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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
20/65

これから為すべきこと

枕元に置いてあったグラスに水を注いで飲み干す。

カラカラだった喉が少し癒された。夢の中だけで叫んでるつもりだったけど、実際に声にも出てたのかもしれない。


「セルはさ、犯人を知ってるんだよね?」

『・・・・・・・・はい。』

大きな間の後にセルの肯定が聞こえた。きっと、セルは優しいから。オズワルドさんを止めるためとはいえ、まだ私に人を殺させることを忍びないとか思ってるんだろうなぁ。

今にも泣き出しそうな声でそういうセルの、震える手を握る。幽霊なのに、触れるなんて少し不思議だ。


「うん。私、頑張るね。」

覚悟は、もう決めたから。大丈夫だよ。


「でも、ここからが問題だね。まずこの部屋を抜け出さなきゃいけないし。それにはオズワルドさんの結界が難関だなぁ。」

『それに、ヒヨリの姿では堂々とここを歩けませんものね。』

そういえば、とセルの言葉に納得した。所謂寝巻き姿のままの私。この姿は城を歩くには違和感が大きすぎる。


『ヒヨリ、あそこにクローゼットがありますわ。』

部屋の一角を指差すセルの言葉に布団から出る。部屋の扉の前に立っていた黒い人の形をした何かが、チラリとこちらを見た。


「ねぇ、セル。この人型ってただ立ってるだけなのよね?」

『おそらく。ですが、ヒヨリがこの部屋から出ようとしたら全力で止めにかかってくるでしょうけれど。』

「へぇ。」

人型から視線を外さないようにしながらクローゼットの前まで歩く。可愛らしい装飾のクローゼット。見慣れないそれの両開きの扉をゆっくりと開くと、チカチカとした何かが視界いっぱいに飛び込んできた。


どこの舞踏会に出かけるんですか、ってくらいに溢れかえるドレス達。無意識に「無理だわ」と呟いてしまった。

いや、可愛いとは思うんだけど。これ、まさか私のじゃないよね?もっと他にクローゼットとかないの?


部屋の中を再び見回して重いため息をつく。もっと、こうさ。馴染むような服っていうか。せめてもうちょい地味な服を所望してるんだけど。


『ヒヨリのお気に召しませんでしたか?』

「・・・・・いや、気に入るとかそういう問題じゃなくね?」

折角可愛いのに。とセルが不満そうな顔を見せる。こういう服はね、可愛い人たちが着てこそなんだよ。

いっそシーツでも巻きつけて出るか?と思案していた頃。


『ヒヨリっこれなんてどうです?』

ふわり、とセルが服を手に持って回ってみせる。地味目な黒色のスカートが華やかに広がる。

「・・・・・・それ、ステラの?」

『そうですわっ!』

それは所謂メイド服ってやつで。道理で見たことあるはずだわ。セルが出てきた方を見ると、この部屋と繋がっているもう1つの部屋から持ってきたらしい。


『ヒヨリは暫く熱に魘されていたんですの。だから専属侍女がすぐに駆けつけられるようにこの控え室を仮部屋としていたようです。』

ずっと、ついててくれたんだ。目を覚ました時にステラが見せてくれた、本当に嬉しそうな笑顔を思い出した。

セルに手渡された服をぎゅ、と握ってから小さく呟く。


「ありがとう。これ、ちょっと借りるね。」


ステラの格好を思い出しながら侍女用の服を身に着けていく。ステラにアドバイスされた髪型に整えながら、鏡の前に座る自分を見てみる。

この世界に、酷く馴染んでいて少し目を逸らしたくなった。


髪型なんて拘ることなかったから、やっぱり上手くまとめられないな。自分の不器用さを恨みながらそれっぽくまとめてみる。

『ヒヨリっちょっとくるりと回ってみてくださいな!』

セルの言葉にその場でくるりと回る。侍女服のスカートと重なった真っ白なエプロンがばさりと広がった。スカートなんて、制服ぐらいでしか履かないから、それは私にとっては凄く新鮮なことだった。

坂田家に入ってからは鹿乃かのさんがよく買い物に連れてってくれた。私のことをほんとの妹みたいに可愛がってくれる姉さん。和風な名前とは間反対な明るくて元気な女性だ。


『陽依はスカート似合うんだからもっと履きなさいっ!これは姉命令!』

過去に聞いた声を思い出して思わず笑みがこぼれた。


『ヒヨリっどこもおかしくありませんわ!これならオズ兄様の目も欺けるかもしれません・・・・・。』

何でそこで悲しそうな顔するんだか。欺けたらそれだけ、セルの目的は遂行できるじゃないか。犯人だって早く見つけられるかもしれないし。

まさか、まだセルは殺すのを戸惑っているのだろうか。


「セル。申し訳ないとか今更思わないでよ。私はもう覚悟なんてとっくに決めちゃってるんだから。」

『で、でもっ!やっぱり別の方法を考えましょう!』

「別の方法って?」

『一度ちゃんと、ちゃんと説得してみましょう!私のことを伝えてください!私がオズ兄様を止めたがっていると、私のことなんて忘れて幸せになって欲しいって・・・・・・!』


セルの必死な言葉に一応は頷いてみせる。オズワルドさんにこんなのが効くとは思えないけれど。

「でも、私の言葉をセルの言葉だって信じてくれないかもしれないよ。」

『そ、その時は・・・・、』

次の手段なんて考えていなかったのか、セルの瞳は新しい案を考えるように彷徨った。


オズワルドさんがそんなに簡単に自分の考えを簡単に曲げてくれるなんて思ってない。それこそ、セルは犯人をオズワルドさんより先に殺すことは最終手段にしたいみたいだけど、そう簡単に物事は進まないだろう。

私の手を汚させないように精一杯考えてくれるのは嬉しい。でも、私だって他に道が考えられない。

それに、今はオズワルドさんのことだけじゃなくて、この城に満ちる魔の空気もどうにかしなくちゃいけない。

一個ずつ片付けなきゃいけないことは分かってるけど、頭の中が段々とごちゃごちゃしてくる。


「魔の空気。セルの仇。オズワルドさんの説得。」

どれをするにも、まず部屋を出てからじゃないとどうにもならない。見た目的には王城に馴染めるだけの自信はある。まぁ、私がヘマをしなかったらの話だけど。


「やっぱり最初にするべきなのはこの王城の中を出来るだけ覚えることかな。魔の空気に清浄化については情報が少なすぎるし・・・・何か文献のある図書室とかないのかな。」

『ございますわよ。図書室。』

「え、あるの?」

『えぇ。場所はあまりよく覚えてないですけど。確かにあった気がしますわ。』


となると問題になるのはやっぱり、どうやって外に出るかと、どうやってそこまで辿り着くかということだろう。まぁ、魔の空気については早急に調べるとして。

セルの仇はどうしよう。て言っても私は犯人すら知らないしなぁ。セルは犯人のこと知ってるみたいだけど、犯人を殺すのは最終手段にしたいみたいだし。だとすると、自然とオズワルドさんの説得を先に片付けなきゃいけない。


「セル。オズワルドさんって普段どこに居るの?」

『オズ兄様ですか?うーん、たぶん魔術塔の赤の塔にいらっしゃると。』

「赤の塔?なにそれ。」

聞いたことのない単語だった。

『まぁ、オズ兄様に与えられた特別の私室みたいなものだと思っていただければいいのですわ。ただ、私室というには少々広すぎて、塔という名の通りのところですけれど。』

「え、ここってこんなに待遇良い仕事場なの!?塔ってひとりの魔術師に家を一軒あげるようなもんでしょ!?」

『いえいえ、オズ兄様が特別なのですわ。この国にはたった3人しか居ない最高位の魔術師様ですもの。ちなみに他のおふたりの魔術師様にも青と黄の塔が与えられておりますのよ。』

「し、信号・・・・!」


思わず漏れた言葉にセルに首を傾げられた。危ない危ない。ちょっと混乱しているみたいだ。一旦落ち着こう。

てか、やっぱオズワルドさんって結構偉い人だったんだ。いや、召還された場所に居た時点で予想すべきだったのかもしれないけど。王子様とも普通に会い慣れてるみたいだったし。うわー凄く無礼なことしかしてない気がする。これって死刑?死刑になっちゃうの?


『ヒヨリ?』

「・・・・うん、今一瞬人生の終わりが見えたわ。」

相当私の顔色が悪かったのか、セルが一生懸命気遣ってくれる。


少しだけ休憩してから、気を取り直してここから部屋を出るための方法を考えることにした。

目を一度閉じて意識しながら開くと、世界が金色の礫が浮遊する世界に姿を変える。それで見ても分かるように窓とドアの所にオズワルドさんの魔力であろう銀色の礫が集中している。おそらく結界を集中させたものなんだろう。


「ドアならず窓まで封じるとは・・・・・オズワルドさん絶対私のこと女だって思ってないよね。」

そこは油断して窓くらいは封じないでおきましょうよ。だってここ結構上の階だし。さすがに飛び降りるなんてこと・・・・・するけど。まぁ、時と場合によっては仕方なく。


うーん、と顎に手を当てて悩む。ちょっとだるくなってきた体を後ろの壁に縋らせながら首を捻る。

「なんかこう。ドアと窓以外の出入り口っていうか・・・・。所謂”隠し扉”的なものはないのかね。」


呟いた瞬間、セルが私を見て大きく目を見開いた。何か私に向かって叫ぼうとして、私の手を強く掴まれた。

私はというと、何が何だか分からないまま足元がまるでなくなったような浮遊感を感じて下を見る。

そこにはあるはずの床もなく、ただ私の影がスカートのおかげかいつもより大きめに広がっている。しかし、それはよくよく見ればただの影ではなく、最早影というより穴だった。


「お、ちるっ!」

最後に搾り出した言葉に、人型がこちらを振り返ろうとしているのがチラリと見えた。けれども、次の瞬間には私の手を掴んだままだったセルの体と一緒に、影で出来た黒い穴に急落下していった。

「うわ、!」

穴はそう深くはなくて、気づけば足が地面についていた。辺りには白い穴のようなものが所々に浮かんでいるだけで、他は暗闇に包まれている。

「セル、大丈夫?」

『わ、私は幽霊ですのでもちろん大丈夫ですけれど。』

セルが驚きを隠さずに辺りを見回している。これも、死神の力なんだろうか。


『ヒヨリ、上の穴を見てください。』

ちょうど、私達が落ちてきた方向に丸い穴が開いていた。けれどもそれはどんどん小さくなって最後には閉じてしまう。閉じる寸前に穴の向こうに見えたのは部屋の天井。そしてその穴が消えたということは、あれは元々私の足元にあった影だということだろうか。私が居なくなったため、影の穴は閉じた。

そう考えると、納得できる気もする。


「ってことは・・・・ここにある穴って、全部どこかの影と繋がってるの?」

もしかすると、これを通れば外に出れるかもしれない。

「セル、セルの知ってる所で人気の少ない場所の影を探して!」

うっかり王の間にでも出ちゃったら笑えないからね。出来るだけ人目を避けなきゃ。こんなの見られたらなんて言われるか。


『人気の少ない場所・・・・えぇっと、ここ辺りですわ。』

穴を覗き込みながらふよふよ浮かんでいたセルが1つの穴を指差す。

『この向こうは確か侍女寮でしたわ。今の時間は皆出払っていますから、恐らく誰も居ませんわ。』

何の影なのかは知らないけれど、そこそこ大きさもある。これなら問題なく通れるだろう。


「セル、行くよ。」

『はいですわ。』

今度はちゃんと手を掴んでからその影の穴に飛び込む。思わず目を瞑ってしまったけれど、次の瞬間には慣れた陽の光の中に放り出された。そこは建物の中ではなく、庭のようだった。庭と言っても芝生が生えているだけの庭で、これと言って綺麗に整えられているわけでもない。

ばさり、と背後で何かがはためく音がした。

『ベッドのシーツ・・・・ですわね。』

道理で大きな影だったわけだ。背後に広がっていた真っ白なシーツを見て、緊張して損したとため息を吐く。

『上手く出れましたわね。ここはきっと侍女寮の庭ですわね。ほら、あそこにヒヨリが着ているのと同じ奴もいっぱい干してありますし。』

セルの言うとおりだった。それに、やっぱり皆出払っているのか建物の中から足音は聞こえない。どこも人気がなかった。


「じゃ、オズワルドさんの居る赤の塔に行かないと。」

スカートについた芝生をぱんぱん払って立ち上がる。


ふと、

「そこで何をしているのです?」

思いがけない人の声がした。

振り返ると、私と同じ服を着て胸元にバッチを着けた女性が怪訝そうな顔をして私を見ていた。後ろで留められている髪の毛は真っ白で、かなり年配に見える。けれどもしゃんと姿勢を伸ばしたその姿からは年齢を窺うことは出来なかった。


「あ、えっと。私」

誤魔化す言葉が見つからずに視線を泳がせる私に、その人はふと何かに気づいたような顔をした。やばい、ばれたか。視界に入っていたセルの体が、私と同じような硬直したのが分かった。もう一度影に飛び込もうと身構えた時、その人は納得したような顔で言った。


「あぁ、新人侍女でしたか。シーツの洗濯は終わりましたか?」

「え、あぁっはい!!」

とりあえずコクコクと頷いておく。するとその人は着いてきなさい、と言って歩き出した。

「まだ城内を歩くにも不慣れでしょうから、掃除の担当場所を説明しておきましょう。」

「は、はいっ!」

なんだか思いがけず良い方向に進んでる。ちょうど城内のことも把握しておきたいと思ってたとこだったし。まるでカルガモのごとくその人の後ろを歩いていると、私と同じ制服に青いリボンを着けた女性が前から歩いてきた。


私の前を歩いていたその人を見つけると、パタパタと急ぎ足で駆け寄ってきてから一度礼をする。

「侍女長様、青の塔の清掃が終わりました。」

え、侍女長?

「そうですか。でしたら黄の塔を手伝いに行ってもらえます?あそこはいつも時間がかかりますからね。」

その会話を聞いて、赤の塔は?と耳を済ませる。結局のところ赤の塔の話はなく、そのまま女性は急いでどこかに駆けていった。

てか、この人侍女長だったんだ。年配だとは思ってたけど、ここまで偉い人物だったとは。きっと私の顔に見覚えがなかったから、新人だと判断したんだろう。


「城に入る前にも気づくと思いますが、この城はとても広い上に敷地内には色んな区画があります。」

「・・・えっと、さっきの塔のことですか?」

「えぇ、それが最も大きな例かしらね。他には王族の住む区画と政が行われる区画・・・他にも細かく区切ればキリがありませんの。」

そういいながらも、侍女長は迷い無く廊下を右へ曲がったり左へ曲がったりする。さすが、慣れてるだけはある。

この後も侍女長は分かりやすく区画の説明をしてくれた。入ってはいけないところとか、警備兵が居るところとか。ここまで詳しく説明をする必要性があるのか、と疑問に思ったが、その疑問が解決したのはほぼ全てを紹介し終わった頃だった。



「侍女長・・・・最初から気づいてましたよね?」

「ふふふ、そりゃまぁ侍女長ですもの。」

おかしそうに笑みを零した侍女長が私の言葉を認める。

そう、つまりは最初からばれてたわけだ。

侍女長が侍女達の顔を全く覚えていないなんてわけもなく。私は異世界から来た来客としてとっくにばれていた。そして、その上で私に城内を案内してくれていたのだろう。警備兵のことまで説明してくれたのは、あまりひとりで出歩いて無茶をしすぎるなと釘を刺されたということだろうか。


真っ赤な炎の紋章がついた塔の扉の前で、私達は互いに向き合った。

侍女長は最初の厳しそうな顔はどこへやら。今は悪戯の成功した子供のように無邪気に笑っている。

「まぁ言うまでもないでしょうけれど、ここが貴女の行きたがっていた赤の塔です。」

「・・・・いつから赤の塔が目的地だと?」

「塔の話が出るたびに顔色が変わってましたし、赤の塔の話だとより真剣な顔をしてらっしゃったので。」

だめだなぁ。全部顔に出てるじゃん。


「といっても、ステラをあまり心配させるものではありませんよ。あの子が初めて出した希望でしたから、専属侍女にと致しましたが。主がこれでは初めて専属侍女になったステラには荷が重いですわね。」

「それはステラには悪いことをしましたね・・・・・帰ったらちゃんと謝っておきます。それにこれからはちゃんとステラに報告してから動きますし、ここは少し大目に見てもらえません?」

両手をぱんっとあわせて侍女長の顔を見上げてみる。侍女長は少ししてから顔をまた笑みに崩したあと、「今回だけですからね。」と小さく呟いて赤の塔の扉を開けてくれた。


暫く何も話さなかったセルが、侍女長を振り返りながら少し手を振っていた。

『案外優しそうな方でしたわね。』

「うん、最初に会ったのが侍女長でほんとに助かったよ。」

小さな声で言葉を交わしてくすくすと笑った。


『オズ兄様の部屋はこの塔の一番上ですわ。』

「さっすがー」

『この塔はオズ兄様の持ち物みたいなものですもの!』

えっへん、と自慢げに胸を張ってみせるセルは、嬉しそうに笑みを零しながら階段までふわふわと飛んでいく。

まぁ・・・・セルはまだ浮かべるからいいけど、私こっからも歩きですよね。

侍女長の案内で少し足が疲れているとはいえ、目的地を前にして四の五の言っては居られない。


「行きますか。」

若干疲れてきた足首をくるくると回して、私はセルの後を追いかけ始めた。

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