私の同居人はちょっと面白い
『貴様との婚約は破棄する!』
『なっ……?!私が一体何をしたと言うんですの?!』
『貴様が聞くに絶えない事を、我が愛しの姫にしたのだろう?!』
『そんな、そんな事しておりません!!』
音を立てないようにポテトチップスを一口齧りながら目の前のテレビアニメを見る。
隣にはパリパリと盛大に音を立てながら食べている比奈がいた。彼女のいるテーブルには食べこぼしたポテトチップスがあり、ティッシュを渡すと「ありがと」と、視線は動かさずに受け取った。
「ねえ比奈、最近はこういうのが流行っているの?」
「そうみたいだよ。結構昔からあったけど、最近は特に多いかな?専門の雑誌とかも出てるみたいだし」
「ふぅん、そうなの」
エンディングを聴きながら比奈は、後ろに置いてある本棚から「ほらこれだよ」と雑誌を見せてくれた。
確かに今アニメで見ていたような内容だ。
それにしてもこういったものはどうして洋風なのかと問えば、比奈は「そこは書き手の好みなんじゃない」と言った。
「需要……があるからこうして出てるのよね」
「多分ね。ざまぁ展開でスッキリするから見ていて気持ちが良いんじゃないかな」
「なるほど……。あと私の意見を言っても良い?」
「どうしたん?」
「さっきのアニメなんだけど……あれ、普通に浮気した王子の方が悪くない?」
「それな」
良かった、比奈と意見が一致したようだ。
どの時代、世界にもああいう人がいるんだな、と改めて思う。もちろん自分の周りでもそんな話を聞いたことがあった。
「婚約者がいる状態で他の女に手を出すってちょっと意味分からんわ。普通に浮気だっての。慰謝料請求して良い案件」
「慰謝料?」
「精神的苦痛に対するごめんねの気持ちをお金にした感じ」
「精神的苦痛……」
「そ。心が傷つくじゃん。自分はこんなにも傷付いてんのに、相手たちは何も傷付かないんだもん。お金払えばいいって思ってるやつも嫌いだけどさ!」
話しながらキッチンへと向かい、冷蔵庫からお酒の缶を取ってきた。プシュッと勢い良くあける比奈は、それを勢い良く飲んだ。
比奈は色々教えてくれるから、ついつい聞いてしまうけどお酒が入るとたまに呂律が回らなくなるくらい酔ってしまう。程々にするように見ておかないと、と思っているとふとある事を思い出した。
「あら?そうしたら、初めて出会った時のあなたも、恋人に慰謝料請求出来るのじゃない?」
「うーわ、嫌なこと思い出した」
□
比奈と初めて出会った日。
彼女は雨の中、地べたへ座っていた。せっかくの可愛らしい花柄の傘が放り出され、彼女の目の前に一組の男女が立っていた。
「お前しつこいよ。もうお前に何の気持ちもねぇの」
「ヤダー、オバサン大丈夫ぅ?」
くすくすと笑う男女に嫌な気持ちになりながら座っていた比奈へと駆け寄る。
「あなた、大丈夫?」
「え……?」
「ヤダ、何このコスプレ女」
私はその時ドレスを着ていた。雨に濡れて裾が泥だらけになっていても気にしなかった。だって目の前で酷い事が起こっていたのだから。
「立てるのなら立ちなさい。見下ろされていたいの?」
「……っ、いやだ」
「そう、ならば立ちなさい。真正面から見るのよ」
私の声に応えるように比奈は立ち上がった。それだけで目の前の二人は少し怯んだようにも見えた。
見下していた人物が、今の二人には大きく見えるだろう。立ち上がるだけで脅威を与えられる。
「……ハァーーー」
大きくため息をつき、そして女の方を見てにこりと笑った。
「そいつ、粗チンだけど自分に酔うタイプだから夜の時は盛り上げてやってね」
「は?」
「おま?!」
「ンブフゥ!」
いや嘘でしょ、まさかそんな下品なことを言うなんて。
でも笑ってしまったのは無理もないと思う。だって面白すぎるでしょう、こんなの。
周りでこっそり私たちを見ていた人たちも肩を震わせているのがわかる。うんうん分かるわ、まさかそんな事、こんな所で言う訳無いものね。
言われた男は顔を真っ赤にしていて、女の方は小さく「あー……」と言っていた。どうやら覚えがあるようだ。
そして比奈は落ちていた傘を拾い上げて、またにっこりと笑った。
「私のお下がりで良いなんて、あなた良い人ね」
これには女も怒り狂って言葉にならない声を上げていた。
何この人、面白い。
「ねえあなた」
「あ、ありがとうございます、喝入れてもらって。何かお礼がしたいんだけど」
「そうねぇ、そうしたらしばらくあなたの家にお邪魔したいわ」
「……はい?」
これが私たちの出会い。
□
「あんなクソ男、今の今まで忘れてたわ。婚約者より恋人だったら、取れても金額少ないんじゃなかったかな」
「へえ、そうなの。何が違うのかしら」
「婚約者ってもう家族みたいなもんだからじゃない?詳しいことは分からないけど、法律がそう言ってるならさ」
「法律……この国のルールね」
「そうそう。でも全部覚えてる人はごく一部だと思うけど」
「ふぅん、なんだか面白そうね」
覚えてみようかしら、と言うと比奈はじっと私を見てきた。そして「確かに面白いかもね」と笑った。
「私は、アイナがそんな格好してるほうが面白いと思うよ」
「ええ?そうかしら」
自分の今の格好を見るが、特にいつもと変わりないけれど。
「ポテチ食べる動作も、ティッシュ渡す仕草も、笑い方とか座り方とかめちゃくちゃ上品なのにさ、私の学生時代のジャージを着てるんだもん」
「動きやすいのよ、これ」
「分かるけどもさー」
ふとテレビを見ると、先程見ていたアニメの次回予告がやっていた。次は異世界転生したヒロインが王子とは違う男性と出会うようだ。
「アイナも彼女と同じなのにね」
「え?」
「異世界転生」
「あら、私は死んでなくてよ。こちらに来る時も、来た時の記憶もあるもの」
「じゃあトリップか」
「トリップ?」
「自分のいる世界から、別の世界にやってくるって感じかな。あとでまた漫画見せるね」
また新しい単語が出てきた。
本当に私の知らない事ばかりだ。
だから面白かったりするのだけれど。




