新しい魔法の先生
いつも読んでくださる読者様ありがとうございます。
ここのところさらに更新が不定期になってしまい申し訳ありません。
少しでも多く更新できるように頑張ります!
「今日も、良いお天気ですねぇ」
のほほん、と。笑顔を浮かべる美千代さんが、美味しそうなお菓子を手にとりながら言った。確かに今日はいい天気。時折爽やかな風がシーツを通り抜けて行く。
あぁなんて穏やかな日。
この間の出来事が嘘みたいね。
まぁある程度は予想してたけどさ、まさかオズ兄さんがあんなに怒るなんて思いもしなかったわけですよ。
セルのことを思い出した今、もうちゃんと私自身がオズ兄さんのちゃんとした妹ではないってことは分かってる。それでもこの呼び方を変えないのは、兄さんって呼ぶとオズ兄さんが少し嬉しそうにしてくれるからであって他意はない。
だからこそ、私のされたことに対してあんなに激怒するなんて思いもしなかったんだ。
オズ兄さんは私を一通り怒った後すぐに先生役をしていたあの男が呼び出して、興奮したように何かを話そうとする男に向けて何やら大きな魔法をぶっ放して部屋を半壊させた。もう絶句。そう、半壊させられたのは私の部屋だよ。ここ重要ね。
かろうじて理性があったのか殺してはいなかったけど相手は重症。それをまた治癒魔法で治しながらさらにいたぶるという、まさに鬼畜の所業である。通りがかった王子も事情は把握しているらしく、止めないどころか加わりはじめたからさすがに私が止めた。
まぁそんなこんなであの男に先生役を続けられる訳も無く、私の魔法の授業は無情にもストップしてしまったわけである。
「美千代さんと毎日お茶が飲めるのはとても嬉しいですけど・・・・私、こんなにのんびりしていていいんでしょうか?」
記憶の混濁は元通りになった。これでやっと異世界に帰るための魔法を調べるぞー、ってとこなのに。まさかの足止めだよ。
「そうねぇ、でも確率的に考えたらこうなってるのって、すごく奇跡的なことだと思うし・・・・・満喫するのもひとつの手だと思うけど」
「満喫、って・・・・・美千代さんは帰りたくないんですか?」
私の言葉に美千代さんはティーカップを片手に持ったまま固まった。
「・・・・・そうね、残して来た人達が居るわ。会いたい人も、愛した、人も。でも、帰りたいと強く思わなくなったのはきっと、ここに大切な人達が出来てしまったから、なのかもしれないわ」
200年。日本の平均寿命を軽く飛び越えたその歳月を過ごしたんだ。きっと元の世界よりも長く居るんだもん。ここに大切なものを作ってしまってもしょうがないよね。
でもそれは、私が最も恐れてる事だ。
元の世界に戻りたい、とそれすら願えなくなるのは嫌だ。すくなくとも私を探してくれているであろうあの人に申し訳ない。
「でも陽依さんは別よ?これは私の物語であってあなたのではないもの。あなたは、あなたの物語を生きなさい」
突飛なこの状況を物語、と現した美千代さんに笑みが溢れた。本当、物語だよ。魔法とかドラゴンとか、全く別の違う世界とか。ほんとにファンタジーだ。
「でもね美千代さん、私は魔法を学びたい。強く、なりたいんです。大切な人の隣に立てるように、私が決めた事だから頑張りたいんです」
あの人に、守られてばかりだった私が隣に立てるようになりたくて、決めた事。自分で決めたんだから、放りだしたりなんてしたくない。
「・・・・・そう。じゃあ、良い先生を紹介しちゃおうかしら」
「えっ、それって魔法の、ってことですか!?」
「そうそう。私の仲の良い子でね、少し人見知りが激しいけどきっとあなたなら仲良くなれるわ」
「是非っ是非紹介してください!」
私の言葉に美千代さんは二つ返事で頷いて、その人に話を通してくれることになった。
「ステラに伝えておくから、案内してもらってね」
「はいっ!」
そう返事したところで、ステラがいつも迎えに来る時間の鐘がなる。そろそろ帰らなきゃならない。でも収穫もあったし、今日はなんだかとても有意義な時間を過ごした気がする。
「じゃ、美千代さんっよろしくお願いします!」
「はいはい・・・・あ。注意書きについてもステラに渡しておくから、目を通しておいてね」
ちゅういがき?注意?え、何に対する?
笑顔を固まらせたまま、私は首を捻りながらシーツをくぐり抜けた。
・・・・何の、注意書きですかって聞きそびれちゃったなぁ。まぁ、もらった分かるよね。きっと作法とかそういう話だろう。
*
「って、油断した私が馬鹿でした」
あの人がただ者ではないって最初から分かってたじゃない。何油断してるの私。猛烈に後悔したのは、注意書きと書かれた髪を片手に目的地についた時である。
「あの、ヒヨリ様・・・本当におひとりで?」
「・・・・・うん」
だって、注意書きに侍女を連れて入るなって書いてあるし。いや、てか何の罠だよ!危険臭ぷんぷんだよ!歯切れ悪く頷いてみせたものの、既にその目の前まで来ているわけで。約束をすっぽかして帰るわけにはいかない。
「よしっ行ってやろうじゃない!」
腹を決めた私の前にあるのは、黄色い花の描かれた扉。
ここは、黄の塔。この国で最高位の魔術師である3人の内の1人が居る場所。
目の前にある扉を開ければ、薄暗い照明が私を出迎えた。
黄の塔の主は女性で、植物が好き。
いたるところに蔓植物が絡み付いている。綺麗な花を咲かせるものや、小さな実をつけているもの。室内に居るはずなのに、まるで庭に居るみたい。もしかしたら、これも魔法の力なのかもしれない。それらは勝手に生えているというよりは手入れされている、という感じだった。
黄の塔の主は、自分が許した人間以外の塔への入出を禁ずる。
蔓の蔓延る階段の一段目に足を乗せれば、蕾が一瞬で花開く。綺麗な花々が咲くのは、私が黄の塔の主に歓迎されているということ。もし歓迎されていなければ、すぐさま蔓達が巻き付いて外に追い出されてしまうのだそう。
「っ、」
驚きに後ずさりそうになりながらも、注意書きの紙をもう一度握りしめた。
どうやらこの塔の主は、私が思っているよりも人見知りらしい。注意書きに書かれている内容は、この塔の主の意に沿わない人間をこの塔の中には入れないようにするためのものばかりだ。侍女を入れない、だとか。花が咲かなかったら全力で逃げろ、だとか。
花が咲く階段を少し上れば、転移魔法用の魔法陣が鎮座している。オズ兄さんのところにもある見慣れたはずの魔法陣に恐る恐る片足を乗せる。
いつもの浮遊感が私を襲った。足下がぐらついて、暗闇に突き落とされる。ぎゅ、と目を閉じたけれどすぐに眩しい光を目に感じて、ゆっくりと目を開けた。
「いらっしゃい!待ってたわ!」
迎えてくれたのは、満面の笑みの女性だった。
「は、はじめまして」
「挨拶は後、とりあえず魔法陣から降りて?」
差し出された手に導かれるようにして、魔法陣から降りる。池みたいな場所の中央に魔法陣の掘られた石盤が浮かんでいた。そこから点々と続く足場を、慣れたように女性は渡って行く。
目の前で軽やかなステップを踏むごとに、抹茶色を薄めたような落ちついた髪色がふわりふわりと揺れていた。池に浸からないように手で少し持ち上げられたローブは綺麗な若草色。私に向けてまるで長年の友人に向けるような、屈託のない笑顔を向けてくる。私はこの人と知り合いだったかな。
「ようこそ!黄の塔へ!」
最後の足場を飛び降り池から出た途端、その人は手を広げて微笑んだ。ドーム上のガラス張りの天井からは燦々と陽の光が差し込み、室内であるはずなのに床には土が敷き詰められ本物の花畑が広がっている。
いつだったか、侍女長についてこの城を回ったときに聞いたかもしれない。「黄の塔の掃除はいつも時間がかかる」と、少しだけ疲れたような侍女長の声を思い出した。確かにこれは時間がかかる。
それでもとても、素敵な場所だと思った。
「・・・・素敵な部屋ですね」
雰囲気に気圧された私がようやく呟いた言葉に、女性は嬉しそうに笑った。
「改めまして、私はクロエ=メイ=アンブローズ。黄の塔の魔術師よ」
「わ、私はっ「ヒヨリでしょ?私のことはクロエって呼んでね。それよりもお茶にしない?」
私の言葉をぶった切ると、クロエは野原の真ん中にある真っ白で可愛らしい机と椅子を指差した。とりあえず持って来たお菓子を差し出せば、クロエはそれはそれは嬉しそうに笑ってくれた。
名前からすると貴族のようだけれど、とても貴族には見えない。ローブの裾からちらちら覗く足下は裸足だし、服も簡素なワンピースの上にローブを羽織っているだけ。この国のご令嬢にしては、あまり着飾っていない印象を受ける。それに人見知りだ、って聞いてたけど今のところそんな様子はない。
「あの、その節はお世話になりました!」
「あぁ、怪我の治療のこと?あのくらい大したことないわ。それよりそんなに肩に力入れなくて大丈夫よ、敬語も使わなくて良いわ」
この人の治癒術のおかげで、私は助かったのだと聞いた。いわば命の恩人である。そんな人に敬語を使わないのはすごく気が引けるのだけれど、「自然体が好きなの」とクロエが続けるからタメ口にしようと思った。
「私、ずっとあなたに会いたかったの!初対面は意識無かったし。怪我はちゃんと治したはずなのに、面会も出来なかったし。だから会えて嬉しい!」
「知らない人に会うのが、・・・・すごく、怖くて。面会も出来なくてすいませんでした」
「気にしないで!どのみち今会えてるんだもの、どちらでもいいの。それに私にもその気持ちは分かるしね」
外の人間を苦手としている、と話には聞いていたものの今の所そのような様子は見られない。ことあるごとに浮かべる微笑みは優しげで、なんだか警戒していた自分が馬鹿みたいだ。
「緊張も解けたみたいで良かった。私も外の人間は嫌いだから、ここには私が許可した人間以外が入ってくることはないわ。安心してね」
「クロエも、外の人が怖いの・・・・?」
私の問いに、少しだけクロエは考えこむと人差し指をまっすぐ上から下に動かして小さく笑った。
「怖い、ね」
私の後ろで池の中央にあった魔法陣の描かれた石盤が沈んで行く。今誰かが転移してきたら、ずぶぬれになること間違いなしだ。
「私は小さいころよく誘拐されかけたの。治癒術が使えるっていう特典付きだし。貴族だし」
治癒術を使えるご令嬢とオズ兄さんが昔、婚約を結ぼうとしたと聞いた。
「最初は普通に生きようとしたんだけど、何年か前に私を巫女にしようとした神殿に攫われかけてね」
その人は婚約する直前に神殿にさらわれてしまった。
その後の話を、私は知らない。
「それで宣言してやったの。私は神殿には入らない。王宮専属の魔術師になる、って」
これが、その話の結末だったのだろうか。心配そうな目をしていたのだろうか、クロエは何でもないことのように笑って言った。
「昔の話だから」
それで今でも、外の人間を嫌ってるんだ。誰が敵なのか、味方なのか分からないから。こんな所に侍女もおかず1人で居るのだろう。
「さて、魔法の授業を始めましょう!私は治癒術だけじゃないからねっ!」
「うん、お願いします」
クロエがそう言って腕を振ったすぐ後に目の前に黒板が現れる。どうやらこれで授業をしてくれるらしい。元の世界の学校に戻ったみたいで、少しわくわくしてきた。
「じゃあまずは基本的なことから————」
結果的に言うと、クロエの授業はあの男の授業よりも断然分かりやすくて楽しかった。
これで少しは、あの人に近づけたのかな。




