優しい悪魔
更新遅れてすいません!
いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます!
千里side
陽依ちゃんに背を向けてから穴に飛び込む。
上下が分からなくなるような暗闇の後、やがて差し込む眩むような光に目を開ければそこは懐かしいあの場所。
ここならきっとレヴィは迎えに来てくれる。ここは私とあの人が出会った場所だもの。忘れるなんて許さない。
懐かしむように目の前に佇む大きな木の幹に触れる。目を閉じれば鮮明に思い出せる出会った時の記憶。
*
「チシェット様、今日はお庭の散策などいかがでしょう?」
この世界に来てからほとんど正しく呼ばれなくなった私の名前。
「まぁ!とってもお似合いのドレスですわ!!」
この世界に来てから呆れる程に賞賛を浴びせる私の周囲。
それでも私がそれを無下にすれば、侍女達はそろってその笑顔をひきつらせた。
「ごめんなさい、今日は気分が優れないからお部屋に居ます」
それでもまたあの薄っぺらい笑みを浮かべて部屋を退出していった。あぁまたか。と、あの顔は私に言っていたのだ。
それでも外に出たくはなかった。この訳の分からない世界で急に剣に没頭し始める優希の方がおかしい。こんなにもおかしな事が起きているのに、なぜ他の人達は平然とこの世界になじみ始めているのか。
私は1ヶ月程たった今でも、この世界が恐ろしくてしょうがないというのに。
だから部屋に引きこもって、何もしないようになった。
そうしてこそこそと言われるようになったのだ。
「またチシェット様はお部屋に引きこもってらっしゃるのね」
「聞きました?ユウキ様とヒヨリ様は剣や魔法の習い事を始めたそうですわ」
「まぁ!女性が剣や魔法をですか?」
「えぇ!それにとっても才能がおありなんですって!すごいわぁ」
侍女さん達の会話が控え室から漏れ出てくる。
侍女達の間では主の自慢話でも行き交っているのだろうか。とにかく羨ましい、という雰囲気がありありと出ているその会話に私は耳を塞ぎたくてしょうがない。確かに彼女達にとって私は仕えがいのない人間だろう。極力出来ることは自分でしたいのだ。いや、この世界の人をまだ恐れているか、下手に近づけたくないのかもしれない。
陽依ちゃんとは話したことあんまりないけど、優希がとてもすごいのは知ってる。剣道に関しては近くに敵は居なかったし、さすが道場の娘って感じだった。それに雛ちゃんだってすごい。可愛いし、誰とでも仲良くなれるし。引っ込み思案な私とは全然違う。
元居た世界では私は2人の影に隠れていれば良かった。
優希は私を守ってくれたし、雛ちゃんはそれでいいと私に言ってくれた。引き立て役になってる自覚はある。それでも私は楽な方を選んだ。
だから今こんなにも孤独を感じるのかもしれない。何も出来ずにうじうじしているのかもしれない。
「やっぱり、外に、」
出掛けたいです、だなんてそんな事言えないけど。庭の散策を断ったのは私だもの。
変わらなければと思う反面、傷つくくらいなら外へ出たくないと思う私が居た。弱虫め。
怠惰に過ごす中、この国の事だけは知っておこうと思って本だけは読みあさった。雛ちゃん達の役に立つかもしれないって思ったから。最も、彼女達の質問に答えられる人間なんて近くにたくさん居たんだろうけど。
そうして、事は起こった。
「へぇ、この子もらっちゃっていいの?」
声が出なかった。
「えぇ!いっつも部屋に籠ってばっかりだし・・・・宰相様も要らないっておっしゃってましたもの!」
叫べば誰かが助けに来てくれるとも思えなかった。
「うーん異世界からの人間ねぇ・・・・・貴重だしこんくらいかな?」
「あら!こんなに貰えるの?・・・・チシェット様にはこんだけ価値があるんですって」
よかったですね、と革袋を私の前で振ったのは私の侍女だったはずの人間。
どうやらこれは人身売買というやつらしい。淡々と交わされる交渉。後ろからきつく押さえつけられた腕。要するに、この国にとってこのお城にとって私はいらなくなった、というころだろうか。
「は、ははっ」
所詮人間なんてこんなものだ。乾いた笑いに侍女が首を傾げる。何がおかしいの、とでも言いたいのかな。だっておかしいよ。こんなに文化も言語も違う世界なのに、人間だけは全く変わらないんだもの。
元の世界と、全く変わらない。
卑怯で下衆で黒いもの。私もその例外ではないのだろうけど。
「早く来い!!」
引っ張られた腕が痛い。無理矢理立たされた足には靴なんてない。だって真夜中だし。これから寝るとこだったし。
「おい!もう足につけとけ!」
足枷でも付けられるのだろうか。けれども差し出されたのは片方の男の手。ぬめり、と気持ち悪く私の足を撫でるそれに歯を食いしばれば、突如私の足首を何かが締め付けるような感覚に遭う。
気づけば茨模様のようなそれが私の足首をぐるりと一周していた。
これが何なのかなんて分からないけど、諦めにも似た感情が私の中に滲み始めて、逆らう事も次第に考えなくなっていった。麻袋のようなものが頭からかぶせられて視界が遮られる。そうして急に身体を誰かに担がれて揺れる身体に小さく舌打ちをする。全く。レディの運び方がなってない。舌噛んじゃったよ。
「じゃーね、チシェット様」
ただ最後に聞いた侍女の声は非常に苛立たしかった。いい加減、名前呼べる用になれよって叫びたかった。
「あー、どうもどうも門番さん。遅くまでご苦労様です」
「あぁ、食材を届けに来たんだったな?そちらもご苦労だった。その袋はなんなんだ?」
「あぁ、これがですねぇここに届ける途中で腐っちまったみたいで、全く困ったもんですよ」
「そりゃ大変だったな」
腐った、使えない奴。
そんな風に、きっと言われているのだろう。優希や陽依ちゃんと比べられているのかもしれない。そうして私には利用価値がないと判断されたのだろう。
上手く門番を切り抜けてけらけら笑う男達を蹴り付けてやりたくなったけど、大して威力のない蹴りならやらない方がマシだと考え直す。
それでも次第に考えることすら面倒くさくなってきた。馬車みたいな物に揺られながら麻袋から顔をそっと出す。馬車はどうやらぼろい幌馬車だったようで、ところどころ破れているそれの小さな隙間から赤い月の光が差し込んだ。
そういえば、あの日も真っ赤な満月が綺麗な日だった。
赤いドラゴンが咆哮を上げ、それを兵士達が必死になって攻撃してた。
私にはどっちが悪いのかなんて分からなくて、ただそこへ走っていく小さな見覚えのある人影に戦慄したのをよく覚えている。
私と同じ制服を来た、私と似たような小さな背格好の女の子。それが雛ちゃんでも優希でもないのなら、誰なのかという事は明確で。吹っ飛ばされながらも懸命に走っていく彼女に、優希が止めるように叫んでいるのを傍らで聞いていた。
彼女は必死で、後ろをちっとも振り返りやしなかった。魔法で音声を繋いでもらったけれど優希がいくら叫んでも陽依ちゃんには届かないようで、近くにあった剣引っ掴んで優希が飛び出していきそうになった時はさすがに周囲の人間が止めた。
音声を繋いだ事で聞こえて来た彼女の言葉は、私に痛い程突き刺さった。
『お前等それでも人間かッ!?疑問も意思も持たないのはただの家畜だ!疑問を持て!考えろ!そして行動に移すのが人間だろうがッ!!』
ドラゴンは悪くない、と叫ぶ彼女の言葉。自分で考えない事は、意思を持たない事は家畜だと言い放った彼女。
あぁ、それはまさに私の事じゃないか。必死なその声を聞きながら、少しだけ胸を抑えたのは懐かしい。
影に隠れて。引き立て役でもどうでも良くて。意思なんて雛ちゃんが決めた事に従ったら良くて。
本当に薄っぺらい人間。
陽依ちゃんの言葉を思い出して苦笑して身じろぎすれば、何かが微かに手に触れた。
縛られた手を無理矢理動かしてそれを確認すれば、それは細身のナイフで。そういえば今日は届いた新作の本の封を寝る前に開けようと思っていたのだと思い出した。
これで、もしかしたらロープも切れるかもしれない。
「考えない事は、意思を持たない事は家畜と同じ」
案外細いロープを使われていたのは幸運だったのか、それともただなめられてただけなのか。
「だったら、少しだけ意思を持ってみようかな」
黙って売られてやるのも少し癪だし。
さくり、と切れ目を入れたロープを後は気合いで引きちぎった。
薄手のワンピースでは夜風は冷たい。そこら辺にあった食材にかぶせてあった毛布を引っ掴み、林檎っぽい果物をいくつかポケットに突っ込んでから自分の入っていた麻袋に残りの林檎を突っ込んだ。もしかしたら時間稼ぎになるかもしれない。
幕を降ろしてある幌馬車からそうっと顔を出せば、馬車は緩やかに風を切りながら進んでいる。元の世界の自動車に比べれば全然速くない。森の脇を走っているみたいだけど、既にここがどこなのかなんて分からない。戻ろうなんて考えない方がいい。あそこは私にとってもう安全な場所ではなくなったのだから。
飛び降りた時は受け身が上手くとれなくて少し痛かった。
それでも男達に気づかれなかったのだからよしとしよう。ごろんごろんと転がった末に茂みに頭を突っ込んで、体中がちくちく痛かったけど少しでも早くその場所を離れるために走り出した。
もともと正確な道も地理も分からないのだから、と突っ走ればいつしか空は白み始め目の前には大きな木が生えていた。森の中を走っていたけれど少し開けた場所に出たらしい。果物でもなってないかと上を見上げたけれど見当たらず、ポケットに突っ込んだ林檎らしき果実を口に入れる。
味は林檎というよりメロンみたいでとても甘かった。それでも腐っているというのはあながち嘘ではなかったらしく、今にも崩れそうなその果物は早々に食べきった。
さてこれからどうしようか、と今まで読んで来た本の内容を思い浮かべながら考える。元の世界の知識でも生かしてお店を開こうか。いやでもそれではすぐに見つかってしまう。優希達に会う前にまた売られてはどうしようもない。
お店が駄目ならギルドに加入するか・・・・・流れ者のような私にギルドカードは発行できないかもしれない。
折角ためた知識もいざとなると役に立たないもので、お日様が頭の上に来る頃には私のアイディアは出尽くしていた。考えあぐねている内に偽名でも使ってギルドに入るのが一番だ、ということに落ちついた。一番下のランクのギルドカードならタダで手に入ることを私は知っていたし、同じくギルドで市民証が発行できる事も知っていたからだ。
それには少しお金が居るのだが・・・・それは果物やらをこの森で探して売るしか無いだろう。少し見通しの良くなって来た未来に安心しながら、木にもたれかかって船を漕ぎはじめる。一晩中走っていたのだからもう疲れはピークだった。
ここなら誰も来ないだろう、と安心して私は微睡みの中へと落ちていった。
きっと、あの力を得たのはこの時だったのだろう。
この世界の誰かが、私にこの時話しかけたのだ。「可哀想に」「そなたは哀れだ」そうして私に同情したのだ。
「あぁ、可哀想な子。だからそなたに加護を授けましょう。そなたの努力で道が開けるように、少しでもそなたが生きていけるように」
目を覚ました時は変な夢を見たものだと思ったけれど、すぐに私は自分の力に気づいた。
果物をとろうと目一杯背伸びした時届かずに歯ぎしりしながら、腹いせにその木を蹴り飛ばした。然程強い力で蹴ったつもりは無かったのだけど、頭の上に振って来たいくつもの果実に硬直したのは懐かしい。
私と相対することで相手はある程度のレベルまで弱くなる。モンスターにしろ、果樹にしろ私が努力して腕力や脚力を強くすれば狩り放題ということだ。これならもしかしたら生きていけるかもしれない。
希望に胸を躍らせた私の足が引きちぎられるような痛みを訴えたのはこの時だった。
「っ!、い、った」
痛い痛い痛い痛い。それに熱い。燃えるように熱い。足首から先が引きちぎられそうだ。地面に座り込んだまま足首を見れば、真っ赤になった茨が私の足をぎりぎりと締め付けていた。なるほどこれは拘束具だったらしい。そろそろ気づかれる頃だとは思っていたけど。
「痛い!痛い!痛い!」
声にでも出してなきゃ正気を失ってしまいそうだった。食い込めば食い込む程足から感覚が抜けていく。ぷつり、と茨が突き刺さった所から血が溢れ出す。じわりじわりと痛めつける辺り本当に趣味の悪い拘束具。
「いや、だ・・・・!」
涙でぼやける視界の中、地面に這ったまま声をひねり出す。
「誰か、誰かたすけて」
折角変わろうと思ったんだ。これから世界が開けていくと思ったんだ。だから、これで終わりなんて嫌な冗談やめてよ。
「ひな、ちゃ」
優しく微笑む女神様のような雛ちゃんの顔が浮かぶ。私に手を差し伸べてくれた。一緒に居てくれた。私が居なくなった事に気づいてくれたかな?探してくれてるかな?優希とだって最近会えてなかったのに、このまま会えないまま終わるの?
「神様なんて、居ないんだ・・・・・っ!」
助けてなんてくれない。苦しくて。どんなに辛くても。そういう意味では雛ちゃんが私にとっての神様だったのかもしれない。依存って言われたっていい。だって彼女が私の全てだったんだから。
それでもこの世界は私を見捨てるんだ。城の人達と変わらない。元の世界の人達と変わらない。私を同じように切り捨てるんだ。
憎しみにも似たような。八つ当たりにも似たような感情が胸の奥からにじみ始める。止めようのないそれと、止まらない痛みの奔流に意識を飛ばさないようにするのが精一杯。
「助けてやろうか?」
『一緒に行こ?』
差し伸べられた手は雛ちゃんじゃない。分厚くてごつごつした男の人の手。声だって低くてとても雛ちゃんには似てない。なのに彼女と初めて会った時のことを思い出して、その一瞬だけ痛みすら忘れられた。
「神様なんて居ない。助かりたきゃこの手を掴め。と言ってもそれがお前にとって最善なのかは分からないけどな」
遠回しなのか直接的なのか。よく分からない言葉でその男は私を翻弄しながら、私の前にその手をたらし続けた。
「しにたく、ないッ・・・・!」
必死に。縋り付くように。
目の前に差し伸べられた手を引っ掴んだ。
「そうか。じゃあお前は俺の物だな」
痛みが足首から急激に遠のく。遠ざかっていた五感が徐々に身体に集まってくる。冷や汗みたいなのが全身から溢れ出したようで、背筋がうすら寒い。てか今私誰の手を引っ掴んだんだろう。目の前で私の限界を振り切ったような握力で握られている掌は一体誰のなんだろう。
おそるおそる顔を上げてみれば、なんてことはない。そこに人は見当たらなかった。
「ぃ、や・・・!」
ただ、私と手を繋いでいる”腕”だけが、真っ赤な鮮血を滴らせながらそこに在った。
背筋が冷えたなんてもんじゃない。叫ぶ声も出ない程生まれて初めて目にする”ばっさり千切れた腕”を前に私は硬直していた。一体これは何。たしかに誰かが私に問いかけていた声がしたのに、目の前に在るのは腕単品。こんなことってあるだろうか。
「あ、」
唐突に、私とつながっていた腕が持ち上がる。力なく、ぱたりと自分の手が滑り落ちた。いつの間にやら私の前には誰かが立っていたようで、何てことないみたいに地面に落ちていたその腕を手にとっている。
「その腕、」
顔を上げた先に居たのは薄い白に近い金髪の男の人。伏せられたその目は真っ赤。どれも私が居た世界では見ない配色。
そしてその人には片腕が無かった。
よくよく見れば腕が来ている服の色とそっくりな色をした黒の服。私の視線が自分の手にある腕を見つめていると気づいたようで、なんてことないように腕を持ち上げて本来あるべき場所へあてがっている。
「大丈夫だ。痛むのは千切れる瞬間だけで、どうせすぐくっつくからな」
「く、くっつく!?そんなわけないじゃないですか!それよりもすぐに止血とか、」
「そんなことより、足は問題ないか?」
私の足首を心配そうに見つめながら、立てるか?と差し出された腕は先ほど千切れていた腕だった。本当にくっついた。しかもほんの一瞬で。
「た、たてます」
「いやー驚いた。まさか上から魔法を掛けようとしただけでここまで反撃の呪詛が返ってくるとはなぁ。腕が千切れて身体が吹っ飛ぶとか。普通の人間なら即死だな」
普通の人間なら。この人は普通じゃないのかな?
「まぁお前を買おうとしてた貴族はかなり身分の良い奴だったしなぁ。そのための拘束具ならこれだけ良い奴を用意してても不思議じゃないな」
「私のこと、知ってるの・・・・・・?」
少しだけな、と言いながらその人は私の手を掴んだまま歩き出した。
「髪の毛はそっちの色の方が目立たないかもしれないな。何より反射して綺麗じゃないか」
「え?」
気づいたときには、気が狂いそうな程の痛みは私の髪をすっかり白く染めていた、
それを綺麗だ、と撫でる君は本当に大切なものを見るような目で私を見るから、少しだけ決まり悪くなる。私は私を助けてくれたらしい、君の名前すら知らないんだから。
「何故私を助けたの・・・・?」
「何故・・・・?興味が湧いたから?あぁ、同情したから、とか?」
私が問いかけているのに彼は逆に私に問いかける。面識のないはずの私にどうして助けてくれたのか。この世界の人間も元の世界と変わらないって、そう思ってたのに。どうせ見捨てられて、切り捨てられて、惨めにこのまま死んでしまうんだって思ってたのに。
「あぁ!俺の物にしたいと思ったからだ!」
ようやく納得する言葉を見つけたように彼は笑った。その笑顔はとってもきらきらして、綺麗で。本当に顔にこびりついている血を今直ぐ拭ってやりたくなった。それでもすぐに信用できるか、っていう私のなけなしの警戒心が牙をむく。
「私、他人を信用しないから!!人間は狡猾で、卑怯で、何をするかなんて分かったもんじゃない!」
人である私が言えたものじゃないけれど。
「それなら俺は例外だな。俺は人じゃないからな。悪魔っていう種族なんだが・・・・・分かるか?」
「あ、悪魔!?」
そりゃ存在する、って文献にはあったけど。まさか、これが悪魔。ほとんど人と変わらない見た目だ。
「な?だから俺の事は信用してもいいってわけだ。分かったか?」
「そ、そうなのかな?」
未知の存在を前に何を言ったらいいのか分からなくなる。だって悪魔っていうのはファンタジーな世界の生き物で。そりゃファンタジーは好きだから本でいっぱい読んだりしたけど、実際に目の前に居るっていうのはなんかやっぱりしっくりこなくて。
「そーそーまぁとりあえず悪いようにはしないから」
この悪魔にとって私が傍に居る事のメリットは私には分からない。それでもこの世界で手を伸ばしてくれたのは今のところこの悪魔だけな訳で。こいつから離れれば私はまた足が千切れそうになるあの痛みを味わう事になるかもしれない訳で。
「そっか」
なんだかんだ理由付けながら私は一息ついて悪魔を見上げた。千里、腹をくくるのよ。
「じゃあ、私あなたについていくわ」
「嫌だって言われたら引きずっていく所だった」
悪魔がそう言ってさもおかしそうに笑う。そしてあの時みたいに私に手を差し出して言うんだ。
「俺のことは・・・・そうだな、レヴィとでも呼んでくれ」
この手を、今は信じるしかないのだから。
「私は千里、好きに呼んで」
「そうか!じゃちぃだな!ちぃ!行くぞ!」
重ねた私の手をそのままに、レヴィという名の悪魔は歩き出す。ちぃ、って。正しい訳じゃないけど、今はそれが私の名前なんだ。じんわりと滲む嬉しさに笑みが溢れる。
「うん、レヴィ」
私はこの悪魔を信じることが正しいことだと思うから。引っ張られるように足を踏み出せば、身体が少しだけ軽くなった気がした。
異世界に来てから、35日目。私は優しい悪魔と出会った。
*
長いような短いような、懐かしい夢を見た。
「ちぃ、帰るぞ」
顔を上げれば、いつもと何ら変わらない表情で微笑む悪魔が居る。あれからレヴィは私を強くしてくれた。気づきもしなかった魔力の存在を私に教えてくれて、それを目一杯引き出して魔法を教えてくれた。生きるために。死なないために。
そんな優しい彼に一瞬目を走らせて怪我がないのを確認すると、やっとレヴィの目を見返す。
「おかえり、レヴィ」
「あぁ、ただいま」
いまだにレヴィは、私を何で助けてくれたのか言ってくれない。でもまぁ悪魔ってそんなものらしいから、別にいいんだけど。
私はレヴィの気が飽きるまで、彼の傍に居るしかないのだから。
「何も食べてないからお腹すいちゃったよ」
雛ちゃんの事も、全部。悲しみが喉の奥に詰まったみたいに、上手く言葉が出てこなかった。雛ちゃんに会いたいって私が言った時、レヴィは私を止めてくれたのに。我が儘な私は注意も聞かずにあの闘技大会に参加した。
「あぁ、でも少し疲れたなぁ」
そうして、胸の奥をぐさりと抉られたような気分を味わった。
レヴィは、こうなるのを知ってたの?あなたは何をしってるの?あなたは、本当に私の味方なの?
「そうだな!今日は街の北にある居酒屋にでも行くか!」
「うん」
疑問を口にしても彼はきっとはぐらかすだろうから、浮かぶ疑問もそのままに目の前に自然に差し出された手をとった。
「ねぇ、レヴィ」
「ん?」
「今日はデザートも食べて良い?」
きっと私達はこれでいいのだ。このまま、曖昧な距離のままがきっと丁度良い。
私は、まだ帰ることを諦めていないのだから。




