守られる者の願い/トキside
不定期更新ですいません。
気づいたらお気に入り登録件数が増えててパソコンの前でガッツポーズしてました(笑)
できるだけ不定期ながらも多く更新できるように頑張りますので、これからも読者の皆様どうぞよろしくお願いします。
最初に世界を渡ったのは、俺がまだほんの7歳の時のことだった。この世界で言うなれば小学1年生というやつで、まだ周囲の大人に保護される存在だ。実際俺も実の両親には可愛がられていたと思うし、周囲の目にもそれは明らかだっただろう。
俺の両親は、一国の一番上に立つ人間だった。俺が元々住んでいた本当の故郷である世界には、魔族や人間、獣人との境目が酷く曖昧だった。種族上の境界線というものは実質存在せず、魔族だって人間と結婚したし、獣人だって人間と結婚した。実際俺もハーフというやつで、父は魔族だが母は人間だった。
そんな比較的平和な世界で迎えた俺の7歳の誕生日。
俺は、自分の両親の胸を貫く刃を、この目で見たのだ。
それは領地を欲した革新派の奴等による襲撃だった。王であった父はあっさり胸を貫かれ、妃であった母は俺を守ろうとしてその胸を貫かれた。足がガクガク震えて何かをひたすら叫んでいた。喉が痛くて張り裂けそうで、それでも叫んでた。
熱くなる何かを、この中には留めておけないとでも言うように。
ことが起こったのはほんの一瞬だ。
まだ意識のあった父母が俺に制止の声を掛けるのが、理性のあった俺に聞こえた最後の言葉らしい言葉。それ以降は何をしたのかもよく覚えていなかったけど、ただ1つなけなしの理性で行ったのが、大切な人々をこの世界から逃すことだった。
父母に、その時俺の隣に寄り添っていた乳母、親しいメイドや執事。
そんな人々を俺は一気に違う世界に飛ばした。
それからはもう何もかもめちゃくちゃで記憶が曖昧だ。ただ正しくて確信できることと言えば。
あの日俺は、自分の大切な人々の居なくなった世界を、いとも容易く捻り潰したのだということだ。
これが、世界を簡単に潰せると後に言われた由来でもある。俺はたった7歳で1つの世界を、しかも自分の故郷であった世界を壊したのだ。その中には関係のない人々も居ただろう。優しい人も幼い子供も、たくさん居ただろう。
俺はそんな人たちも、皆全て殺した。
7歳という幼さで、俺はたくさんの人間を大量虐殺した。
俺は、”人殺し”だ。
自分の世界をぶち壊した後、俺は新たな世界へと無意識に渡った。無数にある世界の中なんでそこを選んだのかと聞かれれば分からない。そこは俺の大切な人々を飛ばした世界ではなかったし、行ったことのある世界でもなかった。第一俺は世界を渡るなんていう不可思議な力を発動させたのが、そのついさっきだったのだから、もちろんその世界に面識などあるはずないのだ。
たくさんの返り血を浴びた服のまま、俺は林のような場所に倒れていた。体は重いし魔力の使いすぎなのか力が入らない。その時だったら普通の動物にだって噛み殺されてしまう確信すらあった。
でもまぁ、それでもいいと思った。あんだけたくさんの人を殺して生きていけるほど、7歳の俺の神経は図太くなかった。
パキ、と誰かが小枝を踏んで近づいてくるような音が聞こえてきた時。俺はすぐに自分の死を覚悟した。
『どうしてそんなところで寝てるの?』
同い年らしき娘が、滑舌よく言ったその言葉に目を見開いた。殺すどころかそんな雰囲気を微塵も匂わせていない幼い娘。
『そのまっかな服。バラみたいでとってもきれいね。』
まるで太陽みたいに笑ったその娘は、俺の返り血を見てそう言った。
これが、俺とヒヨが初めて会った時のこと。
といってもヒヨは幼すぎて俺のことを覚えては居なかった、再開した時から『はじめまして』で始まったその会話に少し落胆を覚えたのが懐かしい。ヒヨと初めて会ったその後、俺はとある方からヒヨを守ることを約束させられ、この世界で生きていくことが許された。第2の自分の生きる場所を見つけた。
ヒヨが住んでいたのは孤児園・・・・と言っても小さな寺のような場所で、そこには身寄りのない子供達が多く住んでいた。ただそこが普通の寺と違うところといえば、その寺のすぐ近くに天然の温泉が合ったことだろうか。
俺がぐったりと倒れていたのを気にしたのか、あの後すぐにヒヨは俺を抱えて温泉まで連れて行った。いくら幼かったとはいえ、男が女に抱えられるなんてあれほどの屈辱はなかったと思う。ヒヨはご丁寧に着替えとタオルまで用意して、ここに入れば皆元気になるのだと力説していた。
疲労によく効く温泉だったのか、俺の疲労はすぐに回復し魔力も元の量より少ないぐらいまで回復した。それから、俺は温泉が好きでよく異世界に渡っては温泉を巡るようになった。
温泉を巡りながら、ひたすら自分の大切な人たちを飛ばした世界を探していた。
その1人旅にいつしかヒヨも加わり、一緒に世界を渡るようになる。色んな国を見て、色んな文化を見て、俺達は時を一緒に過ごしてきた。
それが。その日常が。あのものの一瞬で、引き裂かれてしまった。
「ヒヨ。陽依。」
その名前を俺は声に出せる。けれどもヒヨが俺の名前を言ってくれなければ意味なんてない。
目の前でこの世界のものではない魔力を感知した。咄嗟に先に帰ると教室を飛び出したヒヨの顔が過ぎり、嫌な予感で頭の中が埋め尽くされてしまいそうになった。
ヒヨを守るとある方と約束した。
ある方は自分ではヒヨを守ることが出来ないから、同い年で比較的傍に居られる俺にそれを頼んだ。俺はヒヨを守る代わりに、何不自由なくこの世界で生きていく権利を得た。
約束したから守る。俺が生きていく権利を手放さないために守る。
そう思っていたのは、いつ頃までだっただろうか。
気づけば自然とヒヨを守りたいと思うようになった。あの太陽を失いたくないと思うようになった。
その気持ちがたとえ俺の一方通行だったとしても、他の奴にヒヨを守る役を譲る気なんてものは全くなくて。ヒヨに手を出そうとした奴は片っ端から消したし、時には世界の1つだって消そうとしたこともあった。
ヒヨは知らない。
自分自身にどれだけの価値があるのか。
ヒヨだけが異世界でふらつくことに、どれだけの危険があるのか。
ヒヨは、知らないんだ。
だから早く探さなくちゃいけない。強がりなヒヨは決して俺の名前を呼ばないだろうから、俺のほうからヒヨを探し出さなくちゃいけない。
そう思って、ヒヨの手をつかめなかったあの瞬間から俺の知る世界全てを渡った。そこでヒヨを知っている人達にヒヨのことを聞いて回った。異世界召還を行った国へも行った。
でも、ヒヨはまだ見つからない。
既に渡った世界は2桁だろう。既に訪れた国は3桁にまでもいっているかもしれない。けれども。ヒヨはまだ見つかっていないんだ。どこにも、居ないんだ。
「無理をするのも大概になさいよ。あなたの体にも人の血は流れているのでしょう?」
寝不足。過労。栄養不足。
半分は魔族の血とはいえ、俺のもう半分はただの人の血なのだ。それを指摘するかのように刺々しく言い放った女。この世界では数少ない魔女の1人。東条 菫。
由緒正しい名家のご令嬢で、ヒヨとも面識がある。ヒヨは数少ない女友達として仲良くしていたようだった。それもあるせいか、東条はむざむざ他の世界にヒヨを盗られてしまった俺に腹がたっているようだった。なんだかんだ言って彼女もヒヨとは仲が良かったのだ。
「世界を簡単に渡れる魔法使いなんて早々居ませんわ。この世界じゃあなたぐらいしかわたくしだって見たことありませんもの。だからこそ。あなたにはここで倒れられては困るのです。わたくしの可愛い陽依を連れ戻すことができるのはあなたしかいないのですから。」
ヒヨのため。
そう思えば東条の腹立つような説教にも頷けた。俺の魔力も残り少ないだろう。あと1つぐらい世界を渡ったら少し休憩して魔力を回復しよう。回復したら、またヒヨを探すために。
そう思いながら東条に軽く手を振って、とりあえずまた1つ世界を渡った。
結果だけいうと、その世界にもヒヨは居なかった。
さらに重たくなった体をひきずりながら、1人で住んでいるアパートまで体を引きずっていく。ある方が用意してくれたある程度のお金でそこそこの場所に住めている。今のところ暮らしに不自由は感じていない。
真っ黒な魔法使いの正装を投げつけるようにしてソファにかける。ふらふらと頼りない足取りで正装の上からソファに寝転がり、深い深いため息を吐いた。最近そこまで魔力を使うことがなかったせいか、少し腕が落ちている気がした。気持ちの焦りのせいで魔力操作が雑になっているのか、それともただ単に俺の周囲が平和すぎたのか。
吐いた息と同じ分だけ息を吸ってまたそれを吐く。そんな単純な作業を繰り返しながら、俺はひたすら冷静になろうとしていた。冷静にならなきゃ見えることも見えてこない。
また深く息を吐こうとした時。何かの気配が部屋のドアの前を横切ったような気がした。
瞬間移動の魔法が少し遅れて俺の中で発動し、俺は次の瞬間現れた目の前の見慣れた扉のドアノブを回した。
「なんだ。猫か。」
「ニャー」
そこに居たのは、ただの猫だった。焦ってきたというのにわりに合わないこの結果。ふにゃふにゃとあくびをしながら、猫は俺の部屋の前の陽のあたるその位置に陣取った。何かむにゃむにゃと呟いている猫を無視して、また扉を閉める。
すぐにまたいつものように満面の笑みでその扉を開ける少女を、少しの間だけ待ってから俺はリビングへ続く廊下を歩いた。扉はやはり開かなかった。
元々部屋に備え付けられていたリビングの机と椅子。その椅子に荒々しく腰掛けながら机に伏せた。机の上に所狭しと並べられた本が少し邪魔だ。
「・・・・・・なんで呼ばねぇんだよ。バカヒヨ。」
1人っきりのその部屋に、俺の声はやけに寂しく響いた。
「行ったことのある世界ではとりあえずは見つからなかった。・・・つっても他の世界なんていくつあると思ってんだよ。さっさと名前呼べよ、そしたらすぐに飛んでってやるのに、なんでだよ、なんなんだよッ!!」
机の上に置いてあった本を適当に掴んで、力任せに床へと投げつける。本の中の何かの魔法が起動しかけたのか、床と本の間に火花が散った。こんなの子供の八つ当たりだ。何熱くなってんだ。落ち着け。落ち着くんだ俺。
すーはーと深呼吸を繰り返しながら冷静になろうとした時。
「―――――なさい。」
ヒヨの、声が聞こえた気がした。部分的な声だったけれど、確かにヒヨの声だった。
「トキ、トキ、ごめんね、ごめん、」
混乱して、喉が引き攣った。上手く声が出ない。けれども耳に届く声は確かにヒヨの声だ。
「トキ。」
苦しげに。搾り出すように。ヒヨは俺を呼んだ。その瞬間に何も無いはずの空間に何らかの気配を感じた。そこにはさっき投げつけた本が転がっているだけで何も無いはずなのに、俺は確かに何かの気配を感じた。
「・・・・・・・ヒヨ?」
「・・・・え?」
自分の頭が狂ったのか、それともこれはただの俺の願望による幻聴なのか。俺の言葉に間の抜けたようなヒヨの声が返ってきた。心底不思議そうに。
「この気配、ヒヨだろ!?そこにいるのか!?」
その瞬間何かの気持ちがぶわ、と大きくなって胸からあふれ出す。馬鹿みたいだけどヒヨの存在を確かめるようにまた見えないその場所に向かって叫んだ。
「いるよ!わ、私ここにいるっ!私はここだよ!」
声がやはり聞こえた。それと一緒に気配が俺のすぐ近くまで移動してくる。
これは、俺の幻聴じゃない。その気配がそれを物語っていた。
「・・・ヒヨの、声。聞こえた。ほんとにそこにいるんだな?ちゃんと、いるんだな?」
確認するようにまたヒヨに声を掛ければ、声はなくとも泣いているような鼻水をすするような音が聞こえた。押し殺すように。その音は小さく聞こえた。すぐに心配になって言葉を続ける。
「泣いてるのか?怪我でもしたのか!?」
「だ、大丈夫だよ。もう傷も治ってるし。もう、血でてないし!体だって動くし!」
「そんな重症だったのか!?何で俺の名前を呼ばないんだよ!」
相変わらず基準のおかしいヒヨの言葉に、俺はヒヨがそこに居るのだと確信した。違う世界に飛んだはずなのになぜ。という疑問はこの際差し置いて、ヒヨに俺の名前を呼ぶよう説得することにした。
「早く俺の名前を呼べ!そしたらどこへだって世界を渡ってやる!すぐに傍に行ってやる!・・・・俺は、名前を呼ばれなきゃヒヨの居場所を特定できない!だから「ごめんね。」
俺の説得は、すぐにヒヨによって遮られる。
「トキに、負担かけたくない。自分の力でなんとかしたい、トキに会えないのは、元の世界に戻れないのは、私だって嫌だよ!でも、でも・・・・・私は私の力を試したいの。トキに守られてるのはもう嫌だよ。ちゃんと、トキの隣に立ちたい。」
知らなかったヒヨの気持ち。守ることに夢中になりすぎて忘れかけていた守られる者の意思。
ヒヨの気持ちが分からないわけではない。一度父母が目の前で本当に息を引き取りかけたのだ。ただ守られることしか出来ないことの歯がゆさは、俺にだって分かるつもりだ。
隣に立ちたい、そう思ってくれたことが嬉しくないわけではないけれど、やはりヒヨを俺の後ろに置いて守りたいと思うのはただの俺の我儘なんだろうか。
「・・・・・頼むよ。頼むから。ヒヨ。」
無茶だけはしないでほしい。今すぐ名前を呼べも強制したりはしないし、ヒヨの想いだって無駄にはしたくない。
けれどもヒヨには傷ついてほしくないのだ。ある方との約束とか関係なくて、ただ俺自身がヒヨには傷ついてほしくないと、そう思っている。
願うような気持ちでヒヨの言葉を待っていた時、ヒヨから届いたのは少し諦めたような、何かを悟ったような声だった。
「トキ、もう、・・・・もうダメみたいだ。ごめんね、もうここには居られない。」
「ヒヨ?なに言ってんだ?」
「もう、戻らなくちゃ。」
目の前で魔力が小さな爆発を起こしているような気配を感じた。
「大丈夫。さすがにヤバイと思ったらトキの名前を呼ぶよ。それに私の方からも戻る方法を探したりしてみるし、だから。・・・・・・だから待っててよ。私が戻るの。私がトキの名前をを呼ぶの。ちょっとだけだから待っててよ。」
「・・・・ヒヨ。」
俺は目の前で爆発を起こしている魔力を視界に入れようとして、僅かに自分の目の辺りの魔力を操作し始めた。
魔力には世界それぞれに形みたいなものが存在している。その世界にあった魔力を使用しないと、魔力が自分の中で暴走を起こし爆発してしまうこともある。その場合はその世界の魔力に自分が慣れることができれば何の問題もないが、特に俺みたいな世界を渡るような人間は、新しく行った世界では魔力をすぐに変化させることに慣れておく必要がある。
まるで金庫の鍵を開けるみたいに少しずつダイヤルを回していくようだった。これも違う。これでもない。ヒヨの気配を視界に入れながら、ずっとその場所だけをひたすら見続ける。
「トキ、私はあなたの数少ない友達よ。あなたの、世界一最高に強い魔法使いのお友達よ。そんな簡単に死んだりしないわ。伊達にあなたと世界を渡ってないもの。だから。心配しないで、私はいつ」
カチリ、と歯車が組み合ったような音がした。
それと同時に声が途切れて、俺の視界には涙を僅かに頬にくっ付けたまま、呑気に笑うヒヨが映った。けれどもそれも一瞬で、ヒヨの笑顔が金色の礫となって空気中に弾けてしまった。
「ヒヨッ!」
手を伸ばして掴めたのはヒヨの形を作っていたただの魔力の片鱗。最後、ヒヨは何て。
聞こえてきた言葉の後ろと頭の中でヒヨの言いそうなことを考えながら眉を顰める。そしてある言葉を見つけた瞬間、ストン何かが体の中に落ちてきたみたいに納得してしまった。
「『私はいつも、元気で居るから。』」
きっとヒヨはそう言おうとしたんじゃないだろうか。所詮これは推測で、ヒヨが考えそうなことなんて俺だって全部把握出来ているわけじゃない。だけど、なんとなくそんな気がした。強がりなヒヨがいかにも言いそうなことだと思った。
「・・・・・んなこと。知ってるっつーの。」
ヒヨが元気ない時なんてありはしない。ヒヨはいつも元気だ。辛くても悲しくても、いつも笑ってる。いつも元気に見えるように努力してる。
だから俺は心配しているというのに。
深いため息をつきながら、俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。
ヒヨだってきっと、自分の言葉通りこの世界で俺が待ってるなんて微塵も思ってないだろう。俺は元来人に命令されるというものが酷く嫌いだ。いくら大切なヒヨの願いとはいえそれは聞き入れられないし、これからもヒヨを探す。
「ヒヨが呼ばないなら、俺が勝手に迎えに行くよ。」
どんなに時間が掛かっても、ヒヨが名前を呼ばなくても。きっといつか、また会うために。
『馬鹿じゃないの!?』
俺が自分を犠牲にしてヒヨを守ると、ヒヨは真剣な顔をしてそう言った。きっと無理して迎えに行ったら、彼女はまた同じことを言うだろう。
「じゃ、精々無理せず頑張りますかね。」
それだけ呟くと、俺はまたソファにダイブして数分もしないうちに夢の世界へと落ちた。
せめて、夢の中では一緒に居れるように。
なんて少し女々しいことを考えながら俺は眠った。




