第2話「無料の家政婦」
家事労働を押し付けられる日々。
しかし、義母の身勝手な命令が、ミユの運命を変えるきっかけになります。
季節が巡り、私がこの家に来てから数ヶ月が経とうとしていた。
私の日常は、ますます色のないものになっていた。
「ミユさん、あそこの窓枠、埃が残ってるわよ」
「庭の雑草、まだ抜いてないの? ご近所に見っともないわ」
「夕飯の買い物、ついでにクリーニングも取ってきて。三時には戻ってね」
義母のフミエからの指示は、日に日に細かく、そして遠慮がなくなっていた。
最初は「新しく入った嫁への指導」という体裁だったものが、今では完全に「使用人への命令」に変わっている。
ある日の午後。
リビングで義母が友人たちとお茶会を開いていた。
私は台所で、彼女たちが食べるケーキの準備とお茶の用意に追われている。
「あらあ、フミエさん。お嫁さん、よく働くわねえ。羨ましいわ」
友人の一人が、台所に立つ私を見て言った。
すると義母は、優越感に浸ったような声で答える。
「まあねえ。うちは男所帯だったから、やっと楽ができるわよ。あの子、他に能がないから、これくらいやってもらわないとね。食い扶持分は働いてもらわないと」
――食い扶持。
お盆を持つ手が震えた。
私は専業主婦として家庭に入ったはずだ。ユウジが「君には家を守ってほしい」と言ったから、仕事も辞めたのに。
義母にとって私は、ただ飯を食う居候に過ぎないらしい。
夜、義父のシゲルが帰宅する。
「おかえりなさい」と出迎えても、彼は私を見ようともしない。
「おい、ビール」
「はい、どうぞ」
「……ぬるいな」
「申し訳ありません」
義父は不機嫌そうに舌打ちをすると、テレビの野球中継に視線を戻した。
「ありがとう」も「美味しかった」もない。
ここにあるのは、終わりのない労働と、減点方式の評価だけ。
深夜、家事を終えて寝室に戻ると、夫のユウジはすでに高いびきをかいて寝ていた。
起こさないように、そっとベッドの端に潜り込む。
天井を見上げながら、私はぼんやりと考えた。
家政婦なら、給料が出る。
家政婦なら、労働基準法に守られる。
家政婦なら、「ありがとう」と言われることもあるだろう。
でも私には、そのどれもない。
私は、二十四時間三百六十五日拘束の「無料の家政婦」なのだ。
――逃げたい。
ふと、そんな言葉が脳裏をよぎる。でも、どこへ?
実家は遠方だし、心配をかけたくない。貯金も結婚式の費用でほとんど使い果たしてしまったし、今は自由になるお金も持たされていない。
私には、この家以外に行き場がなかった。
翌朝。
朝食の後片付けをしていると、義母が改まった様子で私を呼んだ。
「ミユさん、ちょっと座りなさい」
「はい……なんでしょうか」
何かミスをしただろうか。心臓が嫌な音を立てる。
しかし、義母の口から出たのは予想外の言葉だった。
「あなた、明日からリョウの会社に行きなさい」
「……え?」
私は耳を疑った。リョウさんとは、あの無口で怖い義兄のことだ。
「リョウったら、事務員が辞めちゃったとかで困ってるみたいなのよ。新しく雇うのもお金がかかるし……ほら、あなたなら暇でしょう?」
「ひ、暇だなんて……家のこともありますし」
「家のことは私が適当にやるわよ。どうせあなたは専門的なことなんてできないでしょうけど、雑用くらいならできるでしょ?」
義母の目は笑っていなかった。
これは提案ではない。決定事項なのだ。
「お兄ちゃん、神経質なところがあるから大変かもしれないけど。まあ、家族の役に立てるんだから感謝しなさいよ」
有無を言わせぬ口調で、話は打ち切られた。
あの、冷徹な義兄の仕事を手伝う?
「邪魔だ」と言い放った、あの人の下で?
私の絶望は、さらに深まった気がした。
けれど私はまだ知らなかったのだ。
それが、この牢獄から抜け出すための、最初の一歩になることを。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ついに「義兄の会社」へ行くことになりました。
次は第3話「義兄の仕事を手伝いなさい」です。
あの冷たい義兄の下で、どんな仕事が待っているのか……?
次話もすぐにお読みいただけます!




