一人ぼっちじゃないよって
ボードの速度はあり得ないほど速くて、周りの景色がビュンビュンと流れていくのを肌で感じた。一番今言いたいことを叫ばしてもらいますと。
「ボードさいっこおおおおおおおおおお!」
ってとこですかね。
「うるさいヒヨリ!ちょっと黙ってろ!」
腰に巻かれた手にぎゅっ、と存在主張されて黙り込む。それ以上押されたら何もない胃から胃液が搾り出されてしまいそうだった。
でも、思いのほか私がこういう絶叫モノに耐性があるのは意外だった。いや遊園地とかはあんまり行ったことないから分かんないけど。坂田家の皆さんと一緒に行ったことはあったけど、あの時は緊張するやら何やらで何乗ったか覚えてないしね。
「ごめんなさいオズワルドさん。ちょっと調子に乗りました。」
「・・・・俺はますますこの世界でしか生きてけない気がしてきた。世界中にヒヨリ基準の女しか居ないなんてありえない。ここのご令嬢なら悲鳴上げて抱きついてくるシーンだしな。むしろ抱きついてるの俺ってどういうことだ。」
「気にしなーい。気にしなーい。」
うん。個性は私大切だと思うのよ。それよりもドラゴンに随分と近づいてきたようだった。オズワルドさんにさっさと頼みたいこと頼んじゃって行こうかなぁ。
「ね、オズワルドさん。私ここら辺で大丈夫だから頼みごとあるんだけど。」
「ここら辺って、ヒヨリ。ドラゴンよりかなり上の方に居るんだぞ?今。」
「飛び降りるから大丈夫だよ。それよりオズワルドさんにやってもらうことの方が私にとっては重要なの。だからね――――――――」
私の頼みごとに一瞬驚いたような顔をしたオズワルドさんだけど、次の瞬間には真剣な顔で頷いてくれてた。最初は口調悪くて不良みたいだと思ってたけど案外真面目でびっくりしたなんて少しも思ってないからね。本当に。
頼みたいことだけオズワルドさんに頼んだし、用は済んだとばかりにオズワルドさんに手を離してくれるように頼んだ。少し戸惑い気味だったけど手を離してくれたオズワルドさんを不意に振り返る。
なんて酷い顔してるんだ。今にも泣き出しそうな心配顔。戦うのは、ドラゴンの目の前に行くのは私だっていうのに、なんて顔をしてるの。
「大丈夫。大丈夫だよオズワルドさん。私はただのか弱いご令嬢じゃないからね。」
「・・・・あぁ。うん。知ってる。ここ数分で実感してたからな。」
ふふ、とオズワルドさんの言葉に笑みを零す。そういう感じのこと、よくトキに言われてたなー。お前に足りないのは知性と女子力だ、って。女子力だなんてどこで覚えてきたんだろうね、うちのトキさんは。
すぅ、と力を抜いて目を一度閉じる。次に開いた時には金色の礫が私の周りに集まってきてくれるのを感じた。大丈夫。私なら出来る。
「じゃ、行ってくるね。」
トン、とオズワルドさんの胸を押す。あなたもそろそろ行って。そんな意味を込めて押したっていうのに、オズワルドさんったら顔が真っ青。私に向かって必死に手を伸ばしてくるその様子に、その焦った顔に思わず笑みが浮かんでしまう。けれども、それを見つめていられるほどの時間もなく。
オズワルドさんの胸を押した反動で、私の体はゆっくりと後ろへ倒れていく。元々ボードの先っちょに立っていたせいだろうか、私の体がボードから落ちていくのに時間は掛からなかった。手を伸ばしてくるオズワルドさんはどこかスローモーションで。それを体を捻って避けながら思う。
召還される手前に見たトキも、こんな感じだったなぁなんて。こんなに離れてしまうと分かっていたらもっと必死になって手を伸ばしていたかもしれない。あの時のトキの顔がちょっとレアだなー、とか馬鹿なこと考えてなかったかもしれない。終わったことだから後悔してもしょうがないことだけどね。
ボードより完全に下に落ちてオズワルドさんの視界から私はいなくなる。そう。この一瞬。
私はこの一瞬でしか動けない。何も自分の運動神経を過信しすぎて、このままドラゴンの上に着地なんて考えてなかった。そんなの絶対に痛そうだしね。
シュパンッと何かが私の服の袖から飛び出していく。ゴムみたいなそれは真っ黒な私の袖下にあった影。なんでこんな使い方が出来るのかとかよく分からないけど、突発的にそう思って私はそれを確信した。死神の力の使い方っていうのはこういうもので教えてくれるのかもしれない。まぁ、直感で動くクセのある私にはいいけれど。
私の袖下にあった影は狙った通りに近くの建物の瓦礫に絡み付いて、影の長さを調整しながら私は地面へと近づく。1つ予想外だったことがあると言うなら。
建物の瓦礫が影が絡みついた衝撃によって崩れ、地面が間近に迫っていた私はそのままスライディング。最終的に受身で仰向け状態で止まるっていう女子力のカケラもない格好をしてしまうことになった。
ボードの上から微かに見えるオズワルドさんの顔が、『ありえない』って言ってるのが分かる。いや、当初の予定ではこんなことになるはずではなかったんだけどね。格好よく着地してドヤってやるつもりだったんだけどね。
「よっこいせ・・・・・。」
女子力とかもう私に求めないでください。泣けてくるんで。
腰を抑えながら辺りを見回す。今のところ私の奇行に気づいている人はいない。問題ない。計画通りである。
目の前に聳え立つ赤色の巨体を見つめながらほくそ笑む。まぁ、本題はここから何だけどね。オズワルドさんに軽く手を振ってからドラゴンに近づく。
止めなきゃ。兵士達はこの状況下でも果敢にドラゴンに立ち向かっていく。その力量差なんて彼らにはちっとも見えてないのかもしれない。か弱い人間が。こんなにも小さな生き物が。ただ、たまたま進化して大繁殖しただけの生き物が、こんな大きな生き物に勝てるわけないのに。
真っ赤な炎が辺りを満たしていてじんわりと額に汗が滲む。炎の赤。血の赤。ドラゴンの赤。赤。赤。赤。みんな、真っ赤なんだ。正気を失わないように深く息を吸ってみる。煙に咽て目に涙が滲んだ。歪んだ世界を見つめながら、数歩ヨロヨロと進んで足が何かにぶつかった。目に滲む涙をごしごしと拭ってからその何かを見つめる。
ここに家畜小屋でもあったのだろうか、崩れ去った跡地のようなその場所にはたくさんの藁が置いてある。一部火がつき燃えてしまったのもあったみたいだけど、まだ燃えてないその藁の上にそれは大事そうに置いてあった。
「あ・・・・・・。」
それは、見覚えのある小さな真っ赤な翼。元の色だけでなく血のこびりついた赤い体。
そこには確かに、あの子が横たえられていた。
あの子を最期に見たのは確か、私が抱えていたあの子は光に包まれて外へと出て行ったところだろうか。この世界では当然のことなのかも、と思いもしたけどこんなところにいたのか。
「守れなくて、・・・・・ごめんね。」
あなたを守ることが出来なかった。ちゃんとあなたの声は私に聞こえていたっていうのに、私には助けることが出来なかったんだ。あなたの、ヒーローにはなれなかったんだ。
手を伸ばしてその体に触れて、思わず一瞬手を引っ込めてしまった。冷たい。とても冷たい体だった。
もうそこにあの子はいない。
これは、もうあの子であってあの子じゃない。ただの抜け殻なのだと。本当のあの子はあの体の中から居なくなってしまっているのだと。死ぬ、ってそういうことなんだと思った。
私はこの戦いを止めたい一心でドラゴンの傍まで来た。けど、今になって自信がなくなってきてしまった。オズワルドさんは私がドラゴンと会話できるから、という理由で私にこの役を任せたんだろうけど、正気を失ってるドラゴンと会話なんて出来るの?
自分自身に問いかけた疑問。ゆっくりゆっくり考えてみる。大切な人を殺されて正気を保っていられる人なんているの?私みたいな小さな人間の話をあのドラゴンが聞いてくれる?
私に
あのドラゴンは止められる?
あーやだやだ。マイナスに走っちゃうのはダメだ。いや、もう現状的にマイナスにしか進む方向ない気がするけどもね。私がそうこうしてる間にまた誰かが死んじゃったらどうすんの。
頬をパンパンと叩いて目の前を見据える。役、引き受けちゃったじゃん。だったらやるしかないよ。逃げ道なんて当に塞がれてる。だったら行けるとこまで行ってやろうじゃんか。
決意をした後ドラゴンの小さな体をもう一度撫でて立ち上がった。そのまま足を踏み出そうとした時
『一人ぼっちは寂しいよ。』
唐突に、幼い子の声がした。頭の中でぼんやりと響いてくるその声。
「ッッ!」
咄嗟に人ではないものの何かの声だと悟った。
気配に後ろを振り返った矢先。視界に入った見覚えのあるそれ。
”小さな真っ赤な翼。元の色だけでなく血のこびりついた赤い体。”
「・・・・え?」
困惑顔の私に擦り寄って小さく鳴く。
『お姉ちゃん。ボクを助けようとしてくれて、ありがとう。』
叫んでいた時とは間反対の優しい男の子の声が、私の頭の中に響いた。
私の目の前には、”あの子”が居た。若干光に包まれるようにして私の目の前に居た。ドラゴンの表情なんてものはあまり分からないけど、すごく穏やかな顔をしている気がした。
「・・・・・なん、で・・なんであなたが、だってここにちゃんと。」
『それはボクのぬけがらだよ。ボクはもう死んでしまったから、そこにはいられなくなったんだ。』
クスクスとどこかおかしそうに笑う男の子の声。
いや、でも驚かずに居られるわけないでしょ?所謂これは元の世界でいう幽霊との遭遇みたいのものなわけで。
いや、でも死神であるエリオスの世界が見えるようになったんだから、これもオプションのひとつかもしれない。幽霊が見えるオプションなんて欲しくなかったけどね。
『一人ぼっちはさびしい。・・・・お姉ちゃんもそう思うでしょ?』
「・・・・・・・。」
会話の脈絡をあまり考えていないのか、最初のセリフに突然戻って私に同意を求めるように首を傾げる。
生まれてからずっと一人ぼっちだった私は、もちろんその寂しさを普通の人よりは分かっているつもりだった。
無言の私の頷きに、小さなドラゴンは優しく語りかけてきた。
『お母さんは、ボクのお母さんはまだ一人ぼっちじゃないんだ。でも、ボクが居なくってちょっと見えなくなっててね、一人ぼっちになっちゃったって思い込んでるんだと思う。だからね、お願い、お姉ちゃん。教えてあげて。』
――― 一人じゃないよ、って。
「・・・・・・うん。それが、君のお願い?」
『うん・・・このままお母さんがあばれたらね、ここにいるヒトはしんでしまうから。そしたらまた一人ぼっちがふえちゃうから、お母さんを止めなきゃだめなんだ。』
少し拙い言葉だったけど、確かに伝わった。優しい心が、伝わった。
「助けれなくて、ごめん。それだけ本当に伝えたかった。」
優しい君みたいなドラゴンが、どうして死ななければならなかったんだろうか。
『ううん、これがきっと、ボクのうんめいだったんだと思うから。でも、ありがとう。お姉ちゃんが助けに来てくれる、って分かったから、ボクはさいごまでがんばれたよ。だからね、ありがとう。』
出来すぎだと思う。こんなに嬉しい言葉を、私は貰ってはいけない。助けれなかったのに。救えなかったのに。死なせてしまったのに。こんなの、ダメなのに。
零れ落ちる雫は、もう冷たくなったドラゴンの体を濡らした。ぐすぐすと鼻水をススって、涙も拭った。もう一度顔を上げてから、私に今出来る全ての表情筋を総動員する。
「よしっお姉ちゃん、君のお願いを叶えてくるよ!お母さん、止めてくるからね!」
笑え。意地でも笑え。死んでしまったこの子のお願いを、叶えてあげるんだ。不安な心なんて一片も見せちゃダメだから。そんなのは影に隠して笑わなきゃ。
くるりと踵を返してドラゴンの方を向くと、トントンと靴のつま先で地面を叩く。アキレス腱を伸ばして、手首足首を軽く回す。首もついでに回してからドラゴンを見上げた後、両手を上に向かって掲げた。
袖の下からシュパンッと影が飛び出していく。
ひとまず人間側からの攻撃を止めなきゃいけない。正気を失ったドラゴンの世界に私をねじ込むのはその後だ。
影から伸びた帯は建物の影にぴたりと張り付いている。この暗闇なら見えないだろうと安心しながら、私はそれに引っ張られるようにして空中を飛ぶ。嫌な浮遊感が体を駆け上がってから、地面に向かって一直線。両手の角度を上手く動かしながら着地できるように体勢を整える。足の裏と地面をすり合わせるようにしてスライディングする。こんな時とかに自分の運動神経に感謝するよね。
両手を勢いよく振って影を袖の下に隠してから、すぅ、と息を吸い込む。私に今出来る精一杯の大きな声で。叫ぶんだ。この場所の視線を私に引き付けろ。
音にする瞬間、ずぶ、と足が地面に沈む。いや、正しく言うと足元の地面にあった影の中に沈んだのだ。と言っても冷たさも温かさもなくて、ただ何かに自分の足が沈み込んだような感覚だった。
ざわ、と髪の毛が波打つ感覚がした。それでも止まることなく私は叫ぶ。
「攻撃するのをやめて!!」
どくん、と音が聞こえた気がした。鼓動ではない何かの音。飛び交う弓矢を視界に入れる。あれに当たったら一たまりもないだろう、なんてことを考えてみる。でも。それでも届くまではやめれない。
「ドラゴンを傷つけないで!!ドラゴンは何も悪くない!!」
どくん、とまたさっきよりも大きな同じ音が聞こえた。気のせいじゃない。確かに、聞こえてるんだ。
「最初にドラゴンを刺激したのは人間だッ!家族を奪おうとしたのはこちらの人間だ!!」
びゅんっ、と飛んできた弓矢が頬を掠って、そこから血の雫が滑り落ちる。周りの人間は私を嘲笑している。何を言ってるんだ。何馬鹿なこと言ってるんだ。って。
「何故知ろうとしない!何故疑問を持たない!ドラゴンは何の理由もなく攻撃してくるような生物じゃないだろう!?」
どくん、と同じ音が聞こえたのと同時に地面が波打った気がした。叫び続ける私の耳に鋭い矢の音が届く。次の瞬間走った本日二度目の痛みに、矢が刺さったんだと自覚した。それでも止まれないんだ。
「お前等それでも人間かッ!?疑問も意思も持たないのはただの家畜だ!疑問を持て!考えろ!そして行動に移すのが人間だろうがッ!!」
叫びすぎた喉は痛いし、攻撃をやめてくれない人間達には嫌気がさしてくる。このままドラゴンに焼き尽くされてしまえばいいとさえ思えてきた。でも。オズワルドさんと結んだ約束だけは違えたくないよ。
荒い口調と軋む音を上げる喉。さっきよりもはっきり、地面が波打つのが見えた。見間違いじゃない。地面から鼓動が聞こえる。聞き間違いじゃない。矢の刺さった痛みだって感じられないけど、これは確かに分かること。
すぅ、と吸い込んだ空気。さっきとは比べ物にならない位の大きな声を出せる。直感的にそう感じた。
言葉じゃない。それは、ただの音だ。
「――――――――――――――ッッ!!!!」
――――― キィィィィィィンッ
まるで耳鳴りのようなソレが辺り一帯に響いて、どくん、とした音と一緒に地面が大きく波打った。確かに地面から黒々とした何かが波打つのだ。辺りからどよめきが走る。一瞬にして攻撃が止む。静寂と一緒にやっと集められた私への視線。人間を黙らせるのにここまで体力がいるなんて思わなかったけど。
「げ、ほッ、げほッ、」
咽ながら喉を押さえてから、ようやく右肩に矢が刺さっていることに気づく。こんなとこに刺さってたんだ。そんなこと思ってヘラリ、と笑みを零してみる。体がふわふわと浮いてるみたいな感じ。ぐらりぐらりと不安定に揺れる世界。攻撃を止めることが出来たというのに、ドラゴンを正気に戻すことは今の私には出来ないかもしれない。ガクリと地面に膝をついて、諦めかけた時。私の世界に声が割りこんだ。
「ヒヨリッッ!!」
ぼやけていた世界が、まるでピントが合ったみたいに揺らぐことをやめた。私の名前を心配そうに叫ぶその声が聞こえる。必死に、何度も、私をこの世界に繋ぎとめるみたいに。その声は私を呼んだ。
「・・・・・だったら、答えなきゃ。」
足を踏ん張ってもう一度立ち上がる。空で淡く光るボードに向かって小さく微笑んだ。大丈夫だよ。私、まだ生きてるから。
今にも胸が引き裂かれてしまいそうな程悲痛に満ちたその声は止まった。闇夜にまぎれてしまいそうなその黒いローブが近づく。
「受け取れッ!」
何か魔法でも掛けてあるのか、白い布に包まれて光る丸いものが私に向かってゆっくりと飛んでくる。これは、私がオズワルドさんに頼んだもの。
『建物の中に、ドラゴンの卵があります。それを私のところへ持ってきてください。』
ちゃんと、持って来てくれた。
2本の足でしっかり立って、動くほうの左手を高く突き上げた。白い布に手が触れた瞬間暗闇に光が弾ける。パチパチと線香花火みたいな明かりが飛び散って、温かみのあるドラゴンの卵が私の腕の中に落ちる。これが、ドラゴンが一人ぼっちじゃない証。
動かしにくい右手を無理矢理動かして両手で卵を抱きしめた。安心してほっと息を吐いた時。
弓が空気を切って、私に突き刺さった。
今度こそ視界が揺れて、ドラゴンの卵を抱えたまま私は仰向けに地面に倒れた。卵が傷つかなかったのが幸いだったと、私は安堵していた。オズワルドさんが私の名前叫ぶ声が聞こえる。弓を飛ばした誰かを怒鳴る声が聞こえる。ごめんなさい。返事が出来ないの。もう叫ぶ気力も私には残ってない。
夜空しか見えなかった私の視界に、真っ赤な巨体が割り込んできた。
のっそりとした巨体は先ほどまで正気を失っていたドラゴンだとは思えなかった。
「ごめんなさい。あなたの大切な子ども、守れなかった。私が力がなかったから。私が自分を過信しすぎたから。あなたの大切な子どもを死なせてしまった。」
ぼろぼろと落ちてきた言葉をドラゴンへと紡いでいく。その間ドラゴンは身じろぎすることもなく、じっと私の言葉を聞いていた。
ポト、と雨よりもずっと大粒な雫が落ちてくる。それは止まることなく私の上に降り注ぐ。
『すまない。すまない人の子よ。お前は悪くない。全く悪くないんだよ。謝らないでおくれ。我の子が死んでしまったのはお前のせいではないのだ。』
優しすぎる言葉。でも、反論する元気も何も残ってなくて。ただ、私はその言葉を受け入れた。優しすぎるその言葉に甘えた。
「これね、私が守れたちょっとの分。」
両腕に抱えた卵を少しだけ持ち上げてみせると、ドラゴンは体よりも随分と小さなその手で卵を受け取ってくれた。
『ありがとう。優しい人の子よ。』
その言葉が、ただ聞きたかったんだ。ヘラリ、と笑みを零した。
「あなたの子がね、あの小さな赤いドラゴンの子がね、言ってた。あなたに一人ぼっちじゃないことを教えてあげて欲しいって。」
『・・・・・そうか。あの子が。』
また、ポタリと雫が落ちてきた。
『お前には返しきれぬ恩が出来てしまったな。ありがとう。優しく勇ましい人の子。この命に掛けてでも、この恩は必ずお前へと返そう。お前が求めた時。我はお前の傍へと行こう。この恩の清算はその時だ。』
「・・・・・うん、覚えてるね、だから教えて。私の名前はヒヨリ。あなたの名前は?」
問うた私の声に、ドラゴンが優しく穏やかな声で返す。
『我の名は烈火のドラゴンのアデレイド。忘れてくれるなよ人の子。』
「・・・・・・忘れるわけ無いよ。アデレイド。さ。早くここから逃げて。」
笑いながら、アデレイドに手を振る。早くこの場所から逃げて。もう傷つけられることのないように。逃げて。
ドラゴンが大きく羽ばたき始め、その巨体が宙へ浮く。卵を大事そうに抱えたドラゴンが飛び立ち小さくなっていくよりも早く、私は目を閉じた。
2本目の矢は、私の左胸近くに突き刺さっていた。
ぬめりとした血の感触。どんどん遠くなっていく音。視覚以外の全てを感じながら、私の意識がゆっくりと遠ざかっていくのを感じる。
あぁ、今日は少し、疲れたなぁ。
『よくやった。』そう言いながら、トキが頭を撫でてくれた気がした。




