それが前へ進む機会なら
2度ほど瞬きをした後、横になった姿勢のままじっくりと目の前の少女を見つめた。急に何も話さず固まった私にステラが首を傾けている。そんな彼女の真後ろには少女がふわふわと宙に浮いているというのに、彼女は動じもしていない。
わたしの耳が音を拾った時点で、人ではないものの可能性も頭の中には入れてはいたけれど。実際に見ればそれは随分と私の心を揺るがすもののようで。
私は何も見てない見てない見てない。そう、ほんと見えてないから。お辞儀するときにつままれたドレスのスカートの下にあるはずの”足”がないのなんて見えてないから。
優雅なレディなら足を見せないのは基本なのかもしれないけど、この少女に至っては靴の先すら見えない。しかも宙に浮いている。これって、さ。
幽霊というやつなんじゃないですよねまさか。
すぅ、と足の先の感覚がなくなって喉から変な音がした。
『あら。声が聞こえてないのかしら?』
首をかしげた少女はふわりふわりと私に近づいてくる。喉がたった今まで縛り付けられていたように息を吸い込むのを真っ白になりかけた頭の中で理解した、その直後。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」
女らしさのカケラもない私の悲鳴が部屋に響き、ステラが食器を落としそうになってガチャガチャと音をたてた。
「ヒヨリ様!?」
ステラの驚きの声が耳に入るのが遅いか早いか、私はすぐさまベッドの布団を跳ね除けた。
幽霊を見たのはこれが初めてでないことは分かっている。あのドラゴンの子だって二度目にあった時は幽霊といわれる部類だった。しかし。ドラゴンの幽霊と人の幽霊というものはやはり違うもので。私の心に動揺を与えるのには十分だった。
『化物は大丈夫なのに何で幽霊がダメなんだか。』
異世界で呆れた目で私を見たトキが懐かしい。でもダメなものはダメなんだ。
布団を跳ね除けた勢いのまま私はステラの横を走りぬける。いつの間に着替えさせられたのか、ネグリジェのようなそれを着たままベッドからも見えていた扉を突き破る勢いで開ける。
『あらまぁ!おいかけっこですわねっ?』
違う!
クスクスと可愛らしい笑い声が背後から不気味に響く。それでも私は後ろを振り返らずに扉の外へと素足で駆け出した。なんだか振り返ったらもう一歩も動けないような気がして、ひたすら前だけ向いて走った。
異世界には魔物が居る世界も多くあった。その中で幽霊に近いゴーストという魔物に近いものに会ったこともある。けどそれを視界の内に入れるのもほんの一瞬で、たいていはすぐにトキの掌や背中が私の目を隠して速やかに処理される。つまり私は幽霊を5秒も直視したこともないわけで。
『捕まえますわよっ!』
きゃっきゃっと楽しそうな幽霊さんに立ち向かえる気は、とてもじゃないけどしないのです。
ここに私を守ってくれるトキはいない。幽霊を追い払ってくれるトキはいない。自分でどうにかしたいけれど、出来る気もしない。
「ぃ、や・・・・ッ!」
恐怖のあまり固まった喉からは声も出ない。
足の先が冷たさでじんじんと痛みを放ち始めたけれど、止まることなく廊下を走り続けた。辺りから侍女達の驚きの声が響き始め、所々に居る騎士達も私が必死の形相で走る姿を唖然と見つめる。
運動神経と体力だけには自信のあった私の足がもつれはじめる頃。その声はやけに近い背後で響いた。
『捕まえましたわぁっ!』
楽しげな声と一緒にひんやりとしたか細い手が私の頭の後ろから伸びる。そのまま抱きつかれるようにして首元に回された腕。ありえないくらいに白いそれは白を通り越して最早青い。
「ひっ」
小さく悲鳴が漏れたけれど幽霊はそんなことも気にせず私をぎゅ、っと抱きしめてみせる。なんで幽霊に触れられるんだ、とか。テンションの高い幽霊が飛び回るせいで私の足が床から浮いてるんですけど、とか。色々叫びたいのに声は出てくれない。それどころか首が絞まってどんどん息すらし辛くなってきた。
生理的に浮かんだ涙でどんどん目の前が霞んでいく。
人がどんどん集まってきて私の様子のおかしさに気づいたらしいくざわめきが聞こえてきた。それより助けてよ、って感じだけど誰にも幽霊の姿は見えてないらしくて誰も私を助けてくれない。
ほんとに意識が途切れそうになった直前。もうだめだと、諦めそうになった直前。
何か風のようなものが私の横を駆け抜けたかと思うと、首周りの力がふっと弱くなって体がそのまま下に落ちる。床の痛みよりも先に誰かの腕が私を受け止めて、私はその誰かの腕の中でけほけほと咳き込んだ。
酸素を肺いっぱいに詰め込みながら、霞んだ視界の中で助けてくれたその誰かに目を凝らした。
「ッけほ、だ、・・・だ、れ?」
「私だ。第一王子のアシルだ。」
アシル。そういや王子の名前はそんなだったっけ?でも、やっぱりトキではないんだね。
薄々気づいてたことだけどちょっと落胆して、それから少し冷静になった。ここは異世界であることを再認識して、深く深呼吸した。
「王子は、あれ、・・・見えるのですか?」
「そうだな。皇族は大昔の聖女様の血をついでるらしくてな。まれに私のように幼い頃からああいうものが見えるのだが・・・・・・・君も見えるのか?」
「私は・・・あれです。突然変異で見えるんです。この世界に来てからですね。」
死神と契約したから見えた可能性が高いとか言えねー。別の世界に行った時にゴーストは見えてたけど、それは幽霊じゃなくてただの魔物の類みたいなものだったし。それに元の世界でもこの類を見たことはなかったと思う。それにこの幽霊は何かが違う。触れることはできるけど意思ははっきりしてるみたいだし、その点怨恨を稼動力にしている意思のないゾンビみたいなゴーストとは何かが違う。
といっても、この世界のゴーストがどんなものかなんて分からないけれど。
「あれはただ漂ってるだけの無害なものだが、見える人間にはとことん付きまとう奴も居てな。私も昔はあれに悩まされた。」
「・・・・・付きまとうのをやめさせる方法は?」
「・・・・・ひたすら無視して逃げ回ること、とか?」
その言葉を王子が呟いた瞬間私の中で誰かがご愁傷様ですと呟いた。いや、まだ終わってないから。
そう思いながら王子と一緒に私を追い掛け回していた幽霊を見つめる。
『どうして盗るのよっ・・・・!お友達が見つかったと思ったのに!返して!!』
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませた幽霊は涙目で王子を睨みつけている。
「アシル王子。私先ほどから腰が抜けてます。気づいてますか?」
「あぁ。力があまりに抜けているのでそうではないかと思ってはいた。」
「・・・・・・・アシル王子。体力と腕力に自信はおありでしょうか?」
「これでも軍に所属していた時期もあったからな。その点は心配ないぞ。」
『なんですのっ!?2人して私を無視するんですの!?もうっ怒りましたわ!』
初めて見たときに僅かに見えた妖艶さなどどこかに吹っ飛び、幽霊は私達2人を睨みつけていた。まぁそこに感じるのは愛らしさだけで恐怖ではないのだけど、私にとっては幽霊という存在自体が恐ろしいものなのでそんなものは関係ない。
とにかく、怖い。
それが何でなのかは分からないけれど。でも怖いんだ。見た瞬間に体が竦んで動かなくなるくらいに。
「王子っ走ってください!」
「あぁ!」
そう王子が言って私の体を抱きとめた形のまま持ち上げた瞬間、幽霊は怒りを燃やしながらこちらに突進してくる。その速さに負けないくらいの良いスタートダッシュをきって王子は走り出す。
恥ずかしさなんてものはどこかに吹っ飛んで、私は所謂”お姫様抱っこ”で王子の肩をしっかりと掴みながら舌を噛まないように口を閉じていた。
『お待ちなさいっ!』
追いかけてくる幽霊は王子にも見えているはずなのに、王子は思いのほか冷静だった。まぁ、ここは王子にとっては勝手知ったる我が家のような城だ。幽霊を撒くことだって幼いころから見えていた王子ならしていたことだろう。
迷ってしまいそうな廊下の曲がり角を何度も曲がり走り回る。けれども途中途中で置いてある絵や装飾品を確認し、今自分がどこに居るかもきちんと理解している。その冷静な判断力には中々関心させられるものもある。
それでも、だんだんと息が荒くなってきた王子。やはり人の体力というものは無限ではないのだ。誰にだって限界というものはあるし王子も大分持ちこたえてくれたけどやっぱり限界みたいだ。
けれども私だって王子に抱えられている間何もしなかったわけではない。見たくもない幽霊を見つめ続けることで、足を見なければただの人に見えるくらいには慣れることだって出来たし。いつの間にか抜けていた腰も元に戻せた。
この戦況をひっくり返す準備は整ったというわけだ。
「おーじ。」
「なんだ?」
「お疲れです。もーいいです。」
王子が思わず私の言葉に立ち止まる。やっとまともに口を動かせるようになったと安心して、一番伝えたかった言葉を口にする。あなたを凄く驚かせてしまうかもしれないけれど。
「ありがとう。」
やっぱり頼りきりというのはどうも、私の性に合わないものだから。
ぶわり、と風が私達の傍を駆け抜けていく。
「それは、どういう―――――」
追求する王子の声から逃げるように死神の力を僅かに発動させて王子の手を緩めさせる。途端に王子は顔を顰めてしまったけどにっこり笑って誤魔化す。
背中を強く壁にぶつけてしまうかもしれないから、怪我をしないといいけれど。
天井の隅から伸ばした影の帯を王子の背中と私の背中にくっつけると、王子の胸をトンと押した。
といっても”押した”というのは大分可愛い表現だ。押した力は確かに弱かったかもしれないが、実際は影の力も加わってほぼ吹っ飛んだに近い飛び方だ。
普通に考えたらちょっと押しただけで互いが間反対に吹っ飛ぶなんてありえないけど。記憶が上手く曖昧になってくれますように。私はちょうど王子と間反対に飛びながら心の中で作戦が上手く行くように願った。
王子の大きな動揺で、記憶が曖昧になりますように。
「おいっ馬鹿!そっちはっ―――」
多いに動揺した王子の顔をみつめて上手くいったと笑う。
王子は焦ってなにやら叫んでいたけど王子の言葉を私は最後まで聞くことは無かった。風が私の髪の毛を巻き上げていく。
ついさっき気づいたことだけれど、ここの廊下の大きな窓が1つ開いていた。もしかしたら侍女が掃除をしていたのかもしれないし、換気でもしていたのかもしれない。とにかくそれは私くらいの1人の女が通るには十分すぎるくらいの大きさで、廊下に冷たい風を運んでいた。
そこを王子と間反対に吹っ飛ぶ私の体は易々と潜り抜ける。
私と王子の間に突っ込んできた幽霊は何も捕まえられなかったことに呆然としている。
これが私の考える、最善の逃げ方なんだ。
逃げて。そういう思いを込めて王子に手を振ってみせる。
王子が窓から落ちていく私を見て目を見開くのが見えた。軽く笑みを零してみせる私が不思議でならないのだろうか。
けれども私だって何も考えずにこんな無謀なことをしているわけではない。一応窓の高さだって外の景色から粗方見当はついている。いいとこいっても2階か3階くらい。頑張れば私の運動神経で飛び降りることも可能なんじゃないかってことも考えてた。ま、死にたくはないし最悪の場合は死神の影の力を即座に使うつもりだけど。
私にとって今目の前にいる幽霊こそが不安や恐怖の対象であり、その対象が私の視界から消えてくれるのであれば、たとえ窓から落ちてしまうことであろうと安心できることなのである。
外に投げ出された私の体が落下をはじめ、王子の姿が私の視界から消えてしまう直前。
「ヒヨリ殿!!」
あまりにも真っ青な顔で、慌てたように窓の方へと駆け寄ろうとする王子。
でも、”殿”って。
あまり元の世界では聞かない言い方だなーなんて考えて思わず笑ってしまう。それに、初めて名前を呼んでくれたということも私の心を躍らせていた。
王子はほとんど見えなくなってしまったけれど、お腹から声を出す。
「アシルさんっ!」
幽霊にばれないといいけど。なんて心配をしていると、アシルさんの驚いたように目を見開く姿だけが見えた。あ、やっぱりさん付けっていうのはまずかったかな。一応王子様ではあるんだし様付けの方が良かったかもしれない。
今更自分の選択しに悶えながら、私は落下の嫌な浮遊感を感じた。
空に広がる見覚えのない真っ白なネグリジェを見ながら、着地できそうな地面か確認する。けれども生憎私の真下は石畳。そんなところに素足で着地しようもんならその後は悲惨なことになるだろう。
やはり、影の力を借りるしかないか。
ま、最初から覚悟していたことだから、後は人気がないのを確認するだけだけどね。使えそうな影はないかと辺りを見回そうとしたとき。
「ヒヨリッッ!!」
聞き覚えのある声が、私の耳に届いた。
人間としておかしいくらいの速度を出しながら、彼は私の真下まで飛んできて手を大きく広げる。そもそも何でここに居るんだとか、明るい真昼間に彼の黒いローブは不釣合いだとか。
そんなことを考えてちょっと笑いそうになってしまった。
「オズワルドさん、」
「―――――――ッ!」
小さく名前を呟くと、聞きなれない呪文のような言葉がオズワルドさんの口から飛び出した。なんて言ってるのかはよく聞き取れなかったけど、次の瞬間にはそれがオズワルドさんの魔法だったのだと気づく。
オズワルドさんを中心に魔方陣が素早く広がって、そこから局所的な風が私に向かって吹き上がる。落下の速度が一気に落ちて、ゆっくりとオズワルドさんの目の前に私は降りた。
こんなに大事なことして、幽霊に気づかれないだろうかと思わず窓を見上げた。けれども、幽霊は窓の傍から私の方をチラリと見ただけで、後は悲しげな顔をして窓から離れていった。
ほ、と息を吐いた途端に膝からその場に崩れ落ちる。大分気を張っていたみたいだった。
「大丈夫か!?ってか何で大人しく寝てないんだ!俺はちゃんと休めといっただろう!?それをどう解釈すれば王子と城中を走る回ることに繋がるんだよっ!」
石畳に座り込んだ私に容赦の無い集中砲火が降り注ぐ。オズワルドさん、これまた随分とご立腹のようで。
てか、私だって好きで走り回ってたわけじゃないんだけど。幽霊から逃げてたんだし。あ、そういや私達以外には見えてないのか。都合の良い言い訳だとでも捕らえられそうだな。
「ヒヨリ!話を聞いてるのか!?」
「き、聞いてますともっ!」
思わず返事したけど全然聞いてませんでしたが何か?
「・・・・・・・怪我は?」
「な、ないよ!」
明らかに私を疑うような目でこちらを見た後、私に視線を合わせて地面に座り込むとぶっきらぼうに安否を尋ねる。幸福なことに私はまた腰が抜けた意外に不調は見当たらない。擦り傷1つない。
「そうか。」
それだけ聞くとやっぱりオズワルドさんは安心したように、私の頭をガシガシと撫でた。
「ヒヨリ殿っ!」
その直後、別の方向から私の名前を呼ぶ声がして振り返る。ついさっきまで一緒に居た王子がこちらに向かって走ってきていた。
「だ、大丈夫だったか!?まさか自分からあんな風に落ちて奴を撒こうとするなんて思いもよらなかったぞ!」
「・・・・ま、まぁ、この世界の女性はこんなことしないでしょうしね。」
「そうだな!ヒヨリ殿の世界では皆そうなのか?―――って、ヒヨリ殿意外は皆普通だったな、そういえば。」
いらんことに気づき他の3人と比べる王子に心の中で毒づきつつも、あまりにも機嫌の良さそうな王子に不思議に思う。
「ヒヨリ殿は、「あの、その殿っていうのいらないです。ヒヨリで構いませんよ。」
「そうか?」
「えぇ。私の世界ではあまり言われないので慣れなくて。」
「そうだったのか・・・・では、ヒヨリと呼ぼう。」
「はい、そうしてください王子。」
違和感を取り除けると笑った私に、王子がむっとした顔をする。
「・・・・・・アシルだ。」
「・・・・・・え、知ってますけど。」
さらに眉間に皺のよった王子についさっきまでの呼び方を思い出す。え、これ本当に呼んじゃっていいの。
「し、失礼とかになりませんか?」
「異世界から来たヒヨリ達にこの世界の身分も何も関係ないだろう。」
意外に柔軟な考え方をする王子に思わず目を瞬いた。王子は世間体のためにアデレイドを悪者にした。そういう硬い考え方をする人だと思っていた。別に王子がそう決めたわけじゃないだろう。私はまだ会ったこと無いけど、この国の王様が決めたことかもしれない。だけど、初対面の話がそれだったから私は王子に知らず知らずのうちに苦手意識を持っていた。
でも、それを全部塗り替えられた気分だ。
「そもそも俺は身分なんてものが嫌いだ。」
自分のことを”私”といわずに”俺”といった。それが、王子の素なんだろうか。不満そうな顔をして腕を組んでいる。
「だからな。異世界から来たヒヨリなら。身分も何も関係のないヒヨリなら、俺と対等になってくれるだろう?」
その言い方は、まるで王子自身がそれを酷く望んでいたようだった。誰とも対等になることができないことを、その原因となっている自分の身分を、王子は嫌っていたようだ。
私に期待の満ちた目を向けた王子は私に答えを求めているようで、私は少し考えてから口を開いた。
「私は、・・・・この世界から、早く帰らなきゃいけないんです。」
結んだ約束がある。待ってくれてる人が居る。心配してくれてる人が居る。
私の言葉に、王子は顔を翳らせた。
きっと王子は、私達が元の世界に戻れないことを知っている。この世界に居るしかないことを知ってる。
その事実を隠したのがたとえあなたの決断だとしても。あなたのその考え方は嫌いじゃない。あなたのことも、見直して考えるべきことがたくさんあると感じた。それでも。
私は、元の世界が好きだ。大好きだ。戻りたい。
「だからこそ。・・・・・・私は、ここで大切なものを増やしたくないのです。」
王子は少し間を置いてから口を開いた。
「・・・・・自業自得だな。俺は分かってた。急に見知らぬ世界に呼び出された異世界人が心優しく友となってくれることなど、ありえないと。・・・・分かってた。分かってたけど、焦がれたんだ。」
銀色の前髪の間から見えた王子の瞳が私と重なった。暗い。重い。そんな瞳。
焦がれても手に入れることが出来ないものだと分かっていても、それでも手を伸ばす程に欲しいものがある人の瞳。
過去の、私の瞳。
トキに出会うまでの、私の瞳。
「悪いな、ヒヨリ。無理を言った。」
諦めきることなんて出来ないのに。そうやって自分を誤魔化して笑ってたんだ。
私も、そうしてたんだ。
「っ・・・・」
何か言おうと口を開いたけれど、何も言葉が出ずに口を閉じる。どうしてこうも気持ちというものは伝えづらいのか。オズワルドさんにも。王子にも。
『それが、ここの今の空気のせいなのです。』
ふわり、と風が耳元を通り過ぎる瞬間に届いたその声。それは聞き間違えようも無いあの幽霊の声。でもそこに覇気はなく、ただ悲しげに事実を告げるようなその声。
オズワルドさんのちょうど背後に立つようにしてその深い青い目は私を見た。不思議と私はそれに恐怖を感じなかった。長く見て慣れたのか、と首を傾げそうになってふと気づいた。
「ヒヨリ?」
私を心配するオズワルドさんのその青い瞳と、幽霊のその瞳がとても似ていることに。
『ヒヨリさん、どうか私の話を聞いてください。』
オズワルドさんの肩越しに、彼女は地べたに頭をつけ深々と私に頭を下げた。
彼女の話を聞けば、何か分かるのかな。この中途半端な自分に対しても。オズワルドさんや王子に対しても。何か前に進めるようなことが分かるのかな。
この状況が、良いほうに転がるのかな。
「分かったよ。」
もう、逃げないよ。怖いけど。辛いけど。
あなたの話を聞くことで何か変わることがあるのなら、喜んで私は話を聞くよ。
小さく呟いた声に彼女の肩が動いたのが視界に入った。
何かを変えるには、自分が動くしかない。代わりに動いてくれていたトキはこの世界には居ない。
だから、私が動かなくちゃ。私みたいなちっさな人間でも変えれることがあるなら、それはとても凄いことだと私は思うから。
私でも、出来るよね?
小さく問いかけた声は誰にも気づかれない。でも、きっと出来る。私にも変えられる。
『お前はやたらと根拠のない自信があるんだな。』
そう言って私を小突いたトキが懐かしい。あぁ、そうやって消えないで居てよ。
それだけで私は強くなれるから。
急に笑みを浮かべた私に、オズワルドさんはまた首を傾げていた。




