が召還された時の神殿で、私が誰かに襲われた時の神殿だった。セルと永遠のさよならをした場所。
扉を開ければ、中には明かりがなくてガラス張りの天井からただ陽の光が降り注いでいるだけだった。
丸い大理石には前と同じく魔法陣が変わらず描かれていて、その手前で跪いていたその後ろ姿が小さく揺れた。
「あら、陽依さん?こんなところまで会いに来てくれたの?」
白い聖女様のドレスがふわりと舞い上がって、雛ちゃんは私に向かって笑顔を向けた。黒髪が太陽に照らされて綺麗に光る。
神秘的な空間だと思った。雛ちゃんの浮かべる笑みは可愛いとか、綺麗とかそんな小さな言葉で表しきれるようなものじゃなくて。何もかも許してしまいそうな、そんな笑顔だった。
「折角会いに来てくれたのに・・・ごめんなさいね、私は今修行中だからあまりおしゃべりできないの」
「ううん、すぐに済むから大丈夫」
「じゃあお茶でも淹れましょうか!最近美味しいものをアシル様にもらったの!だから一緒にーーーーー」
「何故、優希ちゃんを閉じ込めたの?」
浮かべていた笑みが、ぴたりと固まった。彼女との距離は2mぐらい。その表情ははっきりとは見えないけれど、あの完璧な笑顔を浮かべたまま雛ちゃんは次の言葉を話さない。
「・・・・えっと、ごめんなさいね。優希がどうかしたのかしら?」
ようやく放たれた言葉は真実を隠そうとしてるみたいで、よりいっそうその笑顔が輝いた。
舐めるな。誰も彼もがその笑顔にだまされる訳ではないのだから。
「命令を出したと聞いたの」
「え?」
「優希ちゃんを幽閉しろって。悪魔との間諜の疑いがあるって」
「ゆ、優希がっ!?それは大変だわ!すぐに人をここへ呼んで対処を、」
「あなたが簡単に友達を見捨てる人間だと知ったら、アシルさんはどんな顔をするのかな?」
今度こそ、その表情が抜け落ちた。すとん、とさっきまで浮かべていた笑みがどこかへ掻き消えた。
「優希ちゃんが処刑されるって、分からないはずがない」
「・・・・・」
「千里ちゃんのことだって、本当はあの時気づいてたはずだよ」
「・・・・陽依さん、きっとあなたは誤解してるわ。私達もっと話し合えば分かり合えるはずよ」
2mが一気に縮んだ。懇願するかのように私の手に自分の手を重ねようとする雛ちゃん。
精霊が、ざわついた。それだけで十分だ。
バチッとまるで静電気みたいな音がした。雛ちゃんは驚いたように自分の掌を見つめている。私が攻撃した訳じゃない。
ただ、自分に降り掛かってくる魔法から身を守っただけ。
「聖女様は代々精神関係の魔法が得意だそうね」
「・・・・・」
「操れると思った?私だってここに来てから、何もしなかった訳じゃないの」
「・・・・・えぇ、そうね。魔法を使えるようになったって。とても優秀だと聞いたわ」
「ーーーーでも、聖女が得意なのが精神関係の魔法だけだとは限らない」
体が、強かに打ち付けられた。骨がきしむような音をたてた。気づけば私は床に押し倒されていて、上から真っ黒な髪の毛が垂れ下がっている。さも愉快そうに歪められたその口元は美しくも何ともなくて。
首に掛けられた手が私の呼吸の邪魔をする。
「私もね、魔法を勉強したの。見よう見まねでやってみたのだけど・・・・・案外上手くいかないものね」
冷たい手にじわりじわりと力がかかる。
「だって、あなたを炎で焼き殺そうと思ったのに水に沈めてしまったもの。やっぱり難しいわね」
『ほら。神様も言ってる。あなたなんて、誰も必要としてないのよ』
あの時言われた言葉が、脳裏をちらついた。やはり、犯人は彼女だった。
知っていたはずなのに、ショックを受けた自分を叱咤しながら転移魔法をかける。あっさりと雛ちゃんから距離をとれば、驚いた風でもなく雛ちゃんは笑ってまたこちらを向いた。
「あらあら鬼ごっこかしら?」
「やっぱり、あなただったんだ!何で殺そうとした!?」
「何で?・・・・だって、私が要らないって思ったから」
「・・・・え?」
耳を疑った。
「千里も、優希もだけど・・・・この世界ではもう必要ないの。引き立て役なんて居なくても私は今この世界の主役!綺麗なお城にかっこいい王子様!誰もが私に跪いて忠誠を誓うの!!だから他の人間なんて要らない!特別はっ、私だけで良い!!」
掌から飛び出した炎が一直線に私に向かって飛んでくる。
聖女様だというのに大した魔力量だ。張った防御壁をもう一枚たしながら小さく舌打ちした。こういう時だけ、魔力が足りないなんて思うんだから。
「全部!!全部燃えてしまえば良いのよ!あんたなんか!欠片も残らず!全て!!」
近づく炎が暑い。今他に使えるのはエリオスの力だけ。でも今それを見せればここを切り抜けてもいずれそれを理由に、私も優希ちゃんとおなじ目に遭う。
「どうしたらっ・・・・・!」
『相手がこれだけの攻撃に集中してるんだ。きっと自分の防御に手を抜いてるはずだ』
目の前に誰かの背が見えた。
『危ないよ!!こんな敵倒せないしっあなたに私を守る義務は無い!!勝手についてきた私が悪いんだから!!』
その人の顔は見えないけれど、怯える私に余裕げに笑ってみせたはずだ。
『俺を誰だと思ってる?お前が知りうる限りの最高に強い魔法使いだろうが』
「まほ、つかい」
魔術師、ではなく魔法を扱う人のことを私はかつてそう呼んだ。私が慕うあの人がきっとそうだった。
「あの人は、魔法を愛してた」
左手をゆっくりと雛ちゃんに向ける。
「綺麗なものをたくさん見せてくれた。色んな所に連れてってくれた。毎日色んな魔法を勉強してた」
浮かび上がってくるのは景色ばかりで、あの人の顔はちっとも思い出せない。
それでも今、私はすごく腹をたてている。
「あの人が愛した魔法をっ、お前が汚すなあああああああ!!」
あの人が愛し、私が尊敬した魔法はこんなことに使われるものじゃない。自分の私利私欲の欲望を叶えるためのものじゃない。
左手から防御ではなく別の魔法を発動させる。頭が術式でごっちゃになりそうだったけど、それでもとりあえずはきちんと発動してくれそうだ。
「魔法は、夢を叶えるためのもの、だからッ!」
動物の声、まだちゃんと聞こえてるよ。
あぁ、なんだか。今とってもあなたに会いたいよ。
雛ちゃんの頭上に現れた魔法陣から水が溢れ出す。
「きゃ、」
叩き潰されるように床に膝をついて魔法の手を緩めたのを確認して、一気に防御壁をといて飛び出した。走り出した足を止める事無く、雛ちゃんに向かって一直線に進む。
そのまま勢いに乗せて手を振り上げる。
「甘い」
目の前で、何が起こったのか分からなかった。
確かに閃光が走ったのだ。視界を埋め尽くしてしまうくらいの強い光、それと叩き潰されそうな圧迫感。
「私の、本業はっ・・・聖女なのよ!!」
聖女様の神殿が離れているのは、その浄化の魔法が不発した場合に周囲に与えられる影響が大きいから。たとえば、こんな風に。
反対側に曲がった、さっき振り上げた右手を見ながら顔を歪めた。迂闊だった。まさかさっきので腕一本駄目になるとは。しかも影響があるのは周囲だけで、聖女様本人はなんともないのだから全くたちが悪い。
「けほ、」
胸の辺りが軋むように痛い。口の中に滲んだ血に顔を顰めながら、ほぼ意地で体を起き上がらせると雛ちゃんが少しだけ驚いたような顔をした。
「あら、立ち上がれるの?」
「・・・・」
その言葉には答えず折れた腕を見つめた。よりによって利き手。それでもこれだけの威力があったのに、私はまだ立ち上がれてる。つまり他のところはなんともないのだ。強く打ち付けたところはあれど、足は折れてないし反対の腕も無事。
何か、規則性があるはず。きっとその波長をもろに右腕はくらったんだろう。
「次は、よける」
やってみれば、とでも言うように笑みを浮かべてみせた雛ちゃんに苛立つ。
−−−−−−踏み出した足にかすかに影を潜ませて不意を突くように大きく跳躍した。
ただ、神様に選ばれた。それだけ。この世界に来てから私だって恵まれてるって思ってた。魔力量も、周りの環境だって。でも、雛ちゃんは全てが私の比じゃないんだなって思った。
−−−−−−隠していたかのように懐の影からナイフを引っ張り出せば、雛ちゃんは嬉々として神殿に飾られていた錫杖を引っ掴む。
彼女は望まれてこの世界に来たのだから。
−−−−−−耳元のすぐそばで何かが弾ける音がした。ほとんど感覚もなかった腕が火傷で目もあてられなくなっていた。
彼女の周りを飛ぶ精霊が尋常じゃないくらいに震えている。嬉しそうに、楽しそうに、彼女の魔力に寄り添うのだ。精霊とはそういうもので、いつも魔力をあげてるのに薄情者。なんて思わない訳じゃないけれど、それだけ雛ちゃんは恵まれている、いや、愛されているということなのだろう。
にたり、と口を三日月の形に歪ませてから雛ちゃんは言う。
「ねぇ、まだやるの?腕、折れてるよ?」
「やめない」
片方の腕はもう使えそうにない。でも諦める訳にはいかないよね。
「この世界に、この国に大切なものができてしまったから」
「・・・・大切なもの?」
「オズ兄さんも、ステラも。フィーもクロエも。アシルさんだって。私には家族で友達でかけがえのないものだから。私はあなたには負けれないんだ」
みんなが大切だ。今私がここで雛ちゃんに負ければ、彼女の言葉で他にどんな被害者が出るのかわかったもんじゃない。
「家族で、友達で、かけがえのない。ねぇ、」
「なに」
「本当に、その気持ちが一方通行でないと良いわね」
まるでその言葉は一方通行に決まっている、と私に囁いているようだった。
「一体なにを、−−−−−」
私がこんなちゃちな策で動揺するとでも思ったのか、と笑い返して見せようと思った時。
「撃て!!!!!!」
聞こえた声は、聞きなれた私の友の声だった。




