第三十二話 魔族〈3〉
さらに鬼畜が続きます。
バイルさんの血で血まみれの私を、魔族の彼女はなめた。
魔族の体液には、人間の細胞から痺れを起こすらしく、それがやがて脳にまで至って死ぬらしい。
頭が真っ白になった。
死の恐怖が襲っていた。
なにも考えられない。
ウィングタイガーの咆哮や人々の叫び声でうるさいはずのこの戦場が、私の中で無音になる。
彼女の声も半分以上聞き取れていない。
ただ私の感覚としてあったのは、死にたくないという、あまりにも単純で強力な欲だった。
「ああああああああああああああああ!!!」
私は剣を握っていた。
いつもの剣、ホーリーゴールデンブレイドだ。
私はその剣を振り回しながら、彼女に攻めかかっていた。
「………くくく。壊れちゃった。残念だなぁ〜、もっと絶望と恐怖と苦しみで悶える顔が見たかったのに〜」
と、彼女はよく分からないことを言っていたが、私にはどうでもいい。
こいつを消さないと。
こいつを、こいつを、こいつを、こいつを、ケス!!
「くくく。死に際の悪あがきなんてみっともないわよぉ。絶望しきって死になさい。勇者!」
彼女は私の首をさっきよりもさらに強くしめていた。
しかし、どうしてだろう。
全く苦しくない。
しびれて死ぬくらいなら、この女に一矢報いてやる。
この女も………。
「ミチヅレニシテヤル」
「…………!!」
私のとった行動に、彼女は驚いた。
剣を高く振りかざし、私の首をしめつけるもの、彼女の尻尾を斬りつけたのだ。
「ぐはぁっ!」
それが初めての彼女の悲鳴だった……。
「…………ぐっ。このクズ勇者の分際でぇっ!ぐはあああああ!!」
私はそのまま彼女の尻尾を握り、ぶんぶんと振り回していた。
いったい私のどこにこんな力があったのか。
「…………はぁ…………はぁ…………。追い詰められたネズミは何をするか分からないなんていう諺が人間にあった気がするけど。これがまさしく、それかな?」
なんて余裕そうにしているが、息が切れていることに変わりない。
だんだんと手もしびれてきていて、今剣を握っているのか握っていないのかもわからない。
しかし、彼女に何か攻撃しないと。
攻撃を、攻撃を、
「ぐわあぁぁ!噛み付くなぁ〜っ!」
体のなかで一番尖ってる部分てなんだろう。
爪?いや、歯だ。
八重歯が一番尖っているに違いない。
もうなんでもよかった。
とにかく攻撃しなくちゃ。
少しでもこの女に有効ダメージを与えなくちゃ…!
そう思った私は、彼女の右腕を噛みついていた。
そして私は、噛みついていた口をさらに強くした。
「うがあぁぁぁっ!!!」
どんどん彼女の肉に歯が沈み込む。
どんどん沈み込んでいって、ついには血管までたどりついていた。
彼女の血が、私の口に集まる。
彼女と違って血をなめる趣味はないし、第一舌がしびれていて味なんてわからない。
どんどん沈み込むと共に、彼女の悲鳴が大きくなっていた。
「ひぃがああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!やべろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――!!」
どんどん悲鳴が獣に変わっていく。
最初のときの余裕なんて、今の彼女にはなかった。
噛みついた私は、どんなに腕を振っても振っても取れない。
ついには方法を変え、私に向かって刀を刺そうともしていたが……。
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――――い゛だい゛ぃぃ―――――!!!」
深くまで刺さっていた私の歯が、それをさせなかった。
「うぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!じぬ゛ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
ついに骨にまで達するほど、私は歯を食い込ませていた。
彼女は泣き叫びながら、腕を振りほどこうと悶えている。
だが、私はさらに骨まで砕こうと歯を離さない……。
「…………………!!」
ズバッ!!
彼女は、刀を使って、腕を切り落としたのだ。
右腕を根本からすっぽりと切り落とす。
しかし、私に噛まれたときよりも悲鳴はでていなかった。
あまりにも鋭い刀では、鈍い八重歯よりも痛みは少ないのだ。
「くふぅ………は、ふぅ………ぐぅぅ……」
「…………………」
私は、骨を砕くこともできず、切り落とされた腕を見ていた。
「よくも……。よくもやってくれちゃって……。もういい。絶望のうちに殺してやろうと思ったけど、もうだめ。あんたを殺すっ!絶対に殺すっっ!!!」
彼女の体は、とてもひどいことになっている。
そんななかで最後の技を繰り出すらしい。
「ウグゥゥゥゥゥゥゥ―――――!!!」
人間のものとは違う。
魔族のものとも違う。
怪物の咆哮のような声のあと、彼女の姿が変化した。
「………グルゥゥ。絶対ニ殺ス。絶対ニッ!」
まるで怪物。
目は最初よりもつり上がり、口は大きく開き、全身に鱗が見える。
長い舌のようなものもあり、あまりにも化け物じみた姿がそこにはあった。
「死ネェェェェェ!!!」
だが、私は動けなかった。
だって……、もう、足にまでしびれが回っていたから……。
動くことができなかったのだ……。
殺気だった彼女が近づいてくる。
もうだめだ、本当に、死んでしまう。
と、思ったその瞬間―――――
「く、は…っ!!」
なんと、彼女の心臓部に、剣が刺さっていたのだ―――――




