紡がれる明日
紡がれる明日
すっかり日が落ちたラ・コルーニャの街は、大西洋からの湿った夜気につつまれていた。オフィスの大きな窓に映る自分の姿を、アマンシオは静かに見つめる。
ネイビーのウールスラックスに仕立ての良いグレーのセーター。その飾り気のない服装は、彼の生き方そのものだった。
「旦那様、そろそろお車のご用意ができております」
秘書が静かに声をかけてくる。
アマンシオは深く息を吐き出し、机の上の書類を整えた。
「ありがとう。今日も良い一日だったな」
「はい。各部門とも、来シーズンに向けて素晴らしい仕上がりを見せております。これも旦那様が現場に足を運んでくださるおかげです」
「私はただ、みんなの熱量を感じていたいだけさ。服を作る喜び、それを届ける高揚感。それだけが、この老いた体を動かす原動力だからね」
アマンシオは微笑み、上質なウールのハーフコートを羽織った。肌に触れる生地の軽さと暖かさが、一日の疲れを優しく解きほぐしていくようだった。
帰宅すると、自宅のダイニングには温かい夕食の香りが満ちていた。
今夜のメニューは、ガリシア名物のスープ「カルド・ガレゴ」と、地元の海で獲れた新鮮な真鯛のオーブン焼きだ。
スプーンですくって口に運んだスープは、カブの葉のほのかな苦味と、白いんげん豆やチョリソーの旨味がじっくりと溶け込んでおり、五臓六腑にしみわたるような温かさだった。
「やはり、故郷の味は格別だな」
アマンシオは小さく呟き、白身の引き締まった真鯛にナイフを入れた。
パチパチと皮目が香ばしく焼かれた魚肉は、口の中でハーブの爽やかな香りと一緒にほどけていく。
十四百八十億ドルという富を手に入れた今でも、彼が最も愛するのは、こうした地に足のついたガリシアの素朴な料理であり、気取らない日常だった。
食事を終え、ハーブティーの湯気を眺めながら、アマンシオは静かに今日出会った若きデザイナーたちの顔を思い出していた。
「あのジャケットの肩のライン、明日の朝には見違えるようになっているだろうな」
彼の指先は、今でも無意識に布の厚みを測るように動く。
八十九歳。世間は彼を引退した伝説の大富豪と呼ぶかもしれないが、彼の心は今も変わらず、あの小さな仕立て屋の作業場にいた。一枚の布に命を吹き込み、誰かの日常を彩る。そのシンプルで力強い情熱だけが、彼の人生をこれまでも、そしてこれからも、きらびやかに照らし続けていくのだった。




