人間でありたいと
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あれから、幾分か私は変わったように思う。
「ヒヨリ様っ転んでしまいますよ!」
軽く駆け出した私にステラが注意を飛ばすけど、私は笑ってその言葉を躱した。
「転ばない転ばない」
ステラの言う事に無理矢理従う事をやめた。
「うぉっ」
些か女らしくない声で躓き、顔面からスライディングしてしまう前に小さな風を起こして体勢を立て直す。
「だから言ったではありませんか!」
「でも魔法で対処できたし」
魔法が使えるようになった。
セルが居なくなってしまった事。クロエに魔法を習うようになったこと。あの人に追いつけるようにと願ったことを思い出した事。侍女長と暇さえあればお茶会をするようになった事。
小さくても色んな要素が重なり合って、今の私が出来上がった。幾分か、この世界で息がしやすくなったように思う。
今はもう、知らない人に怯えて引きこもることもない。
「どうした?今日は機嫌がいいんだな?」
「うん!こないだ中級の魔法書に載ってた奴は全部できるようになったからね。なんだか感動も一入なんだよねぇ」
しみじみと呟く私の頭をオズ兄さんがなでくりまわす。さすがは俺の妹だ、って。こういうのをシスコンって言うんだろうな。オズ兄さんの満面の笑みを見ながらそう思ったけど、シスコンの意味を聞かれたらめんどくさいから口には出さなかった。
さすがは、ってオズ兄さんが裏もなく褒めてくれる事が嬉しくて。珍しくも目をまん丸に見開くフィーが面白くて。魔法を教えながら一緒にお話をするクロエとの日々が幸せで。
私は未だに言い出せてないことがあった。
それを言ってしまえば、この日々は容易に崩れ去るのかもしれない。私にはまだこの世界の人達の価値観なんてものがよく分からないから。だから私の身体の中で起こっていることをどう伝えればいいのか困ってしまう。
もし、これが普通じゃなかったらどうしよう。
「陽依?浮かない顔してどしたの?」
「・・・・・ううん、何でも無い!このお菓子ちょっと苦いね!大人の味ってやつだ!」
そうかなぁ、と首を捻る優希ちゃんに子供だと馬鹿にされる。私のくだらない悩みに彼女をつきあわせてはいけない。
「優希ちゃんさ、この世界に来て何か変わったこととかない?」
「え?なになに?」
「例えばっ!ほら魔法の力を感じるとか!」
優希ちゃんには魔力がないから、決してそんな力を感じる事はあり得ないんだけど。
「んー・・・ない、と思うけど」
「・・・・・そっか」
鳩尾の辺りを、少しだけ握りしめた。
「陽依はなんかあったの?」
「うーん・・・・どうなんだろ?」
「何それ」
私の煮え切らない返答に優希ちゃんは笑った。優希ちゃんの身体には、きっと本当に何も起きてないんだ。この違和感を感じているのは私だけ。なんだか変な孤独感が私を覆ってくようだった。
「あ!そうだ!陽依って魔法使えるようになったんだよね?」
「まだ中級レベルだし、大したことは出来ないよ?」
「それでもいーのいーの!今度闘技場で大きな大会をやるんだって!私それに出たくて出たくてしょうがなくてさ!」
優希ちゃんの言わんとすることを何となく察して苦笑する。私よりも優希ちゃんには女子力が必要かもしれない。いいなー、と空を仰ぐ彼女には可哀想だが私達がその大会に出場するなんて可能性はほとんど皆無。
「そんな危ないのに私達が出れる訳ないでしょ」
「それでも出場する人はギルドや騎士団からの強者ぞろい!女の人だって出るし!私も腕試しに出れないかなー、なんて思ってて」
このところメキメキと腕を上げているらしい優希ちゃんがそう思ってしまうのもしょうがないことかもしれない。
私達がこちらに来てから数えていたわけじゃないけど、一ヶ月くらい経った気がする。
毎日が穏やかすぎて最近は少し飽きを感じるようになって来たのも事実。優希ちゃんは元の世界に帰ったらお父さんに腕試しできるって楽しみにしてたけど、雛ちゃんの浄化の仕事は一向に終わる様子がない。うずうずしてしまうのも分かる気がする。
「王子に頼んでみようか」
「アシルさん?確かにあの人なら渋りそうな気がするけどなんとか「いや駄目だろう」
ぽかん、と自分が間抜けな顔をしているのは分かった。聞こえて来たのは聞き慣れた声なんだけど、今の時間帯にその人がここら辺をうろつく事はありえない。だって仕事があるはずだし。
「陽依さんこんにちは」
「雛ちゃん、と・・・・・何やってるんですかアシルさん」
穏やかな微笑みを浮かべる美少女の横には輝く銀髪の王子。何だこれおとぎ話か。話の内容が闘技大会ってのがちょっとあれだけど。居るはずの無い王子をじ、っと睨め付ければ目をしれっとそらされた。
「仕事はどうしたんですか仕事は」
「さぼりだ」
「堂々と言い放つんじゃありません」
あまりの潔さにむしろ呆れてくるが、この国の王子は机につくのが嫌いらしい。隙を見ては机から離れて騎士達を困らせている。何でこんな人が王子なんだろうね、本当に。
「優希、闘技大会なんて危ないわ」
困ったように眉を下げて言った雛ちゃんに優希ちゃんがえー、と口を尖らせる。普通に考えたらそうなるんだけどね。
「じゃあっせめて見に行く事だけでも許してもらえませんか?」
「まぁ、・・・・見るだけなら。王族も出席する大会だからな。息抜きにそれもいいかもしれない」
王子の言葉に優希ちゃんがドレスで飛び上がる。やった!と嬉しさを全身で表現する様子から余程行きたかったのだろう。そんな優希ちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた後くるりと振り返って私の手をとった。
「陽依も行くわよ!」
「え、私は魔法の授業を、」
「いーじゃないっ一日くらい私につきあって!」
闘技大会、ねぇ。ステラから聞いてたから知らない訳じゃない。それにその大会で試されるのは格闘技や剣技だけでなく魔法もその枠に入っている。興味がないと言ったら嘘になるだろう。
高度な魔法が見れるのであれば、それだけ何か元の世界に戻るための知識も得られるかもしれない。ただその日はいつもと同じ周期で行けば丁度魔法の授業が重なっていたはずだった。
「クロエに悪いし、「クロエなら出場するぞ?」
・・・・はい?
王子が何てことのないように告げた言葉に身体が固まる。え、あの人一応貴族ですよね?てか最高位ですよね?
「ちなみにオズワルドやフィンも出る」
おにいさぁぁぁん!
フィーなら出るかも、って思ってたけど!オズ兄さんも出るの!?その大会の会場は果たして安全なの!?
最高位の魔術師が全員参加するなんてどんな大会だよ、と震える私に優希ちゃんが思い出したように付け加える。
「あ、うちの騎士団長も出るよ」
まだ見ぬ団長さんに驚愕した。この大会はそんな人達のつぶし合いなのだろうか。
「この闘技大会はそういうレベルの高い奴に挑戦する機会が得れることでも有名なものだからな。まぁこれが目的で参加する奴も少なくない」
オズ兄さんが倒されるところは想像できないけど、治癒術専門のクロエまで参加するなんて。ある意味一種のお祭りのようだ。きっと多いに勉強になるだろうけど、行って無事に帰れるのかが気になるところ。
「あぁ、会場には結界を張るし、力をある程度制限する腕輪を出場者は付けることが義務づけられて居るから安全だぞ」
ヒヨリも来ればいい、とそう続けたアシルさんに他に断る理由も見つからずとりあえず頷いた。魔法の授業がないのであれば行かない理由も無いしね。
私が頷いたのを確認して優希ちゃんが更に嬉しそうな顔をした。そうして待ち合わせの時間やその日の話を少しだけ相談してから、結局その日はお開きとなった。
ステラに迎えを頼んでいた訳でもないし、優希ちゃん達と別れてから1人で城の廊下を歩く。一変して静けさに包まれ、辺りには私の足音だけが頼りなさげに響いている。優希ちゃんの殊更嬉しそうなあの笑顔を思い出すと、闘技大会には行きたくないなんて言えなかった。
「闘技大会ねぇ・・・・」
別に闘技大会が嫌いな訳ではない。さっきも言ったように興味はあったわけだしね。
それでも行きたくないと思ってしまうのは、今私自信が易々と人前に出られる状態ではないから。
手をそっと翳せば、私の手首でそれは音を奏でる。
「腕輪」
綺麗な細身の銀が合わさり手元で光る。あぁ、胃がきりきりしてきた。
城の静かな廊下を抜けて、日差しの降り注ぐ外を歩いて。そうしていつものようにたどり着いた侍女の宿舎には庭の木々がほどよい日陰を作っている。
「あら陽依さん。いらっしゃい」
私を待っていたかのように穏やかに微笑んだ美千代さんに、私も小さく手を振った。
相談するなら、やはりこの人が適任だろう。
光の差し込まないシーツの裏で、今日もひっそりとお茶会が始まった。美千代さんには優秀な部下が居るらしいから、普段は働いている様子を見かけない。そんな彼女はほとんどの時間をここで過ごし、いつでも私を迎えてくれている。
「美千代さん、」
「今日はとっても美味しいお菓子があるの!陽依さんと食べようと思って「美千代さん」
美千代さんの言葉を遮ってでも、先に伝えてしまわないとって思った。きっとこれを言えば美千代さんは困ってしまうかもしれないけど、私にはもう誰を頼ればいいのか分からない。
握りしめた手が震えてるのを無視しながら、視線をそっとテーブルに落とした。木々の葉が薄い影を真っ白なテーブルに斑を作る。
オズ兄さんにも、フィーにも。師匠であるクロエにも伝えたことのない話。
鳩尾を、また握りしめる。服がしわになってしまったかもしれない。でもこうでもしないと抑えれない。
「私は、まだ、普通で居られてますか・・・・・?」
私が普通ではない話。
鳩尾から 手を 離した。
瞬間、精霊がうるさいくらいに周りで騒ぎ始める。私の中で抑えていたそれが一度に溢れ出して周囲の濃度が上がる。きんきんと耳鳴りがなり始めて思わず机に手をつく。
「陽、依さん・・・?」
戸惑った美千代さんの取り落としたお菓子が無惨にも地面にちらばる。美千代さんにも、オズ兄さんにも。もちろんフィーにもクロエにも。誰にも気づかれなかった。それぐらい上手に隠して来た。
「これ、クロエがくれたんです。私の魔力量は普通じゃないけど、それが知れ渡るのはあまりよくないから、って」
綺麗な銀色の腕輪を、彼女がくれた。私の魔力の量を知った彼女が私を心配して、魔力を少しは抑えられるから、って。彼女が幼い頃魔力を抑えるために使っていた物だと聞いて、クロエがそうやって私を気遣ってくれたことが嬉しくて。嬉々としてそれをはめた頃は、私はまだ違和感に気づいてなかった。
腕輪は私の中で溢れそうになる魔力を凪いだ海のように沈めてくれた。けれどもそれでは押さえつけられすぎて、魔法を使おうと思っても魔力は碌に出てこない。
でも。
「魔力が、出てくるようになったんです」
手首を握りしめれば銀色の腕輪がずれて、腕輪の裏側がさびているのが目に入る。貰った時はこんなじゃなかった。だから、こうしてしまったのは私。私の魔力。
「私の魔力、増えてるんです」
コップから水が溢れるように。日に日に増える魔力は私が腕輪をしてても、中級魔法を扱えるくらいにまで膨れ上がった。もう恐ろしくてこの腕輪を手放す事など出来ない。クロエに腕輪のことを聞いたら、私と同じ年頃の時につけていたものだと言われた。
『今の年頃のヒヨリにはきっと丁度いいと思って』
最高位の魔術師すら超えそうな勢いで増えつつある魔力を持て余しながら、私は魔力を出来る限り押さえ込んで来た。私は本当に人間なのかな、って不安になって怖くて眠れない夜もあった。でもそれを誰かに聞く勇気なんて私は持ち合わせてなくて、結局ここへくる事を選んだ。
美千代さんに怯えられたらちょっと傷つくかもだけど、この人はきっと秘密にしてくれるって思ったから。私が心を許せる、数少ない同郷の人だから。
「陽依さん・・・・」
美千代さんの手が伸びて来て、私の身体を包み込んだ。その身体は暖かくて、陽の光の匂いがする。ここで毎日干されてるシーツの匂い。優しい美千代さんの香りだ。
あの人が世界をつぶした、と言われた時。あの人もこんな気持ちだったのかな。普通ではない自分の力に怯えたりしたのかな。それを周囲に知られることを恐れたりしたのかな。
名前も思い出せないあの人は、周りには恐れられてた。大きすぎるその力は周囲には恐怖の対象にしかならないから。だからあんなに優しいのに、あの人は友達が少なかったんだろう。
「あいたい、」
「陽依さん」
「あいたいです。あの人に、話を、」
聞いてもらいたいんです。あの人ならきっと、この気持ちを分かってくれる。
言葉にならに声は結局掻き消えて、背中をとんとんと美千代さんが叩いてくれた。涙は出なかったけど、胸が酷く苦しい。
「・・・・もう抑えられそうにないの?」
少なくとも腕輪では不可能だ。小さく頷けば美千代さんはうーん、と考え込みながらも私の背中をなでる。
「そうねぇ・・・・私も魔力は人並みより少し多いくらいだから。抑え方なんて考えた事もなかったわ」
「私、本当に人間ですか・・・?」
「当たり前の事を聞かないの!とりあえずは似たような魔導具を探しましょう。複数付ければ効果が上がるかもしれないわ」
そう言う美千代さんは笑っていたけど、彼女はきっと知っているのだろう。魔導具はひょいっと買えるような値段ではない。この腕輪もクロエが貴族だから手に入れることが出来ただけ。
私にそれを手に入れることはほぼ不可能に近い。なんせこの世界では私は一文無し。貨幣の価値すら分からない。
「人間で、居たいんです」
「えぇ」
「皆の傍にまだ居たいんです」
「えぇ」
優しげに頷いてくれる美千代さんの声を聞きながら、鳩尾の辺りをまた握りしめた。
少しでも抑えられるように。
少しでも人間に見えるように。
そう願う私の背中を、ずっと美千代さんは撫でてくれていた。




