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魔法使いのお友達  作者: 雨夜 海
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私を想ってくれる人

「目、覚めたの?」



目覚めて一番に見たのは、心底不安そうな坂川さんの顔だった。

トキじゃ、なかった。最初にまず感じたのは落胆。やっぱりあれは夢だったのかもしれない。でも、夢にしては少しリアルすぎるような気もする。けれどもリアルにしては曖昧な感じだった。

もし夢ならば覚めなければ良かったのに。こんな曖昧な現実に帰ってくるくらいなら、ずっとぬるま湯に浸っていたかったのに。

あぁ、心がもやもやするよ。今すぐにでもトキの名前を叫びだしてしまいそうだ。会いたい。帰りたい。そう、叫びたいよ。名前を呼ぶ勇気も無いクセに、そんなことを思っては手の平を握り締めた。


ボロボロと熱いものが目の横を伝っていく。目の前の天井がだんだんとぼやけて見えなくなる。小さな嗚咽が漏れ出そうになって、思わず音を漏らさないように唇を噛み締めた。

ただ小さく不規則に息が漏れ出て、涙を拭おうとした腕が微かに震えた。


この世界に、帰ってきてしまった。


ゴシゴシと涙を手で拭おうとした時。温かいものが私の目元を覆った。涙を拭おうとした私の手に誰かの手が添えられる。それからは真っ直ぐに私を落ち着かせようとする気持ちが伝わってきて、次第に喉から響いていた引き攣るような嗚咽が収まっていくのを感じた。


「もしかしたらさ、目なんて覚めないほうが良かったって思うかもしれないけど。でも、私は今凄く安心してる。凄く嬉しい。あなたが目を覚ましてくれて。こんなにも嬉しいんだよ。」


私の目元に置いていた手の平をずらすと、坂川さんと目があった。その目の中には今にも零れそうなくらい水が張っている。けれども坂川さんの顔は穏やかな笑みを浮かべていて、まさに泣きながら笑っている状態だ。


私が目を覚ましてくれたことを、生きていることをこんなにも喜んでくれる人がこの世界に居る。

それは小さなことのようだけど、支えのない私を奮い立たせるには十分なことで。坂川さんの優しい言葉は私のかじかんだ心をポツリポツリと溶かしていった。


1つの世界と1つの世界。そこには文化は違えど人間が住んでいて、他にも色んな生き物が住んでいる。けれどもその壁は大きいものだ。超えることの出来ない壁がそこには確かに存在している。

壁を壊すにはいったいどのくらいの力が居るんだろう。どのくらいの奇跡が居るんだろう。

きっと簡単なことじゃない。すぐにはこの世界から抜け出すことなんてできないだろう。確実に。だからこそ。私はこの世界を好きにならなきゃいけないんだ。今は嫌いでも。もっとたくさんのものを見て、感じて。最後に去る時。ここに来れて良かったって思えるぐらいに好きになってあげなきゃいけないんだと思う。


そうじゃなきゃ、私はこの世界で生き続けることは出来ない。


「少し、元の世界の夢を見ていたの。人に会って、でも。触れられなかった。通り抜けちゃって、触れることができなかったんだ。」

「そう。でも・・・会えてよかったわね。」


私はその言葉に何度も何度も頷いた。会えてよかった。夢だったとしても。

そっと坂川さんの細い指が私の髪の毛を梳いていく。孤児園の園長さんに撫でられてるみたいで、私は少しの懐かしさに目を細めた。


あぁ。


「あったかいなぁ。あったかいんだなぁ。人の手って、あったかいんだなぁ。」


触れればきっと、凄くあったかいんだ。

きゅ、と小さく私の手を握る坂川さんの手に力が込められた気がした。

「ほんとに良かった・・・・ちゃんと目が覚めて。魔術師様に運ばれてきた時には本当にどうしようかと思って、私1人が取り乱しちゃって。」

少し表情が翳った後、すぐに坂川さんは綺麗な笑顔を浮かべた。

「もう丸3日目が覚めてなかったの。さすがに私だって不安になるわ。」

「・・・・・ついててくれたの?」

「当たり前じゃない!数少ない同郷の仲間でしょ!心配しないわけないわ!」

少しムッとしたような顔で私に言い返した坂川さんが少し可愛かった。


「坂川さん、ありが「優希。」

「あ、ありが「ゆーうーきー。」


・・・・・・・なんだろうこの激しい自己主張は。坂川さんは拗ねたような顔で私のことを見つめてる。えぇっと。これはどういう主張なんだろう。まさか、名前で呼べってことなんだろうか。いや、まさか。

友達作りに不慣れな私はおどおどとしながらとりあえず体を起こす。こんな格好じゃ申し訳ないと思ったんだけど、すぐに体を起こすのを手伝ってくれる坂川さんにさらに申し訳なくなった。


「え、っと。ですね。」

「はい。」

きちっとした返事を返してくれる坂川さん。はい、いいお返事だと思いますとも。思いますけれど。その真剣な視線が私に突き刺さってちょっと痛いのでございますよ。

少し引き攣った笑いを零しながらも、私は深呼吸をして落ち着かせる。こんなことするの何年ぶりって気もするけど。しょうがない。やるしかない。やるんだ私。


「坂田陽依です。す、好きな教科は体育で、今の所の将来の夢は、えっと元の世界に帰ることです!それで、えっと、「ぷはっ、ちょ、タイム!待って!待、げほっごほっ・・・・・今自己紹介のノリだった!?」


坂川さんは苦しそうにお腹を押さえながら爆笑してらっしゃいます。私今何かおかしいことした?あの状況から来たら自己紹介しかないでしょうよ。


だって、ねぇ?

「さ、坂、じゃなくて。ゆ、優希、ちゃんにも。ちゃんと名前で呼んで欲しいから。」


さすがにいきなり呼び捨てはハードルが高かった。でもちゃん付けも私にとってはハードル高いからね。銀メダルレベルのハードルを飛び越えた気分だよ。何の競技の話だよ。

思わず混乱で自分自身に突っ込みを入れながら、チラチラと優希ちゃんを窺ってみる。まずかったかな。


チラリと窺った優希ちゃんは、ぽかーんと口を開けていたけど、すぐに表情を明るく変えた。


「はじめまして!でもないけど!坂川優希です!好きな教科はー・・・国語!近未来の夢はあなたと友達になることです!」

大体私と同じようなことを一気に言い切ると、優希ちゃんは私に手を差し出して言った。

「私の近未来の夢、叶えてくれる?」

なんて、甘いんだろう。

どれだけ望んでも手に入らなかった、友達という存在。それがこの世界に来てこんなにも簡単に出来ることになるなんて、ブラボー。もうスタンディングオペレーション。


「こ、こちらこそ。」


ぎゅ、と握った手はやっぱり暖かかった。

優希ちゃんの弾けるようなその笑顔を見て、私は初めてこの世界に来て良かったと思えた。


「よしっじゃあ陽依って呼ぶからね。」

「うん、優希ちゃん。」

「えー陽依も呼び捨てでいいのに。」

「ま、まだ慣れてないから!慣れたら、な、慣れたら呼ぶ!」


優希ちゃんが真っ赤になった私を見てケラケラと笑っていた時。部屋の扉が音を立てた。


「あら。陽依さん。目が覚めたのね?」


透き通るような声は例えるならハープのようで。小さく浮かべられた微笑みは女神のよう。白いそのドレスは清楚で彼女の美しさをより一層引き立てる。黒く流れるようなその髪の毛が肩から垂れる様はどこか妖艶。隣に立つ王子様さえもその美しさの横では脇役になる。何もかもが”聖女”と呼ばれるに相応しい少女。

それは誰が見てもすぐに分かることで、ひしひしと全身を持って体験することなのだろう。


「3日も目を覚まさなくて、心配していたのよ。本当に目が覚めて良かったわ。」

「た、高倉さん。」

「あらやだ。私のことは雛と呼んでくださいな。」


ふふふ、と可愛らしい笑みを零しながらも私の居るベッドまで近寄ってきて視線を合わせる。私とは真反対の真っ黒な瞳が綺麗に細められて私に向けられてる。


なぜか、ゾクリとした悪寒が走った。


「そうそう。千里も挨拶しておいたら?」


チラリと後ろを窺った雛ちゃんに合わせて、王子様や騎士達の後ろからおずおずと江藤さんが姿を現した。


「・・・・・江藤、千里。・・・・千里って呼んでくれて、構いません。」

「こ、こちらこそ。陽依って、呼んでください。」


できるだけ柔らかく微笑みかけたつもりだったけれど、千里ちゃんはすぐに奥に引っ込んでしまった。もともと見た目からして大人しそうだもんね。

千里ちゃんに少しから笑いを向けていると、王子様が申し訳そうな顔をして会話に割り込んできた。


「この度のことは本当に申し訳ない。こちらの勘違いで酷い扱いをしたこと、しかもそなたのような少女にしたことは、簡単に許されるようなことではあるまい。けれどもどうか、今は怒りを鎮めて欲しい。こちらとしてもドラゴンを追い払ってくれたそなたには感謝しているし、こちらとしても返せる恩ならば。そしてそなたに望みがあるならば、返して行きたいと思っている。」


綺麗な顔の眉が下がって、苦しげな表情にゆがめられる。でもさ、雛ちゃん視界に入れて頬を染めるのは今はやめてほしいんだけど。けれども、それより今の私には気に障る言葉があった。


「ドラゴンを・・・・追い払った?違います。全然違います。あのドラゴンは卵を「あぁ。話はきちんと聞いた。」


王子は私の言葉を遮って、自分の言葉を訂正してから言葉を続けた。


「あのドラゴンは悪くない。むしろ悪いのは人間だ。けれども、今回出た甚大な被害の中でそなたは英雄と言われても良いほどのことを成し遂げたのだと。私はそれが言いたかっただけだ。それに卵を盗もうなどと言う大罪はあまり世に広めたくないのでな。今回はどうかこれで手を打ってくれ。」


ドラゴンを、悪者にしたまま終わらせろってこと?そのほうが収まりがいいから?貴族の中に卵を盗むような罪を犯すものが居たらあなたの都合が悪いから?


思わず言い返そうと口を開いた瞬間。握られていた手に、小さく力が込められた。

優希ちゃんの顔は俯いていたからよく見えなかったけれど、その手は無言で逆らうなと言っている気がして。私はただ言葉を出す前に黙り込むしか方法が無かった。


アデレイドは、全く悪くないのに。


きゅ、と優希ちゃんの手を握り返すと、少し困ったような微笑が帰ってきた。

そういう世界だから、諦めて。その表情は確かに私にそう言っていた。立ち回るのが下手な私は、王子から目を逸らして優希ちゃんの意に従う。


「まぁとにかく今は休むが良い。そなたの体調が良くなったら歓迎のパーティでもしようと思っているのでな。」


王子は最後にそれだけ言うと、騎士達に扉を空けさせて部屋から出て行く。雛ちゃんも私に小さく笑みを零しながら手を振ると、王子の後を追った。

なぜかその笑みが、酷く私を見下しているような気がした。


身分も力もないから、今の私には出来ることが少ないのだろう。


「陽依。今は休みなさい。元気になったらまた話しましょう。」

優希ちゃんはそれだけ言って優しい笑みを零して、部屋から出て行った。





「悪い。お前ならきっとこんな方法嫌がると分かっていたのに、止められなかった。」

残ったのは、魔術師が1人とメイドが1人。

「いいよ。オズワルドさん。そうオズワルドさんが分かってくれてるだけで、私は十分だよ。」

ヘラリと笑みを零せばオズワルドさんも少し悲しげだったけれど、笑ってくれた。


笑わなきゃ。やってられないよ。

感情を隠さなきゃ。やってられないよ。小さく心の中で呟いたってきっと誰にも聞こえないんだろうけど、大きな声で言葉に出すわけにもいかないもんだ。

この世界のことは嫌い。大嫌い。今すぐには好きになれないよ。


だけど、この世界にも優希ちゃんみたいに私のことを心配してくれる人が居るから。私が目を覚ましたことを喜んでくれる人が居るから。

それに、この世界ではないけれど、元の世界でトキだって私のことを探してくれていた。だから大丈夫。私はまだ1人ぼっちじゃない。私のことを想ってくれている人が、少なくとも2人は居るのだ。こんなに心強いことはないし。こんなにも大切にしたいと思うものも滅多にないだろう。


私は私のことを想ってくれてる人のために。まだここで踏ん張る。下手に自分の感情をさらけ出して立場を悪くしたりしないよ。大丈夫。死に物狂いで生きてやるって今決めた。


自分から”死”を選ぶことは決してしないと、今ここに誓ってやる。

全ては、私を想ってくれている人たちのために。



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