第二十五話 ヨシムネ
「吉宗殿がいらっしゃった!?」
「……はい。ぜひ、天英院様にお会いしたいと……」
ここは大奥。
江戸城に存在する、女の花園だ。
将軍家の妻になるための女性が集まっている。
しかし、この大奥には男性のものとはまた違う、複雑な権力が絡み合ってできている。
各地大名の勢力、将軍の母君もいれば正室も。
幾多の女性が血や涙を流して権力に溺れたか、数知れないこの大奥の、二大勢力の片方、天英院に、一人の使いが報告してきた。
吉宗といえば、徳川御三家の一人であり、なおかつ紀伊藩主でもある。
そのような人間が会いたいという。
まぁ、十中八九内容は読める。
だが、紀伊藩主などという立場上、断るということもできないのだ。
「まぁよいわ。通しなさい」
「はい……」
そういうと、さっそく招き入れたのだった。
「……天英院様。お久しぶりです」
「吉宗殿。お久しぶりですね……。いきなりではなんですか、本日はどのようなご用件で?」
「はぁ。では、さっそくなのですが…………徳川家継殿のことです」
「あの将軍がどうかなされたのですか?」
「…………あの方が将軍になってから、月光院が近頃目に余る行動を取っておられるとか……」
「……! まぁ、そうですかね……。それがどうかなさったのですか?」
「……迷惑なさってるでしょう?あなたとしては?」
「………!ま、まぁ、そうね……」
分かりやすい反応だった…。
彼女はイライラしているのだ。
毎日毎日、大きな顔をして歩く月光院に……。
あの勝ち誇った顔をどれだけくやし涙で歪めたいと思ったか。
「………そこでですよ。将軍家を追い込めるんですよ」
「………どういうことですか?」
よい反応に向かってきている。
「……間部詮房ですよ」
「詮房、ですか?」
「そうです。彼は、噂でよく月光院と会っていると聞きました。密通しついるとの噂もあります。そこで、です。『家継は詮房と月光院との間に出来た子供』と噂を流すのです……」
「………!?」
「……そうすれば、家継の権威はなくなり、詮房も失脚。月光院は大奥から消えます」
「…………悪い話ではないようね……」
自分の旦那の血が入っている家継をそうではないという噂を流すのには、普通なら戸惑う。
だが、この時代では、そうではない。
旦那などというが、大奥の大半は政略結婚で、愛など大抵は存在しない。
そして、旦那の血が入っているならば、もう半分は、自分ではない別の女の汚らわしい血が入っているのだ。
そんな人間のどこを好きになれるというのだ。
例え、形式的には息子といえども、他人に近かった。
「……そして、これを……」
吉宗が渡したのは、重箱のような、黒い漆塗りの箱であった。
「……お開けください」
そういわれると、天英院は、その箱の蓋を開ける。
「―――――っ!!あなたの考え、悪くなさそうですね」
そこには、黄金色に輝く大判がぎっしりと詰め込まれているのだった。
次の日―――――
大奥ではまことしやかに噂が流れていった……。
「家継は詮房と月光院の隠し子」という噂だ。
「………どういうことだ。その噂は……」
もちろん、この噂に怒りを覚えているのは詮房だ。
当然だ。
君主の側室との間に生まれた子供がいるという噂もそうだし、その子供を君主との子供だと偽ったとされたあげく、さらにその子供が現将軍だ、などと宣われたのだから。
「………噂のもとを探れないのか?」
「噂の発端が、そもそも大奥ですから……」
大奥は、幕府の権力者でもなかなか捜索が難しいほどの根深いものがある。
「…………まさか。天英院じゃないだろうな…?」
「……………考えられなくもありませんね」
二人のなかに、何か嫌なものが過った。
「くくくくっ。これでうまくいったわね。あとは……くっくっくっ……」




