王様(乾燥死体)と私
徹夜テンションで書き始めて、ここまで来てしまいました。うふふ。馬鹿だなーと笑って頂けると幸いです。
文章の中で国が出てきますが実際の国家、組織等とは一切関係しておりません。
ミイラと聞いていったいどれだけの人が、白く細い包帯をグルグルと全身に巻き付けた乾燥死体を思い浮かべるであろう。しかも、出身はエジプトだと思い込んでいる。実は世界の多くの場所でミイラが発見されていることを人々はあまり知らない。いや、この場合はあまりにも知らないとさらに人々の無知を強調させたい。
アンデスではミイラは祠に安置したり、住居に置いて、あたかもミイラが生きているかのように話しかけ、食事を供し、亡くなった近親者への愛情と尊崇の念を示し続ける。ミイラになっても家族だと言うことだろう!日本では僧侶が土中の穴などに入って瞑想状態のまま絶命し、ミイラとなる。これが、仏教の修行の中では一番過酷らしいぞ!
身振り手振りで、壮大に語る彼の身体に巻かれた包帯の端がひらひらと動きに合わせて揺れるのを目の端で捉えながら今日のランチメニューはなんじゃらんほい?とボードを見る。
なんと、今日は私の好物じゃないか!久しぶりの母国料理にテンションが上がっちゃうぜ。
私のテンションも上がったが、彼の語りのテンションも上がってしまったようで包帯に阻まれてなおモガモガフガフガ、演説も佳境に入ってきた。
よほど意識的にミイラについて“ぱそこん”という四角い箱形のカラクリで調べなければ、なに?今はもう四角い箱は古い?今は板状?しかも、“ぱそこん”ではなく“すまーほ”でも良い?とな?
ふーむ、現代人の進歩とはかくも早いものであるな。余が生き、栄華を極めた時代でも情報媒体は泥を固めた石版であったというのに。
さて、あーどこまで話したであろうか。
そう!ぱそこんで調べなければ人々は世界各地にミイラが点在し、それらの個体別にミイラになった意味や経緯を知ることはないという事実を余は嘆かわしく思うということを話したかったのだ。
「つまり、もっと詳しくいうと?」
「余にも個性があるということだ」
うん、デスクから食堂に来るまでの十分間の演説の八割以上が無駄な話だった気がする。
安っぽいプラスチックのトレーにランチを載せてもらって、席を探していると彼がそっと椅子を引いてくれた。外見と口調に反して、さりげなく紳士である。お礼を言ったり恐縮するのは本場の紳士には失礼に当たるらしいので、彼が席に着いたら話の続きをすることにする。
「個性?あんた、まんまミイラ男じゃん」
そうなのだ。私の目の前の席に陣取るハロウィンのコスプレのような格好をした男は正真正銘、エジプトのピラミッドで発見されたミイラ男なのだ。ちなみに発見当時は暢気に包帯干して昼寝してたらしい。しかも休日のお父さんスタイルで。やめろよ、心臓に悪いだろ。
現在、彼はこの研究機関で復活したミイラ男という稀少な存在ということで保護及び研究・観察されている。五千年以上も寝て過ごしていた彼は自分の生前が思い出せないらしいので、もちろん自分の名前も思い出せないとのことだったのでこの研究機関総出で彼の名前を考えた。パンダの赤ちゃんの名前募集みたいになった。本当に、ミンミンなんて提案する馬鹿もいたので皆で悪ノリしまくったのが良い思い出だ。彼も参加していたが、その悪ノリの中から自分の名前が決まるんだぞと言ったら慌てて阻止した。分かってなかったんかい。
結局、彼の名前はエジプト男性の名前の中でも一番ポピュラーな『ムハンマド』で決定した。
「いや、だからの?ミイラにもそれぞれ個性があると言うておろう」
「例えば?」
「ふむ。余が生存していた文化圏ではな、死後ミイラ化し保存するということはその身が高貴な身分であったということの証拠なのだ。死後の世界に無事に生活できるように心臓以外の臓器を個別にほか「ストップ!今、ご飯食べてんの!そっち系の話は無しにして!」
「・・・すまん」
「で、あんたが高貴な身分だから?あんだって?」
本日の食堂のランチメニュー『唐揚げ定食』を頬張りながらどうでも良さげに先を促してやれば、目の前の自称“高貴な身分”の男、ムハンマドは満足げな表情で頷いて、(まぁ実際には包帯で隠れているから表情なんか見えないんだけど)口を開いた。
「南。余と婚約すれば玉の輿というものに乗れるぞ?」
「・・・それ、約七千年ほど前のあんたから聞きたかったわ」
「いやいや、今からでも遅くはないであろうっ!人生これからだ、とはそなたの国の言葉であろう」
「いやいや、それは満五十歳から満八十歳までの話な。ギネス記録越えからは、保険屋も面倒見切れないからな」
ギネス記録も軽くぶっ飛んでるやつと一緒に人生これからだは勘弁して欲しいところだ。
「良いではないか。余は元国王、つまりは“セレブ”というものであろう?左団扇の生活ぞ?死後の現在もそれなりの財産を持ち合わせておるのだぞ?」
「いや。悪いけど、それあんたの財産じゃないから。あんたを研究・保護する為の予算だから。お金は大事だからもう一回言うけど、あんた個人の財産じゃないから」
この研究施設の経理事務をしている身として心を鬼にして言わせてもらうが、あんたは無一文だ。
あんたは文字通り、身一つで生きてるぞ。
「なんと!では、王であった余の財産は何処へ消えたというのだ!余は堅実な男であったから浪費など身に覚えはないぞ!」
「あ〜、たぶん博物館じゃないかな?USAとかUK辺りの」
「・・・それはいつ返還してくるのだ?」
「・・・出るとこ出て見れば?」
「ふ〜む。弁護人には是非アヌビス神をお呼びしたいのだが、」
「アヌビスさん、弁護士資格持ってると良いね」
その前にどうやって、犬の頭部をもった彼を召還するのかが気になる。あと彼は現代の法廷に立つ時、どうするのだろう?さすがに神様と言えど腰布一枚で法廷に立たれたら堪らんだろう。あ、もちろんこの場合の堪らんとは分かって頂けると思うが勘弁してくれの方である。間違っても頭部犬男の肉体美に滾る方向性ではない。
「いや、待てよ。歴史関係者ばっかりの裁判になるだろうから、ある意味たまらんのか?」
「なにが、堪らんのだ?南。余か?余が愛おしくてたまらんのか?」
「あんたってほんとに、人生楽しそうだな」
いやいや、照れんな。照れんな。
あと、頭をポリポリすんな。歴史が詰まった埃が落っこちてるから。ここ食堂だから。ほらー、食堂のおっちゃんメッチャ睨んでるから。あとこっち窺ってる研究班の連中が物欲しそうに見てるから。
というか、どんだけポジティブシンキングだこいつは。あ、キングだったけ。
「では、今の余ではそなたは婚約してくれないのか?」
「あ、その話は続投なんすか」
「それもそうか。元王とは言え、今ではただの無一文の乾燥死体。魅力など感じられぬか」
ふっと切なげに溜め息を吐く男には申し訳ないのだが、動いて喋れて最近では施設の職員達と元気にサッカーしてる乾燥死体にただのという表現は不適切だと思います。
あと、前から思ってたけどこいつ人の話聞かないなー。勝手に告白飛ばして婚約申し込んできた?と思えば勝手に落ち込んでネガティブロンリーに陥ってる。なんなんだ。
思えば初めて会った時からこいつはそうだった。
私の勤めるこの研究機関は目の前のムハンマドを始め、多くの奇天烈人間やら生物やらを保護・研究対象として囲っている。全身剛毛の雪男、いつも貧血気味の吸血鬼、処女限定でエロオヤジと化すユニコーン等々etc...etcである。目的は彼らの生態の解明及び、長寿の彼等から歴史の中で未だ解明されていないものを聞き出すというちょっとズルくない?ってことだったりする。
まぁ、私は専門の研究員という訳ではなくこの機関の経理事務として雇われている門外漢の凡人である為に学者様方の考えていることはよく分からない。
もっと言うと、ムハンマドになんで好かれているのかも、それが原因で彼の担当研究員から嫉妬に駆られて地味な嫌がせを受けるのもよくわからない。不幸の手紙とか懐かしいな、おい。って、思いました。
話が少しそれたが、そもそも私と彼が出会ったのは偶然に偶然が重なったせいだ。
経理事務と研究対象(しかも外部に極秘扱い)が出会うなんて本来ならありえないのだ。ありえないのに出会ってしまった。
最初の偶然はムハンマドを担当している研究班が無類のミイラ好きであったことから始まり、外に興味を示したムハンマドを「しかたなーいなー、ちょっとだけだよー」とデレデレと甘やかして研究室のドアを開け、ムハンマドを解放してしまったことだった。何千年ぶりの開放的なシャバに興味津々のムハンマドは、施設を探検しまくり付き添っていた研究員にあれこれ質問して交流を深めたらしい。これが一回こっきりの出来事だったら良かった。
しかし、ムハンマドはおねだりに味をしめてしまった。そして、研究班は彼に甘かった。黒糖羊羹よりも甘かった。ムハンマドの探検は回数を重ねて他の研究対象の部屋に偶然入り込んでしまった。自由に動き回るムハンマドを知った他の研究対象達は自分たちも自由に歩き回りたいとそれぞれの研究班におねだり。
普段は「人間如きが」と見下されて拒否される存在からの突然のおねだりに脳内桃色に浮かれまくった研究員達は対象をムハンマドと同様に解放してしまった。ここまでだったら百億歩譲ってまだ良いとしよう。うん。すでに駄目な気もしないでもないが良いとする。
ところが、どっこい何を考えたのか(多分、何も考えてない)研究対象はある日、留まることを知らずに、一般事務員立ち入り禁止の研究棟から出てしまった。そこから施設内は阿鼻叫喚のお化け屋敷に陥った。
考えてみても欲しい。
今でこそ受付嬢達と一緒になってどこそこの脱毛クリームが良くきくだのキャッキャッと語り合ってる体長三メートル越えの全身毛むくじゃらの雪男が、食堂のおばちゃんにレバニラ定食のニンニク抜きを頼んでいる吸血鬼が、超オカタイお局様事務職員(処女か!?処女なのか!??)をナンパしているユニコーンが、馴染みまくっているが、最初は人の想像上のモノだと考えていた生き物が目の前を闊歩しているのだ。それは免疫の薄い一般職員達を混乱と恐怖に陥れるのに簡単なことだった。
ちなみにムハンマドは、「こんなところでコスプレしてウロウロしている変な人だなぁ」という認識だったためにあえてスルーしよう。
さて。そんな偶然が重なって、なんで最後に私とムハンマドが出会ったのかというと廊下でぶつかったからだ。
・・・おぉんっ!!そうだよっ、どこぞの擬似恋愛シュミレーションゲームのイベントのように廊下でぶつかったんだよ!ぶつかった相手はイケメンじゃなくて乾燥死体だったがな!
そんなわけでぶつかったことによって出会った私たち。だが、無敵の鉄壁を誇るパンツスーツ派の私にパンチライベントが発生するわけもなくただ道案内をして私たちはその場で別れた。
そこで二人の関係は終わったはずだったのだ。私自身も、人生の中で二度と全身包帯グルグル男なんぞに遭うもんかと思っていたのだ。の、だが、意外なことに私たちはすぐに再会した。そう。五分後に。
嬉しくねー。
道案内した私の話をまったくもって聞いていなかったムハンマドは当たり前だが道に迷い、迷ったその先で再び私と再会したのだった。
それから何故か私を凝視して、彼はのたまった。
「・・・運・命っ!」
包帯に覆われて表情は見えなかったが、その口があるであろう場所から「ここで再びまみえようとは!やはりそなたと余は運命であったか!」と嬉しそうに語る口調と目があるであろう位置からビカーと怪しい光が漏れ出ていたから「あ、やべ」と嫌な予感はした。
それから私の、いや研究所のトンデモ日常の幕開けである。
遠慮なく自由に徘徊する研究対象達。ツルツルの肌という快感に目覚めて脱毛方法を模索していた雪男は最近では美容液などにも興味を示し始めたらしい。血液以外の食事で味覚が発達した吸血鬼は今日も食堂に通っている、彼のお気に入りはボルシチだ。ユニコーンはお固い研究者(処女)や事務員達(処女)を誘惑してハーレムを築くという、なんとも最低な野望を抱いてる。
そしてミイラ男、もといムハンマドは遅まきの恋に目覚めたのだという。
相手はだれかって?
私だよ。コンチクしょう!
この男の人の話の聞かないこと、聞かないこと。
人が仕事をしている最中でも容赦なく、乱入してくるのは当たり前で休憩や昼食の最中にも現れる。さすがにトイレにまでついてこうようとはしなかったが。
余と結婚したらとか自慢話ばっかりするし、道に迷うし、それでなんでか私が保護者扱いになってるし。このあいだも放送で「経理課のミナミ・ホマレさん。No.097ムハンマドから迷子通信が入りましたー至急保護に向かって下さーい。繰り返しまーす。」なんてデパートの迷子放送的なモノが流れた。恥ずかしいったらなかった。
「しかし!余はここで諦めるつもりは毛頭ない!南にふさわしい男になろうぞ!」
私の平穏を返して欲しいとブチブチいじけながら、ジューシーな唐揚げの油を吸った千切りキャベツを食べていたら、“人の話を聞かない”男が拳を突き上げて雄叫び上げだした。
いつも通りの、立ち直りの早さである。
千切りキャベツと唐揚げを一緒に食べると、お肉の旨味エキスとキャベツのシャキシャキな歯ごたえが堪りませんなぁ。
常に人の話を聞かずに勝手に暴走気味な男は、放っておくに限る。どうせ、彼は研究対象でこの施設を出ることは無いのだから。大それたことは出来ない。はず。
おいしいランチを噛み締めながら至った結論に自分で満足しながら、うんうん頷いているとムハンマドは勢いよく立ち上がり宣言し始めた。
「皆のもの!余は余の当然の権利を行使する為に、USAやUKとやらと闘うぞ!」
おい。皆、食事中なんだから静かにしないさい。騒がないの。
『薙ぎ払えー』ポーズをしながら騒がないの。
「余から奪われた財宝の数々、必ず取り返してくれるわっ!法廷の準備をするぞ!ケヴィン!」
ケヴィンとは彼の担当研究班の班長である。今までも右斜め向かいのテーブルからこっちにも聞こえるくらい歯ぎしりしながら私を見ていたのだが、ムハンマド本人から指名されたので今はキラキラした目で「はい!陛下!」と元気に返事している。若干、他の班員もそわそわしている。
お前等、ちょっとアレだそ。
周りはまわりで、「あぁ、またか」と言う顔でこちらを生温い目で見ている人と無責任に騒ぎ立てる人と色んな人間がいてカオスな空間になった。ただでさえ人外とか入り乱れてカオスだったのに!
カオスを作り上げた張本人といえば、私の微妙な表情も周りのざわめきも気にせずに何がそんなに嬉しいのか高笑いを上げて食堂から去っていった。
その堂々とした足取りと後ろに家来のように従える研究班をみていると確かに元国王の片鱗が見えた。ような気がした。
「ふはははっ!待っておれ!みなみぃー!」
堂々としたバリトンの高笑いが、エコーを残して遠ざかって行くのを聞きながら今後のことを予想する。
きっと彼はこれから局長室に行って、「余に告訴させろ!」と要求しにいくのだろう。しかし、彼の要求を局長が飲むことはないだろう。いくら普段から「面白そう」という考えだけで奇想天外行動をしまくって周りに迷惑をかけまくる局長でも、極秘の研究対象を外に出して、しかも法廷に立たせる、しかも訴える相手は国とか許可しないだろう。許可する訳が無い。
きっと、すぐに要求を却下されて包帯をグズグズにさせながら戻って来るだろう。
そう、常識的な私はそう予想していた。
しかし、甘かった。この研究機関が世の常識・良識など鼻紙のように軽く破る変人奇人揃いだったことを、この時の私は忘れていたのだ。
後日、本当にUK博物館相手に告訴したミイラ男が世界中の話題になって。記者会見で男の横に、あきらかに作り物じゃない頭部犬男がダンヒルのブラックスーツを着こなして座って記者の質問に答える光景を食堂の大型液晶テレビで見て茫然自失する未来なんてこの時の私はこれぽっっちも予想してなかった。
「この戦い、余は余の愛する南の為に負ける訳にはいかんのだっ!」
なんて、全世界放送で宣言される未来なんて私は来て欲しくなかったー!!
このバッカ乾燥死体王ーーーーー!!
9/15誤字修正 つおて→ついて