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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
18/65

手を汚すこと

更新不定期になって申し訳ありません。

読んでくださる読者様、本当にありがとうございます。

「今度こそ大人しく寝てろよ!」


ビシィッ、と音が出そうなくらいオズワルドさんは私を指差した。

あれから私はオズワルドさんの有無を言わさない強引さで部屋まで戻され、ベッドの中に突っ込まれた。怪我人だって分かってるならもう少し慎重に扱ってくれてもいいと思うんだけど。

不機嫌を顔全体から押し出していた私にオズワルドさんがピッと指を向ける。ちゃんと寝てろってことですよね、はい分かってますとも。


はぁ、と重々しいため息が布団にもぐりこんだ私に届く。人って焦るとあんなに顔の原型崩れるんだなぁ、なんて思った。といっても、トキといいオズワルドさんといい、元々顔が良い人はどんな顔をしたってそんなに変にはならない。

ずるいと思う。



ベッドから目だけ出してオズワルドさんを見つめていると、オズワルドさんが片手を目の前に突き出す。


「汝、この檻を守る者。許可無き者を通さぬ檻を。許可無き者を出さぬ檻を。」


オズワルドさんの足元に魔方陣が浮かび上がったかと思えば、そこからのそりと何かが起き上がる。人の形をしたそれはよろよろとした足取りでオズワルドさんの前に跪いた。

これも何かの魔法なんだろうか。トキがこういうのを使うのは見たことがなかったけど。


ふぅ、と一呼吸置くオズワルドさんの声が聞こえてから扉がガチャリと音をたてて閉まった。その途端に部屋の中の魔力が扉や窓に集中してピタリと動かなくなったのが目に入る。


『結界をかけられたようですね。』

ステラすらも居ないこの部屋で、私ではない人の声が響いた。ベッドのすぐ傍の椅子に腰掛けた少女は扉と窓に目をやってからそう呟くように言った。深い青い目はどこまでも見通すように部屋全体を見渡した後、最後に私を見た。


「改めて。はじめましてだね。」

もう、逃げないと決めたから。

もぐりこんでいた布団からもそもそと起き上がる。今にも鳥肌が立ちそうだ。

『・・・申し訳ありません。先ほどは驚かせてしまったようで、その、・・・私のような曖昧な存在ですと、人と話せるような機会はめったになくて。・・・ちょっと、はしゃいでしまいました。』

困ったようなその照れた笑いは可愛らしくて。でもその肌は白を通りこした青白さをしていて、彼女がもう生きてはいないということを証明している。


『気持ち、悪いですよね・・・・。こんな曖昧な、存在。』


本人自身までもが戸惑うようなその言葉。笑おうとしてどこかの表情筋を使い間違えたような失敗した顔。本当は、今にも泣き出しそうなのに。

ふいにこっちまでが泣き出しそうな感情に囚われそうになって、手を強く握る。


「気持ち悪くない。私。私はね、あなたが怖いんじゃない。」

そう、きっと。それはずっと前から分かってたことだった。

幽霊を見る機会は今まででも何回かあって。それでもそんな時はトキがすぐに処理してくれてて。だから、そういうことなんだ。


「私ね、大切な人が私の隣に居ないことを認識するのが、・・・・・怖い、」

幽霊が私の目の前に居続けるってことは、私が本当に独りぼっちになったのと同じことだと、錯覚してしまうんだ。

それが、きっと私が、一番恐れていたことだったんだ。


「でも。もう、大丈夫だよ。」

『え、でも、怖いって』

もう、知ってるから。


「ここにトキは居ないって、私ちゃんと知ってるんだよ。」

へへ、と笑ってみせると少女は首を傾げてしまった。

「ちゃんと知ってるから。だから、ちゃんと現実を見れるよ。あなたのことだって怖くない。だって、きっとあなたは私に害を加えないでしょう?そういう人にはトキだって手を出さないんだよ。だから、私は怖くないんだ。」


トキは居ないけど。でも、怖くないんだよ。

何を言ってるのか自分でもよく分からないけど。でも、怖くない。もう震えも止まってる。


『そ、そんなわけないですっ!そんなのただの自分を納得させるための嘘じゃないですかっ!!奇麗事なんていらないです!怖いなら怖いって言えばいい!でも、私だって!「怖くないよ。」


「私の言葉が納得させるための嘘だと思うならそう思えば良い。実際私だってそう思う。でも、今くらいはそれに縋らせて。」


でないと、私はここから


「前に進めない。進みたいんだ。もう、足踏みだけをするのは疲れたんだ。」


傷つけたかもしれない。こんなの、本当は怖いって言ってるも同然なんだから。相手の思考を錯乱させるためのただの嘘、本当は、私が幽霊を怖い理由はまだ他にあるのかもしれなくて、それにはもっともっと深い理由があるのかもしれなくて。


だけど私は、今はそれを知らなくてもいいと思うから。


”あなた様ならきっと出来ますぞ”


頭の奥で何かがチリチリと音をたてて焼けそうな気がした。思い出さなくても良い何かが喉の奥から競りあがってきそうで、私は無意識に息を止めていた。


今は、まだいい。


それを言ったのが誰だったのか、とか。その言葉は誰に向けられたものだったのか、とか。今は知らなくていいから。

『ヒヨリさん?』

さっきまでの剣幕が嘘のように、少女は私を覗き込む。その心配げな深い青い目が私を見つめて泣きそうになる。


あれ、この目を。

私は知っている。


「・・・・お、ずわるどさん?」

少女の肩がビクリと震えた。さっき私を助けた時の、あのオズワルドさんの心配そうな瞳に、少女の瞳は瓜二つだった。


『・・・・・申し遅れました。』

ガタリと音をたてて少女が椅子を立ち上がった。綺麗に背筋を伸ばすとスカートの裾を少しだけつまんでみせる。



『セルフィ=ライリー=ウォーベックと申します。』

”・・・・・・・オズワルド=ライリー=ウォーベック。18。”


そう遠くない日に、私はこれと同じ自己紹介を聞いていた。それは私が彼にお願いしたもので、それは彼が私に返した返事で。

よく長い名前を自分の中にとどめていたものだと、少しだけ自分の記憶力に驚く。


『オズワルドは、私の兄でございます。』


オズワルドさんは、妹が居たんだ。

もう、この世にはいないけれど。


「待って、え、オズワルドさんの妹って、なんで、」

幽霊なの?

その最後の一言が言えずに私は黙り込む。それを聞くことは、彼女がなぜ死んだのかを聞くことも同じことなんだ。そんなこと、さらっと聞けるわけないじゃないか。


『・・・・・私のことはお好きにお呼びになってください。あ、できたら”セル”とお呼びしてくださいな!お友達が出来たら、ずっとそう呼んでほしかったのですわ!』

「じゃ、じゃあ。・・・・セルさん。」

『セルですわ。』

「せ、セルちゃん。」

『セルですわ。』

「・・・・・・・・・・・セル。私のこともヒヨリって呼んで構わないから。」

『はい!ヒヨリっ!』


セルの迷いの無い笑顔と言葉に押されて結局流されてしまった。早く慣れよう。

小さな声でセルと繰り返し呟いてみる。呼び捨てで呼ぶっていうのは、やっぱり新鮮な感覚がするもんだ。


セルが再び椅子に腰掛けたところで、私は一番聞きたかったことを思い出した。それは私が前に進めない原因かもしれないもので、それは、おそらくとてつもなく重要なことだ。


「ねぇ、セル・・・・空気が重いって、どういうこと?」


セルの顔つきがさっきよりも真剣になった気がした。


『この世界は、知っておられるかもしれませんが、魔の空気を浄化することのできないあまり類を見ない国なのです。外の異世界のことはよく知りませんが、そういうものは珍しいとここに来た方々は言っておられました。』


それはたしかトキから聞いたことがあった。といっても、私が元居た世界というのは結構色んな世界の中でも魔の空気が浄化されやすい世界だったみたいで、この世界のように聖女様を呼ぶなんてことは全くなかった。私もなぜだか幼い頃からそれを見ることができたけど、それは特に害を与えるでもなくただ浮かんでいるだけの存在だ。


『魔というのは増えれば増えるだけ人に害をなし始めます。直接的な害ではないですけれど、空気が心なしか重くなり人間関係においてトラブルが起こりやすいと聞いております。それは結果的に戦争の火種になったり、犯罪を犯すきっかけになったりしてしまうのです。』


私が上手く言葉を出せないのは人にあまり慣れてないから、って気もするけどなぁ。でも、王子やオズワルドさんの何かもの言いたげなさっきの顔を見た今なら、確かに魔はこの世界に害をなし始めているのかもしれない。

だとすると、なぜ今日になってここまで空気が重くなったんだろう。この世界が魔を浄化できない世界だってことは分かってるけどさ、この世界に召還されたばかりの頃は私に見える限り魔は多かったけれど、今ほどではなかった気がする。


『・・・魔の空気は、私のような曖昧な存在に集まるのです。』

「え?」


『死んでいるのに、天に逝くことはなく未練故にこの世界に留まり続ける。ただ、1人や2人では魔がそこまであつまることはありません。・・・・・・・けれど、つい最近この城で多くの人間が死にました。』

ピタリと当てはまる事柄が、私の中にひとつだけあった。


アデレイド。


『人間に非があったとはいえ、多くの兵士が死んでいきました。その死はあまりにも一瞬過ぎて、きっと誰もが自分の死を認めることができなかったのでしょうね。愛しい人に会いたくて、まだしたいことがたくさんあって・・・・・だから、今この城には魔を集めてしまうくらいの曖昧な存在が溢れかえっているのです。』

「・・・・・・それが、空気が重い原因なの?」


コクリと深刻そうにうなずいたセルだけど、私にはいまいちその話が分からない。

魔の空気が溢れてるのは分かるけどさ、それって浄化できるんだよね?


「でもさ、その空気が重いのは雛ちゃんが居ればどうにかなるんだよね?」

だって、雛ちゃんはそのためにここに召還された聖女様だ。

まさにこれこそが正解だと口を開いた私に、セルは悲しげに首を振った。


『あの方は確かに聖女様です・・・けれど、まだ聖女様としては幼すぎるのです。』

「幼い?」

『力の使い方も分からないですし、今はまだ修行に入ったばかりです。』


じゃあ、いったいどうすればいいっていうの。

これ以外に私は道なんて見つからなくて、何か言おうと思ったけど結局開いた中途半端な口は閉じてしまった。


『解決法が、ないわけではありません。』

「そ、それは?」


『・・・・・あなたが、霊送りを行うことです。』


・・・・・・・はい?え、なんですかそれ。私ちっとも聞いたこと無いんですけど。まさか聖女様の仕事の端くれがこっちに回ってくるなんて思ってなかったんですけど。


『あなたが死神様と契約していることは知っています。それは愛し子契約と呼ばれていて、本来神様が気に入った人間に加護を与えるものなんです。・・・・だから、あなたは死神様と同じ、人を天まで送る能力があるのです。』

「え、ちょ、待って!よく分かんないんだけど!私そんなのエリオスから聞いてない!」

『きっと、力と同じで必然的に分かるものですよ。』


え、ちょっと。今まで詳しそうに話してたけどその口ぶり的にセルもやり方知らないんだよね?え?それってまずくないですか。このまま空気が重いままとか一番ダメだよね?


「お、おーい!エリオス!霊送りってなに!?聞こえるー?」

手で小さくメガホンを作ってエリオスに念を送る。


『はいはい、聞こえていますよ。』

「・・・・なんですか、そのあきれた様な笑いをこらえたような声は。」

『いえいえ何も。』

エリオスの心地良い声が頭の中に響いて、なんだか少し安心する。


『霊送りというのはですね、本来の私の仕事です。ま、鎌でばっさばっさやる奴ですね。』

「え、私鎌とかないけど。」

『・・・・・・ヒヨリは鎌ではなく別の方法の霊送りが使えるでしょう。』

「それって?」

『いや、私も知りませんけど。』


はい?


『いやーなんせここ数千年人と契約なんてしたことがなかったもので、やり方はとんと忘れてしまいました。ただ、鎌ではなかった気がします。はい、鎌じゃなくて・・・・やっぱり思い出せません。』

あっはっはと笑い出したガイコツが頭の奥に浮かんでぶん殴りたくなりました。


『まぁ、力と要領はおなじです。力を意識しつつやるんじゃないですかね?たぶん。あ、ちなみに私今あなたの居る国の間反対側まで出張してるんで、生憎そっちまで手が伸びないんですよ。そこんとこ、よろしくお願いしますね。』

「まじですか。」

『まじですね。』


エリオスの帰りを待つか。自分で霊送りの方法を見つけるか。


どちらも中々難しいことではある。

エリオスの帰りを待つっていうのも、エリオスが帰るのにどのくらいかかるのか分からないし。でも、間反対っていうくらいだから、帰ってくるのにそれなりに時間のかかる場所なんだろう。

次に自分で霊送りの方法を見つけるってことだけど。これはかなりいちかばちかって感じだな。死神の力の使い方が分かったのだって土壇場だったし、中々上手くいくとは思えない。でも、私が出来ることといったらこれしかないわけだし・・・・・・


「頑張りますか。」


ま、こうなるとは薄々思っては居たけど。


「第一難関は・・・・この部屋を出ることかな。」


そう思いながら、私はふとセルの顔を見つめた。そういえば、まだセルに聞いていないことがあった。


「それで、セルはこの情報の代わりに何の対価を望むの?」


私の言葉にセルが目を見開いたのが分かった。私は、これでも取引には聡い方だと思うし、何の思惑もなく協力してくれるなんてそんなこと思ってないし。セルにも何かしらの願いがあって私に声をかけたのだろう。

セルは一瞬ためらったようだったけど、やっぱり口を開いた。


『私は、5年前に殺されてしまいました。』


殺された。

それはつまり誰かがセルの命を奪ったという意味で。

それはつまりオズワルドさんがそんな納得のいかないような方法で妹を奪われたという意味で。



『私は、幼い頃から体が弱かったのですよ。ずっと家の中で、お友達だっていなくて、だから・・・・・私の世界はオズ兄様だったのです。オズ兄様のお話が、私の世界を構築する全てでした。』


懐かしそうに目を細める彼女は、自分が死んだことなど少しも苦に思ってないような顔で話を続けて見せた。


『けれどある日。私はある人物に殺されてしまった。オズ兄様はそれから、おかしく、・・・・狂ってしまったんです。私を殺した人をただただ探し続けてた。魔法を覚えたのも、この国の高い地位についたのも、全部・・・・・。犯人を見つけて、殺すためなのです。』


あんなに優しく笑う人の生きる目的が、妹の仇を討つこと。

そんな悲しいことが、あっていいのだろうか。私の考えていることをまったく当てたかのように、セルは目を伏せて首を振る。


『止めてください。オズ兄様を。私は、もう耐えられない。私のお墓に来て仇を討つ話しかしないオズ兄様にもっ!こんな何も出来ない自分にも耐えれないっ!』


ぎゅ、と白い握り締められた手がさらに白さを増した。

止めたい。そう一言にしてもその方法とはさまざまなものだ。けれども会ってからそう時間の経ってない私でも分かるように、オズワルドさんはかなりの頑固だ。そうそう自分の意見を曲げたりはしないだろうから、きっと私がやめるように話しても聞いてはくれないだろう。

セルが5年前に死んでから、一度も捻じ曲げたことの無いその願い。それが異世界から突然来たぽっと出の私に止められるなんて思ってない。不可能なのは目に見えている。


だからつまり、セルが私に頼みたいことっていうのは。

オズワルドさんを”止めて欲しい”というよりも”彼の手を汚さないで欲しい”という意味なのだろう。


まぁ、そういうことだ。


「・・・セルは、オズワルドさんが手を汚す前に、私に犯人を殺して欲しい?」


これがきっと、セルが願うこと。

私の影の力を使えば、人を殺すことなんてきっと簡単だ。私なら誰にもばれずにこの仕事を成し遂げられるだろう。でも、その後に残されるものはどうする?


人を殺してしまったという事実を、私は背負っていける?


セルは何も言葉を返さないけど、その口は何かを言おうとしてはまた閉じてしまった。否定はしないらしい。これを引き受けるか否か、そんなの決まってる。

「選択肢なんて、とっくにないクセに。」

乾いた笑いが口から零れる。オズワルドさんにはいっぱいお世話になってて。だからこそ彼がそんな悲壮な人生を歩むことなんてしてほしくなくて。

そのためなら、私はきっと自分の手を汚すことにも大して抵抗がないのだろう。


『・・・・・もう私の声が聞こえる人なんてここには居ないんです・・・・私にとってこれが最後のチャンスなんです!だから、どうかッ・・・・・・・お願い、しますっ!』


「うん、いいよ。」


間髪居れずに返した私にセルが涙を浮かべた目で見返す。オズワルドさんには幸せになって欲しいんだ。そんな人生を、送って欲しくないんだ。

セルが兄であるオズワルドさんを慕うように、私だってオズワルドさんのことは慕ってる。兄が居ればこんな感じなのかな、ってちょっと思ったりもした。


そんな人だから。そんなオズワルドさんだから。私はきっと救おうと思える。


「ごめん。エリオス。あなたの大切な力を、汚いことに使わせてもらうよ。」


『それをヒヨリが正しいと思うことなら、それはきっと正しいことでしょう。私はあなたが何をしてもどんなヒヨリになっても。ずっと傍に居ましょう。私の大切な愛し子よ。』


頭の奥でエリオスの落ち着いた声が響く。その途端に胸の中に何か小さな温かいものが落ちてきた気配がした。うん、きっと大丈夫だ。それは私の妄想とかではなく、エリオスが傍に居てくれるといった言葉と違いはないのだろう。



『ヒヨリ・・・、私は、・・・・・あなたには、酷いことを、頼んでるってちゃんと分かってて・・・!でも、もう、』

「うん、分かってるよ。」


人のためになることなら、って元の世界でもボランティアとかは積極的にやってきたと思う。でも、その中でもちろん人を殺したことなんてなかったし、犯罪を犯したこともなかった。比較的平和な私の世界の中で、私が手を汚すことなんてなかった。


そりゃ、トキと世界を渡ったときに武器くらいは持たされた。ずっしりとした重みのある片手剣で、かなりものはいいようだった。けれども、トキの強さから分かるようにそれはもしもの時のためで、私がそれを振り回して戦うなんてことはありえなかった。


この国には兵士がいる。軍隊がある。だから、私の居る世界と多少なりとも常識はちがうのだろう。でも、セルが涙を零して許しを乞うくらいには、人を殺すことは楽なことではないのだろう。


「私、オズワルドさん好きだよ。大切だよ。初めてこの世界で、エリオス以外で味方だって思えた人だから。」

だから、見捨てないよ。セルの願いを叶えるよ。霊送りだってなんだって、やってやろうじゃん。


「ま、そのためには少々の休憩がいるねー目だった怪我はないみたいだけど、やっぱり筋肉痛で体がミシミシするよ。ちょっとだけ寝るから、その後一緒に作戦でも考えよう。セル。そうしよう?」

『ヒ、ヨリ・・・・』


セルに次の言葉を言わせない内に布団にもぐりこむ。

ちょっとでもいいから、寝てしまおう。できたら、ちょっとでもいいからトキの夢を見せて欲しい。胸を張って元の世界に戻れなくなるかもしれないけど。大切なものを守る勇気を、どうか私に分けて欲しい。


「おやすみ。」




『な、で・・・・っ何で、そんなに優しいんですかっ!何で!?頼むなら、もっと・・・・最低な、人殺しなんて厭わない人が、良かったのにッ・・・・・!』


数分といわずに寝息を立て始めた私の横でセルが泣いていたことなど、私は知る由もない。

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