第九話 人間
我らは、山奥に住んでいた。
清き水が流れ、その水の影響もあってか、かなりよい食物が育つ。
我々の暮らしは、そんな平和な暮らしであった。
猛々しいと他の神獣にすらも言われている我らユニコーンではあったが、穏やかなに暮らしていたと言えるだろう。
そんななか我は、妻の体に子供を授かり、幸せの絶頂であった。
我らのような、高等な生き物には、幸せを味わうことが可能なのだ。
そして、その子供は何一つ問題なく生まれたのだった。
しかし、ここからが我らの生活の転落が始まった…。
それは、
『人間………が、どうしてこのような場所にいるのだっ!』
人間がこの神聖なる場所に立ち入ったことから始まったのだ。
この人間は雄であり、顔は何やら布をかぶり隠していたために見えなかった。
「ユニコーンを帝王に献上しようと思ってな。生きのいいユニコーンを捕獲しようとしていたのだが……」
『………ふざけたことを。貴様のような人間一匹ごときが、我ら神獣に楯突こうというのか。生意気な…』
神獣という名を冠しているだけあり、我は自分の力に自信を持っていた。
こんな人間、我が角で一突きだ、と。
しかし、この男は違ったのだ。
「そうか。俺一人なら余裕なのか。
だが、数人ならどうだ!?」
急に何人もの人間が現れたのだ。
本能を持ってしても悟ることすらできなかった。
「空魔法で気配を完全に無にしていたのだ。そりゃ当然見えることなどない」
『人間風情がこざかしい』
だが、我に不利な状況だとは、このときは全く思っていなかった。
この程度なら、我でも倒せるだろう。
角の威力はドラゴンでさえ突き破るのだから。
「…………生け捕りにするのは、お前のようなユニコーンではダメだ。ユニコーンは人間にはなつかないという。それは神獣であるという高い誇りからくるものだろう?」
『……………』
「だから、まだそんな誇りを持つ前の、『赤ん坊』なら、どうかな?」
赤ん坊だと?
もちろんこの場に赤ん坊といえば、たったの一匹しかいないのだ…。
『我が息子に手を出すか。クズ共……。いいだろう、我が角で、貴様らを蜂の巣にしてやる』
「くくくっ、そうこなくちゃな」
この男は、気持ちの悪い笑みを浮かべながら、我の攻撃を受けようと構えた。
「来いよ。神獣の攻撃、見せてみろ」
『言われなくても、見せてやるよっっ!』
突進。突進。突進。
しかし、一向に肉に刺さったような感触はしない。
なぜか全てが空振りのようだった。
「たかだか神獣も、その程度のようだな。もういい。あまりにも期待しすぎた………。くたばれ!」
その瞬間、我らは凍りついた。
その人間の圧倒的な魔力に。
人間が出せるようなものではない、遥かに恐ろしい魔力だ。
我を失い、しばらく唖然としていたが、自分の状態に気がついた。
角は半分に折れ、息子も妻も、どこかに消えていた。
我も全身傷だらけであったが、清き水を口に含み、すぐに回復したのだった…。
それからは、妻と息子を探して、あちこちと走り回った。
だがやがて、村の外れにて、見世物小屋をやっているのを見てしまった……。
そしてそのなかに、
「ユニコーン」
とかかれた札を発見する。
なかにはなんと、妻と息子の姿だ。
完全に弱り切っている……。
いったいどれほどの辛い経験を……
『うおぉぉぉっ!!』
我は全力で見世物小屋の檻を破壊した。
そして、三匹で逃げようとしたのだ。
「く、くそっ!!」
しかし、見世物小屋の人間が、突然現れ、刀を振り回してきた。
逃げられたらまずいとでも思ったのだろう。
しかし、その程度のちゃちなものでは、我を殺すなど無理だ。
我は難なく攻撃をかわす。
これくらいなら朝飯前なのだ………………。
体力が残っていれば。
「グワァァァァァァッ!!」
刀は、突き刺さっていた。
息子の、胴体に……。
血が吹き出て、真っ白な毛を汚していく。
目は見開かれ、ゆっくりと体が倒れていった……。
『だ、大丈夫かっ!息子よっ!おいっ!!』
「…………グル…」
バタッ。
呼吸も、鼓動も、止まっていた……。
「ちっ!せっかくの商品が…」
しかし、見世物小屋の人間は、息子の体を、まるでゴミクズのように足で蹴り飛ばす。
我の頭は真っ白になる……。
どうして今、こんなことになったのだろう。
なぜだ……なぜだ……なぜだ……。
『人間が、人間が、人間が、悪いんだっっ!!人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
気がつくと、数十人という数の、『元人間』であった肉塊が、我の周囲に転がっていた……。
今、目の前で戦っている雌の人間も、我の憎き人間だった。
しかし、剣を交えるたびに、我の心は揺れていた……。
『人間の、くせにっ』
「ふぅぅ。はぁ…っ、はぁ…っ。お願い、もう、傷つけるのは、やめようよ……。お願い……」
『先に、傷つけたのは貴様ら人間の方だ。我には罪はない。罪深いのは貴様ら人間だっ!!』
渾身の一突きだった。
しかし、この人間ならば、避けようと思えば避けられたはずなのだが……、
『……………!?なぜっ!!?』
「…………ぐぅぅ」
彼女の脇腹に、我が角が刺さっていた…。
我は角を引き抜く。
人間の腹からは血が出て、青の服を赤く染めようとしていた…。
「かはっ!は………ぐぅっ。いたいぃぃ……。うぅ……」
『そりゃ当然だろう。我が角は竜ですらも貫く角だ。人間の肉体など、造作もない…』
「いたいぃ。でも…っ。人間を恨むなんて…っ。よほどのことが、あったんだよね……。辛かったなら、何も言わなくてもいい。私を、好きなだけ刺していい……。だけど……っ、もぅ、……もう、他の、人間たちに、手を出さないで……」
涙が流れていた。
なんて健気な人間だ。
一発刺しただけでこんな状態だ。
恐らくあと一発刺しただけでも、恐らく命を奪うことができるはずだ。
でも、なんだか、この人間を見ていると、できなくなっていた…。
「……うぐぅ。ケホッ!いたいよぉぉ……。うぅぅぅぅ……、グスン。ゴホッ!!うぅぅ……」
『…………………もういい。悪かった……』
「…?」
『お前を見ていたら、人間の命など、どうでもよくなった』
「…………」
『…………それになぜか、お前を見るだけで、落ち着いてくる……』
「え……、どういう……」
『我らは、純粋な人間がとても好きなのだ。お前の心は、とても純粋だ。なんだか気分が安らかになった気がする…』
「そう、なら。よ、…………かっ……」
人間は、意識を失った―――――




