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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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闘技大会

いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。

『まだ抑えられる?』

そう言った美千代さんの言葉に無理して頷いたのは、一週間前のこと。

今日も今日とて気だるい身体をベッドの上で起こしながら、そういえば最近美千代さんに会えてないと気づく。


窓の外に視線を向ければ、差し込む日差しの容赦のなさに思わず顔を背けた。天気は良好。窓の外の木々に止まっている鳥達は、互いに挨拶を交わし合う。


和やかで清々しい、闘技大会日和。


しばらくベッドに掛けたままだった私の膝の上に、そっと巾着袋が置かれた。

「ありがと、ステラ」

この巾着袋をステラに持って来てもらうのも何回目になるかな。

「誰にも見つからなかった?」

「えぇ。私は暗殺の達人ですのよ?早々見つかる訳ありませんわ」

得意げに胸を張るステラの口調はやはり冗談じみていて、私の気だるげな気分を少しでも明るくしてくれようとしているのが分かる。本当に私にはもったいないくらいの良い侍女だ。

「今日も気分は優れませんか?」

「大分マシだけど、今日は外に出掛ける訳だし。魔力を抑えておいて方がいい」


相変わらず、私の魔力は増え続けていた。


増える魔力に対処するためにはとにかく使うしか無い、という結論に落ちついた私は手当たり次第のものに魔力を振りまいたり注ぎ込んだりしてみた。

まぁ結果だけ言うと私の部屋の周りには異様に精霊が多くなっちゃって、小さな魔法を使うだけでも何が起こるか分からない状況だ。鯉に餌を上げてるみたいで、途中から楽しくて仕方なかったんだけどね。うん、何事もやりすぎはよくないな。


そんな私の第二の手段が、石に魔力を込めること。元々魔石というものがこの世界にあって、魔力を詰め込むことでそれを作る事ができると知った。それには多大な魔力が必要になるため、誰も好き好んで作ったりはしない。ただ魔力を消費できるなら、と私はステラに石を拾って来てもらっては詰め込む作業を繰り返した。


慣れた手つきで巾着袋から石を取り出しては魔力を込め続ける。無理して抑える必要がなくなるぐらいまで詰め終わると、やっと肩の力を抜くことができる。全く困った物で、少しでも気を抜こうものなら魔力が身体の奥から競り上がってくる。


きらきらと輝きを増した石を片手に息をつく。今日の石は6個。こないだは3個で足りてたのに。化け物じみたスピードで成長する自分が恐ろしい。このままじゃ魔導具が見つかってもすぐに駄目になるかもしれない。


ただ私は、ここで穏やかに暮らせたらそれだけでいいのに。


「ヒヨリ様ー?そろそろ着替えませんと、間に合いませんわ」

「あ、うん!今行く」

衣装ダンスの前で白いレースのワンピースと深い青のワンピースを見比べるステラの声に慌てて駆け寄る。


天気はいいし、オズ兄さんもフィーも少し前から気合い入れて準備してた。きっと今日は良いものが見れるに違いないんだけど、何故だか気分のせいかあまり気が乗らない。


「ユウキ様は青い服を好んで着られますから、今日は白いワンピースにしましょうか?」

いつの間に優希ちゃんの好みまで把握したのか、真っ白なワンピース私にあてがう。特に反論する訳でもなくワンピースを手にとって見始めた私にステラは笑って、こないだ知らない貴族から届いたという靴を取りに別室へ駆けて行った。


どうやら私が魔法を扱えるようになった事が広まってから、贈り物はさらに増え始めているようだった。もしかしたら私に貴族達が利用価値でも見いだしたのかもしれない。


「そういえば、舞踏会の時に着たドレスも白かったなー・・・・」

ちらりと鏡を覗き込めば、私が思っていたよりもフリルの多い白が溢れていた。女の子らしいその服と色を見て、思わずセルを思い出す。


こんな服着てたらまたセルに見えるかもしれない。彼女の晴れた日の海のような青い瞳も、黄金色に輝くあの長い髪も。もう二度と見る事の叶わないそれを、少しだけ鏡の中に思い描いた。


そんな時、事が起こったのは一瞬だった。


真後ろにあった窓が不自然にもひとりでに開き、私の上の部屋にあたる所から何かがこの部屋に飛び込んでくる。全てを鏡で素早く確認した私は手元の影を引っ張りだそうと指を動かしたけど、すぐにそんなことをする必要なんて無いと悟った。


「陽依ーっ窓を開けっ放しにしとくなんて不用心じゃない!ちゃんと閉めなきゃ変な人に入ってこられちゃうわよ!」

腰に手を当てて、危険を喚起する優希ちゃんにまさにその状況が今では?と突っ込む気力は私には無い。警戒して損しちゃったよ。でもまぁそんなことよりも今は何故彼女が”男装”でこの部屋に飛び込んで来たのか、ということが重要なわけで。

「あら?まだ着替えてなかったの?」

いや、今から着替えるところでしたが。

しょうがないなぁといった表情で優希ちゃんは着替えを急かし、さらに適当に靴や帽子を見繕う。優希ちゃんとは現地で集合するはずなのに、やけに慌ただしい登場だ。


「うんうん、やっぱり陽依には白が似合うねぇ」

1人満足げに頷く彼女にはそろそろ理由を説明して欲しいところだけど、腰に剣を刺した彼女は騎士っぽく私に手を差し出す。

「さてお嬢さん、私と今日はデートしてください」

「いや訳わかんないよ」

誰かこの人を止めて。まさに私はそんな気持ちだった。けれども優希ちゃんは私のそんな言葉なんてちっとも聞いてくれなくて、青い男物の服を翻しながら窓枠に手を掛ける。


あぁ嫌な予感しかしない。


「やっぱりさ、こういうのはお付きの人がいない方が楽しいと思うの」

「優希ちゃんならそう言うんじゃないかな、って思ってたよ」

出来れば、こうならないことを祈っても居たんだけど。


満面の笑みを浮かべる彼女が私の手をひいたまま、窓の外へと飛び出す。金髪がきらきらと太陽に反射して眩しい。確かここは2階だった気がするなぁ、なんて少し遅すぎることを考える。


「精霊さん、風をちょうだい」

何も考えてないであろう彼女のために小さく呟けば、足下で起きた風が私と優希ちゃんをそっと地面に降ろしてくれた。魔法勉強しといて良かった。


「オズ兄さんに一報入れておくべきかな・・・?」

「いーのいーの!今日は遊ぶんだからっ!」

即答。連絡用の魔法を使わせる暇もあたえず、優希ちゃんは近くの植木につっこむ。

「ここを通ると闘技場の近くに出られるんだよ」

「そんな情報一体どこから」

「んー・・・探検の成果?」

どうやら彼女は私と会わない間に、だいぶたくましくなったらしい。こちらに召還されたばかりの時の不安げな表情が懐かしい。


「今日の闘技大会、まさか出る気じゃないよね?」

「さすがにそんなことは言わないわよ。だってなんかもうレベルが色々と違うしっ!今日はもう姿拝めるだけでありがたいっていうか!」

なんだかよく分からないけど優希ちゃんが拝めたくなるような人達が今日出るってことは分かったよ。


そして植木の中を突き進む事10分程たった頃。ところどころを植木の枝に突かれながらもようやく、建物の影に抜け出す事ができた。寝癖でただでさえ酷かった頭はもう見れたもんじゃない。とりあえず、と帽子で押し付けながら顔を上げれば目の前の大きな建物に目を奪われる。


「精霊、が」

こんなにたくさん。

ドーム上の大きな建物を囲むようにして精霊達が寄り付いている。これがアシルさんの言ってた結界って奴なんだろうか。なるほど。これだけの精霊が集まって強固な結界を作れば、確かに観客は安全かもしれない。


1人で勉強になるなぁ、と頷いていれば唐突に優希ちゃんに腕を引っ張られた。周りのドームに向かって歩いて行く人達の波に引っ張り込まれて、慌てて転ばないように足を動かした。

「陽依!あんなとこに立ってたら目立つじゃない!」

「優希ちゃんは、お付きの人が居るの嫌いなの?」

あたりまえじゃない、と続けた優希ちゃんの言葉に苦笑する。

優希ちゃんのお付きの人はどうやら優秀らしい。彼女がこんな行動に出るのも推測してたらしくて、現在私達を監視している人間が3人程いる。さすがに窓から飛び降りた時は向こうも駆け寄ってきそうになったけど、今のところ優希ちゃんには気づかれていないようだ。


まぁ、護衛としては上等じゃないかな。ただでさえ私達も戦えるわけだし。それにまだ魔は完全に浄化されたわけじゃない。こんな人ごみの近くにはもやもやとした魔が隅に転がっているものだから、護衛はないよりあった方が良いように思う。


「早くーっ!」

「はいはい」

きっと、お付きの人もこんな優希ちゃんの笑顔を見たから止められなかったんじゃないかな。

私のことを全く知らなかったのに、友達になりたいって言ってくれた。その優希ちゃんが願うなら出来うる限り叶えてあげたいと思ってる。

「うわぁーっ!中やばいって!陽依ってば聞いてる!?」

それでも、私はまだ迷ってる。

死神であるエリオスと契約した事も。私の身体の中にある魔力は、普通の人間とは違う事も。


帰れないという真実を伝える事も。


優希ちゃんに伝えたらきっと彼女は傷ついて、私を心配して心を砕いてくれる。でも、私はそんなことしてほしくないんだよ。ただただ、幸せそうに笑っててほしい。

伝えないことが良いことじゃないって分かってる。今この瞬間も、私達がこの世界で過ごす時間が経過する度にその真実は重みを増して行くのだから。

「陽依?体調悪い?」

「ううん、大丈夫」

だから笑ってよ。私も頑張れるから。

鳩尾をまた握りしめながら笑いかければ、何か変な物でも食べたのかと優希ちゃんに聞かれた。優希ちゃん、これは食あたりじゃないから。


人に流されながらようやく席につけた時、ドームの中に軽やかな声が響き渡る。

『お集りの皆様大変お待たせいたしましたぁーっ!!本日は第47回メルリス闘技大会にようこそ!!視界は私アルディナがつとめさせて頂きます!」

可愛らしい少女を連想させる声に、ドームの中の人々が声を上げて喜びを表現する。有名な人なのかもしれない。とりあえず乗っとく?と優希ちゃんと腕を上げて叫ぶ。


『では早速一回戦行っちゃいましょう!第一回戦を華々しく飾ってくれるのはこの方!この国の宮廷魔術師にして黄の塔の主!!クロエ=メイ=アンブローズ様ですっ!!』

「クロエ!?」

どこからかけたたましい音楽が聞こえて来たかと思うと、ドームの対戦場の小さな扉から見慣れた姿が現れる。今日はいつもより髪を念入りになで付け、少しは貴族らしいワンピースを着ている。ただローブはそのままで、裸足なのもいつも通りだった。

「本当に出てるんだ・・・・」

「クロエ様っていつも塔にこもってるんでしょ?初めて見たけど綺麗な人だねぇ」

見ほれるようにクロエに視線を寄せる優希ちゃんはきっと気づいてない。確かにあの人は見た目は綺麗だし、本物の貴族の令嬢。


でも、極度の人見知りだ。


幼い頃何度も誘拐にあった事から、周囲の人間は基本信用しない。ご令嬢なのに侍女さえも付けない徹底ぶり。そんな人間がこんな人ごみの中で平常心で居られる訳がない。

闘技場の中央まで歩みでて立ち止まったクロエは、少し俯いたまま動かなくなってしまった。


何か、やばそう。

弟子特有の勘が警戒せよって言ってる。

『クロエ様ってば一回戦目ってことでやっぱ緊張とかしちゃってますかー?』

少しでも緊張をほぐそうと明るい声を掛けた司会の言葉に、クロエが少し顔を上げる。



『チッ』

クロエに近づけていた魔導具のマイクが拾った音声が、ドーム上の会場に響き渡って辺りが静まり返る。舌打ちしましたよあの人。よくよく見れば顔は今にも人を殺しそうな表情だ。やっぱり精神的に相当きてるな。なんで出たのクロエ。

『あ、えーっと・・・・はいっ!では対戦者の方を紹介したいと思います!!』

そうだよ。あれ以上クロエに突っかからない方が良い。


『えーと、なんでも最近まで異世界から来たご令嬢の魔法の先生をされてた方らしいですね』

ん?

『何でも今回優勝した暁にはそのご令嬢を花嫁に、と望んでいるとか』

んんん?

『まぁでもしょっぱなからクロエ様では望みは薄いですねー!ポール=シャルドナ様です!』


んんんん?

名前は聞き覚えがないぞ?


でも現れた人物にはすごく、見覚えがあった。あの趣味の悪いぺかぺかした衣装といいあのいやらしい笑い方といい。既視感に固まる私の耳に『俺が出る!俺の妹は嫁にはやらん!!』ってオズ兄さんの声がマイクに混じって聞こえて来た。

『どうやら花嫁さんまでは遠いようですが、頑張ってくださいねぇー!ではお二人とも試合開始ですっ!』

マイクとカメラの役割を果たしている魔導具がひゅんひゅんと飛び回りながら、ドームの上に映像と音をとばしてくれる。


『・・・へぇ、あなたあの子の前の先生なんだ?』

『おぉ!まさかのクロエ嬢が私の事を知ってくださって『私、あなたが花嫁にしたがってる子の今の先生なの』

前の先生VS今の先生、みたいな展開になっちゃってるけど両者が動き出す様子はない。

『前の先生は酷いって聞いてたのよねぇ・・・・・そんな奴に、私の大事な妹分はあげれない』


クロエが会場に入って、初めて笑みを浮かべた。



『ご期待に応えて、華々しい初戦を演じてあげるわ』



それは見た事も無いくらい、冷ややかな笑みだった。



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