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普通の恋愛 ~片思いメール~

作者: 告井 凪

  タイトル:おーっす

  今日から中間テストだ。やんなるよな


  タイトル:RE:おーっす

  一緒にしない。あたしはちゃんと授業聞いてるから問題ないよ


  タイトル:re:RE:おーっす

  うわ、勉強できるヤツはみんなそう言うんだ!



  タイトル:いま

  テレビでやってた心霊特集、見た?


  タイトル:re:いま

  おう、見た見た。なんだアレ。ヤラセだろー


  タイトル:RE:re:いま

  あたしもそう思う。リアクションがわざとらしい



  タイトル:そういや

  もうすぐ文化祭って言ってたよな


  タイトル:RE:そういや

  そうだよ、来週末。うちのクラスは特になにもしないけど


  タイトル:re:RE:そういや

  そうなんか。やっぱ文化祭は秋だよなー

  うちの学校5月だから、なんか違和感あったぜ



 他愛のない、メールのやり取り。

 二日にいっぺんくらいの頻度だけど、たまに話が盛り上がって、いわゆるチャットのようにメールの応酬がいつまでも続くこともある。

 そんな、遠いような近いような、やっぱり遠い関係。

 気持ち的にも、そして物理的にも。

 あたしの思い人は、遠い所に引っ越してしまって、もう一年半も会っていない。

 そんな、遠い遠い片思い。



                    *



 青仲瑛美(あおなか えいみ)。高校二年生。特になにかに打ち込むということもない、ごくごく普通の高校生。

 放課後はクラスメイトと適当に過ごす、典型的な帰宅部。

 別に周りのことに無関心というわけではない。あたしにだって好奇心はあるし、興味の湧くものもある。

 ただそれをやってみようとは、思えないだけ。

 例えばあたしの親友は絵を描くのが好きで、中学からずっと美術部で頑張っている。芸術的、技術的に見てとても上手いわけではないみたいだけど、それでもあたしの心を揺さぶる何かがあると思うし、そもそも知り合ったきっかけは彼女が描いた絵だった。

 中学時代を経て、同じ高校に進み、今ではクラスメイトで親友と呼べる彼女だが、それでもあたしは一緒に美術部に入部して絵を描いてみようとは思わなかった。


 絵が下手なわけじゃない。美術の成績はそれなりだった。

 美術だけじゃない、体育だって悪くなかったし、他の教科も平均よりは上の成績をキープしている。

 でも、どれもそれなりで。あたしはあたしがなにをできるのか、自分でわからない。

 だからなにかに打ち込もうとも思えない。


 別にそれを悲観しているわけじゃない。むしろ楽観視している。

 これがあたしだし、それにやりたいことは、そのうち見つかるだろうって、思っている。


 それに、今のあたしには、なによりも大事な優先事項があり、すべての関心はそこに向いてしまっている。

 携帯を開く。メールは無し。

 彼への片思いへの行く末。今はそれが一番気になることだった。



                    *



 鹿田康太(しかだ こうた)。中学校三年の時にクラスメイトだった彼は、卒業と同時に遠くへ引っ越してしまった。

 だいぶ前から引っ越しは決まっていて、高校受験も向こうに受けに行ったりと大変だったらしい。

 そんな彼が、卒業式の日に買ったばかりの携帯電話を持って、みんなに見せびらかしていた。

 全員が全員携帯を持っているわけではなかったが、それでも彼の元に集まったクラスメイトは、みんな彼から電話番号とメールアドレスを聞いていた。

 あたしはというと、遠巻きにそれを見ていることしかできなかった。

 別に彼と仲が悪かったわけではない。結構よく話したりしていたし、むしろ仲は良かった方だ。

 それでもなんとなく、聞きに行くタイミングを失ってしまった。

 最初から彼の近くにいれば、流れで聞けたのに。

 彼が携帯を取り出した時、たまたまちょっと離れた所にいて、別の友だちと話していたのだ。

 なんか、今更近寄って聞くというのも……変に思われないだろうか?

 自分が携帯をまだ持っていなかったというのもある。持っていればそんなこと気にせず聞けたかもしれない。


 とにかくあたしは、なんだか変に周りを意識してしまって、聞けなくなっていた。

 この時すでに、あたしは彼のことが好きだったのに。

 でもだからこそ、軽い感じで聞くことができなかった。


「ほら、青仲」

 諦めて自分の席でぼうっとしていたところに、紙切れがひらりと机に落ちた。

「お前もさ、よかったら連絡くれよ」

「えっ……」

 驚いて、その紙切れを凝視する。顔を上げることができなかった。声で、目の前に康太が立っていることがわかる。

 紙切れには、電話番号とメールアドレスが書かれていた。

「あ、あたし携帯持ってない」

 言いながら、少しだけ顔をあげる。

「そのうち持つだろ? な。そしたら、連絡くれよ」

「ん……わかった」

 あたしはその、ちょっと皺になっている紙切れを手に取り、無くさないように大事に財布の中にしまった。


 結局あたしは、卒業して春休み中に、親にねだり進学祝いとして携帯電話を買ってもらった。

 それ以来、康太とのメールのやり取りは一年半ほど続いている。

 本当に、他愛のないやり取りだけど。

 それでも、今のところは彼に向こうで恋人ができたという話は聞かない。

 あたしはそれで、安心していたのだ。



                    *



 やりたいことはないけれど、色んなことをそつなくこなすあたしは、世間一般的に器用貧乏と言うんだと思う。

 きっと天才と呼ばれる部類の人間は、どこかが飛び抜けているか、もしくはすべてがあたしより上なんだろう。

 あたしにつきまとう言葉は天才ではなく、中途半端の四文字。

 打ち込もうと思える何かが無いあたしのことを、きっとみんなそう思っているだろうし、誰よりもあたしが一番中途半端だと、自覚している。

 そんなことをざっくりと、親友の白坂結絵(しろさか ゆいえ)ことゆーちゃんに、話をしたことがある。


「あたしは中途半端だよ、ゆーちゃん」

「え~? エイミーはなんでもできて、すごいと思うけどなぁ。天才だよ天才」

「違うよ、どれも中途半端なんだよ。ていうか、あたしから見たらゆーちゃんこそ天才だ」

「え?! もう、そんなわけないじゃない。からかわないでって、いつも言ってるでしょ?」

 そう言っていつもゆーちゃんは笑って、まともに受け取ろうとしない。

 あたしは彼女の絵の才能に関してはいつも、惜しむことなく褒めちぎっているのに。


「中途半端って言ったら、やっぱりわたしの方だよ。エイミー。はぁ……この中途半端な気持ち、どうしたらいいの?」

 ゆーちゃんは絶賛片思い中で、本人の話を聞く限り望み薄という状態だ。最近はこの話を一日一回はしている気がする。

 あたしはもったいないなぁと思っている。こんないい子、太鼓判を押して薦めたいくらいなのに。

 と、そこまでストレートに褒めるつもりのないあたしは、ぽんぽんと彼女の頭を軽く撫でて慰める。


 片思いなら、こっちもしてるんだけどね。

 反対の手に握った携帯を見る。

 康太専用のメールフォルダに、新着メールが届いている。

 こうしてメールのやり取りができるあたしは、まだ幸せなのかな?


 そう、思っていた。



                    *



 最近、メールの返信が遅いことがある。

 それはだいたい、放課後。つまり夕方だ。

 夕方に送ったメールの返信が、夜遅くになってようやく来ることが増えた。

 今までだってそういうことがなかったわけではないし、あたしも返事が遅れることはある。

 だけど最近、その頻度が増えてきたのだ。

 気になって、聞いてみたことはあるものの……。


  タイトル:最近

  放課後なにかしてるの?


  タイトル:re:最近

  わり、返事遅くなって。まぁちょっと色々あってさ


 という感じで言い逃れるだけで、言い訳も無い、誤魔化しにもなっていないメールが返ってくるだけだった。

 気になるのなら、色々ってなに? とでもメールすればいいんだけど。

 あたしはそれ以上聞くことができなかった。

 ゆーちゃんはあたしに、ズバズバ物を言うよねと言うけど、それは彼女相手だからこそで、誰にでもそうなれるわけではない。

 でもたまに、これがメールじゃなければ、その場の勢いで聞けたのかな、と思うことはある。

 メールだと、考えてしまう。躊躇してしまう。

 それを聞いていいのか、そんなことを言っていいのか。

 考えて、考えすぎてしまう。


 携帯をじっと睨み、一人悩み続けた結果。やっぱり追求はできなかった。

 一年半続いたメールのやり取りに、少しだけ不安の影が差した瞬間だった。



                    *



 それ以来、メールの頻度は少し減ってしまった。

 二日にいっぺんが、三、四日にいっぺん。大して変わらないように聞こえるかもしれないけど、あたしにとっては大きな違いだ。

 そしてその日、金曜日。夕方に送ったメールが、深夜になってようやく返事が届いた。



  タイトル:

  すまん、今日忙しかったんだ


  タイトル:RE:

  別にたいした用事じゃないから、いいけどね

  でもなんか最近、本当に忙しそうだね


  タイトル:re:RE:

  ちょっとな。ほんとすまん



 康太は謝るだけだ。言い訳もしないし、理由も話してくれない。

 あたしは布団に潜り、だけど眠れずに返事を待っていたというのに。


  あたしのメール、迷惑?


 そうメールの本文を打って、だけど送らずに消した。

 康太にだって、向こうに友だちがいる。向こうの学校の友だちの話をまったく聞かないわけじゃないし、あたしの方だってこっちに友だちがいる。

 そんな当たり前のことがわからないわけではない。

 それでもこんなメールを送ろうとしてしまったことに、自己嫌悪する。


 でも、だけど。この時、あたしの中の不安は突然膨らみ、心をすべて影で覆ってしまっていたのだ。

 ああ、毎日恋愛相談をしてくるゆーちゃんは、いつもこんな気持ちを抱えていたのだろうか? だとしたら……。


 携帯を閉じて、枕元に置く。明かりが完全に無くなり、真っ暗になる。

 考えたくない。こんな時間までメールを打つことができない理由なんて。

 あたしは想像したくなかった。

 だけどその、したくもない想像が、無意識から恐怖として襲いかかる。

 見たくもない恐怖という闇が。真っ暗な部屋の闇に浮かび上がりそうだった。


 でも……これは、性格かなと、どこか冷めた自分が思う。

 あたしは目を逸らすことができず、結局はそれを見てしまう。想像してしまう。

 自分の中途半端さから目を背けず、自覚しているのと同じで。

 自分の心を、認識してしまう。その想像を正面から見ようとしてしまう。


 康太が、向こうでできた恋人と過ごす、放課後を。



                    *



 眠れない夜を過ごし、翌日の土曜日。

 昼前に外へ出て、あたしは半ば放心状態で駅前通りをアテもなく歩いていた。

 ちょっと肌寒く、喫茶店でコーヒーをテイクアウトで買い、飲みながら歩く。

 そして駅前のロータリーまでたどり着き、そこで立ち止まって中央の小さな時計塔に目を向ける。


 時刻は一〇時ちょうど。康太は今、なにをしているだろう?


 無意識にポケットに手が伸びて、携帯電話を家に置いてきたことを思い出す。

 今朝届いた、メールの内容。その短い文章ははっきりと覚えている。



  タイトル:

  待ち合わせ9時にそっちだったよな?



 トドメを刺されたと思った。

 すぐに、間違えた、消してくれ! という慌てたメールが届いたけど、あたしは「消したってもう遅いじゃん」と思わず笑ってしまった。


 笑って、ベッドに倒れ込み、しばらくなにも考えられず。

 そしてのろのろと着替えて、携帯をベッドに置いたまま外に出たのだ。


 待ち合わせの確認メール。

 九時にどこに行ったんだろう。


 放課後忙しい康太。学校が休みのこの土曜日に誰かと会う約束。

 理由は同じと考えるべきなんだろうなぁ。


 あたしは手に持ったコーヒーを飲もうとして、容器に口を近付ける。

 そして蓋に、水滴がぽたりと落ちた。


「…………?」


 もう一滴、さらにもう一滴と落ちて、ようやくそれがなんなのか気付く。


「え? ……あれ?」


 あたし、泣いてる?


「――――――――――!!」


 驚いて思わずコーヒーを落としてしまい、だけどそのまま駆けだしていた。

 信じられなかった。勝手に涙がこぼれるなんて、そんなのあり得ないと思っていた。

 自分の意志に反して泣いてしまうなんてこと、あるはずがない。


 わかる。突然コーヒーを落として駆けだしたあたしを、何事かと思って振り返る人たち。

 驚いただけの人、迷惑そうに思う人、事件かと思って警戒する人、コーヒーをこぼしてそのまま逃げるあたしに非難の目を浴びせる人。

 あたしは泣いているのに。こんなにも周りを冷静に見ている。

「あはは……」

 誰にも届かない笑い声が漏れる。

 勝手に流れる涙。周りの人の視線。冷静な頭。

 笑いたくもなる。もう、わからなくなってしまったから。


 あたしは、本当に泣いているのだろうか?



                    *



 辿り着いた場所は、近くを流れる川の土手だった。そこに膝を抱えて座り込み、やはりあたしは涙を流していた。

 あたしは自分がこんなに泣き虫だったなんて、知らなかった。

 だけどすぐに、胸になにかが突き刺さった感覚を思いだし、そして泣いてしまっても仕方がないと、自分で自分を認めることができた。

 それは間違いメールを見た時に感じたもの。放心して、一時的に心が麻痺していただけで、それはまったくあたしの胸から抜けていなかった。

 本当に、これは。トドメを刺されていた。


 一年半続いたメールのやり取り。その前から彼に片思いをしていた。

 二年……いや、三年近くになるだろうか。その恋愛が、今終わろうとしている。

 もし、康太に彼女ができたのだとしたら……。


 いいや。もし、なんて。できた、と考えるべきなのだ。

 まだ淡い期待を持っている自分が嫌になる。

 そして冷静にそんなことを考えてしまえる自分はもっと嫌だ。

 ゆーちゃんがもうダメだよね、と言いつつも毎日相談してくるのは、どこかで期待をしているからだ。

 そしてあたし自身も、ゆーちゃんの恋愛については、少し期待しているところがる。だから慰めることもするのだ。


 だけど自分に対して同じように思えるかどうかは、別問題。

 冷静に、期待を切り捨ててしまう自分がいる。

 でもそこまで冷静になれる自分に、今度は疑問を抱く。

 あたしの想いは、結局そんなものなのか? そんな簡単に諦めてしまえるものなのか?

 期待を捨てるということは、諦めること。

 諦められるということは、あたしの想いはその程度のものだったということ。

 これでは、他のことと同じだ。

 興味を持っても、それに一心に打ち込むことができないのと同じだ。

 簡単に諦められてしまう程度のもの。

 本当にやりたいことではないと感じてしまうのと同じこと。


 ここまでくると、あたしはただの冷めた人間でしかない。

 あたしは冷たい。凍えるほどに、心が冷たい。


 あたしは腕を抱えて、そのまましばらく涙を流し続けた。



                    *



 それから数日、あたしの方から康太にメールすることはなかった。

 康太からのメールは、何通か来た。いつもと変わらない様子に、あたしもなるべく普通に返事をするようにする。

 一年半続いたメール。一年半使い続けた携帯電話。

 いつメールが来てもいいように、あたしはしょっちゅう携帯をいじっている。

 おかげでメール好きみたいな印象を持たれているが、実際はそこまでメールをしまくっているわけじゃない。

 康太以外にも、友だちとメールのやり取りはしているけど、そしてそっちのメールの方が多いけど、年がら年中ずっとメールを打っているわけではないのだ。ただ、彼からのメールを心待ちにしていただけなのだ。

 だから……あの日から、あまり携帯をずっと手に持っていたりはしなかった。

 今はむしろ、メールが届くのが恐ろしかった。

 普通に返事をしないといけないのが、とても辛いから。

 何度かメールをしていて、気付いてしまった。

 あたしは片思い相手にメールをしている状態から、ただの友だちにメールするだけの状態にならないといけないんだ、ということに。


 思わず笑いそうになる。康太からすれば、なにも変わっていないのだから。彼の方はずっと、メール友だちにメールをしていただけなのだから。


「エイミー! ……エイミー?」

「……ん? なに?」

 ぼうっと考え事をしていると、ゆーちゃんに声をかけられた。

「なんか、最近疲れてる? よくぼうっとしてるけど」

「そう?」

「だってもうホームルーム終わったのに、ぼーっと窓の外見てるし」

「え? あ、そっか、もう終わったんだ」

「もう……。それより、ほら。この教室も使われるみたいだし、早く出よ?」

 言われて、遠巻きにあたしたちを見てくる、見知らぬ生徒たちの姿に気が付いた。

 今日は金曜日。文化祭の前日。授業は午前中で終わり、午後はその準備に充てられる。

 あたしのクラスは特になにもしないが、この教室はなにかの部活動で使うようだ。

 つまり、あたしがいつまでも帰らないから困っていたのだろう。

「そっか……。ごめん、出よう」

 急いで鞄を手にとって、二人して教室を飛び出した。



 それから二人で学食に行き、向かい合ってうどんを啜る。

 きつねうどん。ゆーちゃんはたぬきうどんだ。

「それで? なにかあったの、エイミー」

「なにも無いってば」

 本当はこのまま帰ってもよかったのだけど、ゆーちゃんに引っ張られここでお昼にすることになったのだ。そして思った通り、彼女は心配そうな顔で尋ねてくる。うどんを啜りながら。

「うう、いつも相談に乗ってくれるから、たまにはわたしがエイミーの相談に乗ってあげようと思ったのに」

「ゆーちゃん……。ありがと。でも、大丈夫だって」

 あ、やばい。あたしは慌てて俯いてうどんを啜る。

 ……どうもこの間泣いてから、涙腺が緩くなってしまった気がする。

「そういえば、ゆーちゃん。美術部も展示するんだよね。絵、間に合ったんだっけ」

「うん! なんとかね。週末がんばったから! ……えへへ」

 嬉しそうに笑うゆーちゃん。先週の段階では煮詰まっていた様子だったけど、どうやら吹っ切れたようだ。

「エイミー、絶対見に来てね!」

「もちろん。あたしはゆーちゃんの絵、好きだからね」

「だ、だからまたそういうこと言うんだからー。そういうのは、見てから言ってよね!」

「わかった。じゃ、明日は覚悟しておいてね」

 ゆーちゃんの顔を見ればわかる。これは、今回は珍しくかなり自信があるようだ。

 彼女の絵が好きなのは本当だし、楽しみにしておこう。


「文化祭……か」

 明日明後日は、きっとお祭り騒ぎになる。

 あたしの気持ちも、少しは晴れてくれるだろう。

 少なくとも、目の前でうどんを啜る彼女に、これ以上心配をかけないくらいには。



                    *



 土曜日、文化祭当日。校庭で出席を取り、文化祭開会式のあと、各自持ち場に散っていく。特に催し物に参加をしていない生徒は、ぶらぶらと廊下を歩いたり、体育館で行われるステージの催し物を見に行ったりしている。

 あたしもその何にも参加していない一人なので、廊下を目的もなく歩いていた。

 正確には、美術室を目指しながら、あちこち見て回っていた。

 文化祭の雰囲気は嫌いではないけど、目的は美術部のゆーちゃんの絵くらいしか無い。

 彼女の絵を見たら、あとは本当にブラブラするしかなくなる。クラスメイトの他の友だちも、だいたい部活動でなにかしらに参加していて、なにも無いのは自分だけだから、尚更だ。

(ま、他の子の所にも顔だそうとは思ってるけど)


 そんなことを考えつつ歩いていたら、あっという間に美術室に辿り着いてしまった。

 九時スタートで……まだ一時間も経っていない。

 だけどせっかくここまで来たのだから、入っていこう。


 美術室の入口には机と椅子が一脚受付のように置かれていて、一年生と思われる男子生徒が座っていた。

「こちらからどうぞー」

 どうやらただの案内のようで、ちょっと暇そうだ。

 それもそうだ。ちらほらと外来のお客さんも来ているようだけど、まだ人はまばら。加えて美術館のようにチケットが必要というわけでもないし、パンフレットを売ってるわけでもないから、することは特にないんだろう。


 中にはいると、入口脇に綺麗な天使の絵が飾られていた。

「へぇ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 確かゆーちゃんが言っていた。今年の美術部は、全員天使の絵を描いて飾ると。

 ゆーちゃんはそれを恋愛の天使として描いていると言っていた。

「それ、うちの部長の絵ですよ。綺麗ですよねー」

 後ろの男子生徒が説明してくれる。

 絵の下には雀部(ささべ)と描かれている。確かに、ゆーちゃんから聞いた名前だ。

 去年も美術部の展示は見たけど、正直ゆーちゃんともう一人同学年の男子の絵しか記憶にない。こんなに上手い人、いただろうか。

 ちょっと感心しつつ、続いて他の絵を見ていく。

 隣には一年生の絵が並んでいて、なるほどと思う。入口に上手い部長の絵を飾って、客寄せにしているのだろう。

「おっと……」

 いけない、そんな冷静な分析をしながら見るものじゃない。

 一年生の絵が五枚。ゆっくり眺めて歩く。

 そしてその先、部屋の中央辺りに、その絵はあった。


「あっ…………」


 そこには、二枚の天使の絵が飾られていた。

 一つは、手のひらから色を溢れ出させた、色鮮やかな絵。

 もう一つは……。


「これが……ゆーちゃんの描いた、恋愛の天使」


 その天使は、手に手紙を持ち、すこし俯いてせつない表情で見つめている。

 だけどどこかその顔は……いいや、全体の雰囲気は、優しかった。

 せつなく、だけど優しい、天使の姿。

 それは間違いなく、恋愛を表現した絵だと思った。

 せつなさと、優しさと、そして……嬉しさを表した素晴らしい絵だ。


 あたしは失礼と思いつつも、早足で美術室を出る。携帯を取り出す。

 美術室にゆーちゃんはいなかった。どこにいてなにをしているかはわからないけど、迷わず電話をかける。

 1コール、2コール……早く出て、ゆーちゃん!


「も、もしもし?」

「ゆーちゃん!」

「ど、どうしたの、エイミー? 急に電話なんて。なにかあったの?!」

 あたしはずんずんと歩きながら、ちょっとだけ呼吸を整えて、気持ちを落ち着けてから喋る。

「絵、見たよ」

「絵って、わたしの絵?! もう見てくれたんだ! ありがとね!」

 お礼を言うのはまだ早い、と思いつつ言葉を続ける。

「すごいじゃない、ゆーちゃん! 今までの絵の中で、一番よかった!」

「え、わ、そ、そうかな? 確かに今回はちょっと自信があったけどー……」

「ちょっとどころじゃない! もっと自信持っていいよ。すごい……あれは本当に、恋愛の天使だよ」

「や、やだなぁ。いくらなんでも大げさだって。ちょっと恥ずかしいな」

「おかげで、目が覚めたよ」

「もう褒めすぎだよー……って、目が覚めた? って、え?」

「ゆーちゃん。ありがと。……あたしも、頑張るから」

「え、エイミー? なにを? なにかあるなら――」

「今度、ゆっくりね。じゃ、あたしちょっと急ぐから」

 有無を言わせず切ってしまう。

 あたしは廊下の端まで歩き、人気が無いところで携帯を操作し、メール作成画面を開く。

「……よし」


 あたしは康太送るメールを打ち始めた。



                   *



  タイトル:康太へ

  康太とこうしてメールをするようになって、もう一年半になるね。

  なにげない、一言二言のメールだけど、それでもずっと楽しかった。

  メールの着信をいつも気にして、なるべくずっと手で持ってるようにしてたよ。

  康太からのメールが嬉しかったし、メールを送るのが楽しかった。

  康太がどう思ってたのかはわからないけど、あたしは本当なら毎日でもメールしたかった。


  だって、中学の時から、康太のことが好きだったから。


  引っ越すってわかって、ショックだった。

  だから卒業式のあの日、連絡先を教えてくれたのがすごく嬉しかった。

  あたしはすぐに携帯を買ってもらって、メールをしたよ。


  あたしの気持ちは、あの頃から変わってない。

  今も、康太のことが好きだよ。



                    *



 ――康太のことが好きだよ。


 最後にそう入力し、深呼吸をする。

 ゆーちゃんの恋愛の天使の絵を見て、目が覚めた。

 他と一緒なんかじゃない。あたしの気持ちは、他の本気になれないこととは違う。

 だって、一年半もメールを続けてきたのだ。三年近く、片思いを続けてきたのだ。

 なにかに打ち込めないあたしが、そんなに長く続けられるはずがない。

 あたしはこの恋愛に、一心に打ち込んでいたのだ。

 会えなくても、メールのやり取りだけで、想い続けてきたのだ。

 それが、そんな簡単な気持ちのはずがない。いい加減な気持ちのはずがない。

 あたしは本気で、康太のことが好きで、そしてそれはこのまま諦めて、自然に消滅させていいものじゃない。

 会えなくてせつなくて、でも康太にメールをする時は優しい気持ちになれて、そして返事が来るのが嬉しくて。

 そんな片思いをしてきたんだ。

 このまま気持ちを伝えずに終わるなんて、できない。諦められないから。


 あたしは、送信のボタンを押した。


 ピリリリリン♪ ピリリリリン♪


 直後、携帯が鳴り出す。

「え……?」

 この、デフォルトとはちょっと違う着信音。気に入っている曲にしようかと思ったけど、なんか恥ずかしくて、最初から入ってる着信音の中から他とちょっと違うのを選んだ。

 メールじゃない、通話着信に設定した音。

 携帯の画面に表示された名前は――

「――こ、康太……?」


 ピリリリリン♪ ピリリリリン♪


 鳴り続ける携帯。

 あたしは恐る恐る、電話に出る。


「も、もしもし?」

 図らずも、さっきのゆーちゃんと同じ受け答えをしてしまう。

『お、やっと出た。瑛美、電話で話すのは久しぶりだな』

「そう、ね……」

 懐かしい、だけど忘れることのない声。

 確かに、携帯を買った最初の頃に、一度電話で話してみたことがある。それ以降はメールのみになったが。

「どうしたの? 急に」

 落ち着け、あたし。メールの送信をした直後だった。まだ読んでいないはず、いやそれどころか受信もまだできてないタイミングだっただろう。

『いやぁ、ちょっとさ。驚かせようと思って』

「驚かせる? 確かに驚いたけど……」

 そこで気付く。今ちょっと、声が変じゃなかっただろうか? まるで……。

『上手くいくかは、賭だったけどな』

 間違いない。声が、二重に聞こえる。

 まさか、そんな。


「瑛美」


 ぽんと、肩を叩かれる。

 振り返るとそこには――


「久しぶり」

「こ、康太! 久しぶりって、どうしてここに……」

 携帯を片手に、私服姿の康太が、にやにやと笑いながらそこに立っていた。

「よしっ! 瑛美の驚く顔とか結構レアだからな」

「なっ……なに、言ってるのよ」

 からかわれているとわかっていても、動揺してしまいまともに言い返せない。

「最悪、居場所がわからなかったら電話しようとは思ってたけどな。おっと、電話切るぜ」

「あ、うん……」

 お互い電話を切る。すると、すぐに康太の携帯から着信音が鳴る。

「あれ? って、お前からか」

「あ、それは! ちょっと待って!」

 届いたメールを見ようとする康太を慌てて止める。

「な、なんだよ?」

「先に説明して! どうしてここにいるのよ!」

「どうしてって、そりゃ瑛美の学校の文化祭を見にだな」

「それは……そうなんだろうけど、どうして教えてくれなかったのよ」

「さっきも言ったろ? 驚かせようと思ってさ。それにまぁ、あれだ」

「な、なによ」

「……ちょっと、瑛美に言わないといけないこともあってさ」

「言わないといけないこと?」

 脳裏に過ぎる、先日の間違いメール。まさかそれの説明?

 康太はやはり……。

 でも、そんなことのために?

「おっと、その前にメール見るぞ!」

「……え? あっ」

 ついぼうっとしてしまい、止めるのが遅れた。

 康太は携帯を開き、メールを読み始める。


「……え」


 なにかを隠すように笑っていた康太の顔が、真剣なものになり、驚きに目が大きく開かれた。


「う、うわ……」

 携帯を閉じ、顔に片手をあて壁に寄りかかる。

 ……なんだろう、この反応。あたしはちょっとだけ冷静になってしまう。

「……メール、読んだとおり。その、迷惑だろうけど、さ」

「あー……確かに、困ったな」

 その言葉に、また涙が出そうになる。でも、今度こそ、泣かない。泣くもんかと、強く思う。


「瑛美」

 気が付くと、彼は真っ直ぐあたしの前に立っている。

 だめだ、顔を見ることができない。

 これから康太があたしに告げるだろう言葉が、次々に浮かんで頭を駆けめぐる。

 吐きそうだ。泣き出しそうだ。もう、堪え切れそうもない。


 そして、視界の端に、康太の口が開くのが見えた。


「俺も、瑛美のことが好きだ」


「………………え? は? でも、今」

 思わず、見れなかったはずの康太の顔をまじまじと見てしまう。

 顔は真っ赤で、それでも目を逸らそうとしない康太。

「ほんと、困ったよ。俺の方から告白して、もう一回驚かせるつもりだったんだぜ? もし自力で見付けられなくても驚かせられるように、二段構えの作戦だったのにな」

「そんな…………」

 ふつふつと、怒りが湧いてくる。あたしがこの一瞬で、どれだけ、どれだけ――。


「悪い。随分待たせちゃったんだな、俺。でも瑛美、俺と付き合ってくれないか」


 ――ふっと、その言葉で、怒りなんて吹き飛んでいた。


「……うん。もちろん」


 涙がつっと流れる。ああ、結局我慢できなかった。あたしは本当に、泣き虫だ。



「おーい、ちゃんと会えたかー? 康太」

「げ、お前ここで出てくるか? 空気読めよ!」

 康太の後ろから、知らない男の子が歩いてくる。たぶん同い年だ。

 あたしは慌てて、康太の後ろで涙を拭う。

「はは、その様子なら、会えたみたいだな」

「まーな……」

「えっと……どなた?」

 なんとなくは予想が付くけど、そっと相手の顔を見ながら尋ねる。

「あ、瑛美。こいつは向こうの友だちだ。一緒にこっちに来てな」

「どーも、馬場って言います」

「どうも……青仲です」

「いやーほんと良かったな、会えて。ここ最近大変だったもんな」

「はいはい、紹介終わり! ほら、どっか行っててくれよ!」

「つれないこと言うなよー。誰のおかげでここに来れたんだ?」

 ん? 今ちょっと、聞き捨てならない台詞が聞こえたような。

「飯奢ってやったろ! いや、今度ちゃんと礼するから、今は――」

「待って、おかげって? それにここ最近大変だったって……」

「いやぁオレがね、こいつにバイト紹介してやったんすよ。うちの親の仕事の手伝いみたいなもんだけど」

「バイト……それって、もしかして」

「あーあ、バラしやがって……。ここへ来るための旅費だよ。何回かメールの返事遅れたのは、バイトしててメールできなくてさ。疲れてつい寝ちゃったりもあったし」

「それじゃ、こないだの日曜日は」

「あの日が最後でな。朝から夕方まで、働いてた。そういえば、馬場に送るメールを間違えて送っちゃったんだよな。すまん。あんときはさすがにバレたかと思ったぜ」

 あたしは、ぽかんとしていた。そんな……そんな、ことだったなんて。

 やっぱりあたしは、中途半端だ。天才にはなれない。

 そんな簡単なことも、わからないなんて!

「ふーむ、どうやら上手くいったんだな?」

「ま、まぁ……な」

「あとでゆっくり話、聞かせてもらうぜ。帰りの電車ででもな。じゃ、オレは退散させてもらうとしよう」

 馬場君は嬉しそうに、廊下を歩き去っていく。


「上手くって?」

「その、色々だよ。……結構あいつに、相談したからさ」

 なるほど、と思う。バイトのことといい、本当にお世話になっているようだ。

「あ、そうそう! 青仲サン! どっか、おすすめある?」

 馬場君は突然振り返り、大声でそんなことを聞いてくる。

「え? えっと……美術部!」

 ありがと、と手を振って、今度こそ歩き去り姿が見えなくなった。


「美術部、そんなにいいのか?」

「あたし、まだそこくらいしか見てないし。でも、おすすめなのは本当」

「そっか。じゃああとで見に行こうぜ」

「うん。そうだね」

「あのさ、特になにかに参加してるわけじゃないんだろ?」

「してないね」

「よし。じゃあ一緒に回ろうぜ」

 歩き出した康太に、あたしはその横に並ぶ。

 こうやって、隣りに並ぶことができるのが、嬉しい反面。

 ……これは、すぐにでもクラスのみんなに知れ渡るなぁ、とちょっとだけ不安にもなるのだった。



                    *



 文化祭一日目はあっという間に終わった。

 中学からの付き合いであるゆーちゃんはもちろん康太のことを知っていて、一緒にいることに驚いていた。他にも何人か、同じ中学校出身の人に声をかけられていたが、基本的には二人で文化祭を見て回った。

 楽しかった。こんな、嬉しい日になるなんて、朝の段階では思いもしなかった。


 だけど、そんな夢のような一日も、終わりがくる。

 あたしは康太を見送るために、駅の新幹線乗り場のホームにいた。

「別に、地元の駅までで良かったんだぜ?」

「ううん。……ギリギリまで、ね」

「そ、そっか……そうだよな」

 照れて、頭をかく康太。あたしも自分で言っていて、ちょっと恥ずかしかった。

 馬場君は先に乗って、とっとと自分の席に着いてしまった。

 珍しく空気読みやがったと、康太はぼやく。


「そういえば、せっかくこっちに来たのに、他の友だちに会わなくてよかったの? 他の高校進んだ友だちも結構いたでしょ」

「あぁ……。ま、問題ないさ。いまだにメール続いてるの、瑛美くらいだし」

「え?! そうなの? だって、みんなにアドレス教えてたじゃない」

「まぁあれは……。メール、何人かからは来たけどさ。最初の半年くらいだったよ」

「そうなんだ……」

 あたしはちょっとだけショックだった。結構仲の良かった友だちもいたはずなのに。

「いいんだよ。お前と連絡取り続けられたんだからさ。ぶっちゃけ、ほとんどそれが目的だったから」

「どういうこと?」

「だから! そもそも親に無理言って携帯買ってもらったのは……。つまり最初から、瑛美には絶対教えるつもりだったんだよ」

 今の言い方、途中ちょっと誤魔化したけど、あたしと連絡を取るために携帯を買ってもらったということだろうか? それって、つまり……。

「電話番号とか書いたメモ用意しといたけど、なんか周りが気になってさ。渡せなかったんだ。だから携帯買ったって自慢して、みんなにも教えて……なんとか自然に渡せたんだ」

 ああ、そっか……だからだったんだ。

 あたしが受け取ったメモが、あんな風になっていた理由。

「いつ渡そうかって、ずっと握ってたから、ちょっと皺になっちゃったけどな」

 予め用意していたからこそ、だったのだ。

「ね、それってさ。康太」

「な、なんだ?」

「康太も、中学の頃からってことよね?」

「……そうだよ」

 お互い見つめ合い、ちょっとだけ笑う。

 こんなことなら、あの頃に勇気を出しておけばよかった。

 康太も、同じことを考えたのかもしれない。


「瑛美。また、メールするから」

「うん。待ってるし、こっちからも送る」

「電話も、たまにはかけていいよな」

「うん。でも電話代結構かかるんじゃない?」

「まーな……。でも今回のバイト代、ちょっと余ってるから」

「そうなんだ? じゃ、期待してる」

「ああ……」


 康太ともう一度見つめ合う。……別れの時間が、迫っていた。

 片思いではなくなったけど、遠距離なのは変わらない。

 近くはなったけど、遠いまま。


「え、瑛美?」

「え……?」

 視界がぼやける。頬に涙が伝う。

「え、やだな……ほんとにもう」

 本当に、あたしはいつからこんなに、涙もろくなったんだろう。

 もう泣かないって思ったのに、どうして勝手に涙が流れるんだろう。

「大丈夫、大丈夫だから。もう会えなくなるわけじゃないし。ほら、あたしってよくドライだって言われるし。冷静さが売りだから」

 そんな説明をしてしまう自分。そんな自分を分析する自分。本当に、冷静で、冷たい心の持ち主だなぁと思う。


「バカ言え、そんな人間が、そんな泣くかよ」


「あ…………」

「別に泣かない人を悪く言うわけじゃないけどさ。でも少なくとも、そんな風になく瑛美が、ドライだなんて思わない。むしろ熱いだろ」

 ああ……康太の言うとおりなのかもしれないと、思う。

 少なくとも、この康太への想いだけは、冷たくない、熱いものだ。

 一年半も会わずに、メールだけで想い続けることができたのだから。


「ありがと、康太」

「礼なんかいいって。それより、一つ約束しないか?」

「なにを?」

「まだどこって決めたわけじゃないけどさ。……大学、同じとこ受けようぜ」

「大学を?」

「そう。大学なら、家を出たっていいだろ? なんなら俺がこっちの大学を受ける。とにかく同じとこ受けて、合格して、そしてまた会おうぜ」

「そうね……うん。でも」

 それは康太にしてはいいアイデアだ。だけど、それでは……。

「その前に、今度はあたしが康太に会いに行く」

「え?! いや結構旅費かかるぜ?」

「なんとかするよ。康太だってなんとかしたんだし」

「いや、しかし……。そうだ、どっか中間地点で会うってのはどうだ?」

「うーん……ま、それでもいいけど。じゃあ、大学もその辺りにする?」

「お、いいじゃんいいじゃん! よーし、そうと決まれば色々調べないとな!」

「そうね。でもそれより、康太。……勉強、頑張りなさいよ?」

「う……そうだな。お前は頭良かったもんな。俺、頑張る……」

 笑い合って、だけどそれが発車のベルにかき消される。

 二人の顔が、再び真剣なものになる。


「それじゃ、俺……行くな」

「うん……あ、でもその前に」


 あたしはすっと近寄って、康太の方に手を置く。

 ぽかんと惚けている彼の唇に、あたしは自分の唇を重ね、すぐに離した。


「あ……あっ!」

「ほら、早く乗りなさい!」


 康太を新幹線に押し込むとすぐに、扉が閉まる。

 驚いて固まる康太に、あたしは顔を真っ赤にして手を振った。

 動き出す新幹線、康太は扉の窓に張り付いて、だけどすぐに見えなくなってしまう。


 ちょっと、大胆なことをしてしまっただろうか。

 一年半も会えなくて、しかもまたしばらく会えないと思うと、どうにも自分を止められなかった。

 人目もまったくないわけじゃないのに。やっぱりあたしは、冷静ではないらしい。


 新幹線がホームから走り去り、あたしも帰ろうとしたところで、メールが届く。



  タイトル:さっきの!

  俺の方からって、思ってたんだぞ!



 思わず笑って、返事を打つ。

「よーし、送信っと」

 走り去った新幹線に向かって、携帯を掲げる挙動不審な女の子。

 馬鹿だなぁと思いつつも、嬉しくて体が勝手に動く。

 あたしはたぶん、今までで一番返事が楽しみなメールを送った。

 思わず送信済みメールのフォルダを開き、送ったばかりのそのメールを見直す。


 さて、このメールに康太は、どう返事をするかな?



  タイトル:RE:さっきの!

  今日あたしを驚かせた仕返し!


  あたしの方からじゃ、嬉しくなかった?




短編3作目。普通の恋愛、もうシリーズ物って言っちゃっていいですよね。

遠距離恋愛をテーマで……まぁちょっと色々ベッタベタだとは思います。

そして2作目を読んでくれた方はわかると思いますが、前作ヒロインの親友のお話です。

あ、今回お初の方、ぜひぜひ前作もよろしくです。


今回もそれなりの長さになりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回……というか、このシリーズでもう1作だけ書きたいな、と思っています。

果たして無事書き上げられるのか?

もしきちんと書き上げられたなら、その時はまたよろしくお願いします。

それでは。

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短編連作としてまとめました。
普通の恋愛
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