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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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殺さない、殺させない。

ステラは言った。


「もう、最初に殺した人の名前も思い出せないのです」


けれども表情は悲しそうでもなく、ただ話そうとした言葉をうっかり忘れてしまったような。そんな困り顔だった。人殺しに、慣れてしまっているかのようだった。


「どうして、そんなに人を殺したの?」

「私の家の家業だったのですわ。暗殺業とでも言いましょうか。私の故郷はずっと東にあったのですが。そこで私は忍び寄ってはばっさりと殺して、そうしてお金を貰う。それをずっと繰り返してきました。それが私達の生き方だったからで、私もそれが悪いことだと知った今でも後悔はしていません」


元の世界でそんな職業が出てくるのはドラマの中ぐらいだった。そしてそれを、ステラは後悔しないと言い切ったのだった。私はどんなに心の中で覚悟を決めたとしても、その手で戸惑いで止めてしまう。それをステラは何度もやってきたのだという。

「人を、殺すのって・・・・どんななの?」


言ってしまってから、我に返った。そんなこと誰だって聞かれて嬉しいわけない。思わず口から零れてしまった言葉を取り消すように、また間も空けず口を開こうとした時。

ステラは律儀に少し首を傾けて考えながら私に言った。

「どんな・・・、ですか。最初は何かぽっかりした穴が胸の中にできて、人を殺す度にそれがどんどん大きくなっていって・・・でも、最後はどうでもよくなりましたわ。穴に自分の心も飲まれて、何も考えなくなってしまったので」

「・・・・・ごめん、変なこと聞いて」

なんだか申し訳なくなって俯いた私に、ステラはそっと私の手に自分の手を重ねてから言った。


「もうなくなりましたわ。妹と一緒に故郷をある人に連れ出されて、この国に来て優しい人達に出会い人の温かさを知り、・・・・・そしてヒヨリ様にも出会いました。私がもう飢えるものはありません。だってもう欲しいものはなくなりましたもの」


心の底から嬉しそうに笑うステラ。ステラが飢えるほど欲していたもの、それは少し私にも分かる気がした。


小学校に通っていたとき、参観日に親が来る同い年の子達がひどく羨ましかった。

授業でグループを作るとき、誰にも仲間に入れてもらえず教室の隅に立っているのが辛かった。


懐かしくて、苦しい過去を思い出して少し胸がぎゅ、となった。どう頑張っても友達は出来なくて、どんんなに私を置いてった両親を憎んだってそれはどうにもならなくて。ただ、私には教室の隅で手を強く握り締めていることくらいしかできなかった。


『なにやってんだよ、ほら早くやんねぇと終わらないだろうが』


一緒に組む相手も居らず、教室の隅で足を固めた私の手を引いてくれた。


『あーあ、手強く握りすぎて血にじんでるし』


小さくぼやきながら、私の手にこっそり治癒魔法をかけてくれた。あぁ、懐かしいなぁ。懐かしくて、胸がぎゅ、となる思い出。苦しいのとは違う、嬉しいぎゅ、だ。


ステラにも、トキみたいな人が居てくれたんだね。胸の穴を埋めてくれる人が居たんだね。それがたまらなく嬉しかった。

心がぽかぽかと温まるのを感じていると、ステラはまた申し訳そうな顔をした。


「本当に申し訳ありませんでした・・・・・ヒヨリ様はご存じないのかもしれませんが、この時期私はどうも不安定になるようなのです」


そう言いながら、ステラは御札を手に取ると私の怪我した腕に当てた。

「”治癒”」

小さく呟けばじんじんとした痛みが離れていくのを感じた。


「・・・・この時期?」

不思議に思ったことをそのまま口に出せば、ステラは御札から手を離して言った。


「はい。これはこの世界の理ですわ」


一呼吸置いて告げられたルールは、私にも耳覚えのあるものだった。


「<罪を犯した者は魔に誘発されやすい>」


あぁ、それはつい最近私が知ったことだ。


「私は元の国で多くの罪を犯して来ましたから、この時期に魔の誘発されてしまうのはある意味当然なのですわ」

「・・・・・それって、どんな感じ?」

思わず聞くと、ステラは少し考え込んだ。


「そうですわね・・・・・なんだか、眠くなるのですわ」

「眠く・・・・?」

「ぼーっとしてしまって、気づけば意識が刈り取られるのです。体が思うように動かなくなって、まるで誰かに乗っ取られているような、そんな感じです。私はただ、それを傍から見つめているだけなのです」


乗っ取られる、か。確かにさっきのステラだけれど全然違うあの感じ。その言葉が一番合う。


「あ、あのさ。私の、最近知り合った人なんだけどね、その人も過去に罪を犯してて、でもその人は覚えてないの。周りの人もそのことを知らないんだけど・・・・それでも、魔に誘発されるの?」

「・・・・・そうなりますわね」

ステラは残念そうに眉を落としながら言った。


「昔から言い伝えられているこの世界の考え方では、人はガラスのような魂を持っていると言われています。罪を犯したものはその瞬間魂に罅が入り、誰にも知られていなくても魂に罅が入ったという事実により魔に誘発されてしまうのだそうです。魂が、魔に汚染されやすいとも言われていますわ」


フィーは、覚えてない。セルの魔法のおかげで、苦しみを軽くすることが出来た。でもステラの話によると、この時期にはフィーも魔に誘発されてしまうはず。でもフィーは最高位の魔術師の1人だというし、問題になることは起こしてないように思われる。


「ステラ、紅茶お願いできる?」

すぐに確かめるためにステラに私への視線を外させようとする。ステラはすぐに、とカートの所まで駆けて言った。


「セル、フィーはこれまでこの時期どうしていたの?」

私のすぐ後ろに居たセルに、ステラに悟られないように気遣いながら声を掛けた。


『これまでは、私の少ない魔力をこの時期まで溜め込んでどうにかこうにかやりこんでいたのですわ。昏睡状態にさせたり、暴れだした瞬間押さえつけたり。ですが、フィーも奇天烈な研究者としても知られていましたから、特に周囲に悟られることはありませんでした。それに、フィーは青の塔に篭ってることが多いので、そもそも王城に魔が少ないため誘発されにくいのです』

「そっか・・・・何とか、って感じね」

『えぇ、私のこの体がいつまでもつのかも分かりませんし、不安を覚えていたのですわ。・・・だからヒヨリに出会えた時はとても嬉しかったのです』


「うん、期待に応えれるように頑張るね」


セルにそう言うと、ほどほどに、とセルは笑みを零した。


「ヒヨリ様、お茶が入りましたわ」

「ありがとう、ステラ。ちょっと体に力が入らないんだけど、手を貸してくれる?」

さっきから足に力が入らなかったのだ。いや、ステラにびびってしまったとかではなくて。本当に疲れてたからね。セルの魔法の影響もあったし。

「お待ちください、今参りますわ」

ステラはトレーを机に置くとパタパタと駆けてきて私の体を支えてくれた。ほぼステラに寄りかかるようにしながら私はどうにかこうにかソファまで辿り着く。お礼を言ってステラの手を離れると、ステラが呟くように言った。


「ヒヨリ様、お願いがございます」

「んー、なに?」

紅茶を手にとりながら言った私に、ステラは真剣な声で続けた。


「次私が誰かをこの国で殺しそうになったときは・・・・全力で、私を殺してください」

「え?」

「手なんて抜いてはダメですよ。貴女様が怪我をされてしまいますから、これは私が驕っているとかではなく、ですよ」

「ちょ、待って待って待って!!何いってんのかよく分かんない!何でそんな、急に、」

焦る私の手から、紅茶が零れそうになる。まぁちょっと零れたんだけど。それをステラは素知らぬ顔で私の手に零れた紅茶を拭う。


「もし、さっきのように意識が戻ったとき目の前で大切な人が、自分の手で死んでいたら・・・・そう考えるだけで、とてつもなく恐ろしいのです。覚えていないわけじゃないのです。ただ、自分では止められないことが、酷く怖いのですわ」

「・・・・・殺せ、ない」

今の私じゃ、襲い掛かってきた賊1人殺せない。人を殺す覚悟なんて、私にはない。この世界はどうやら元の世界よりも随分と甘くないようで、このままでは私はこの世界では生きていけない。


「・・・無理だよ」


頭を抱え込むように項垂れた私に、ステラは語りかけた。

「ヒヨリ様はお優しいですね。でも、心の底から守りたいものができた時、きっと貴女様は私を全力で殺しにかかります。その時、私の言っていた言葉の意味が、ヒヨリ様にも分かるはずです。」

「・・・・・ステラが人を殺していたのは、守りたいものがあったからなの?」

「えぇ、そうですわ。私は、私の国を大切な故郷を守りたかった。腐敗していく国の政治を見ていられなかったのです。だから、少しでもあの国が良くなるのならと命令に従い続けたのです」


ステラに、間を置いて尋ねた。

「・・・・国は、よくなったの?」

困ったように、彼女は笑った。

「・・・・いいえ、全く。困ったものですわね」


それを最後に話を切るようにステラは立ち上がると、カチャカチャとまたカートの上で作業をし始めた。それ以上、ステラの方から話を続けるつもりはないようだ。


大切な人が殺されそうになったら・・・・・?


頭の中でぱっと浮かんだのはトキの顔だった。いやいやいや。トキが殺されそうになる?あり得ない。トキがモンスターと戦うところを見たことはあるけど、トキはいつだってどんな攻撃を受けたって無傷なのだ。身体強化とか強力な結界を張ってるだとか、私にはよくわからないけれど。とにかくトキが傷を負ったところを私は見たことがないのだ。


やっぱり、よく分からないな。

あぁ、でも一度トキが渡った世界の先で、とんでもない大規模魔法を放ったことがあって。確かその時は私が初めてトキと一緒に居て怪我をした時だった。


ある世界のある小さな村に滞在していた時のこと、そこをその辺りでは珍しい巨大なモンスターが襲ったのだ。普段出会うことのない巨大なモンスターの出現に村の人々は戸惑い、村は一気に混乱状態に陥った。そんな中トキと一緒に村を助けようと避難を促したり、そのモンスターに応戦していた最中のこと。

パニックに陥った人たちが走り回っているため、ろくに魔法も放てなかったトキはモンスターの村の中まで侵入を許してしまった。


村の中で避難誘導に走り回っていた私は、侵入したモンスターが逃げ遅れた小さな女の子に目を光らせたのを見つけ。思わず、足が前に出た。


『絶対に、俺より前に出るなよ。後ろに居ろ』


念を押すように私を避難誘導に送り出したトキの言葉が頭の中に浮かんだけれどもう遅い。女の子をその巨体で押しつぶそうとするモンスターに向かって走り、女の子を自分の腕の中に囲い込んだ。その勢いのまま地面を転がる。視界がぐるんぐるんと回転して、ちょっと吐きそうになったのを覚えている。

女の子がさっきまで居た場所から大きな音がして、爆風がその場所に巻き起こった。

私はそのまま女の子を抱きこんだまま吹っ飛んで、背中から近くの民家に衝突した。肺に何かが突き刺さったみたいに、上手く息が出来なかった。

そんな時、目の前に閃光が走った。モンスターの攻撃だと警戒して、さらに強く女の子を抱きこんだ。


でも、気づけばそこには何も無かったのだ。モンスターも、そこにあったはずの民家も。

ただ、ぼろぼろになった旅装を身に着けたトキだけが、ひどく荒い息で肩をいからせながら立っていた。そしてすぐに私を振り返ると走ってきて、安否の確認とお説教が始まったのだ。


きっと、彼の手に掛かればあのモンスターなんて一瞬で倒せたはずだった。でも、それをしなかったのは村の人達の大切な家を無茶苦茶にしてしまうというリスクがあったからだ。

でも、あの一瞬でトキの中からそのリスクは掻き消えた。その近くに人が居たかもしれないのに大規模魔法を放ち、すぐにモンスターを殺した。


幸い村長は村を救ったことを多いに感謝してくれて、村の損害については気にしなくて良いと言ってくれた。


けれども、もしあれがステラの言った大切な何かを守るための力なのだとしたら。それ故に、リスクなんてその直前の感情なんて、全て消し去ってしまえるのなら。

私は、その力が少し恐ろしくなった。


ステラが、私の大切な人達を殺そうとして、そしたら私はステラを殺そうとする。そして、きっとその後我に返るのだろう。我に返って、後悔する。あんなに優しくしてくれた少女を殺したことに、きっと涙を零して後悔する。


「いや、だな・・・」


小さく呟いたけれど、その未来が訪れるのにそう時間は掛からないかもしれない。この城には今魔が満ちている。いや、この城以外にも城下にだってあれはある。この世界自体が魔の満ちているんだから。


「魔の浄化、ね」


これはそろそろ本気で考えなくちゃいけなくなってきたかも。雛ちゃんの修行が間に合えばそれはそれでいいと思ってたけど。間に合わない。それが先か、私がステラやフィーに手をかけるのが先か。だなんて、そんなの嫌だ。


「ステラ」

「はい、ヒヨリ様」

カートに手をかけて今にも部屋を出て行きそうだったステラを引き止めた。


「私は、貴女を殺さない」


「まだそんなことをおっしゃっているのですか、私を殺さなければ次に殺されるのは貴女様なのですよ?そんな自分が殺されてもいいだなんてことは、まさか考えてませんわよね?そんなの私は嫌で「いや、違う」

ステラの言葉を切ってから、言った。さっきとは反対の言葉。


「私は貴女を殺さない。だけど」


絶対に、ステラの手を私に血で汚すことは無い。私だけじゃない、ステラにはもう誰も殺させないんだ。ステラの手を、大切な人達の血で染めるなんてそんなこと、誰にもさせない。



「私は私を、貴女に殺させないから」



私は人を殺すことはできないけれど、人を守ることはできるんだよ。



いつも読んでくださる読者様、ありがとうございます。

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