まさかの救世主
いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。
ブックマーク登録ありがとうございます!
勢いよく顔を上げれば、穏やかな笑みがそこにあった。
「じ、侍女長・・・・っ」
「なんですか?」
会うのは霊送りについて調べていた時以来だ。裏も何もないような穏やかな笑顔を浮かべているけれど、この人は前言ってた。自分の敵はこの国自体だ、って。私を敵味方のどちらだと判断するのかは分からないけど、安心していい相手じゃない。
言葉を返すことすらせず警戒する私に、ふふっと侍女長が声を漏らした。
「警戒心を持つ事は良い事です。この国は信用のならない所ですからねぇ。ですが私はこれでもあなた敵ではないと認識しています。ですから・・・・お茶を飲むくらいの・・・・そうです!茶飲み友達ぐらいにはなりませんか?」
首を傾げて言われた言葉に少し戸惑う。
え、茶飲み友達?べ、別に友達って言葉に反応したわけじゃないよ!ただどう聞いても侍女長の言葉おかしいしっ!
・・・・・私は誰に言い訳してるんだ。なんだかさっきより気分は楽になったけど疲労感を感じる。
「そうだヒヨリさん、今お時間はある?美味しいお茶菓子があるの!」
侍女長が名案だ、とでも言うように口に出した言葉に固まる。え、本当に茶飲み友達になる感じですかこれ。
見た目はどう見ても白髪の穏やかなおばあちゃんが笑っているようにしか見えない。
とりあえずこの後の予定もなかった私が頷いたのを確認すると、侍女長は歩き出した。
「ここは私の庭ですし、今は皆働いていますから」
そう言って連れてこられたのは侍女の宿舎。その言葉には暗に知らない人間はあまり来ない、と言う意味が含まれていたのだと遅れて気づいた。
ここには前に青い目の少女と忍び込んだ気がする。以前と変わらずたくさんのシーツが干されたその庭の奥へと迷い無く侍女長は進む。すると何枚も干されたシーツの奥からこじんまりとした机と椅子のセットが現れる。
白いペンキの塗られた可愛らしい造りで、ちょうど椅子が二脚ある。
「年寄りの趣味に少しおつきあいくださいな」
「これは、・・・・侍女長のなんですか?」
「えぇ」
こっそりさぼれる場所、と言ったところだろうか。侍女長は慣れたように腰かけると暖かいお茶を淹れてくれる。どうやらついさっきもここに居たらしい。暖かいそれを流し込めばさっきよりも幾分か落ちついた。
「・・・・ありがとう、ございます」
部屋に帰さないでくれて、助かった。ステラにあまり疲れている姿は見せられない。まぁ今更な気がするけど、また心配をかけてしまうから。
「いいえ、こちらこそ一緒にお茶をしてくれてありがとう」
ティーカップを持った侍女長が柔らかく微笑んだ。行動が読めなくて怪しい人だと思っていたけれど、どうやら敵として認定されているわけではないみたい。ピン、と小さな音がして周りを飛んでいた精霊達が固まったのが分かった。
「防音の魔法を施しました。何を言っても私は口外しません。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
ふわり、と微笑みを浮かべる様子は、何故だか孤児園の園長さんを思い出す。それでも今私が思っていることなんてきっと大したことじゃない。魔法の先生がうざいとか、気持ち悪いとか。そんな小さなことだ。
「何か嫌なことでもあったの?」
さりげなくお菓子を小さなお皿に乗せながら言う侍女長の口調は、先ほどのものよりも随分と崩れていて、思わず孤児円の園長を重ねてしまった。少しだけ口が軽くなってしまうのをきっとそのせいだ。
「・・・・・魔法の授業が、楽しく、ないんです」
「あら。どんな授業なの?」
「ずっと教科書読んでばかりで・・・先生も、変だし」
「それはつまらないわねぇ」
「魔法のこと考えてると、・・・・変なことも思い出しちゃって」
「楽しくない事?」
ううん、楽しかった事。
ぽつりぽつりと呟けば、愚痴は途絶えることなく続く。きっと侍女長はこんな話聞いたって楽しくないのに。
私1人で抱えるべき悩みなのに。それでも反対に胸の奥にあったかいものが広がっていく。言えなかったことが、少なからず私の重みになっていたらしい。
「思い出せないのは、一緒に居た人のことで」
ずっと一緒に居たから、私はあなたのこと知ってるよ。
「・・・・そう。記憶がごちゃごちゃしてくるのは、私の年になるとよくあるわ。そういうときはね、整理するといいの」
知ってるのに、思い出せないんだ。侍女長は真剣な顔をして私の悩みに頷いてくれた。うんうん、あるある、と頷く様子は優しげなおばあさんそのもので、おばあちゃんがいればこんな感じだったのかもしれないって少し思った。
そんな侍女長が額を貸して、と唐突に手招きした。思わず顔を寄せた私の額を、か細い侍女長の手が撫でる。
「いたいのいたいの飛んでけー」
ほら、これで大丈夫。と微笑んだ侍女長に、言葉が出ない。だって、そのおまじないはこの世界にはないはず。それは元の世界の、日本という国のおまじないだから。使い方はちょっと違う気がするけど。別に今怪我してないし。
「なんで・・・・!?」
「私もあなたと同じ場所から来たから」
動揺する私にお茶のおかわりを進めながら、侍女長は笑っていた。
「私の名前、まだ教えていなかったわね。私の名前は藤堂 美千代っていうの。よろしくね陽依さん」
ちゃんとした発音で、久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がする。最近は優希ちゃんたちにも会えてないから。
「侍女長はこの世界の人じゃないんですか!?」
「そうよ?私は前の召還の儀式の時に巻き込まれたの。召還されたのは全く知らない通りすがりの人。私はただ近い場所を歩いていただけなの」
すごい確率じゃない?と同意を求められたけど、私もそういえばそんなもんだった。
「み、美千代さんはどうして侍女長に・・・・?こないだはこの国は敵って言ってたし」
「内緒よ?このお城では今別の名前で通ってるから。髪ももう白髪だし、きっとばれないわぁ」
「え、っていうことはこの国ってそんな高い頻度で召還を行ってるんですか!?」
前に召還された人が生き残るくらいに短い間隔で。
「・・・・・あなたは、もう知っているのよね?」
唐突に放たれた言葉は私の質問に対する答えじゃない。でも、何が聞きたいのか私は分かる。元の世界に帰れないという事実を、あなたは知っているのよね?ってことだ。
「それは・・・、こっちに着いた時に、特別に教えてもらいましたけど」
侍女長も、もしかしたらそうだったのだろうか。
「私もね・・・・勘で気づいたのよね」
勘・・・・ですか。勘。ちょっと拍子抜けしたけど、侍女長は存外まじめな顔で続けていた。
「帰れないんだなー、ってなんか分かってしまったのよ。だから私は別に平気だったんだけど、平和になった世界で聖女様は要らない存在になってしまったから・・・・いつの時代も、彼女達は長生きしてないみたいなのよね」
きっと、歴代の聖女様達にも帰れないという事実は知らされないままだったのだろう。力を付けてこの世界を平和にして、やっと元の世界に帰れるって。そう思った矢先。その事実を、この世界の人達たちは無慈悲に聖女様に告げたに違いない。
あなたは、ここで生きて行くしかないのだと。
「きっと、精神的に駄目になってしまったんだと思うわ。私は案外図太かったけど、さすがに堪えたわねぇ」
「・・・・侍女長は、恨んでいるんですか?」
「私はただでさえ巻き込まれただけ、だったしねぇ」
穏やかに笑みを浮かべているのに、背筋がピンと伸びる迫力がある。
「それにね、私はもうこの世界に来てから200年はたったの」
その言葉を、上手く呑み込めなかった。
「いつの間にかこんなにおばあちゃんになっちゃって」
「え、いやにひゃく?」
「まぁそれ以上になるのだろうけどねぇ。今まで聖女様は皆長生きしなかったから、200年も前の儀式で召還された人間が生きてるなんて、きっとこの世界の人達は思いもしないのね」
それは巻き込まれる人間が稀だから。
「私達はこの世界だと、長く生きれるみたいなの」
それが、召還が頻繁に行われているのかと問うた私への答え。そして、私への忠告。
「・・・そう、ですか」
途端に身体から力が抜けた気がする。侍女長は長い時間を、その悩みを誰かに分つことも出来ずに生きて来たんだろうか。
「長い長い時間がたったわねぇ。最初はちょっと老けるのが遅いかな、ってぐらいだったんだけど。私と同い年だったこの世界の友人がどんどん私を置いて行くのを見て、これはおかしいってようやく気づいたの」
「ずっとお城に居たわけじゃないんですか?」
「ううん、城はすぐに飛び出てた。世界を点々と旅しててねぇ、ステラもその時に拾ったの。だからきっと、私が老けてないなんて違和感に気づく人の方が稀だわ。ステラもようやく気づき始めたぐらいねぇ」
「200年・・・・」
「まぁ他に比較対象が居ないのだから分からないわ。陽依さんまでそうなるとは限らない」
侍女長が私を慰めるように言った言葉に頷いたけど、ショックが案外大きかった。私達はこの世界に来た時に身体の構造でも変わってしまったんだろうか。それともこの世界の時間の流れが違うのか。
それは、元の世界に戻ったら治るものなのか。
いや、それ以前にそんな長い時間を、もしかしたら私もこの世界で生きて行くのかもしれないんだ。もしかしたら、あの人達のことも思い出せないままずっと。
「顔をあげなさい」
あぁ、どうしたってあなたの微笑みはこんなにも安心してしまうんだろう。私の額にそっと当てられた手が柔らかく光りを放つ。
「あなたは大切なものを助けるために、記憶を代償にしたのね」
「代償ってまさかっ・・・・・!」
オズ兄さんに聞いても、フィーに聞いても分からなかった。悪魔との契約内容を知るのは当人達だけなのだと。しかしあの時フィーは意識もなく、彼自身に拒否権のない契約だったから内容を知るのは私だけのはずだった。そう思ってあれからずっと考えてたけど、中々私は私が失くしたものを思い出せなかった。
でも、侍女長の言葉に脳裏に真っ赤なあいつが蘇った。
「わた、しの・・・思い出」
消えたのは、私が思い出せないあの人との思い出だけ。
それが、私の代償。
すとん、と私の中に何かが落ちるみたいに妙に納得してしまった。顔も分からないのに、その人が居た空間を思い出すだけで胸が締め付けられる。でも、それは嫌な苦しさじゃなくてむしろ嬉しい苦しさ。心の底から、会いたい苦しさ。
「私、・・・思い出せないけど、その人が私にとっては特別だったんだと、思います」
自分の寿命よりも特別な人。
何で、急にこの世界の知らない人達が怖くなってしまったのか、ずっと不思議に思ってた。
でも、今なら分かるよ。
きっと前まで挫けそうになる私を支えていたのは、あなただったんだね。
だからこの世界に居てもここまで恐怖を感じる事は無かったんだ。あなたの存在だけが、私を不安から救ってくれてたのかもしれない。近くに居てくれた優希ちゃんでもオズ兄さんでもなく、遠く離れた場所に居るあなたに。
「わたし、っ・・・・思い出したい、です」
「えぇ、大切な人なのね」
「・・・会いたい、です」
「そりゃあ寿命よりも魂よりも大切なものだものね」
ぽっかりと、穴が空いたように痛む胸を抑えた。
苦しくて、痛くて、辛くて
でも嬉しくて、心の底から叫びたくなるようなこの感情を。
私は昔から知ってる。
こんな気持ちを何て言うんだったっけ?
「きっとその子は、あなたのその思い出を守るために選んだのね」
「え?」
その子って誰のこと?
「その石に聞いたらきっと分かるわ。そのうち青い目の少女のことも思い出せるから元気をだして」
「思い出せるんですか!?」
驚いたように椅子から立ち上がった私に侍女長が声を出して笑った。
「その少女を思い出せないのは記憶が混濁してるだけよ。悪魔に消されてしまった訳じゃないもの。だから大丈夫。ね?」
そういわれてみれば・・・・少女の方はあの人と違って顔もちゃんと思い出せる。そうかもしれない。でも、石に聞くってなんだろう?侍女長が指差す先にあったのは私の巾着袋だけど、これの中には青い石が入ってる。でも、この中に何が入ってるかなんてステラとオズ兄さんぐらいしか知らないのに。
「侍女長、何で————」
私の言葉を遮るように、鐘の音が響き渡る。
「そろそろステラが心配してしまうわね」
ティーカップを片付け始めた侍女長につられて、つい言葉の後を言い出せなかった。でもいつも授業が終わる時間より少し遅くなってしまってるのは確かだ。ステラに心配を掛けてしまうのは申し訳ないし、そろそろ帰った方がいいかもしれない。
「あのっ、侍女長・・・・!」
「なぁに?陽依さん」
日差しが柔らかく侍女長を照らして、そよ風が彼女の白髪をさらっていく。少しだけ掌に汗が滲んだ。落ち着け落ち着け。
「み、美千代さんって・・・呼んでもいいですか・・・?」
驚いたように、しばらく言葉もなく固まっていた。
「ふふっ、もちろんよ!でも2人きりの時だけよ?普段はミーシャと呼んでちょうだい。この城ではそれで通ってるの」
「はいっ美千代さん!」
「秘密だからね?」
片目を閉じていたずらっ子のように笑って美千代さんに改めてお辞儀をしてから、侍女の宿舎を飛び出した。
なんだか、心が軽くなったみたいだ。




