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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
33/65

セルの想い

いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます!

頭に靄がかかってしまったかのように、意識がはっきりしない。呆然と、見知らぬ女の子と王子が話しているのを見つめていた。


2人は知り合いなのだろうか。それにしては余所余所しくて、でも私の事をしきりに気にしてくれているようだった。私はあの女の子と会ったころがあっただろうか。


『では王子、私はこれで心置きなく仇討ちに行けますわ。ヒヨリは私の大切な親友ですの・・・だから、よろしくお願いいたしますわ』


誰かが私のことを親友、だなんて言ってくれてる。ねぇ、誰か覚えていない?あの子はどこで会った人だっけ?

「もちろんだ。何もしてやれなくてすまないな。それにしても・・・・あの男が罪を犯していたとはな」

あの男って誰だっけ?私、何か大事なこと忘れてる?

『えぇ、誰にも目撃されはしませんでしたから。後に残ったのは私の亡骸一つだけでしたもの』

「結局その禁術とやらは成功しなかったのか?」

『そうそうに成功するような難易度の魔法は禁術には指定されませんもの』

王子は女の子の言葉に納得したように頷くと、僅かに頭を下げた。

「ヒヨリのことは任せてくれ。そなたが成仏できるよう、祈っている」

そなたって?成仏って何だっけ?あれ?王子は誰と話してるの?


頭の中は疑問でいっぱいなのに、何故だからその疑問を王子に聞く事はできなかった。上手く言葉にできないのだ。

「ヒヨリ、行くぞ」

「あ、はい」

ぼーっとしてしまった私の手を軽く王子が引いた。あれ。私さっきまで何を考えていたんだっけ。王子がすたすたと前を歩いて行く。この近くに隠し通路があるんだって。あ、そうじゃなくて何だっけ?

そう思いながらもさっきまで後ろに何か大切なものがあった気がして、しきりに後ろを振り返ってしまう。


「・・・、何か大切なこと・・・・あった気がする」

「どうしたんだ?」

思わず声に出した私を王子が振り返った。体調でも悪くなったのかと心配してくれる優しい彼に誰かを重ねた。確か、さっきも誰かに心配されてた気がするんだけど。

王子は無言で首を振った私を訝しみながらもその先にあった鏡をずらして、隠し通路の先に私を誘導しようとしてくれてた。でも。なんだかしっくりこない。

私は唐突に王子の手を離した。

王子を背に炎の踊るホールをふらりと振り返った。私、あそこに何か大切なものを置いてきてしまった気がする。

いや・・・違う。私の大切なものじゃなくて。誰かの、・・・・大切な人・・・?


記憶が酷く朧げになっている。いくらオズワルドさんの危機にパニックを起こしていたとはいえ尋常じゃない。大切なことのはずなのに上手く思い出せない。きっと、私今思い出さなきゃずっと後悔しちゃうようなことなのに。上手く記憶が引っ張りだせない。


そういえば、さっき私は何で親友について考えてたんだろ。その親友って誰だったんだろう。

数分前のことが上手く思い出せない。嫌な感じが背後からじわりじわりと押し寄せた。


あれ?親友・・・の、大切な人って誰だろう?

トキのことかな?トキの大切な人のこと?いや、なんだか核心から遠のいてしまってる気がする。

違う。トキじゃない。オズワルドさんでもない。


「ヒヨリ、早く出るぞ」

その言葉にふらふらと王子の傍まで駆け寄る。私はこの道を通って外へと出る前に、ホールに戻らなきゃいけない理由があった気がする。


私は

俺は、————もう、離れたくない。

「ふぃー・・・・?」

それは一体誰の愛称だったっけ?

離れたくないと強く願ったのは誰だっけ?

この感情を確かに違う2人の人物から感じたのに、肝心なその人物が思い出せないのは何故?


中に何か忘れ物をしてしまったような。分からないけれど妙な不安。

「ヒヨリ、一体どうしたというのだ?」

「待って、もう少しで何か・・・思い出せそうな気がするんだけど」

王子にため口を使っていることすら、今は気にならない。そんなことちっぽけなことのように思える。王子は業を煮やしたように私の手をまた掴んで、無理矢理隠し通路に入れようとする。

「暗いのが怖いのか?大丈夫だ。少しの明かりならなんとか俺が魔法で、」

「・・・魔法、」

なぜか引っかかりを覚える。

王子に対抗するように隠し通路を隠すように置かれていた鏡に手をかける。入りたくないと意思表示しようとした。けれどもそれも忘れてしまうくらいに、鏡に視線が釘付けになった。

そして、呼吸が一瞬止まる。


「・・・・・・これ・・・、私?」


ぺたりとガラスに映る自分に触れる。普段からは予想できないような可憐な装いだ。まるでか弱い深窓のご令嬢。私には似合わない。私の趣味でもない。私がこの姿を見て既視感を覚えるのは、私ではない別の誰かに対してだ。


「・・・・・・せる、って」

誰だっけ?と呟きそうになった瞬間。


頭を過った。


綺麗な金髪を揺らしながら、殺されたのだと笑った少女。

私にその犯人を殺してほしいと頼んだ少女。

自分の真実と記憶を明かした少女。


愛した男の子と大好きな兄を、ただ幸せにしたかった少女。


「・・・・なんで、私・・・セルのこと、フィーのこと忘れてたの?」

これが異常でなくて何と言うのだろう。

汗が体から溢れ出した。王子の手を振り払うとその中に彼だけ押し込めた。急いでずらした鏡を戻すと出てこられないように影を使って押さえつけた。

「ヒヨリ!?一体何のつもりだ!」

「思い出したんです!私やらなくちゃいけないことがあるんです!だから、戻らなきゃ!王子はこのまま逃げてください!私は大丈夫ですから!」

どんどんと中から拳を叩き付ける音が聞こえる。必死に私に呼びかける声が聞こえる。でも、駄目だ。


「私は、・・・私は、フィーを助けなくちゃ」

「何故だ!」

「約束したからっ、セルに、オズワルドさんも、フィーも幸せにするって約束・・・したから、」

そんな大切なこと、忘れていたくせに。今更かもしれないね。

「しかしヒヨリが今関わってしまえば、フィーの共犯者として殺されてしまうかもしれないぞ!?もしかしたら、エルラードは処刑されてしまうかもしれない。もう、全てが遅すぎるんだ!」

「遅くなんてない!!」

「第一ヒヨリがそこまでしてエルラードを救う理由などないだろう!?奴はさっきの少女を殺した罪人だ。お前が庇う必要なんてない!」


その言葉の続きなんて聞きたくない。


「だから、処刑されてもいいっていうの!?そんなの悲しすぎるよ!フィーはセルのことが好きで、大好きだから、だから殺してしまっただけなのに!手違いだったでしょ!?あんなのが罪になってフィーが、処刑されるとか、セルが殺すとか、」

「・・・・・どういう、ことだ?」

王子の声が、少し落ち着いた。

「ただの、事故だったんです・・・・フィーはセルのこと殺そうとしたんじゃない。生かそうとしただけだったのに。魔法が破綻して、それで、失敗して、その代償に死んでしまって、でも、それが全部フィーのせいっておかしいじゃんか!!」


踊る前、私を馬鹿にするように笑ったフィーの顔を思い出した。

私はからかわれてばっかりで、あの問いつめるような目は少し苦手。性格だってすごく意地悪。でもたまに、本当にたまにだけど優しくて、大好きなセルにはもっと優しくて、オズワルドさんの大切な親友で。

セルの記憶の中で見た彼が、私が出会って知った彼が、頭の中にぽつりぽつりと浮かんでいく。こんな時だっていうのに、思い出すのはフィーの笑っている顔ばかり。狂気に陥った彼の面影なんてどこにもなくて、この世界に来て私が、坂田陽依が出会って知った彼ばっかりだ。


私が暴れてしまえば、共犯だと見なされるかもしれない。もしかしたらエリオスの力がばれてしまうかもしれない。


エリオスの顔が、脳裏をちらついた。

隠し通せと、彼は言った。私がこの世界で生きて行くために、それはとても必要なことなのだと言った。

でも、それでも私がここで引いてしまえば、この力を私が持っている事になんの価値もない。


「ただセルと約束したからじゃないっ!私が助けたいと思うから!フィーは私に優しくしてくれた!元の世界じゃ友達なんて片手ほどもいない私に、優しくしてくれたの!!」


私を馬鹿にしたように笑うけれど、それでも彼がとても優しい人だということを私は知っている。


「オズワルドさんにいっぱい否定されても味方で居てくれた!!セルのことも信じてくれた!これが理由じゃ駄目!?これ以外に、優しい彼を助けたいという理由以外に他に何が必要なのよ!!」


元の世界に帰りたくて。


「私だって死ぬつもりは毛頭ない!私の夢は元の世界に帰る事だから!!」


大切なものをこの世界には増やさないようにしようって決意して。


「それでも捨て置けないくらい大切になっちゃったの!!仕方ないじゃない!!」


息継ぎもほとんどせず言ったせいで、呼吸が荒い。


「・・ねぇ、アシルさん。私ずっと後悔してたよ」

大切な人はつくらないように。すんなり元の世界に帰れるように。そう考えていたのは誰だったのか。

友達になりたいと言われたのに。それを断ってまで成し遂げたいことが、私にあったのか。


そんなもの、帰る時に考えればいい。大切な人とのお別れのことも、その時に考えよう。

帰れる目処もついていないのにうだうだと考え込むのは、私の性格には合わない。大切にしたら帰りにくいから、だからフィーを見殺しにするなんて私には出来ない。


届けなくちゃいけない想いがある。私は不器用だから、人付き合い下手くそだからって避けてきたけれど。ここに私をいつも助けてくれたトキは居ない。私自身がどうにかしなくちゃいけない。


「アシルさん。我が儘でごめんなさい。もし事が終わってあなたが私を許してくれるなら、もう一度だけ友達になるチャンスが欲しい。もう駄目かもしれないけど。私がちゃんと生きて帰ったら、友達に、なってほしいです。だから・・・・、待っててください、きっと帰るから」


ドアの向こうから声は聞こえなかった。返事も聞かなかった。影で固定したままそっとその場を離れた。戻った時一発ぐらい殴られるのは覚悟しておこうかな。

でも、それもいいかもしれない。

なんだかそれってすごく友達っぽいと思うから。

隠し扉を押さえつけた影を離さないまま、私はまた元来た道を戻るように走り出した。





『ヒヨリ』

私の初めての親友。大切な子。きっとヒヨリと生きている間に出会っていればもう少し何か変わっていたかもしれない。


大好きな人を、この手で殺すなんて何の因果なのかしらね。幽霊になって時間がたつけれど、幽霊にとって成仏できないことがどれ程辛い事なのかは分かってたつもり。それでも私は見守る事を選んで、それを幸せだと感じていたと思うの。


でも、ヒヨリに出会って欲が出てしまったのね。今のままじゃ駄目だわって。

ヒヨリに笑いかけるオズ兄様が昔のオズ兄様みたいで、少し夢を見ていたのだと思う。ヒヨリにならばオズ兄様を元に戻す事が出来るかもしれないって、何も関係のない少女を当てにしていたわ。


『好きよ。大好き』

ヒヨリも。フィーも。オズ兄様も。みんなみんな大好きよ。

だからこんな汚れ仕事は初めから私がやるべきだったんだわ。今まで貯めてきた魔力と、数回使った魔法の経験から言える。私はフィー達に触れる事こそできないけれど、魔法でならば干渉できるかもしれない。ということ。

フィーは私に干渉できないから、防がれることがなければ魔法で致命的な傷を負わせることができるわ。私の魔力が尽きるのが先か、フィーを殺すのが先か。

目の前で魔法を乱発しているフィーを遠くから見つめた。背が伸びたって、髪が伸びたって、顔が大人びたって。あの時からあなたは進めてないのね。本当に私が時間を止めてしまったんだわ。


『今、楽にしてあげるからね』

フィーを処刑させるくらいなら。大好きな人が他の人の手にかけられるくらいなら、ヒヨリを巻き込んでしまう前に私が殺してしまいましょう。

掌に魔力を集めながら小さく微笑んだ。頭に、ぽつりぽつりと思い出が浮かんだ。


『フィンだ』

なんて無愛想な子供なのだろうと思ったわ。にこりともせず、私と目すら合わせずに彼はそう言った。彼の行動が、態度が私が嫌いだと全身で表していた。

でもね、私はそんな態度とられたって嫌いにはなれなかったのよ。意地悪な貴方も、優しい貴方も、どちらも大好きで大切だったの。


幽霊になってからフィーやオズ兄様達は私を置いて行った。

2人だけ、背が伸びた。私の背は止まったままなのに。2人だけ、どんどん大人になってく。私はやたら知識を溜め込んだただの子供なのに。少し辛かったわ。


オズ兄様に私の事なんか忘れて幸せになってほしいって、ヒヨリに伝えてもらったこともあった。

オズ兄様に幸せになってほしいと願っているのは嘘じゃないわ。けれども私の事を忘れてほしいなんて思った事、一度もなかった。ただの、強がりだった。

オズ兄様にはすぐに見抜かれちゃって、ヒヨリの言葉は伝わらなかった。慣れない見栄は張るものじゃないわね。


私の事、忘れないでいてね。


ほんの一瞬だけ記憶が錯乱するようにヒヨリに魔法をかけておきながら、私はなんて勝手なんだろう。

でも、恨まれても憎まれてでもいいから。忘れてほしくないの。


この体が消えても、私はみんなの中に住んでいたいわ。


『フィーだけ連れて行くのを、許してちょうだい』

私のケジメよ。

完璧な死角から圧縮した鋭い魔法が掌を放つ。きっとフィーも無傷ではいられない。だからそこから畳み掛ける。


『もう、やめましょう』

フィーに魔法が近づく。

『楽になってほしいの』

彼はちっとも気づかない。

『全部全部私のせいなのに、ごめんね』

魔法が、フィーに触れそうになる。





『避けて!!!!!』





次の瞬間魔法が爆発を起こしてフィーの居た辺りを吹き飛ばした。

『・・・ふ、ふふ』

遅い。遅すぎた。

避けてって言ったって私の声は聞こえない。そう叫ぶぐらいなら元々魔法なんて放たなきゃよかったのに。

今になって手が震えるなんて馬鹿みたい。震える手の上にぼたり、ぼたりと雫が落ちてくる。あぁ、楽にしてあげたかったんじゃない。楽になりたいと願っていたのはフィーではなくて、きっと私だったんだわ。

フィーのため、オズ兄様のためって理由づけてずっと逃げてたのは私だった。


『ぁ、っひくっ、ふぃーっ、・・・・・!』

あぁ。大好き。


小さく心の中で呟いた。もう、私にこんなこと言う資格なんてないけれど。

透ける体を抱きしめて震えを押さえようとした時、目の前で旋風が巻き起こる。


「親友が泣いてたらすぐに駆けつけるの・・・・これって、一度やってみたかったんだー」

そう言った次の瞬間には回し蹴りがフィーにきまって、フィーの体が吹っ飛んだ。

「大丈夫?」

きっと私の魔法を受け止めたのだろう。真っ赤に腫れ上がった腕が痛々しかった。からからと笑う顔に擦り傷が目立つ。

それでも、心底ヒヨリが現れたことに安堵している私がいた。巻き込みたくなくて、この場所に連れて来たくなかったはずなのに。ここにヒヨリが来てくれた事が、嬉しいだなんて思ってしまった。


呆然と固まる私の前にヒヨリが歩み出た。

「こんなことで諦めちゃうの?」

『え・・・・?』

「いつもの頑固さはどこに行っちゃったの?」

飄々とした足取りで、腕の痛みなんて少しも顔に出さずに私の手を握りしめた。


「諦めたくないんでしょう?」

諦めなくても良いの?

「足掻きたいんでしょう?」

まだ間に合うの?

「2人に幸せになってほしいんでしょう?」


何度も、何度も頷いた。

『・・・・幸せに、したいよっ・・・』

どれだけ彼らを私が大切に思っているか、ヒヨリなら分かってくれる気がした。





思いのほかセルの放った魔法は強かった。本当に腕が逆に曲がるかと思っちゃったよ。まぁ、これは骨いってるかもしれないけど。

真っ赤に腫れ上がった腕に出来るだけ負荷をかけないようにしながら、セルの手をまた強く握りしめた。

どうしてこんなにも、彼女は1人で抱え込みたがるんだろう。巻き込みたくないって私のことを心の底から心配してくれていて、傍にいることすらも許してくれない。


「フィーを正気に戻したら、私が影でフィーを遠くに運ぶ。処刑させやしないし、それで共犯の罪に問われたって構わない。私が城に残ってフィーの無実を訴えるよ。そうして事が収まったらフィーを迎えに行こう」

走りながら考えた計画をセルに手短に話す。私だって、手伝いたいんだって分かってほしい。


『・・・分かりましたわ。ヒヨリ、・・・・くれぐれも無理だけはしないでくださいね』

「・・・うん、善処する」

少し変な間を上げてしまったせいで、セルがすぐさま鬼のように目をつりあげる。ここでお説教は勘弁だね。セルの言葉を遮るようにフィーの方を振り返る。


「よし、とりあえず私が先攻かますから、セルはフィーを昏倒させ「何が”よし”だ」


セルをちらりと振り返った。

『・・・・私じゃないですわ』

いやでも。さっきフィーは蹴り飛ばして遠くに吹っ飛ばしたし。


あれ?なんか私忘れてない?


背筋を駆け上がる嫌な気配。よく知っている気配だけれど、その人物がものすごく怒っていることは分かった。ふらり、と少しだけ目眩がして立っていられなくなる。

『ヒヨリ!?』

心配してくれるセルの声を聞きながら、自分の影が少しずつ変形していくのを見つめた。あぁ、そうだった。記憶が錯乱してて忘れていたけど。そういえば私の影の中にはあの人が居るじゃないか。

「あ・・・、」

「気づくのが遅い。どれだけ俺の事を放置しておくつもりだったんだ?」

ふてくされるような声が私の影の中から響いて来た。ドレスのスカートから不自然にはみ出した影の中から真っ白な白髪が覗く。あぁ、やらかした。


「・・・おず、わるどさん・・・」

『オズ兄様!!』

「話は全部、聞かせてもらった。俺がどれだけ仲間はずれにされていたのかも、幼馴染みが知らずの内に苦しんでいたのかも、妹の気持ちを全然分かってなかったことも・・・・全部、気づいた」


影から出て来たオズワルドさんが思い詰めるように、懺悔する。そんなオズワルドさんの顔が見たくないから頑張ったのに。悲しませたくないから、秘密にしていたのに。セルが顔を俯かせる。その手は固く握りしめられていて、震えていた。


「とりあえずまぁやることは理解できた」

「フィーを正気に戻すの協力してくれるんですか!?」

「ん?いいや?」

「え?」

あれ?会話が噛み合ない。


「俺のやりたいことはフィーを一発ぶん殴ることだが?」


・・・・・・・・ん?

「・・・・正気に戻す?」

「気絶させる勢いで?」

全力で逃げてー!ってフィーに叫びたくなった。


「俺の妹を知らず知らずの内に奪っていたんだ。これぐらい当然だろう?」

なぁ、とオズワルドさんが見上げる先にいるのはセルだった。見えないはずの、声も聞こえないはずの、セルだった。

『・・・オズ兄様?』

「変わっていないな。相変わらず体調が悪そうだ」

「何で見えて、え、てか声も聞こえてるんですか!?」

「何でか知らないが、お前の影の中に居たら勝手に治癒術が掛かって、それが終わって意識が戻り始めた頃にはもう聞こえてたぞ?」

私の影の中?治癒術なんて全く使えないけど。

深く考える暇もなくオズワルドさんがフィーの方へ向かって歩き出した。


「殺しはしない。あいつだって俺の大切な親友だからな」


そう照れたように呟いたオズワルドさんを見て、セルが笑みを零した。微笑みながら、泣いていた。

『ありが、とうございますっ・・・・、私は、本当に幸せ者です』

「ほら、泣いてないで行くよ?フィーを止めるんでしょう?」

私が手を差し出せば、セルも私の手を握る。ひとりじゃないことが、こんなにも安堵することなんだ。ずっとひとりでいたセルには、計り知れない孤独があっただろう。でも、それを埋めるぐらいに幸せにするんだ。

今からでもきっと遅くない。


フィーを止めて。またオズワルドさんや私も入れてみんなで笑ったり、話したりできたらいい。それだけで、きっとセルは幸せだろうから。


歩き出すと、オズワルドさんがこちらを気遣うように見ててくれてた。

さぁ、やりますか。



「フィー!!あなたをぶっ飛ばす!!」



土煙の中からゆらりゆらりと現れたフィーに、まっすぐ手を突きつけた。

さぁ、ここから本番と行こうじゃないか。



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