第十二話 勇者の産声
前回の解説をしよう。
つまり言いたいのは、私が異世界の人間で、光の魔方陣とやらを無理矢理刻まれ、その影響で記憶がなくなってしまった……、らしい。
全くの被害者だというわけだ。
「となると、あなたは私たちにとって、かなり必要な存在というわけですねぇ…」
と、女王は私に言う。
何を言うか。
被害者に向かってさらに労働までさせる気か。
堪ったものじゃない。
「ふざけないでください。無理矢理こっちの世界に送り込んだなら、返してください!」
「記憶がないんでしょう?だったら、戻ったところで意味はないでしょうに?」
うぐっ。
言われてみれば、その通りな気がした。
「………でも、どうしましょうね?召喚した勇者候補もいれば、私たちの世界に存在する勇者一族もいますしね。どちらを勇者にしましょうか」
向こうで勝手に話は進んでいってしまう。
私たちの意見など全く聞く気はないようだ。
「…………男の子が歴代勇者を引き継ぐのは決まりではありますけど、彼に万が一のことがあった場合、勇者の血が途絶えるとも限りませんしね」
いったいどれだけ血統主義なんだ。
もしかしたら、魔法と関係してくるのかも知れないが、私にはよく分からない。
「……どうです?ココ。勇者になりませんか?」
「結構です」
「なぜですか?あなたをこの世界に呼んだのは勇者になるためですよ?あなたが断る理由があるのですか?」
「…………私は、リムおじさんとルイが好き。三人で暮らしたい。三人で幸せに暮らしたい。だから、勇者になんかなりたくないです」
リムおじさんとルイの表情が柔らかくなった。
「なるほど。勇者としてではなく、普通の人として仲良く暮らしたい、というわけですか…。ですが、いいのですか?ルメイドの血塗られた歴史は、何百年と続いているんです。その歴史によって、不幸になった女性は数知れず―――」
「おいっ、女王さんよ。それ以上くだらんことほざいたら………、どうなるか……」
「まぁ待ってください、リム。私が言いたいのはですね。勇者になって、本当に幸せになれることを探すこともできるということが言いたいのです。記憶を無くしているというのなら、それを救ってもらったリムやルイへ恩を返すことも大切だと思います。ですが……。あなたが幸せになることが、リムやルイの、本当の恩返しになるんじゃありませんか?」
どうだ、間違ってるか?といった視線を、女王はおじさんにぶつけていた。
「……………………それは、そうだが……。勇者なんて、ロクなことにしか、ならない……」
「それは本人次第でしょうね。慈悲深い勇者様も、過去にはいらっしゃいました。そんな彼らのなかには、物語にもなるような幸せな人生を迎えた方もいらっしゃいましたよね?」
一族の歴史ならば、きっといくつか聞かされたのだろう。
おじさんは反論できないようで、悔しそうにしている。
「あなたの幸せを望んでいるのは、あなたが何よりも慕っている、リムおじさんとルイなのですよ?」
私は、ルイとリムおじさんを見つめた。
彼女の言ったことも、一理はあるかも知れない。
でも、私は、三人で、仲良く暮らしたいのだ。
たとえそれが、地獄のような苦しみだったとしても―――
「勇者の血は、私たちにも流れていなくはないのです。かつてのルメイド一族のなかには、国王という権力をも取り込もうとした人々がいます。国王の后として、娘を送り込んだ、政略結婚という形で。
しかし、勇者たちが私たちの権力を乗っ取ろうとするのと同様に、私たちも、勇者の血がほしかった。勇者の一族は、魔族に対抗することを神から認められているのだと信じている人々がたくさんいます。もしも、国家の長。つまり国王がその血統だったらどうなりますか?その国も、魔族を倒すことを神から認められているということになるのです。
そんな傾倒が、昔も、今もあるのですよ。勇者の血を取り込んで、正統な魔族妥当の公認を受けたいと思っているのです。
あなたのことを知らない人間は、恐らく、いや、当然あなたもルメイド一族の人間だと考えるでしょう。ルメイド一族の血を何としても吸収したい彼らが、彼女を狙うとも限りません。正当な方法で婚約をして、結婚なさるならいいかも知れません。ですが、全ての人間が正当な方法を使うとは限らないんですよ。
もしも、その正当じゃない方法で、望まない結婚なんてしたら、リムやルイは、どう思いますか?」
これは、きっと私に問いかけているのだろう。
「…………悲しむよ。絶対に……」
私だって嫌だけど、きっと二人も嫌だろう。
「でしたら、答えは一つですよ。正式な勇者となり、本当の幸せを掴むのです。あなたのために。家族のために」
私は決意した。
リムおじさんやルイの悲しむ顔は、絶対に見たくなかった。
私たちは離れてしまうけど、家族の絆は、遠くても変わらない。
私たちは、絆で繋がり続けるのだ。
それだけで、幸せだ。
「………………わかりました。やります。やるしかないんでしょう?」
「………………!」
リムおじさんが、驚いたように顔を見上げる。
「おじさん。ごめんなさい。でも、私がならないと、もっといろんな人たちがおじさんやルイを苦しめると思う。今日みたいに。リムおじさんは、私を何度も守ってくれた。ルイも優しかった。今度は、私が二人を守りたい。守って見せるの」
いつの間にか、私は泣いていた。
これはきっと、悲しみの涙ではない。
感謝の涙なのだ。
今までの感謝が、涙となって、頬を伝うのだ。
「……ありがとぅ。また私が戻ってきたら。今度こそ三人で、仲良く暮らそう!ね?」
リムおじさんもルイも何も言わなかった。
私は決めた。
勇者として、家族を守る。
そう決めたのだ。
こうして、勇者ココは産声をあげたのだった―――――