漂い続ける
仲間達が目標物の潜入に成功した瞬間を見て、俺は狂喜した。あいつらの活躍を想像するだけで胸が踊る。
物量作戦。
これは俺、いや、俺達一族の基本戦術である。どれほどの強敵だろうが、数に物を言わせてしまえばこっちものだ。たとえ一の力しか持っていなくても、仲間がいれば百にも千にもなる。
しかし、仲間に頼っているだけではただの甘ちゃん。向上心を捨てることは最も許されない罪だ。俺達はそのことを忘れず、日々鍛錬を繰り返し、一の力を二にも三にもしようとしている。
今がその修行の成果を見せる時だった。
頑張れよ、みんな!
俺は外から仲間を応援する。断っておくが、決して我が身可愛さから残ったわけではない。未熟者の蛮勇のせいでみんなの足を引っ張るなどあってはならないのだ。もちろん、勝利まで後一歩という所まで来たら俺も加勢するつもりだ。
同僚の情報によると、どうやら最近外部の防壁が薄っぺらな上、内部も人手不足に悩まされているようだ。そのおかげで仕事がやりやすいのだとか。
考えてみれば、今日の潜入は我先へって感じだった。そんなに楽なのかと俺は疑問を抱いた。
待てよ?
外部ってことは恐るべき《穢れ無き白》の攻撃がないということになる。
内部ってことは悍ましい《アルファベットファミリー》の面を見なくて済むということになる。
――ハッ!
なんだよ楽勝じゃねえか。そんなことなら俺も作戦に参加しておけば良かったぜ。あーあ、経験値上げ損ねたなあ。
俺が落胆の色を隠せないでいると、いきなり女性の声が響き渡った。怒っていると言うよりも、注意していると言った方が正しい口調である。扉が閉じているせいで、俺のいる場所からでは話の内容がうまく聞こえなかった。
やがて声が止むと、扉が開いて目標物が入って来た。五歳くらいの女の子である。その女の子は台座に乗ると、洗面台の鏡に可愛らしい顔を映した。
おい、まさか!?
そのまさかであった。
女の子は蛇口を捻って水を出すと、《穢れ無き白》――石鹸を使って手を洗い始めた。手が擦れ合うたびに死にゆく仲間達。死に際の声は全て流水にかき消されていった。
女の子は仲間達を徹底的に滅殺していく。手の平や手の甲はもちろん、指と指の間や指先、さらには手首まで石鹸の泡を届かせる。まるでこの女の陰湿さを表しているかのようであった。賭けてもいい。この女は将来、ネチネチと過去の小さな失敗を持ち出しては、相手を執拗に責め立てる酷い女になるだろう。
「真夢ちゃん、手を洗い終えたらうがいもしっかりね。風邪流行ってるから」
「はぁい!」
はぁい、じゃない。やめろ。予防としては正しいけどやめてくれ。
俺の悲痛な思いは届かなかった。女の子は手を流し終えると、非情にもうがいを三回もしたのだ。これから潜入しようとした仲間達が次々と弾き飛ばされ、口内にいた奴らも排水口へと流されていく。
「ママぁ、終わったよ!」
「良く出来ました。お昼何にする?」
「野菜炒め!」
ああ、もう駄目だ。《アルファベットファミリー》――ビタミン共がバランス良く体内に存在しているとするなら免疫力は半端じゃないだろう。俺達のような普通のウイルスじゃ話にならない。先に潜入していった仲間は免疫作用の前になす術もなく立ち尽くしているはずだ。
どうやら相手が悪かったようだ。
しかし、人間は清潔にすること忘れる生き物である。きっと、この子にも油断する時が来るはずだ。たぶん。
俺はその機を狙いながら宙を漂い続けた。
この作品を読んでいただいてありがとうございます。
季節が冬ということで投稿しました。
今回で二作品目となりますが、頑張って三作品目も執筆するつもりです。
覚えて頂ければ幸いです。