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第二十六話 ゲッコウイン

「…月光院様……。しばらく会うのは控えた方がよろしそうですね」



「そうですね……。仕方がありません……。あのような心ない噂を流されてしまっては………。まぁ。正直言って、犯人など……」



「……………」



月光院は爪を噛む。


こんなことになってしまうなんて。






「………これはこれは。家継様…」



「あっ。吉宗殿!」



その頃吉宗は、家継に会った。


たまたま城の外にいた家継に会っただけだったのだが……。



「どうなされたのですか?家継様。外などに出て?将軍たるもの、いついかなるときに命を狙う輩がいるかもわからないのですぞ?」



「詮房を待っているんじゃ!今日はどこかに行くといってたから、戻る頃だと思うんじゃ!」



詮房を待つ。


そう聞いたとき、吉宗にはある考えが浮かぶ―――――


そうか、家継は帰りを待つほど、詮房に信頼を寄せているのか。


まるで、本当の親子のようではないか―――――


いや。今すぐ、本当の親子だった、という事実にしてやる―――――



「詮房殿がすぐに来るとよいですね」



といい、吉宗は帰っていった。






「コホッ!……ゴホッ!……」



「大丈夫ですか…?家継様?」



家継は案の定、風邪を引いた。


父親と同じように、体が弱いのだ……。



「……明日の花見は無理ですね。安静になさってください」



と、家継に言うと、家継にできる限りの看病をしたのだった。






その日、天英院と吉宗は密会を開いた。



「運よく風邪を引きましたわ。家継様」



「とても運がいい。こうなれば、あとはすぐですな。天英院様」



「このあとは、どうするのです…?」



「簡単ですよ。家継を無理矢理出席させればよいのです」



「………なるほど。そうさせる手ならば山ほどあります……。これで月光院の座も、はははははっ!!!」



天英院は自分の明るい未来を想像して、大きな声で笑う。


果たして、いったいどうなるのか……。











「あら…?今回の花見には、家継様は出られないのですか?」



「……風邪を引かれて、寝ておられます」



詮房は、天英院に話す。


彼は、「家継は詮房の子」との噂を流した張本人だと、裏では決め込んでしまっているため、あまり好意的な印象を持てずにいた。



「……まぁ。それはそれは大変でしょう…。家継様の元にいらっしゃらなくてもよろしいのですか?まるで、『本当の親子』のようでいらっしゃるのに……」



「……っ!」



詮房の眉間がピクピクッと動く。



「……家宣様が早くに亡くなられてしまいましたからね……。家継様は、月光院様によって暖かく育てられたすばらしい将軍様ですよ」



「………まぁまぁ。そう謙遜なさらなくても。本来は父親がなさねばならぬはずのことを、『まるで実の父親』のように家継様のことを気にかけていらっしゃる貴方なのですから。行って差し上げてくださいな。きっと喜びますよ。『父親』のように『慕って』おられるのですから」



「…………そうですかね。それでは、お言葉に甘えましょうか……」



と、もうここにいては何を言われるか分からないため、面倒になってしまい、家継の場所に向かった。






「家継様の様子は心配ですね…」



「そうですね……」



天英院が狙いを定めたのは、月光院だ……。



「……家宣様に似て、体が弱いのですね………」



「そうかも知れませんね……」



「心配でしょう?私も自分のことのように心配ですよ」



天英院は心にも思っていないような言葉をペラペラと口に出していた。



「……しかし。お花見の行事はこの国の大切な行事ですのに……。家継様がご覧になられていないなんて、とても寂しいことですねぇ」



「………どういうことです?」



「…いえ。家継様の体のことが何よりも優先ですし。家継様にもこの綺麗に咲いた桜をご覧になっていただきたかっただけですよ」



「……そうですね」



「…………近頃の家継様は本当にお元気でしたねぇ。昨日など、『詮房の帰りを待つ』と仰って、家臣が止めるのも聞かず、ずっと待っていらっしゃったそうな……」



「…………………」



「あなた方を見ていると、家族のように見えるのです。父が詮房、母が月光院さん、そして、子供は……家継様……」

「ふざけるのも大概にしてもらえますかっ!?家継様は、私と家宣様との間に生まれた、由緒正しい将軍の座にふさわしい人物ですっ!自分との間に子供ができなかったから、怨念がましく言っているだけでしょうっ!」



月光院は声を荒げる。


しかし、天英院にしてみれば、それこそが思う壺だ。



「……その証拠はどこにあるのです?詮房と貴女が仲の良いことは、すでに大奥ではとてもよく知られていますよ。詮房と家継様が、仲が良いことも知られていますしねぇ。……………家継は、本当に家宣様の子供なのですか?」



「………何を寝ぼけたことを言っておられるのですっ!将軍のことを侮辱するなど、どういった神経をして―――」

「はっきり言いましょうか?あなたと詮房の噂を私も知っています。本当のことを言ってみなさい?家継あれはいったい誰の子なのかと」



「だから…っ!家宣様と私の……っ」



「それを証明するために、家継をこちらに呼びなさい」



「……くっ!仕方がない。いいでしょう。家継を連れてきなさいっ!」






家継は、熱でフラフラになりながらも、何とかやって来た。



「………どこか昔の、家宣様の面影が見られるでしょう?」



「……さぁ?私の記憶には、こんなに鼻水を出しながらフラフラとする家宣様はありません」



「第一。私と詮房が密通をしていた、などということもございませんし。詮房の子だ、などという証言こそ、適当に作ったでっちあげに決まってます!」



「なら。詮房と貴女が密通をかわしていないという証拠はあるのですか!?」



「……………ぐっ…」



していないのに、証拠を出すなどということも出来ない。


月光院は打つ手がなくなってしまっていた。



「………家継様。誠に残念な事実ですわ……。あなたは将軍家、徳川の人間ではないらしいですよ?ははははっ!」



「……そんなの………でたらめ……だ…………っ!」



しかし、家継にはもはや、体から発せられるあまりにも高い熱に、全身が犯されていた。


もうまともな言葉はさっきの言葉が最後。


「うー」とか、「ぐぅー」という、苦しそうな悶えた声しか発せず、最終的には……。




バタッ!




意識を手放し、倒れてしまった……。






「高熱のせいでしょうな。死因は……」



「家継!家継ぅぅーっ!!」



その夜、まだ幼い小さな命が途絶えてしまった。


それに嘆き悲しんだのは、詮房と月光院。


しかし、吉宗と天英院は影で笑っていたのだった。


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