ステラの真実
「・・・・・全く本当に変わった方ですわ、ヒヨリ様は。けれども、そうですわね。主様がそういわれるのでしたらしょうがないですわね」
そういうステラの言葉は不服そうだけれども、表情だけは嬉しそうだった。
ソファに座る私のすぐ傍に跪くと言った。
「でしたら、私もここで誓いましょう。貴女様を殺してしまわないよう。意地でも意識を刈り取られないと、私の手で貴女様を殺すことなどありえないと、ここで誓いますわ」
「ほんと・・?ほんとに?最後まで諦めたりしない?」
ステラの手を強引に取り確認する。本当に、ステラは諦めない?魂に強制されるような強い呪いのようなそれに、ひきずられたりしない?
「はい。私は、まだ・・・少なくとも、ヒヨリ様が元の世界に帰られるまでは傍に居たいです」
「じゃあ、諦めちゃだめだよ。自分の命だって、周りの命だって。私も諦めないからね」
ステラだって、周りの人だって。誰も死なせたりしないよ。欲張りだって言えばいい、今の私にはそれができる力があるんだから。
「はい、ヒヨリ様」
頷いて笑ったステラに少し、ほっとした。さっきまで自分を殺してしまってもいい、そう言っていたステラが生きると言ってくれたことにほっとした。もしかしたら、暴走したステラを殺してしまうのは私とかではなく城の兵士かもしれないし、もしかしたらオズワルドさんかもしれない。
だから、まだ安心したなんて言えない。でも、これからすべきことはきちんと見えてきたから。
ぎゅ、と死神の記述があった本を影の中で握り締めた。僅かな記述の中から模索するしかない。だって、エリオスはここに来れないんだから、この世界で霊送りができるのは他に私しかいないから。
霊送りをすることによって死者達がここを去れば、きっとここにある魔も少なくなるはず。そうすればステラやフィーがもう誘発されることはなくなる。
そう思っていた私にステラはあぁ、と思いついたように表情を変えた。
「”力を尽くす”、で思い出しましたわ」
「何を?」
「ウォーベック様が、明日の舞踏会用のドレスをご用意してらっしゃいましたよ?なんでも好きなものを着ればいい、とかで4着ぐらいありましたわね。私もご用意には精一杯力を尽くさせていただきますからね!」
ステラが顔に笑顔を浮かべながら言った言葉に、カタリと首を傾ける。
霊送りとか魔の浄化だとか、そんなことが一気に吹っ飛んだ。
舞踏会
ドレス
精一杯
なんですかそれは
一瞬頭が固まりかけたけど、嬉しそうに話すステラを止めて矢継ぎ早に私は返した。
「ぶ、舞踏会ってなにそれ?私なんにも聞いてないよ?ど、ドレス?え、は?」
「へ?私にも侍女長からお話があったのですけれど・・・・ヒヨリ様の方には直接誰かを差し向けたとお伺いしたのですが・・・」
「いやいやいや!誰からもそんな話聞いてないよ!?」
ステラはキョトン、とした顔のままクローゼットから取り出したドレスに目をやった。
「ヒヨリ様にお知らせが届かなかっただけで、ヒヨリ様のご出席は確定してらっしゃるようですわね」
ひらひらと手元の若草色のドレスを揺らして見せたステラ。そうですね、どうやらそのようですけれど。
「あぁっまさかそれでヒヨリ様はダンスのレッスンに一度もいらっしゃらなかったのですか?」
「なにそれ!?ダンス!?レッスン!?」
そんな話ちっとも聞いたこと無かったんでけど!私今まで無断でそのレッスンとやらを休んでたの!?問題児だなおい!
バッと窓の外に目をやれば外は真っ暗。明日はきっとすぐにやってくる。え?もう時間無くないですか?
「そうですわね、舞踏会は夜ですけれど今日の昼間から準備を始めますので時間は・・・・無いですね。ですが、ヒヨリ様は運動神経の方はよろしいのでダンスに関しては心配しておりませんわ!」
満面の笑みでそう告げるステラ。何で私の運動神経の良さ知ってるの、ステラにはもう何も隠し事できない気がしてきたよ。
けれどもステラは少し思案顔でドレスをまたクローゼットの中にしまった。体はこんなにもボロボロで力が入らないというのに、今夜舞踏会?笑顔を浮かべてられるかすら怪しい。ダンスなんて踊れるわけないじゃないですか。
「・・・ステラっこの体調で舞踏会に出席できると思う・・・・・・?」
「・・・まぁ。とりあえず微笑みながら立っていればよろしいのでは・・・?」
「・・・だ、ダンスとかは?」
「・・・無理・・・でしょうか?」
疑問系で返してきたステラに、くらりと眩暈がきた。この子は私をなんだと思ってるの。確かにこの世界のご令嬢よりは勇ましいかもしれないけど。けど!私だって人の子だしっこの体調で舞踏会とか普通に考えて無理だし!!
「ちなみに断ったら?」
「・・・最悪、ですわね。王族主催のダンスパーティをその主役が欠席するなど・・・まさに前代未聞ですわね」
うーん、と首を傾げながら最悪な通告を私に伝えるステラ。うわあもう死刑宣告じゃないか。
行儀悪いながら、ソファの上に崩れ落ちた。落ち着こう。朝日はまだ昇ってない。目だけでカーテンの隙間を確認して呟いてみた。
「す、ステラ。お願いがあるんだけど?」
「何なりと」
軽く頭を下げたステラに向かって、ぱちんっと手を合わせて頭を下げた。
「私にっ治癒術をかけて!」
「・・・・・はい?」
「だから、舞踏会が出席できるレベルで!お願いっ!さすがにこんなのお願いできるのステラしかいない!」
オズワルドさんとはとにかく今は顔をあわせるの気まずいし。フィーはフィーで、事実を知った今嘘を突き通せる自信も無い。だから他に私が知る治癒術を掛けることができる人間はステラしか居ないのだ。
「し、しかしっ私の本業は暗殺業で治癒術師ではないのですよ!?」
「実はちょっと事情があって今私の体は結構ボロボロなんだってば!微笑みながら立ってるのだって出来るかわかんないよ!?」
「一体何をしてたんですがヒヨリ様・・・・・」
呆れたようなため息をつかれたけれどもそれどころではない。この体さえどうにかなれば後の課題は霊送りぐらいでほぼどうにかなるのだ。
「お願いしますっ」
がたんっとまた大きな音をたてて頭を下げる私に、ステラがやれやれといった様子で頷いた。
「専門じゃないんですからね?」
「出来るどころまでで良いから!」
ため息をつきながらステラが袖の下から御札を出す。どこに入れてるのステラさん。ぱらっとステラの手から放たれた御札達が宙に浮かび始める。
「多少荒くなってしまってもご愛嬌ですわ」
「え、痛いのとかはちょっと、」
そこからは私の言葉はまさに問答無用だった。ぴたぴたと至るところに御札を貼り付けられてはステラの呪文が唱えられるのを待つ。御札の剥がされる痛みに歯を食いしばりながら治癒術が終わるのをひたすら待った。
*
朝日が昇る頃、それはやっと終わり私もステラもソファの上に倒れこんだ。まさかここまでかかるとは思わなかった。トキを基準に考えてた私が馬鹿だった。
トキなんてどんな怪我もちょちょいっと治しちゃうから、治癒術簡単だと思ってたよ。くそう、天才め。
魔力を使いすぎたのかソファの上に上半身を投げ出したまま動かなくなったステラ。心配になってやっと動くようになった体を動かす。まだちょっと足腰がぎしぎしするのには流石に目を瞑ろう。
「ステラ?大丈夫?」
「・・・大丈夫です、わ。ちょっと、魔力を・・・・」
ぱた、とそのまま残りの言葉を告げることなくステラはソファの上にまた倒れこんだ。魔法を使いすぎたのだろうか。
『魔力切れに良いのは睡眠だ』
トキのそんな言葉を思い出して、ただ穏やかな表情で寝息を立てるステラに安心した。この様子だと医者を呼ぶほどでもなさそうだ。まぁ、トキは魔力切れなんて起こしたことなかったけど。だから基準がどのくらいかいまいち分からない。
「セル、ごめん。手伝ってくれる?」
『はいですわ』
セルと2人がかりでステラの体を持ち上げる。侍女服についた白いエプロンを取って靴を脱がせる。侍女控え室にあるベッドにステラの体を置くと、少しだけみじろぎした。起こしたかと思ったけども、ステラは変わらずに寝息をたて始める。ほっとして、少し息をつく。
こんなになるまで頑張ってくれたんだ、あとでちゃんとお礼を言わなくちゃ。
ステラに布団を掛けようと、ベッドに手を置いた時だった。ずぶり、と。何かに体が沈む感覚がした。
これはアデレイドに向かって矢を放つ人達に叫んだ時に似てる。体が少し影の中に沈んで、あの時は地面の影が大きく波打ったんだった。自分で何をやったのかは分からなかったけれど、確かに人では出せないような声量で私は叫んでた。あれも、エリオスの力なのかな?不確定なところが多くてまだよく分からない。
そのままの状態でふと、侍女控え室についた小さな窓に視線がいった。小さな男の子。下働きの子だろうか。朝日がやっと昇り始めたぐらいだと言うのに、一生懸命水瓶のようなものを運んでいた。あんなに小さい子でも頑張ってるんだ、と確認したのとほぼ同時に。
「ここから飛び降りて3秒。首の裏を掻っ切るので2秒。それだけあったら十分殺せるな」
本当に、無意識に。私はぽつりとそんな言葉を漏らしていた。
『え?ヒヨリ?』
「・・・・・・え?今、私・・・なんて言った?」
自分でも驚く。今、私は。あの男の子を殺す方法を考えていた?
驚きで体が震えたのも束の間。次の瞬間にはぶわり、と色んな感情が私に襲い掛かってきた。
<苦しい・悲しい・殺意・達成感>
頭の中に、小さな少女が浮かび上がった。幼い頃のステラだろうか。近くに居た大人に背中を押されるまま、ナイフを目の前に居た男に投げつける。コントロールよく、そのナイフは男の心臓に深く深く突き刺さった。そのまま男は苦しげに呻きながら絶命する。
「なに、これ?」
幼いステラはただ、苦しそうに服の胸元を押さえていた。
次の瞬間には、またぱっと場面が変わった。ステラが悲しそうに涙を零しながら首を振っていた。ステラはさっきよりも一回りくらい成長していて、手には強く握られた御札があった。
『嫌だ!!殺したくないっ!!』
目の前にはステラと同い年くらいの男の子が居た。泣き喚くステラに、男の子は呆れたような笑みを浮かべる。暫く2人は体を寄せ合って、地面に座り込みながら話ていた。
2人は友達で、けれども暗殺のターゲットにその男の子が指定されてしまった。彼自体は悪くないけれど、彼の親は不正を続ける政治家のようで、政府を変えようとしている暗殺一族としては捨て置けなくなってしまった。政治の世界では大きな一派だったため、後継者に祭り上げられることのないように。そして見せしめとして。後継者である男の子さえも殺すらしい。
なに、それ。わけわかんない。
同じ世界のはずなのに、何でそんなに訳の分からない道理が通ってるの?理解、できない。
顔を抑えてその場に蹲ってしまったステラに、男の子はそっとナイフを握らせる。魔法を使うことなんてとてもじゃないけど、出来そうにないと思ったのだろう。
『刺すんだ。君が』
男の子の手に導かれるようにしてステラの手がナイフを握らされる。嫌々、と首を振るステラに抵抗すらさせないように片方の手を自分の手で押さえつけながら、彼は。
『君が、好きだったよ』
赤い水溜りの中、沈む男の子にステラが崩れ落ちる。
『次はね、貴族じゃなくたっていい。庶民でも、なんだっていいんだ』
未だにステラの手を掴んだまま、男の子は自分の胸にナイフを押さえ続ける。ステラが治癒術を叫んだ。それでも、間に合わないくらいの血がその胸からあふれ出した。
『ただ、次は、もっと・・・君の傍で生きたいなぁ』
ぱた、とナイフを持っていた男の子の手が落ちた。ステラの手だけがナイフを握り締め、男の子の目が虚ろになる。ステラの胸が引き裂かれるような叫び声が辺りに響く。暫くして、呆然と血溜まりの中に座り込むステラを、一族の1人が見つけた。男の子の亡骸を見てステラを褒めると、なかば引き摺るようにしてその場から逃げ出す。
翌日、政界は大騒ぎだった。大きな一派が1つ消えてしまったのだから。
でも、すぐに代わりは立てられた。ステラのしたことは、たった少しの間に全部元通りにされてしまったのだ。
それからだった。ステラが暗殺に苦しみも悲しみも感じなくなったのは。ただ、いたちごっこのように殺し続けるイラつきと。殺すたびに増していく殺意。そして、この行為が。ステラが暗殺を続けるということが、あの男の子を殺してしまったことによる言い訳になっていたのだった。
暗殺家業だから。この国を良くするためだから。
それが、ステラが殺し続けた理由。男の子の死を、ただ自分が殺してしまったという理由だけにしたくなかった。それが、ステラが殺し続けなければならなかった理由。
それが、彼女の真実だった。
読んでくださる読者様、ありがとうございます。




