非凡な少女/オズワルドside
魔術師としてはこの国に3人しか居ない最高位を持っていて、家系だってそこそこ有名な貴族の出。毎日の生活だって不満はない。けれども、逆に満足していないのも確かだった。ただただ決められた業務をこなし、ただただ毎日生きていく。
そんな日々に、非凡な少女はいきなり飛び込んできた。
満面の笑みは結構可愛くて、その目は少し色素が薄い。髪の毛は毛先がぴょんぴょん跳ねてて、それが少女の性格さえも現しているようだった。
「ヒヨリ」
倒れたまま動かなくなった少女に、今にも消え入りそうな声で名前を呼んだけど帰ってくる声はなかった。
聖女召還の儀式で召還された4人の少女の1人。女とは思えない神経を持ち合わせているし、性格も結構ガサツ。最初は同業者かと思って警戒したりもしたけど、話してみれば案外楽しい奴で。
こいつなら信用できるかもしれない。
そう、思えた。
「俺が、巻き込んだのがいけなかったのか?」
ヒヨリなら、大丈夫だと無条件で思ってしまっていた。ドラゴンと話せる人間なんてこの世界には居なかったし、何よりヒヨリの中には神殿で見た時から何か違う力―――――聖女様の力というより、俺達魔術師と同じような力を感じていた。
普通の人間ではないなんて、俺のただの過信だった。2本もの矢でただの少女が貫かれたらどうなるか、なんてそんな簡単なこと少し考えれば分かることだったのに。
『兄様。』
「せ、るふぃ・・・・」
脳裏に走る、ヒヨリと同い年くらいの妹。数年前に行方不明になって、遺体として発見された。俺のただ1人の妹。
俺は、また失うんだろうか。また、失ってしまうんだろうか。失いたくなくて力を手に入れた。この国で3人しか居ない最高位の魔術師になった。なのに。なのに、また失ってしまうのか?
花が咲いた、というよりも。暖かい太陽みたいなヒヨリの笑顔。もう、見れなくなってしまうのか?
突然現実が押し寄せてきたみたいに体が重くなった。すぐに魔力ボードへ魔力を供給して最高スピードで地面に向かって操作する。
「まだ。死んでない。」
そう、俺は死んだのを直接ヒヨリに確認したわけじゃない。ヒヨリはまだ生きているかもしれないんだ。勝手に殺すな。勝手に諦めんな。
「ヒヨリ!ヒヨリッ!動けよッ!」
ヒヨリを繋ぎとめるみたいにひたすら名前を叫んだ。
やはり、帰ってくる声はない。
自分を叱咤しながら、地面スレスレに突っ込んだ魔力ボードを飛び降りてその勢いのままヒヨリの元へと駆け寄る。少しよろけながらもヒヨリのその華奢な体を抱き上げて、その冷たさに手を引っ込めてしまいそうになった。体が、すごく冷たい。
溢れる血は温かいのに、皮膚は凍ってしまったみたいに冷たい。
「早く、治癒魔法を、」
焦る気持ちを落ち着かせながら、ヒヨリの体から2本の矢を引き抜く。治癒魔法をかける時に異物は邪魔になってしまうのだ。
片方の手でヒヨリの上半身を抱えたまま、反対の手をヒヨリの体の上にかざした。俺の専門は攻撃魔法で治癒魔法ではないけど、これでも最高位の魔術師の1人だ。普通の魔術師よりは治癒魔法だって出来るはず。
淡く光始めた手をかざしながらさらに力を加えようとしたその時。
―――ドクン、
その音は聞こえた。
ヒヨリの心音ではない何かが。ヒヨリの見えない奥深くに息づいていて、確かに今俺の力を拒絶したのを感じた。『触るな』とでも言うように力が弾かれたのを感じた。
なんだ、これ。
神殿で見たときとは違う力だ。驚きに脳が停止している間に、ヒヨリの傷跡から白くて綺麗な糸みたいなものが溢れてくる。傷を埋めるみたいにゆっくりゆっくり、紡いでいくのだ。
これは、魔法?いやこんな治癒魔法みたことない。しかも本人が無意識に行ってるなんてありえるのか?
疑問で埋め尽くされる頭で、自然とヒヨリの傷跡に向かって手を伸ばしていた。
触れる直前で、その手は止められてしまったけれど。
傷跡から溢れる糸とは間反対の、どす黒い色を持った紐みたいなそれ。ヒヨリの影から伸びているらしいソレは、俺の手をしっかり絡めとったままその場に固定した。まるでそれは『邪魔するな』と言っているみたいだ。
直に触れているからこそ、分かるその力。それは白い糸とはまた別の力だった。魔法だなんて言うのが申し訳なくなるぐらいに大きな力。俺等みたいな魔術師とは比にならないくらいな力だ。もしかしたら土地の神の力・・・・・下手すればこの世界の神話に出てくる神様の力だって言ってもいいかもしれない。
それぐらい、この力はおかしい。普通の人間が持っていていい力じゃない。
「お前は、人間なのか?」
思わず漏れた言葉。けれども意識のないヒヨリから言葉が帰ってくるはずも無い。
でも、代わりに。
「・・・・ト、キ。」
何度か聞いたようなその単語をまた呟いたヒヨリ。
切望するみたいに、懇願するみたいに、大切そうに。ヒヨリはそれを呟いた。誰かの名前なのか。はたまたただの単語なのか。
疑問は溢れるだけ溢れるけれど、答えられる人間はここには居ない。
やがて白い糸はヒヨリの傷を埋め尽くしてしまうと、ゆっくりとヒヨリの体の中へと消えていく。そのタイミング見計らったように、黒い紐も俺の手からすんなりと離れていった。赤くなった手が少し痛い。
この世界を救うための召還の儀式。現れた4人の少女。ヒヨリの持つおかしな力。
不可思議なことの連続で、俺の脳はそろそろヒートアップしそうだった。そもそも俺はそこまで頭脳派ではないしな。
言い訳をしながら、ヒヨリの体を両手で抱えた。今度は黒い紐は出てこなかった。
ヒヨリは、もしかしたら何かを知っているのかもしれない。目が覚めてみたら聞いてみよう。いや、でも。もし聞いたとしても答えてくれるだろうか。こんな死ぬような目にあわせてしまったこの俺に。
太陽のようなあの笑顔で、また笑いかけてくれるだろうか。
一抹の不安を抱えながらも乗り捨てた魔力ボードの方まで足を向ける。
腕の中から垂れたダラリとしたか細い両腕と両足は、少し血の気がなくて青白かった。
この世界を救うためとはいえ、異世界から聖女様を呼び寄せるのには少し抵抗があった。自分が突然ある日妹が行方不明になったという経験を持っているだけあって、若い少女をこちらの世界に呼び寄せることに反対だった。
とは言ってもこの世界の危機。国を挙げての一大儀式への欠席の理由が私情だなんてものは、結局は通らない。王様に取り次ぐ以前に同じ最高位の魔術師に話した瞬間、即座にぶたれてしまった。あの時はかなりいい音が辺りに響き渡ったのを覚えている。
起こられる最中に『お前は馬鹿か』という単語を5回程聞いた。そんなに怒らなくてもいいのにな。半ば本気の想いだったのだけど。
「馬鹿オズワルドよ。」
頭の中でまさに思い出していた奴の顔が、ぬっと目の前に現れる。
「・・・・・フィン。」
深い青い色をした長い髪の毛が1つに結わえられたまま肩から垂れ下がっっており、いつものように黒と白の目がチカチカするようなローブをゆったりと着流しながら俺の前に現れた。
フィン=アロン=エルラード
最高位の魔術師の1人。魔法を使って暴れるというよりは、普段から研究に耽っていることが多い。俺よりも日常的な常識はない奴だけど、たまに凄い形相で説教されることがある。日常的な常識に関してコイツに説教され出したら1人暮らしは出来ないと思ったほうが良いらしい。どっかの噂で聞いた。
「なんだそれは?また拾い物か?全くおぬしと言う奴は何かというと生き物を拾ってくるのじゃな。犬や猫に始まり最期は人間とはな。この次は何を拾ってくるのかワシはとても楽しみじゃ。」
呆れた顔をしながら俺の腕の中に居るヒヨリを覗き込んでくるフィン。悪意のないその視線に少し安心しつつも、ヒヨリの中にある力に気づくのかどうか俺はじっと待った。
「なんじゃ、召還された娘の1人か。」
やがて待った俺に届いた言葉に、なぜか安心した自分が居た。ヒヨリの力を広めてはならないと無意識のうちに思っていた。何故そう思ったのかは自分でも分からなかったが、俺の直感はたいてい当たるものだからきっとこれで間違っていないはずだ。
「上等な部屋を用意させようぞ。少しこの娘には休養が必要なようじゃからな。」
サラリ、と男にしてはか細いその腕でヒヨリの頭を撫でる。
フィンがヒヨリに興味を持っていたとは意外だ。
「この娘の無実が証明されたのじゃよ。」
不思議そうな顔をしていたんだろうか。フィンの一足先を行った言葉を聞きながら、驚きを隠さずに聞き返す。
「無実・・・・?」
「この娘は聖女様に向かって放たれそうになった矢を防ごうとしたのじゃよ。召還された娘の1人が・・・・・そう、あの短い金髪を持った一風変わった娘じゃ。あやつが必死に訴えてきおってな、しょうがなしに調べてみれば敵の魔力の痕跡がバッチリ残っておったよ。」
「・・・よかった。これでちゃんと休ませてやれる。」
やはり、ヒヨリは理由もなく誰かを傷つけようとする人間ではなかった。
そのことに安心しながらも魔力ボードを起動させる。ここらへんの周囲の建物は崩壊しているが、幸い国王の居る城のところまでは被害はない。きっと空いている一室くらいはヒヨリに貸してくれるだろう。
「じゃ、俺はこいつは休ませてくる。そちらの処理はまかせるわ。」
「・・・・・・面倒くさいことだけ押し付けおって。」
フィンは渋い顔をしながらも、やがて片手で俺を追い払うように手を振った。
俺は起動させた魔力ボードが壊れてないのを確認しながら、少し急ぎめに魔力ボードに乗り込む。見た目的な傷は治ったみたいだけど、さっきからヒヨリの体が熱い気がする。もしかしたら熱があるのかもしれない。
俺は医者ではないから詳しいことは分からない。早く城の医者に見てもらわないと。
焦る俺の腕の中で、ヒヨリはまた小さく呻いた気がした。




