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星屑の少女はリングに立つ ―才能ゼロから始める女子プロレスラー・星屑さやか―  作者: バックドロップ
第5章 新しい星になる!デビューに向けて。
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第47話 星緋いぶき、壁と向き合う

第0試合・さやかのデビュー戦が終わり、続くのは――

星緋いぶき vs 赤城火智ひよりのシングルマッチ。


今回は、

・さやかの試合を受けてのバックヤードの空気

・「完成されている」と評されたいぶきが、初めて団体の“壁”にぶつかる瞬間

・ひよりの「優しいけど妥協しない先輩」としての本気

・試合後、勝ったひよりの中に芽生える焦りと期待

を描いていきます。




 さやかの試合が終わって少しして、

 控室のドアが開いた。


「ただいま……戻りました……」


 星屑さやかが、

 肩で息をしながら入ってくる。


 髪は汗で張りつき、

 背中にはまだみなせのフィニッシュの余韻が残っている。


「おかえり!」


 真っ先に駆け寄ったのは、ティアラ☆キャンディ――らんだった。


「すごかったよ星屑!

 客席、スピアで“うわっ”ってなってた!」


「立ってるのやっとだったけどね……」


 さやかは苦笑した。


 滝本しおりがすぐに近づき、

 首と背中、腰の状態を確認する。


「めまいは?」


「ちょっとフラッとしましたけど、

 今は大丈夫です」


「吐き気は?」


「ないです」


「なら一度アイシングして、

 このあと座って観戦ね。

 走り回ったりは絶対禁止」


「はい」


 その様子を、

 少し離れたところから星緋いぶきが見ていた。


(立ち上がるたびに、拍手が大きくなっていた)


 さやかは、プロレス経験も、

 運動の下地もほとんどないところからスタートした。


 それでも――

 ちゃんと“レスラーとして”

 リングを降りてきた。


「星屑、よく頑張った」


 いぶきが近づいて声をかけると、

 さやかはへにゃっと笑った。


「いぶきも、すぐだよ」


「……ああ」


 胸の奥で、何かが静かに灯る。


 今度は、自分の番だ。


◇ ◇ ◇


「第1試合、そろそろ入場口にお願いしますー!」


 スタッフの声が響く。


「いぶきちゃん、用意は?」


 大原よしのが、

 控室の扉のそばで声をかけてくる。


「はい、準備できてます」


 いぶきは、

 深い青と白を基調にしたコスチュームの上から、

 道着を思わせるようなガウンを羽織っていた。


 赤城火智――ひよりも、

 すでに膝サポーターの位置を確かめながら立ち上がる。


「いぶきちゃん」


「はい」


「前にも言ったけどさ」


 ひよりは、少しだけ真顔で続けた。


「アタシ相手だからって、

 “遠慮して力量落とす”のだけは絶対にやめて」


「そんなつもりはありません」


「そう?

 だったら、なおさら全力で来て。

 手を抜かれるぐらいなら、

 後輩にボコボコにされたほうがマシだからさ」


 冗談めかして笑う声に、

 ほんの少しだけ本気の色が混じっていた。


(……一年先にリングに立った先輩として)


(負けたくないと思うのは、当然ですよね)


「全力で行きます。

 そのうえで、先輩のほうが強かったら――

 その時は素直に負けを認めます」


「そうこなくっちゃ」


 ひよりは、いぶきの肩をぽんと叩いた。


 そこへ、黒岩が顔を出す。


「星緋」


「はい」


「お前は、頭で考えすぎるクセがある」


「……自覚はあります」


「今日はそれでもいい」


 黒岩は、珍しく言葉を足した。


「考えながら戦え。

 そのかわり、“考えるために手を止める”な。

 動いたまま、頭を動かせ」


「……はい」


 短く答えると、

 胸の中の緊張が少し形を変えた。


 怖さだけだった感覚が、

 研ぎ澄まされた刃のような集中に変わっていく。


◇ ◇ ◇


 花道裏。


「第1試合、行きます!」


 スタッフの合図とともに、

 場内が少し暗くなる。


『――続きまして、第1試合!

 シングルマッチを行います!』


 煌上すばるの声が響く。


『青コーナー!

 PWS所属、“次世代エース候補”!

 赤城! 火智ーー!!』


 明るいロックとともに、

 ひよりが花道へ飛び出す。


「おーーし、やったるか!」


 いつもと変わらぬテンション。

 軽くステップしながら、観客に手を振っていく。


(さっきまでより、歓声が大きい)


 まなは、最前列のボードを抱えたまま

 ひよりの入場を見つめた。


「この人が、さやかの一個上……」


 隣で母が呟く。


「ちゃんと、『後輩のデビュー戦の相手』って顔してるね」


「どういう顔ですか、それ」


「優しいけど甘くなさそうな顔」


 父のぼそっとしたコメントに、

 まなは苦笑しながらも同意した。


(たしかに、“試合の顔”してる)


 ひよりはリングインし、

 コーナーに駆け上がって観客に両手を広げる。


『そして!

 赤コーナー! 本日デビュー戦!

 星緋ーーー!! いぶきーーー!!』


 アナウンスとともに、

 花道の奥から静かな音楽が流れ出す。


 さやかのときのような、

 派手な歓声はまだない。


 それでも――

 そのシルエットが現れた瞬間、

 観客の視線がふっと揃った。


 背筋を伸ばし、

 一歩一歩、真っ直ぐリングへ向かう姿。


 その歩き方に、

 妙な落ち着きと緊張感があった。


「あの子が、星緋さん」


 さやかは、アイシングパックを首に当てながら

 モニター越しに呟いた。


「さっきまで一緒にいましたけど……

 やっぱりリングに立つと、全然雰囲気が違う」


「“戦う人”の歩き方ですね」


 ノエルが、隣で小さく言う。


「道場でのお辞儀と、

 リングに向かうときのお辞儀って、

 こんなに違うんですね」


 らんは、モニターに釘付けになりながら

 自分の胸元を押さえた。


(負けてられないなあ……)


◇ ◇ ◇


 いぶきは、

 静かにロープをくぐってリングに入った。


 マットの弾力。

 ロープの硬さ。

 さっき歩いたばかりのはずなのに、

 今はまるで違うもののように感じる。


(さやかのときよりも、

 客席の熱が上がっている)


 視線を上げると、

 最前列にさやかのボードが見えた。


 星屑家と思しき夫婦。

 さやかに聞いてた親友のまな。


(……私の家族の席は、どこにもない)


 胸の奥に小さな穴のような感覚があったが、

 それを飲み込んで前を向く。


 白銀リョウがリング中央で待っていた。


「二人とも、デビュー以来だな」


「私は、まだデビューしたばかりですけど」


 ひよりが笑う。


「今日は“先輩”の顔、見せないとね」


 白銀は、二人を中央に呼び寄せた。


「反則、ロープブレイク、カウント――

 ルールはもう叩き込んであるな」


「はい」


「はい」


「一つだけ。

 怪我させるつもりの技は禁止だ。

 それだけ守れるなら、あとは――」


 白銀は、短く息を吐いた。


「勝ちたいように勝て」


 言い終えると、

 二人をコーナーに戻らせる。


 タイムキーパーに合図が送られた。


 カンッ。


◇ ◇ ◇


「――始め!」


 ゴングと同時に、

 二人は中央へ歩み寄る。


 ロックアップ。

 腕と腕がぶつかり合う。


(さやかのときと違う)


 ひよりは、

 組んだ瞬間にそう感じた。


(力任せに押してくるんじゃなくて、

 “どこに流そうか”を最初から考えてる)


 いぶきは、

 ひよりの力を真正面から受け止めず、

 少しずつ角度を変えていく。


 腰を切り、

 足の位置を入れ替え、

 自然とひよりの側面を取る。


 そこから素早くウエストロック。

 ジャーマンの予告のような動き。


「ちょ、いきなりそれは――」


 ひよりが慌ててロープに逃げる。


「ブレイク!」


 白銀の声と同時に、

 いぶきはすっと手を離した。


 客席から、どよめきが起こる。


(新人なのに、あの落ち着き……)


(さっきの子とはタイプが全然違うな)


 観客のささやきが聞こえてくるようだった。


「やるじゃん、いぶきちゃん」


 ひよりはロープにもたれながら、

 口元をにやりと上げる。


「胸の高さまでちゃんと見ておかないと、

 危ないタイプだね」


「……そういう意味なら、

 先輩もだいぶ危ないタイプです」


「おや、言うようになったね」


 再び中央へ。


 今度は、ひよりが仕掛ける。


 左足で距離を測るようにフェイントを入れ、

 いぶきのガードの下をくぐるようにタックルの姿勢。


 いぶきはそれを切り返して

 フロントヘッドロックに持ち込む。


 そのまま、

 スナップを利かせてヘッドロックテイクオーバー。


 シンプルな投げなのに、

 観客が「おおっ」と声を上げるほど綺麗に決まった。


(基本が、丁寧)


 ひよりは、

 マットに倒れながらも冷静に分析していた。


(投げっぱなしじゃなくて、

 ちゃんと相手の首と腰を守る軌道を通ってる)


 その優しさが、

 そのまま“甘さ”にもなる。


 ヘッドロックをかけられたまま、

 ひよりは膝を立ててじりじりと身体をずらした。


 腰の位置が、

 いぶきの背後に回り込む。


「――お返し」


 バックブリッジ気味に、

 ひよりがスープレックスを狙う。


 いぶきは、その瞬間だけ

 ほんのわずかに腰を落とすのが遅れた。


(マズい)


 思ったときには、もう遅かった。


 マットに背中が叩きつけられる。


 完璧なブリッジでホールドされ、

 白銀の手がマットを叩く。


「ワン!」


「ツー!」


 ツーのところで、

 いぶきはなんとか肩を上げた。


(今のスープレックス――

 さやかのときより、明らかに“深い”)


 苦い痛みと一緒に、

 そんなことを考える自分がいた。


◇ ◇ ◇


 中盤は、

 技と技、読み合いの連続だった。


 いぶきは、

 腰を中心にした投げと関節技。


 ひよりは、

 蹴りと打撃、そしてカウンターのスープレックス。


 いぶきのローキックが、

 ひよりの太ももを何度も打つ。


「ちょ、効く効く……!」


「当然です。

 先輩の足を止めるために蹴っているので」


「怖いことさらっと言うね!」


 ひよりは笑いながらも、

 一瞬だけ表情を引き締める。


(こりゃ、普通にやってたら

 そのうち本当に持ってかれる)


 いぶきが距離を詰める瞬間、

 ひよりは逆に前へ出た。


 タイミングをずらしたミドルキック。

 腹部にめり込むような一発に、

 いぶきの呼吸が止まりそうになる。


(痛い……でも)


 完全に止まる前に、

 足を前に出す。


 止まったら、そこまでだ。


 いぶきは、苦しい呼吸の中でも

 ひよりの膝裏を狙ってタックルに入った。


 そうやって、

 二人は何度も何度も

 距離を取り合い、詰め合い、崩し合った。


 客席の空気も、

 いつの間にか新人の試合とは思えないほど

 集中したものに変わっていた。


(さっきの試合と違う――)


 まなは、思わず息を呑む。


(さやかの試合は“心が燃える”感じで、

 この試合は“頭が冴える”感じ)


 隣で、父が小さく頷いた。


「どっちも、いい試合だな」


「……うん」


◇ ◇ ◇


 終盤。


 いぶきが、

 ひよりの右腕を取ってグラウンドに持ち込む。


 腕ひしぎ逆十字の形。


(ここで、決め切る)


 肘の角度をじわじわと詰めていく。


 ひよりの顔が歪む。


 客席からも、「タップするか?」というざわめき。


「ロープ!」


 ひよりは、

 歯を食いしばりながら身体をひねり、

 ギリギリでロープに足先をかけた。


 即座に、白銀がブレイクを命じる。


「ブレイク!」


 いぶきは、

 すっと腕を離して立ち上がった。


 その様子に、

 ひよりは内心で舌打ちする。


(優しい。

 ……けど、その優しさはいつか自分を苦しめるぞ)


 ロープをつかんで立ち上がる。


 腕に残る痛み。

 関節のきしむ感覚。


(やばいな。

 このままいぶきちゃんに

 “勝ち切られる未来”も普通に見える)


 それでも――

 ひよりは、笑った。


(だったら、今日だけは先輩らしくさせてもらう)


 中央に向かい合う。


 いぶきが、

 再び距離を詰めようとした瞬間――


 ひよりは、一歩踏み込んだ。


 フェイントを入れず、

 真正面からのハイキック。


 いぶきのガードが、

 ほんの少しだけ間に合わなかった。


 こめかみに、衝撃。


(……っ)


 足がふらつく。


 そこを逃さず、

 ひよりが掴みかかる。


「――ごめん、

 今日だけは先輩の意地、見せさせて」


 その言葉とともに、

 ひよりのフィニッシュホールドが決まった。


 ブリッジ気味の変形スープレックス。

 いぶきの身体が、大きな弧を描いてマットに落ちる。


 ホールド。


「ワン!」


「ツー!」


「スリー!」


 ゴングが鳴る。


◇ ◇ ◇


 天井のライトが、

 ぼやけて見えた。


(負けた……)


 いぶきは、

 自分の胸の中に浮かび上がる感情を

 一つひとつ確かめる。


 悔しさ。

 足りなさ。

 でも――


(楽しかった)


 その言葉が、

 静かに胸の中で形になる。


 白銀がコンディションを確認し、

 問題なしと判断して離れると、

 ひよりがいぶきの横に膝をついた。


「大丈夫?」


「……はい」


「立てる?」


 差し出された手を、

 いぶきはしっかりと掴んだ。


 力を借りて立ち上がる。


 客席から、拍手。


「星緋いぶき、デビュー戦――」


 ひよりは、

 いぶきの手首を掴んで、ぐっと掲げた。


「この子、ヤバいです。

 正直、めっちゃ焦りました」


 マイクは持っていないのに、

 その声はリングサイドまで届いた。


「でも、今日のところはまだ、

 先輩として譲れませんでした」


 言いながら、

 自分の胸の中にも、

 焦りと期待が入り混じる。


(この子、そのうち絶対アタシを抜く)


(だったら、それまでの間ぐらい

 “壁”でいさせてもらわないとね)


 いぶきは、

 息を整えながらひよりを見た。


「ありがとうございました」


「こちらこそ。

 またやろうね。

 次は、“AQUARIUSの一員として”でもいいから」


「……はい」


 返事と一緒に、

 胸の奥で何かが静かに灯った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


今回は、

・さやかの試合直後の控室と、いぶきの心境

・第1試合 星緋いぶき vs 赤城火智ひよりのデビュー戦

・いぶきの「完成されている」基礎技と崩し

・ひよりの「優しさ」と「先輩としての意地」

・いぶきを本気で評価しつつも、内心で焦るひより

を描きました。


結果としては、

・いぶきは“勝てる未来があったのに、あと一歩届かなかった黒星”

・ひよりは“後輩の才能に震えながらも、どうにか先輩としての威厳を保った白星”

という形です。


この試合は、

・いぶきの今後のAQUARIUS加入フラグ

・ひよりの「次世代エース候補」としての立ち位置

にも繋がっていきます。


次回は、

第2試合 ノエル・シエル vs 黒沼アサギ のデビュー戦。

泣き虫子猫と“壊し屋”ヒールの、不思議な関係の始まりを描いていく予定です。


引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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