クロエの戦法
更新遅くなってしまい申し訳ありません。
いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。
クロエは治癒術専門の魔術師だけど、最高位の魔術師としての地位を持っている。無論、その事実はクロエが治癒術のみの魔術師ではない事を示している。
にたり、と。そんな音が似合うような笑みを浮かべた彼女が一歩を踏み出す。裾の長いワンピースが揺れて、いつも通りの血色の悪い足が僅かに覗く。青白いその肌は普段彼女がどれだけ外の人間を嫌い、塔に閉じこもって来たかという証拠。
「クロエ、」
クロエは初めて会った人間を信用しない。ましてや自分の仲間を傷つけた人間に、優しく手加減してあげるような人間でもない。クロエが私の事をそこまで好いてくれてるなんて自意識過剰かもしれないけれど、あの塔に入れる時点でクロエにとっての私とあの男の存在価値は違う。
殺しそうになったら流石に運営が止めに入ると思うんだけど、何故だかクロエの冷たい笑みを見ると不安になってしまってしまって、また癖のように鳩尾あたりを握りしめる。
「クロエ様ってヒヨリのご師匠様なんだよね?
「そうだけど・・・どしたの?」
「いや、勘違いかもしれないけどさクロエ様ってーーーー『おっと!クロエ様が最初の一撃を決めました!!』
「ーーーーーえ?」
優希ちゃん言葉は実況する甲高い声に遮られて、きっと私にしか聞こえてなかっただろう。優希ちゃんは長い睫毛を伏せたまま、真剣な顔で試合を見つめてる。その顔はとてもじゃないけど冗談を言い出すような顔には見えなくて。だからこそ、今言われた事の意味も理解できなくて、私はただ下に広がる試合に目を落とした。
す、と上げられたクロエの華奢の腕が男に向けられる。その顔には何の感情も無く、少しだけ気だるげないつもの表情。
『早く、帰りたいのよ』
そう呟かれた小さな言葉をマイクが拾った時、ほぼ同時に雑音がマイクに混じった。
光り輝く魔法陣が足下に広がったのは、ほんの一瞬の事。私でも目で追えたのは精霊が一瞬騒がしくなったから。何か極大魔法でも起こす気か、と身構えた男が防御魔法を張る。丸い球体のそれが薄く光りながらも男を守るように覆った。
それが全身を覆うタイプの防御魔法だったことに、どれだけここの観客が安堵したことか。
かきぃぃぃぃんっ
鋭く響いた音は、魔術師同士の対戦では聞き慣れない音。魔法でやり合う彼らにとって剣がぶつかるような金属音を聞く事はありえない。そんな長さの限られた武器よりも、魔法を飛ばす方が効率がいい。
ずっと昔からそれが当たり前で、だからこそ誰も武器を使おうなんて思ってこなかった。
でも、本当にそうなのかな?
魔法陣は現れてすぐに姿を消した。
クロエと、共に。
『っ!?』
男が息を飲んだ直後に、真上から防御魔法に剣が叩き込まれる。ひらり、と細身の身体が空を舞う様子は、まるでどこかの剣舞でも見ているようで一瞬見惚れてしまった。転移魔法は連続で作用し、クロエが男の全方位から唐突に現れる。
細身の剣が防御魔法を叩き割らんばかりの勢いで、何度も、何度も容赦無く叩き付けられる。その力は尋常ではなく、何の加護も掛けていないただの剣によって男の防御は震えていた。
細身の剣、と言っても優希ちゃんが持っているのと同じようなそれはご令嬢が持つには重すぎる。
それをを無表情に、淡々と振り下ろす彼女は何者なのか。
『何で、何で魔術師が剣なんてものを持ってるんだ!?』
『魔術師が剣を使ってはいけないなんてルール、一体誰が言ったの?』
マイクが拾った声は酷く正反対で、怯えた男の声が滑稽だった。まるでまだ余裕があるかのようなクロエは寸分の狂いもなく、防御魔法の弱った部分をついている。
『魔法なんて、魔力が切れたら使えなくなってしまうわ』
ようやく転移をやめたクロエがたんっ、とたてて地に降りた軽い音にさえ観衆は身体を固まらせる。それぐらいにこれは稀な例なのだろう。剣を使う、魔術師など。それでもクロエは決して顔を下げない。まっすぐ、ひたすら前を見つめたままその手にある細身の剣を小さく振るった。
それは自分の戦い方を何も恥じていないという思いの現れであり、間違っていないと主張する言葉のようでもあった。
『いざという時使えなければ、自分や仲間を守れなければ。それは何の意味も成さない』
きゅ、とクロエの掌に力が込められたのが遠目に分かる。魔法を学べればいい、とそれだけ思って来たけどこれは案外見過ごせない試合になってきた。少し掌を目に当てて小さく言葉を呟くと、視界がぐらりと揺れて平衡感覚がなくなる。
「陽依?やだ、体調悪いの?」
「ううん、ただの目眩」
そう言って優希ちゃんの方を見て笑ったつもりだけど、ピントは既に優希ちゃんに合わせてない。揺れそうになる身体を抑えながら慎重にピントを合わせれば、ドアップのクロエがようやく映る。これで少しの動作も見逃さない。視覚を強化する魔法を目に掛け続けながら、いつもよりも格段に不機嫌そうなクロエの顔を見つめた。
『私は、私を守れなかった』
ーーーーだから、あの人の大切な妹を死なせてしまったの。
小さく口を動かした彼女の言葉を理解できたのは、きっと私みたいに口元を注視することが出来た人間だけだろう。それはとても小さな、マイクでも拾えないクロエの本当の言葉だったから。
昔の話だから、と苦笑した彼女が脳裏に過った。それを昔だと何度も何度も言ったのは、本当に言い聞かせるため?
『だからもう、失敗しない』
ずっと自分を戒めて来たんじゃないの?
クロエが再び振り上げた剣が、容赦なく防御魔法に突き刺さる。今まで何とか持ちこたえていたそれに、ぶすりと刃先が突き刺さる。
『くそっ・・・・!半端者がああぁぁぁッ!!』
怯えていた感情はぐるりとどこかを一周し、おかしな方へ進んだらしかった。防御魔法を突き破らんばかりに力を込めたクロエに、男が近距離で魔法を放つ。
『炎よ!焼き払え!!』
さすが貴族、と言えるレベルの魔力ではあった。短い詠唱だったにも関わらずそれを十分に補う魔力。炎がぶわりと燃え上がりスクリーンに映されたそれに観衆が息を飲んだ。剣を引き抜けなかったクロエがそれをもろにくらったのだ。制御の腕輪を付けてこのレベルなのだから、あの男も私の先生に選ばれるだけの能力はあった、ということだろう。
「クロエ!!」
煙の上がる中、クロエが居た場所にひたすら目を走らせる。黒こげの焼死体なんて見たくないけど、クロエがこんな魔法にやられるような人じゃないって私は知ってるから。
カメラはどうやら逃げ後れたらしく、何個かが魔法の巻き添えを食らっていた。良いところで途切れたスクリーンの映像に観衆はブーイングを飛ばし、実況をしていた女性が平謝りを繰り返していた。
そんな時、クロエの居た辺りの煙が僅かに途切れる。見逃してしまいそうなくらい、ほんの一瞬の事。
「・・・・・え?」
黒い煙をものともせずに、無表情に突っ立っているクロエ。その表情はいつもの気だるげな様子。長い睫毛を伏せたその顔は何の感情も浮かんでいないのに、私は今にも叫びだしそうなくらい感情が溢れ出しそうだった。
クロエが生きてる。さすが私の師匠!やっぱりこんなことで負けたりしないよね!
「陽依っクロエ様どうなったの!?」
ゆっくりと瞬きしてるから、ちゃんと生きてる。動いてる。本当に焼死体をこの目で見てしまうかと思った。
「うん!クロエなら大丈夫!どこも怪我してな、いーーーー」
本当に?
ゆっくりと、目を開いた彼女がふと自分の右腕を見ていた。無事だと、動いていると、安堵する私の目に映ったクロエはいつもと少しだけ違った。
クロエの、右腕はどこにいったんだろう
「っ、」
声が出なかった。無事だよ、と続けようとした言葉も声にならずに空中に布散する。無事じゃない。右腕が、肩からばっさりと、ローブと一緒に吹っ飛んでる。
それを何でもないようにクロエは見つめて、少しだけ息をついた。
そうして次の瞬間、彼女の腕は元通りになっていた。
「・・・・・え?」
するり、と当然のように右肩から腕が生えて来た。それは治癒というよりも、生え替わりという方が正しい。それを見てまた視線を戻した彼女の瞳は。
紅。
真っ赤な真っ赤な、血の色。一度腕が吹っ飛んでいたのは、肩からばっさりと服がなくなっていることから明確だ。それでも煙が晴れた時クロエは何事もなかったかのように、その足下にあの男を踏みつけながら立っていた。
この時、私は無意識に試合が始まった直後の優希ちゃんの言葉を思い出してたんだ。
『いや、勘違いかもしれないけどさクロエ様ってーーーー本当に人間?』
試合終了の笛が鳴り、クロエが少しだけすっきりしたような顔をしたその場を後にする。その身体に見られるのは服が少し焼けたくらいで、他には何の怪我もなさそうだった。なんで、今確かに右腕が吹っ飛んでたのに。
あれは治癒魔法?でもあんなに高レベルなものが?あれなら最早身体の下半身が吹っ飛んでもまた生えてくるんじゃないかな。高レベルだとかそんなレベルじゃなくて、それは不死に近いのかもしれない。それに治癒魔法を使った副作用で目の色が変わるなんて聞いた事が無い。
優しく微笑んで私を迎え入れてくれた彼女が、私の先生役を一生懸命こなしてくれる彼女が。
ーーーー本当は、人ではないかもしれないなんて。そんな馬鹿げた話を他の人に出来る訳も無くて。
「あ、次陽依のお兄さんじゃない?」
「本当だ!オズ兄さん張り切ってたからなぁ」
見なかったフリをすることぐらいしか、今の私には出来なかった。
オズ兄さんと入れ替わるようにしてこちらに背を向けたクロエを、ひたすら目で追った。いつもの不機嫌そうな後ろ姿と、ゆらゆら揺れる抹茶ミルクの髪の毛は見慣れたものなのに、どうしても右腕に目がいってしまう。
あなたは何者なの?
それはきっと、聞いてはいけないことなのだ。
暖かく降り注ぐ日差しが、今だけ冷たく感じた。




