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仕立て屋の窓辺 アマンシオ・オルテガ

仕立て屋の窓辺


スペイン北西部の海風は、朝になると街の石畳をなでるように吹き抜ける。


まだ太陽が昇りきらない薄青い空の下、若いアマドールは古びた仕立て店の扉を開けた。


店の中には布の匂いが満ちている。


羊毛。


綿。


麻。


アイロンで温められた布地から立ちのぼる、どこか甘い香り。


壁際には色とりどりの反物が並び、朝日を受けて柔らかく輝いていた。


「おはようございます」


アマドールが頭を下げると、親方のラファエルが鼻の下の口ひげを撫でながら笑った。


「今日も早いな」


「眠れなくて」


「若いのに珍しいな」


「考え事をしていました」


「また服のことか?」


アマドールは少し照れたように笑った。


「はい」


親方は肩をすくめた。


「お前は本当に服が好きだな」


その頃の彼はまだ金持ちではない。


ただの店員だった。


毎日、朝から晩まで働いても裕福とは言えない生活。


昼食は母が持たせてくれる硬いパンとチーズ。


時々オリーブ。


それだけの日もあった。


昼休み。


店の裏庭に置かれた木箱に腰掛け、アマドールはパンをかじった。


乾いた小麦の香りが口いっぱいに広がる。


海風が頬を撫でた。


遠くから教会の鐘が聞こえる。


隣に座った年上の職人が言った。


「お前は将来どうなりたいんだ?」


アマドールは少し考えた。


「服を作りたいです」


「今も作ってるだろ」


「違うんです」


「何が?」


「もっとたくさんの人に届けたいんです」


職人は笑った。


「貴族相手か?」


「いいえ」


「王族か?」


「いいえ」


「じゃあ誰だ」


アマドールは真っ直ぐ答えた。


「普通の人です」


職人は目を丸くした。


「普通の人?」


「はい」


「金持ちじゃなくて?」


「ええ」


「変な奴だな」


アマドールは笑った。


しかし本気だった。


店を訪れる女性たちは、ショーウインドウの高価なドレスを見てため息をつく。


欲しい。


でも買えない。


そんな姿を何度も見てきた。


なぜ服は一部の人だけのものなのだろう。


なぜおしゃれは贅沢品なのだろう。


彼にはそれが不思議だった。


その日の夕方。


仕事を終えた彼は街を歩いた。


市場から漂う魚介の香り。


焼きたてのパンの匂い。


子どもたちの笑い声。


夕日に染まる赤い屋根。


どこにでもいる人々。


洗濯物を抱える母親。


工場帰りの男。


学校帰りの少女。


彼らの服は古びていた。


擦り切れていた。


だが彼らは懸命に生きていた。


アマドールは立ち止まった。


「この人たちのための服を作りたい」


その言葉は風に溶けた。


誰も聞いていない。


だが彼自身は確かに聞いていた。


数年後。


彼は小さな縫製工房を始めた。


従業員はわずか数人。


工房の窓からは海が見えた。


古いミシンが何台も並ぶ。


ガタガタ。


ガタガタ。


機械音が部屋に響く。


ある日。


従業員の一人であるマリアが困った顔で言った。


「注文が多すぎます」


「そうだね」


「納期に間に合いません」


「なら考えよう」


「どうやって?」


アマドールは紙に何かを書き始めた。


「店に服を届けるまでの時間を短くする」


「そんなことできるの?」


「できると思う」


「どうして?」


「お客様は待ってくれないから」


マリアは首をかしげた。


「普通は半年くらいかかるわよ」


「だから変えるんだ」


彼は真剣だった。


服を作る。


運ぶ。


売る。


その全てをもっと速く。


もっと無駄なく。


そのために何日も考え続けた。


夜になると工房の明かりだけが残る。


机には冷めたコーヒー。


夕食代わりのトルティージャ。


じゃがいもと卵の素朴な香り。


窓の外では波の音が聞こえる。


マリアが呆れたように言った。


「帰らないの?」


「もう少し」


「昨日もそう言ったわ」


「あと少しで思いつきそうなんだ」


「何を?」


アマドールは微笑んだ。


「未来を」


マリアは吹き出した。


「大げさね」


「そうかな」


「そうよ」


しかし彼の目は本気だった。


まだ誰も知らない。


この小さな工房が、やがて世界中へ広がることを。


何千もの店になることを。


何万人もの雇用を生むことを。


誰も想像していなかった。


ある雨の日。


工房の窓を叩く雨音を聞きながら、アマドールは布地を手に取った。


柔らかい手触り。


指先に伝わる質感。


彼は静かに呟いた。


「服は人を幸せにできる」


近くで作業していたマリアが聞き返した。


「何か言った?」


「いや」


「秘密?」


「そうかもしれない」


「また変なこと考えてるんでしょ」


「いつものことだね」


二人は笑った。


窓の外では雨が降り続いている。


けれどアマドールの胸の中には、晴れた未来が見えていた。


豪華な宮殿ではない。


宝石でもない。


世界中の普通の人々が、気軽に好きな服を選び、鏡の前で笑顔になる未来だった。


それはまだ遠い夢だった。


だが夢は、いつだって小さな仕立て店の片隅から始まるのだった。


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