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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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願いと助力

勢いよくベッドの上のステラの影に重ねられていた手を撥ね退けた。その途端、ぶつりとコードが切れたみたいに、ステラの感情や記憶は私の中に入ってこなくなった。

ぼたぼた、とステラの感情に感化されたのか涙が止まらない。


「何、この力?」

『何を見たんですの?ヒヨリ、顔色が優れませんわ』

セルが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「ステラが、見えたの。ステラが本当に暗殺を続けなきゃいけなかった理由、私・・・知っちゃったんだ」

ステラも、あの男の子が好きだったんだ。男の子はステラを一族の中での立場を案じたのだろう。だから、自分を殺させた。ステラが、ちゃんと”仕事”をこなしたとでもいうように。


「わかんないけど、ステラの感情とかがぶわって入ってきて」

『あのドラゴンの時もそうでしたわね』

少し思案顔のセルが、思い出すように言った。私も思い出してみると、確かに普段ではあり得ないぐらい私の感情は荒れていた気がする。状況が状況だったから深く考えたりはしなかったけれど、あれはアデレイドの感情に感化されていたのだろうか。

アデレイドは体が大きいから、私がその影を踏んでいたとしてもおかしくない。


『あの時のヒヨリの叫び声は、まるでドラゴンの咆哮のようでしたわ』

「・・・・・ドラゴン、の咆哮?」

確かに。叫んでたらいつの間にかただ頭に響く音のようなものが自分から発せられていた。意識してなかったからよくわかんないけど、これがもしかしてエリオスの力の1つ?


『相手の能力を・・・利用できるのでしょうか?』

「よく、分からないけど。だったら、さっきのあれって・・・」

ステラの顔をちらりと見る。ステラの思考を、ステラの暗殺能力を私が利用したってことだろうか。ただ淡々と目はかりで殺し方を考える。恐ろしく冷めた感情だった。


もう、ステラにこんな想いをさせたくはない。


「セル、もう一回図書室に行って霊送りの記述を調べるわ」

『ご一緒しましょう』

カーテンの影にぱっと滑り込むとセルが後をついてきた。もう、時間はない。舞踏会に行く前に多少はケリをつけておきたいし。フィーやステラが舞踏会で暴れないという保障もないのだ。大勢人が居るところで暴れられてしまえば、ごまかしは効かない。


少し歩きながら図書室の影を探していたところで、ふと立ち止まった。もう何もかも、後回しにはできない。分かることから、出来ることからやっていかないと。


「セルはさ、結果的にどうなることを望んでいるの?」

『・・・・・へ?』

突然の私の問いに、ステラの戸惑ったような声が聞こえる。これだけは、はっきりさせとかなきゃいけない。


「オズワルドさんのことを助けたい。犯人のことを先に殺して欲しい。でも、貴女のいうその犯人はフィーなんでしょう?それでも、セル。貴女は私にフィーを殺させようとしていたの?」


記憶を見てから疑問に思っていたことをセルに尋ねてみる。セルは、少しの間黙り込んだけれどやがて口を開いた。


『聞かれると、思っていましたの。でも、聞かれなければそれはそれで良いとも思っていましたわ』

泣きそうな声に、思わず振り返ってしまった。

セルは声の通り、今にも泣きそうになりながらその小さな手を握り締めていた。


『私は、ヒヨリに最低なことをさせようとしていました』


兄妹揃って嘘をつくことが苦手ならしい。私に向かって真っ直ぐ頭を下げてきた。


『オズ兄様を止めるため、全く違う人間を殺させようとしていたのです。そしてその後フィーのことを伝え、私が消えても2人を守ってもらおうなんて・・・・・そんな都合の良いことを考えていたのです』

「・・・・私に、適当に誰かを殺させるつもりだった?」

『えぇ。魔の誘発で暴れる人間は、この時期たくさん居ましたもの』


迷いなく言い切ったその言葉に、私は体から力が抜けそうになった。

セルは、この少女はどこまでも真っ直ぐで、大切なもののためならば手段を選ばないんだ。これが、もしかしたらステラの言っていた大切なものを守るための勇気なのかもしれない。

でも


「私は、誰も殺さない。私がするのはあくまで魂をそらへ送ることだけだから」

『・・・・・・・そう言うと、思ってました。そして、そろそろ頃合だとも思ってました。オズ兄様もフィーも、こんな夢からは覚めるべきなのです』

何かを悟ったように儚げな笑みを浮かべると、セルは私に手を伸ばした。でも、それを途中でやめてしまうと、まるで逆再生をしているかのように元の位置に手を戻した。


『もし、その時が訪れたなら・・・・どうかお願いです。こんな大嘘付きの私でもまた信じていただけるというのなら、どうか・・・・私にお力を貸してくださいませ』

ピシッと一瞬の隙もなく伸ばされた背筋がゆっくり曲げられた。綺麗な礼だった。


「当たり前でしょ。私、結構友達には優しいんだから」

『・・・え?』

「友達だって・・・・そう思ってたの私だけだった?」

ぱしっと勝手にセルの手をとった。長い長い間一人ぼっちで誰にも触れられることの無かった小さな手。私に抵抗することなくセルはされるがままだった。

そのままぱっと一歩踏み出せば、世界が少し開けて図書室が広がる。


「だから、セルも私を手伝って」

この本の山から目的の本を探すのは、1人では少し骨が折れるから。ぎゅ、とセルが手に力を込めたのが分かった。

『あぁ・・・ヒヨリと、生きてる間に会いたかったなぁ』

私の手を両手で握り締めたままセルはぼろぼろと涙を零した。ごめんなさい、と。償わせて、と。

『頑張りますわ。大切な優しい友達のためですものね』

セルはやがて泣きやみ手を離してそう言った。それからふわりと天井に向かって舞い上がると、上のほうまである本棚と睨みっこを始めた。


確かに私ではそこまで届かないし、できるだけエリオスの力を使いたくなかったから助かる。適材適所ってやつだね。と私は1人で呟いて低いところにある本棚をひとつひとつ確認し始めた。


背表紙をじーっと見つめていると、図書館の扉が小さく開いた。


まるで気配を感じなかった。


「何をしていらっしゃるのですか?」

多少は気を抜いていたかもしれなかったけれども、思わぬ人物の登場に私は大いに驚かされた。


「・・・・・じ、侍女長」

侍女長がランプを片手に持ったまま、私の方を訝しげに見ていた。さすがに侍女服は着ておらず、まだ髪も結んでいない寝起きの格好だ。

私はセルに目配せをしながら、愛想笑いを浮かべる。今の気配の消し方、一般人じゃないでしょ。油断できない気がする。


「ステラは・・・・その様子だと、内緒で来たようですね?」

部屋をざっと見回した後、呆れたような顔をされる。

「す、すいませんっでも部屋に連れ戻さないでください!やらなきゃいけないことがあるんです!」

必死に侍女長に頭を下げた。私は、やらなくちゃいけないんだ。今連れ戻されるわけにはいかない。侍女長が頭上でため息をつく音が聞こえた。


ぱっと明かりが辺りに溢れかえって、私の肩に柔らかいストールが掛けられた。


「風邪をひきますわ。せめてこれを着てください」

「じじょ、ちょう・・?」

「手伝いましょう。早く終わらせなければ泣きながら貴女を探す部下が居るので。これでもこの図書室は私よく訪れるのですわ。少しながらお役に立てるかと」

ランプを手にもったまま他の蝋燭に火を移す侍女長を呆然と見詰めた。あぁ、なんでここの人たちはみんなこんなにも優しいんだろう。


「何をお探しなのですか?」

「わ、私はっ」



「”霊送り”ですか?」



背筋が、ひやりとした。全身の血が一瞬で凍りついたようだった。

何故、この人がそれを知っている?ステラがエリオスの力のことを侍女長にしゃべった?でもそれも考えづらい。なら、何故?


あふれ出す疑問とじわりじわりと追い詰められる恐怖の感覚に、私は体の勘に任せてその場から飛びのいた。この人は、安全じゃない。

掛けてくれたストールが、ふわりと宙に待った。それをゆっくりとした動作で侍女長は手にとると微笑んだ。


「安心してください。貴女の敵ではありません。まぁ、味方かどうかと問われても微妙なところではありますが」

「・・・・何を見て安心しろというの」

「少なくとも、情報の漏洩ではないですわ。私は他に誰が貴女の力を知っているのか知りませんし」


だったらなぜ。ステラが教えたのではなければ貴女は何故それを知ってるの?

口に出すことのなかった疑問に、侍女長がゆっくりと答えた。


「・・・・私の敵は、この国そのものですの。貴女には何の恨みもありませんし、戦う意志もないですわ。けれども、今回のみは貴女だけの力ではどうにもなりそうになかったので、手を出させていただいたまでです」

「それが侍女長が私に力を貸す理由になんでなるの?むしろ魔の空気でこの国が壊れてしまえば、この国を敵だとしている侍女長には都合がいいんじゃない?」

「・・・・頭がよく回りますのね」

興味深そうな笑みを侍女長が零す。

「危機感とかは、結構強くもってるもので。」


歯向かう私に、侍女長はまたため息をつく。そして、言葉を続けた。


「貴女の専属侍女は・・・暗殺にも長けていますでしょう?」


「・・・・・なんで、知ってるの・・・・」

ぼとり、と思考がそのまま言葉になって落ちてしまう。だって、ステラはこの国の人間じゃなくて。余所から来た人で。だからステラの過去を知ってる人間なんて居るはずないのに。


「ステラをこの国に連れてきたのは私ですわ。まぁ、今は詳しく話せませんけれど。ステラを罪人として処刑させる気は全くありませんの。だから、貴女に手を貸すのですわ。私の大切な部下のために」

まぁ、それなら一応理にかなっているけれど。

まだ微妙な表情をしていた私と侍女長の間に、ふわりと舞い降りてきたセルが侍女長をじっと見つめる。


「あら、人以外の者もこの部屋に居たのですわね」


セルが驚いたのが気配で分かった。だって、本人だって暫く口のきける人は居なかったと言っていたのに。侍女長はあっさり、とセルの居る場所を見つめて笑うのだ。


「侍女長・・・・、見えてるんですか?」

「いえ、はっきりとは見えませんの。ただぼんやりと人ならざるものがそこに居るのは分かりますわ」

侍女長、絶対只者じゃない。

「ま、とにかく早く本を探しましょう。私にも何冊か心当たりがありますし、知識として教えられることも少々ありますわ」


あっさりとした言葉で私に次の言葉を言わせないようにする。淡々とカーディガンを私の肩に掛けなおしてから、検討はついているかのように本棚に向かっていく。


『ヒヨリ・・・・、この方信用して大丈夫ですの?』

「ステラのことよく知ってるみたいだし・・・何より今は時間がないんだし。利用できるものは利用すべきかもしれない。」

疑いの目を向ける私とセルに構わないかのように、侍女長は何冊か本を手にとっている。なんだかこれだけ警戒しているこっちが馬鹿みたいじゃないか。


「大丈夫ですよ。いきなり殺しにかかったりはしませんわ」

「・・・・・・私だって、そんな簡単に殺されたりしませんけどね」

ぼそりと悪態をつきながら、警戒心を解かないようにして侍女長に近づく。


「確かこの本に死神の力について書かれていた気がします。きっと、霊送りのことも書いてありますわ」

「・・・・そうですか。ありがとうございます」

素直に頭を下げれば、頭上からふふふっと笑い声がする。



「本当に、あの死神の愛し子なんですわね。死神は愉しい人間を好むと言いますが・・・・私にもその好みが分かる気がします」

わけの分からないことを侍女長は言うと、ひらひらと手を振って図書室から退室していく。


「ヒヨリ様。大切なのは、どれだけ多くの人間に伝えるか、ということですわ」

最後に、意味ありげな言葉を残して。


なんなんだ。あの人は。


いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。

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